脱出<次>
「わっ! 待て、離せよ、落ち着け!」
ラダーをのぼり、スライド式のキャノピーに収まると突然キャノピーが閉まり、張り出ててきた箱のようなものに手足を拘束された。
「おおおおお?」
腕がサイドスティック、スロットルに掛けられる。足はフットペダルに。完全に機械の操作でスロットルの裏にある小さなレバーを引くと、突然甲高い音が聞こえる。エンジン始動用のAPU(補助動力装置)が作動。回転数がある程度上がると、スロットルを動かす。いや、動かすように「された」。
最大出力。MAXアフターバーナー。今度はスロットルが縦に稼働する。ここからは未知の領域だ、と思う。これまで、スロットルがこのような動きをしたことはなかった。
「え?」
主翼の仰角が変わる。同時に主翼に搭載されたエンジンポッドが稼働したことに、彼は気が付かなかった。推力が斜めに偏向され、機体が急浮上。その時、全方位から甲冑のようなフライトスーツが降りてくるのに気が付いた。拘束具が稼働し、立ち上がらされ、座らされ、足を上げさせられ、気が付けば全身フライトスーツ姿になっていた。
『新型試作機の、操縦のための説明を開始する』
思わず顔を上げる。しかし上には格納庫が見え、あとはひたすら遠くに小さな光源が見えるだけだった。
真田先輩……の声。なぜ?
『あなたが持っていたのは、私の声で事前に記録されたガイダンスシステムを内蔵し、この機体のロックを解除するための鍵だ。搭乗前に白い箱を渡されたと思う。それだ』
ポケットをまさぐる。あった。これが、鍵か。
『あなたの耐G限度は、一時的に1.5倍に引き上げられている。特殊な周波数を持つ電流を流すと、体の強度が上がるシステムだ。これは医学部の功績だがね』
道理で急な機首上げでもGを感じなかったわけだ。と、やけに冷静な自分が言う。しかし、混乱している自分がいるのも事実だ。先ほど血を流し、俺にこれを渡してくれた先輩の声が、なぜ? 論理的には理解している。しかし、潜在意識というやつが納得しないのだ。
「これが最後の別れだな」
誰かが近くで言った。キャノピーの中には人がいないし、格納庫にももちろんいない。
「わかった」
答える。脳の混乱が収まったことを悟り、これから何をしなければならないかを考える。ここからの脱出、そして二人との再会、彼女との合流。
左腕を前へ。右腕を持ち上げる。昔の操縦感覚がよみがえってきた。
「さようなら」
後ろを見やり、手を振る。先ほどの答えのように、これが別れだったらしい。ガイダンスはもう聞こえない。今度こそ未練はなかった。すべてを断ち切り、飛び出す。光源が大きくなり、そこへ突っ込む形となった。碧空へと光を浴び、発進。
M16は軽く、取り回しやすかった。飛びつつ体を捻り、撃つ。さらに下方へ一掃射、背中側に撃つ。次に前、また捻り、今度は急減速。前方のセンサーを狙撃。保安システムは敵が掌握しているかもしれず、出来るだけ先につぶしておく必要があった。
リズミカルに射撃、移動を繰り返し、なんとか外部へと向かう。しかし、五分という時間は、彼女にとって短すぎた。
タンクから漏れた爆炎が校舎内を暴れまわる。とにかく彼女は、最大出力で逃げることにした。
前傾姿勢から全力飛行に移る。センサーを破壊しつつ複雑な通路内をなんとか抜け、第二第三扉を脱出。しかし、火炎は衰えることを知らず、なおも近づいてくる。
「こうなったら……」
IRセンサオープン。予備動作を終え、最大出力であたりを探査。一瞬だが、助かるためには十分な情報を得ることができた。
飛びつつ、M16を構える。残弾は少ない。外すな、信用するぞ、私の五感、超高性能センサーよ。
何回か目のカメラを確認したすぐあと、それは見えた。ダクトのカバーを破壊する。飛び込め!もっと複雑なダクト内を高速で抜ける。蛇行し、曲り、止まり、また進み。気が付くと、ダクトの終点が見えた。飛び出せ!




