衝撃
グレーの空を眺め、一抹の寂寥を覚える今日この頃。
『降下中の宇宙機に告ぐ。こちらは国連軍所属、海上自衛隊機である。貴機は事前の許可を得ず大気圏突入を行っている。繰り返す……直ちに減速し、指示する航路を取れ……応答がないな』
『本当に宇宙機なのか? 隕石ではないのか? それか管制システムのエラーとか……』
『ありえん。しかし速度がM5.0を超えている。いくらこの、F/A-24Fでも迎撃は困難だ』
自衛隊機が交信しつつ全力で迎撃へ向かうが、<それ>は無情にも陸地への急降下を行っていた。
『見えた……あれは? なんだ』
軍用機や、民間用の航宙セスナ機にしてはいびつな形をしていた。
『イメージング・センサーで見てみよう……あれは、人だ! 人が落ちてきている』
イメージング・センサーはレーダー情報から知覚可能な情報への変換を行う装置だった。44年制式化された日米共同開発機、<F/A-24Fストラト>に始めて搭載された電子装置だ。
『本当だ! ……M5.0で形を保ちながら大気圏突入をしてくる人間なんて、いるのか?』
二機のF/A-24Fは後退角の付いたテーパー翼をたわませ、左横転。中距離ミサイルを全弾発射。だが、全弾外れた。目標に接近した時にはすでに、<それ>は地上に降りていたからだ。
「諜報作戦開始。こちらSR-01」
黒髪の少年は、制服を着用。身長は130cm弱といったところだろうか。非常に小柄だった。背中のベルトにはスぺツナズ・ナイフとベレッタ自動拳銃。そのほかに、彼は非常に強力な知覚を持っていた。人間では考えられないほどの強度や、その華奢な、一見すると少女にしか見えないような見た目からは想像できないような馬鹿力も。
彼は校舎へ向かった。とにかく、中へ。情報収集にしろ何にしろ、中枢に向かうのが手っ取り早い。
「ふあああ」
青年があくびをする。彼は国連特別防衛委員会日本支部、要員養成特別高等学校の一年生だった。日本最高の進学校であり、将来国連の要人となる人物を養成するここに進学したものの、第一学年はほとんど普通の教養しか習わない。日本最高の頭脳派集団の一員としては、暇なはずだった。
ここは中庭。ちょうど数か月の前期課程を終え、つかの間の休養を楽しんでいる時だった。この高校では一年を前期課程、後期課程に分け、その間に数日の自由時間が与えられているが、千葉県に位置するこの学校から遠く離れた九州地方に家を持つ彼は、帰省する時間もなかった。防衛機密にも少しだが触れるため、少しでも遠くに行かせないようにということだろう。他国の同組織に比べればこれでも甘いらしいから、まあ文句も言うまい。
かといって学校に残ってもここでずっと寝転がっていればいいわけではない。衣食住は自分でせねばならないし、一年生はそこまでではないものの、三年生を過ぎれば学部によってはほとんど軍隊のように扱われるらしい。六年間の過程を修われば国連の要員として迎えられ、厳しい束縛はあるものの一応自由の身となる。軍事系学部の人間は最初から左官、あるいは将官とされ、国連軍の指揮、諜報作戦などを行うわけだ……。俺は政法学部だから、国連の中枢に組み込まれる……などと将来について頭を巡らせていると、大きな人影が近づいてきた。
彼もまた、暇な人間だった。「加藤文豪殿」と声をかけると彼は振り向き、「よう牧野」と返答を寄越した。
「相変わらずここでまどろんでおったか……。まあな、暇だからな、仕方ない」
彼は仲間からは「文豪」と呼ばれている男だ。小学生のころから西洋文学を極め、ドイツ哲学に通じ、さらに日本近代文学の理解まで。文学に関しては誰にも負けぬ天才児だった。中学生では本場の僧侶でも体得にはかなりの時間がかかるというアジアの宗教書を暗記し、独自の解釈本を出した。そのあと彼が創った自作小説はブロードウェイでも公演されるほどの超大ベストセラーを記録した。
「しかし、お前。この学校に俺に次ぐ成績で入学した御仁であろう。そこに寝転がっているようでは、憧れる新入生に幻滅されるのではないか?」
「ああ起き上がる起き上がる。天才にはかないません。」
その時、彼が丸斑メガネの向こうにある丸い双眼を細め、誰かを見つけた様子で言った。
「おお、同級生ではあるが、君に憧れられているお方が来たようだぞ。姫殿~!」
大きく手を振り、この世のものとは思えないほどの大音量で呼んだ相手は、同じく同級生の安藤姫だった。身長は150cmバストはDカップほど。小顔で色白である。典型的な美女だ。
バストについては、文豪曰く大きく将来への期待をもてるサイズらしい。通称は姫。一つに括った黒髪が艶やかで、彼女のもつ美しさ、物腰柔らかな性格を一層輝かせているようだった。おもわず見とれてしまう。しかし彼女は肩をすくめ、耳を押さえて文豪に言った。
「文豪君、声、でかい」
そのでかすぎる声に呼び寄せられたのか、ブ厚い門の向こうからも群衆が話し合う声が聞こえてきた。数人やそこらの数ではない。しかも、窓からは教官がこちらを見ているし、中庭にも人だかりができてきた。
そのうちヘリコプターでも飛んできそうだったため、一時退避すべく「やあ姫殿の美貌にみなさん引き寄せられたのだよ」と口を動かし続ける文豪を二人で引っ張っていくことにした。
彼の眼前には様々な情報が表示される。一見すると意味不明の記号の羅列も、彼にとっては有益な情報に違いなかった。熱源、動体、電波を探知。空気中の放射性濃度、大気構成など、周辺の環境状態を確認できた。 その時、「なんだ?」
強烈なボリュームで衝撃音……いや、声が聞こえる。HI・ME・DO・NO。ひめどの。姫殿? なんだって? こっちの有力な人物だろうか。IRセンサ、マイク、空間大気観測センサーを最大出力にする。空間大気観測センサーは大気中の物質構成、空気の動きを利用し、人間やモノの動きを第三者視点から観測できるセンサーだ。これらの情報はすべてニュートラルネットワーク、つまり人間の脳構造を真似たバイオAIシステムにすべて集積され、分析される。
彼はアンドロイドだった。体は有機可変ヒフで製造され、こんにゃくほどの強度から戦車を超えるほどまで可変する。腕力、握力、体力も非常に強く、格闘戦、移動でもかなりの能力を誇る。
「近づいてくる?」
学校の裏に近づく数人の影が、数人いた。




