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永遠の桜  作者: ふがし
第3章 強襲編
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第34話 三日目/遭遇


 シシファの神聖皇帝、オリザの宣言した祭りの三日目。僕は宮殿の一室にいた。その部屋には布団が敷かれ、少女が三人、寝ている。


「ぶえっくしょい!」

「あらら。はい、桜お姉ちゃん、ティッシュですよ」

「おう。……ずびび!」 


 寝ているのは和服姿の桜お姉ちゃんと、ハイエルフのリリアさん、そして燃えるような金髪をだらっと垂れさせたローザである。彼女たちの顔は赤く、先ほどからクシャミや咳をしていた。風邪をひいたらしい。僕は彼女たちの額に濡れタオルを乗せながら、


「三人して風邪ひくなんて、ついてないですねえ」

「うむ……まあ原因は分かっとるんじゃ。昨日のロリババアコンテストの後、儂らの中では誰が一番美しいかという話になっての。ゲホゲホッ」

「それで……みんなでお風呂に入りながら、ずっと裸を見せ合ったり、触りあったりしてたんです……こほ」


 桜お姉ちゃんとリリアさんが交互に口にする。何それ混ざりたかった。……まあそれはともかく、裸でずっと過ごしたせいで風邪をひいたと。何だかなあ。


「術で風邪くらいパパーっと治せないんですか? シャオさんの結核だって治せたじゃないですか」

『……他人ならともかく、自分で自分を治すのは難しい。それも、風邪をひいて朦朧としている状態では……くしゅっ』


 ローザが可愛らしいくしゃみをしながらそう言った。道理ではある。外科医だからって自分を手術するわけにはいかないからねえ。某黒い医者じゃあるまいし。


「風邪、うつすといけないですから、イロハは外に出ていてください」

「でも」

「大丈夫じゃ。なんぼ医学が発達しとらんとは言え、ちゃんと休んどれば治るわ」

『うむ。祭りを楽しんで来い』


 ……三人にそうまで言われれば仕方ない。僕が風邪をひいて蔓延させてしまっては困るし、この場は引くとしよう。三人に氷枕をあてがい、安静にするよう言ってから、部屋を後にした。


 さて、祭りを楽しむと言っても、寝込んでしまった三人以外は基本的に祭りに馴染まない人たちである。魔炎のイズラ・フロウことフウは既にどこかにフラフラ出かけてしまった。爬虫人にして刀仙の異名をとるシャオさんは、義理の息子のジェドを引き摺って城の兵士たちと稽古をしに行った。最後の一人である魔人のフィアは、人ごみを嫌がって城の図書館に篭っている。


「ろ、ロリババア分が足りません……!」


 ロリババアを、もっとロリババアを! などと禁断症状に苦しみながら城内をフラフラ歩いていると、向かいから足音が聞こえてきた。視線を送ると、金色の豪奢な髪が揺れていた。


「むむ。この素晴らしいドリルは皇帝陛下」

「……ドリル?」


 皇帝こと、金髪碧眼の白竜ロリババア、オリザは首をかしげた。


「いえこっちの話です。それより陛下、一緒に祭りに出かけませんか?」

「ふん、生憎そこまで暇ではない。夜ならベッドの上で相手をしてやろう」

「やったー」


 喜んではみたが、結局祭りには行かないようだ。僕一人で行くしかないか。溜息をつきつつ、城を後にした。まあ、たまには一人歩きもいいか……。ちょっと寂しいけれど。


 幸いにして指名手配は解かれた身だ。狂信者に狙われることも多分ないだろうし、大手を振って出歩ける。


 城下町は、昔の日本のような中国のような、不思議と懐かしい雰囲気に包まれている。あちこちに屋台が立ち並び、ひっきりなしに人が行き交っていた。水風船のようなものを提げた子供たちが元気に駆け回っている。大人たちは串焼きを片手にそれを追いかける──。


「祭りの雰囲気って好きですねえ」


 唐傘を広げて秋のカラッとした日差しを避けながら、僕は石畳の上をゆっくりと歩いていた。腰に提げた刀までもが妙にうきうきしているように思える。僕の頭に乗った知恵あるバッタ、アバドンも、物珍しそうに触角をヒクヒク動かしていた。


「桜お姉ちゃんと一緒に来たかったな」


 左手を広げる。前世で、祭りの中買った玩具の指輪を思い出した。空想の中の桜お姉ちゃんに捧げた、誓いの指輪……。それに思いを馳せると、胸が淡く締め付けられるような心地がした。


「……おみやげでも買ってあげましょうかね。さてさて、たこ焼きとか綿飴みたいなのはあるのかな?」


 独り言を呟きながら屋台を見歩いていると──急にドン、と衝撃がして、僕は「わっ!?」と体勢を崩した。地面に激突するか、と思った瞬間、腕を掴まれ引き起こされた。同時に、ふわっと爽やかな香りがして温かな感触に包まれる。


「お、っと……」


 目を瞬かせながら、僕は手を掴んだ人物を見つめた。掴んだ手の力強さから大柄な人を予想していたが、案外小さい。僕より頭ひとつ分、少し背が高い程度だろうか。褐色の肌に鮮やかなエメラルドの瞳、きらっと輝く白い歯がまぶしい。背中あたりまで伸ばした髪はアッシュブロンドだ。童顔ぎみの顔立ちは中性的で、甘いマスクという言葉がぴったりだ。服装は、中世ヨーロッパの男性貴族を思わせる洒落たものだが、僕を抱きとめた胸は僅かに膨らんでいた。


「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言ったが、当然というか言葉は通じないようだ。彼女は一瞬目を見張り、首をかしげた後、自分の親指をカリッと噛んだ。つう、と赤い血が流れる。何をしているのか、と訝る僕の額に、彼女は血の雫が浮いた指を押し当てた。チカリ、視界の端で赤い光が瞬く。……?


「【んんっ。あー、あー。通じているかな?】」

「わ」


 急に彼女の声が聞こえて、僕は驚いて目を見張った。どうやら、フィアと同じような通訳的な術を使ったらしい。


「【ぶつかってしまって済まないね、美しい少年。ちょっと余所見をしていた】」

「あ……いえ」


 芝居がかった口調で言って、彼女は肩をすくめた。白い手袋を履いた手を顎に当てて、男前に微笑む。僕はしどろもどろで手を振った。


「【服が汚れてしまったかな? どうだろう、お詫びに食事でも】」

「は、はあ……」


 ぎゅっと手を握って、彼女は顔を近づけてきた。少し垂れ目気味の瞳が情熱を秘めて輝き、甘いマスクがきらきらと輝いているような感じがした。爽やかな香りが鼻をくすぐって妙にドキドキした気分になる。何だこのシチュエーション、イケメンに迫られている気分だ。


「あの……あなたは?」

「【おっと! これは迂闊だったな。私の名前はナルシサス。遠国に領地を構える、ちょっとした貴族さ】」


 彼女はそう告げて、僕の手をとってその場に跪いた。ぎょっとする僕や好奇の視線を向ける周囲の人たちに構わず、彼女は僕の手の甲に唇を押し付けた。


「【貴方のような美しい人に会えた今日この日に感謝を】」


 柔らかくて熱い感触と、周りの視線を意識して体がカアアっと熱くなった。


「ちょ、ちょっと! ば、場所を移しましょう」


 彼女の手を掴んで慌ててその場を後にした。


「【ツツっ……。お姫様はせっかちだ。夜伽のお誘いかな?】」

「違います! 周りの目というものを考えてください!」


 必死で走り、やがて人気の少ない道に出た。きょろきょろ辺りを見回して、寂れたレストランを見つけて彼女と一緒に中に入る。


「全く! 何なんですかあなたは」

「【怒らないでくれ、ハニー。可愛い顔が台無しだよ】」

「誰がハニーですか!」


 憤然として声を上げ、木製の椅子にどっかと座った。一方の彼女、ナルシサスは余裕に満ちた態度で悠然と椅子に腰掛ける。背もたれに片腕を乗せ、足を組んだ。動作の一つ一つが洗練されていて、芝居がかった仕草も小憎たらしいほど似合っている。注文をとりにきた給仕に、適当にパンっぽいものを注文して、ナルシサスと向き合う。


「【それで? 私たちの新居をどこに構えるかという話だったね、マドモアゼル】」

「全然違います」


 何だか調子が狂う。邪気のない童顔が白い歯を見せて朗らかに笑った。我知らず、心臓がとくんと高鳴る。……むう。彼女の体を上から下までじっくり眺めた。


「失礼ですが、ナルシサス。『調査』してもいいですか?」

「【どうぞ。隠し事はしない主義だ】」



ナルシサス

種族 人間

年齢 87歳


能力

筋力 55

耐久 48

敏捷 40

器用 60

知能 66

魔力 40

信仰 22

意志 71

魅力 89


技能

剣術       ランク1 Lv41

馬術       ランク1 Lv40

舞踊       ランク1 Lv10

社交術      ランク1 Lv8




 全体的に能力が高いが、飛びぬけて凄いというほどのものはない。気になったのは、人間で年齢87歳という点だった。


「何ですかこの年齢は?」

「【なあに。ちょっと処女の血を浴びてね】」


 ……? 妙な冗談だ。あんまり彼女らしくない印象を受ける。だが重要な点はそこではない。童顔。中学生くらいの体型。87歳! 紛れもなくロリババアである。ハイル・ロリババア! ジーク・ロリババア! 浮かれ気分で僕は彼女の手をぎゅっと握った。


「ナルシサス。結婚してください」

「【え? う、うん……?】」


 さっきまで押せ押せだった彼女だが、押されるのには弱いのか視線を逸らせて若干引き気味になった。きらきらと目を輝かせて彼女に見入っていると、二人を割り裂くようにしてドン、と食べ物を載せた皿が置かれた。一旦身を引いて、運ばれてきたパンを手に取る。ナルシサスは分厚いステーキを注文したようだ。ナイフとフォークを美しい指捌きで使い、口に運ぶ。


 食事をしながら、そう言えば僕の方からは名乗っていなかったと気付いた。名乗りより求婚が先に来るとは我ながらロリババア愛が走りすぎている。ナルシサスの目を見て名乗った。


「紹介が遅れましたが、僕の名前はいろは、と言います」

「【いろは……そうか! 貴方が……そうかそうか! 道理で……!】」


 突然、立ち上がらんばかりの様子でナルシサスが叫んだ。ぎょっとする僕を見て、彼女は慌てて咳払いをした。


「【ん、こほん。えー……。いろは、シシファ神聖皇帝陛下の演説を聞いたけれど、貴方はロリババア教の教祖でロリババアが好きなんだね?】」

「好きではありません。大好きです。愛しています。全てを賭けてもいいほどに!」

「【お、おう】」


 若干冷や汗を垂らしながらナルシサスは頷いた。


「【私はどうだろう? 貴方のお眼鏡にかなっているかな?】」

「ええ。パーフェクトですよ」

「【それは嬉しいな】」


 エメラルドの瞳が澄んだ輝きを宿して僕を見つめた。


「【ものは相談なんだけれど、いろは。私のものにならないかい?】」

「僕は全てのロリババアの共有財産であり、既にあなたのものですよ?」

「【いいや。私だけの夫になって欲しい】」


 彼女の褐色の肌が、野生的な情熱を宿して紅潮した。


「それはまた……どうして僕が?」

「【さっきも言ったけれど、私は遠国の貴族でね。独り身は楽だと気取って今まで生きてきたが、どうにも最近物寂しい。そこでだ、貴方を夫に迎えたいんだよ。貴方は私の好みのタイプなんだ。貴方の強い眼差し、燃えるような心、この世のものとは思えないほどの美貌に魅せられた】」

「……光栄ですね」

「【私と結婚すればいい生活をさせてあげるよ? 何だって買ってあげる。宝石だって服だって】」


 男に対する口説き文句とは思えないな。いやまあ、今の僕は女顔なわけですが。じっとりした眼差しで、熱に浮かされたように彼女は続けた。


「【私は美しいものを集めるのが趣味でね。この国を訪れたのも、色々買い物をするためなんだ。私の館には異国の宝石やら、貴重な財宝やら──珍しい動物の剥製やら、いろいろ飾ってあるんだ。きっと貴方も喜んでくれると思う。……そうだ、私と結婚するのが貴方にとって最善の幸せなんだ】」


 彼女はナイフとフォークを置いて、手袋に包まれた手を僕の頬に添えた。さらさらの感触ごしに、熱い体温が伝わってくる。僕は目を細めて彼女を見つめた。


「気持ちは嬉しいですけれど……。僕にはもう、将来を誓い合った人たちがいますから。ハーレムならいいですけれど」


 我ながら冷静に考えるとゲスい発言だ。ナルシサスはがっくり肩を落として「【そうか……】」と呟いた。


「【どうしても駄目かい? 私は狂おしいほど貴方に惹かれているんだ。運命を感じているといってもいい】」

「これだけは、どうしても譲れません」

「【そうか。残念だ……とてもとても残念だな……】」

「……?」


 微かに彼女の口調に含むものを感じて、僕は眉をひそめた。だが一瞬後には、彼女はもとの朗らかな表情を取り戻した。


「【まあ、それなら仕方ないか。うん、仕方ない。……今このときを大切にするとしようか】」

 

 そう言って、彼女はステーキを口に運んだ。情熱的な割には諦めが早いな。まあ、小ざっぱりした性格ならそんなもの──なのだろうか? 不思議がる僕をよそに、彼女はひょいひょいと肉を解体していった。体に似合わない健啖家ぶりを発揮して、彼女はこの日分厚いステーキ三枚をあっという間に平らげた。


 食事の後は、二人で談笑しながら街を歩く。気取ってはいるが、さっぱりした性格のナルシサスは予想外に付き合いやすい。男友達と会話をしている気分になった。


 地平線に夕日が沈むころ、ナルシサスは急に僕の肩を掴んで抱き寄せた。熱い体に包まれ、どくんと心臓が跳ねる。そのまま、彼女は強引に僕の唇を奪った。


「ん……」

「【ふ……】」


 僕の手から唐傘が落ちて、ころころと転がった。ナルシサスの情熱的な舌使いに、背中がぞくぞく痺れて足腰がガクガクし始めた。力強い腕が僕の背中を抱き、長い黒髪に指を這わせる。たっぷり十分ほどもかけて口の中を蹂躙した後、彼女はやっと解放してくれた。


「【柔らかい、な……。ふふ、どうだった、いろは?】」

「……。ステーキの味がしました」

「【うっ。……次からは口の中を洗ってからすることにしよう】」


 ナルシサスは気まずげに咳払いをした後、僕の手をそっと握った。


「【また、明日も会えるかな?】」

「ええ、まあ……どうでしょうか」

「【つれないことを言わないで。待っているから。明日の朝十時に、またこの場所で】」


 それだけ言い残して、彼女は僕に背を向けて風のように走り去ってしまった。僕は唇を押さえた。ステーキの味はしなかった。甘く痺れるような感触だけが残って、じんじんと体が疼いている。


 ぼんやりと彼女との口付けを反芻していると──不意に、頭の上に乗ってじっとしていたアバドンが、「シシシ」と笑うような声を立てて僕の胸元にとまった。


「どうしたんですか、アバドン?」


 首をかしげて、胸元をまさぐる。そこには、以前法理のアルススから貰ったペンダントがあった。相手の魔力の質に応じて埋め込まれた宝石の色が変わるという話だった。魔力1の僕が持っていると透明なままだが、今日、ナルシサスと近付いているときは淡い黄色の光を放っていた。黄色が、人間の色ということだろう。


「……? あれ?」


 今日のことを思い返して、首をかしげる。ナルシサスと接触したとき、一瞬だけ赤く光った気が……。最初に術を使ったとき? 赤い光……魔族? 何か不自然な……頭に引っかかるものがある。


「うーん。まあ、『調査』しても人間でしたから。気のせい……ですよね。長生きしているって言ってもせいぜい八十歳ちょいだし、イズラ・フロウみたいに悪意を隠しているわけでもなかった……。変人だけどいい人そうでしたし」 


 落ちていた唐傘を拾い上げる。「……シシシ」というアバドンの声が、妙に耳に残った。明日は……一応、誰かについてきてもらおう。そう思って、僕は血のように赤い夕日を背に城に引き返した。


リアルの方の大仕事が片付いたので、こっちもちまちま書いていきたいと思います。

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