第33話 二日目/氷の夜
シシファの帝都は祭りの熱を感受していた。そこかしこで出店が立ち並ぶ。物珍しい食べ物の香りが鼻腔をくすぐった。帝城前の広場で、多くの人が集っていた。男が一人、声を張り上げている。
『始まりました第一回ロリババアコンテスト! 全世界のみならず異世界からも集結したロリババアが己の内面・外面の美しさを競うというこの企画、優勝するのは一体誰か!? なお解説は異世界よりお越しになったロリババアマイスター、豊野いろは氏でお送りします!』
『どうもー』
ぱちぱち、と群集から拍手が上がった。
『さて、いろはさん。今回のコンテスト、評価の基準はどのようになっているのでしょうか?』
『そうですね。まずは外面的な美しさ。当然美しく、かつロリでなければなりません。しかし容姿だけでなく服装のセンスなども問われます。そして内面的な美しさ。これは難しいですが、つまるところいかにババア性を前面に出すかという点が重要です』
『ありがとうございます。審査に関しましては、ここにお集まりの皆様の投票による得点に、特別審査員の方々の点を加算いたします。特別審査員として、神聖皇帝オリザ陛下、そしてロリババア教の大幹部ジェド氏にお越し頂きました!』
僕と実況さんの座るテーブルの横に、オリザ、ジェドが座っている。ジェドは頭を抱えていた。
「いつの間に私が大幹部ということに──!?」
……。まあ彼の苦悩はいつものことだ。そんなことを考えているうちに、コンテストの参加者たちが壇上に立った。桜お姉ちゃんとリリアさん、ローザにフウ、そしてシャオさん。フィアルカだけは、馬鹿らしいと言って参加していない。始まる前は「ロリババアコンテストって何じゃー!?」と言って頭を抱えていた桜お姉ちゃんだが、今は開き直ったのか堂々と壇上に立っている。
『では第一種目、外見審査! 選手の皆様には自分の選んだ服を着て壇上に上ってもらいます。では第一の選手──』
壇上に上ったのは、浅黒い肌で耳が尖った女性だった。露出度の高い水着をまとい、薄い胸を突き出すようにした後、投げキッスを群集に送る。
『ダークエルフの女性ですね。御年五百歳、脂の乗ったお年頃で彼氏募集中だとか。いやあどうですか審査員の皇帝陛下!?』
『まあ妾が一番美しいわけだが』
『……。は、はは……。ではジェドさん!?』
『……ふふ。そうだ外に出てきたのがいけないんだ。農民だから農業をするべきなんだ。義母上、一緒に農業をしましょう。ロリババア? 知りません』
実況さんが泣きそうな顔になったので、助け舟を出した。
『この選手はなかなか美しい方ですね。ただ惜しむらくは、ちょっとがっつきすぎです。ロリババアというからにはもっと男を余裕で掌で転がすくらいの余裕が欲しいですね。そういう意味で秋の最中に水着という格好、そして投げキッスは、媚びすぎという感じがします。個人的には評価を落とさざるを得ません』
『ありがとうございます!』
実況さんはほっとした表情になった。言葉を続ける。
『では次の選手、おっと桜選手、この服装は……?』
桜お姉ちゃんの姿を見て、僕は思わず立ち上がって叫んでいた。
『着物! 着物です! ああああああああああああああ桜お姉ちゃん……! 何と言う美しさでしょう! 清楚にして可憐な佇まい、それでありながら老練で、にじみ出る様なババア性……! 抱き締めて「仕方ないやつじゃのー」って微笑みながら頭を撫でてもらいたいです! お姉ちゃんお姉ちゃんおねーちゃん、今行きますからね……!』
『ちょ、いろはさん、いろはさん!? 駄目ですよ壇上に行っちゃ、誰か、誰かあの人を止めろー!』
『ふん。やはり妾が一番だな』
『うくく。米がたくさん。たくさん。うくく』
『助けてー!』
実況さんの悲痛な叫びが秋の空に響き、僕は警備員につまみ出されたのだった……。ちなみにダークエルフの子が優勝しました。民衆受けがよかったよう。……民衆には教育的指導が必要ですね。
コンテストが終わるころ、群集の中に青銀の髪が揺れるのが見えた。魔女、フィアルカだ。僕は駆け寄って、隣に並んだ。彼女はじろりと僕を見た。
「【何?】」
「いえ。どこに行くのかと思いまして」
「【ここは、人が多いから。離れる】」
「一緒に行きます」
フィアルカは冷然とした瞳で僕をちらりと見た。
「【好きにするといい】」
「ええ。好きにします」
**********
街から少し離れると、喧騒も嘘のように遠のいた。フィアルカと二人、小高い丘に登って、街を眺める。血のように赤い夕日が街を染めていた。
フィアルカの側に並んで腰掛ける。彼女は一瞬だけ僕に視線を送り、すぐに眼下の街並に視線を戻した。無言である。僕は彼女の横顔を盗み見た。眼鏡に日の光が反射していた。薄い唇は一文字に引き締められている。
「【あなたは】」
フィアルカが呟いた。彼女から話しかけて来たことに少し驚きつつも、「何ですか?」と尋ね返した。
「【異世界から来たのね】」
「ええ。そうです」
「【異世界は、どんなところ?】」
「素敵なところですよ。とてもね」
僕は微笑んで、そう応えた。フィアルカの冷徹な瞳が、僕の顔を観察するようにじっと注視していた。僕は右の掌を広げて、沈み行く日の前に押し出すようにしてかざした。
「星の瞬き、空の青、白波を立てる海、昇る日、落ちる日、輝く若葉、鳴き通す虫の声、犬たちの遠吠え、人の心、街の喧騒、立ち並ぶ家、鋼鉄の機械──何もかもが美しいところでした。ただ一点、ロリババアがいないことだけが惜しまれましたが──」
「【あなたは、何をやっていた人だったの?】」
「学者ですよ。ロリババアを作り出すことに全てを捧げました」
フィアルカは、何も言わなかった。続きを促すように空色の瞳が瞬いた。
「老化の研究を長いことしてきました。マウス──と言って分かりますかね? まあ霊長類を使うのは難しいので、比較的人間に近縁で、育てやすい鼠を使って実験するわけです」
話しているうちに、興が乗って饒舌になった。
「老化はいかにして起こるか? 難しい問です。僕らの世界でも色々な説があって、遺伝子の中にプログラムとして組み込まれている説やら、DNAの変異が蓄積して体を構成するタンパク質が正常に作れなくなっていくという説やら……。
昔から色々な研究が行われていまして、例えば酵母。パンとか作ってるアレですね。その酵母で見つかった遺伝子Sir2を活性化すると酵母の寿命が延びるんです。人間にも同じような配列のサーチュインって言う遺伝子がありまして、ワインを飲むとこの遺伝子が活性化される、なんて一時期話題になったんですよ。まあワインじゃそこまでの効果はないんですけどね……。
それから線虫。これが面白い生物でして、何と全身の細胞の数が完全に決まっているんですよ。しかも性は雄と雌雄同体の二種なんです。楽しいでしょう? この線虫で、例えばclk-1やdaf-2と呼ばれる遺伝子を変異させると寿命が延びることが知られているんですよ。
人間の研究で言えば、早老症からのアプローチが有名ですね。早老症は若いうちから老化に似た症状が現れる病気で、大概は生まれつき持ってる遺伝子の変異に由来するんです。で、こういう病気を調べて異常の原因を調べれば、逆に老化予防に活かせるんじゃないかという発想です。ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群やら──まあ様々あるんですが、この病気はラミンと言う、こう、核膜に関わる遺伝子の変異が原因でして──」
話しているうちに、フィアルカが目を細めているのに気付いて口を止めた。小首を傾げて聞いてみる。
「……僕の話、面白いですか?」
「【全然】」
……オウ。きっぱり言われて僕は小さく呻いた。
「【人のことを考えない、自分勝手な話し方。前提となる知識が不十分な状態でそんな話をされても分からない】」
「うぐっ。で、でも、フィアルカは物知りだと──」
「【この世界とあなたの世界では知識の体系が違う。それは明らかなはず。いかにあなたが馬鹿であっても】」
「ごふっ」
「【おまけに相手の反応を全然見てない。典型的な専門家のオナニー】」
「ぐはっ」
「【結論。全く面白くなかった】」
「……あうー」
ぐさぐさと言葉の矢が突き立てられ、僕は「あうあー」と涙目になった。だがフィアルカは一転して、くすり、と少しだけ笑った。
「【でも……自分の好きなことを話しているあなたの顔は、嫌いではない】」
一瞬言われたことの意味が分からず、きょとんとして彼女をまじまじ見つめてしまった。フィアルカは顔を逸らした。僕は頬が弛むのを感じる。
「フィアルカはツンデレですね」
「……」
無言でフィアルカに胸をボコボコ叩かれた。
「いたっ。な、何ですか?」
「【……言葉の意味は分からないけれど。何かムカついた】」
ぼこ、ぼこ、と拳を胸に当ててくる。痛いと口では言ったが、じゃれつくような仕草で微笑ましさを覚えた。更に頬を弛ませる僕を見て、フィアルカはますます不機嫌顔でぼこ、ぼこと繰り返した。
十数発打撃をもらったあたりで、フィアルカは手を止めた。街は、すでに夜の帳がおり、家に明かりが灯り始めている。祭りの方はますます活気づいてきたようだ。フィアルカは僕の肩にそっと頭を預けた。青銀の髪がしゃなり、と揺らめく。
「【あなたは本気なのね。本気でロリババアを作ろうとしていた】」
「ええ。当然です」
「【あなたは狂っている】」
「そんなことはありません。無いから、作ろうとしただけです。僕たち人間はいつだってそうやってきましたから」
フィアルカの髪が一筋、僕の鼻をくすぐった。
「【もっと聞かせて。あなたの話、聞きたい】」
フィアルカが耳元で囁く。気のせいか、甘えるような調子を帯びて聞こえた。それに気をよくして、僕は口を開いた。
「そうですね……何の話がいいかなあ──」
地面に手をついて背中を反らせながら、僕は思いをめぐらした。悩んでいるうちに、フィアルカが尋ねる。
「【命は、どこから来たの?】」
「ド直球で重い質問しますねえ。僕も見たことはないですけれど、見てきたように語ることはできますよ」
僕は宙に手をかざした。創造主の指先が発動して、小さな掌大の水の塊が宙に浮いた。
「生命は化学反応です。設計図であるDNAからRNAを『転写』し、RNAから体の中で様々な働きをするタンパク質を『翻訳』します。僕たちの世界では、生物のDNAやRNAを構成する塩基はアデニン、チミン、グアニン、シトシンの四種類。タンパク質を構成するアミノ酸は二十種類で、しかもほぼ全てL体です。これは殆ど全ての生物が共有する特徴で、僕たちの星の生物はただ一度しか発生せず、しかもそれらは全て同一の起源を持つという主張の根拠の一つになっています」
掌の上で、まるで無重力空間にでもあるかのように、水が球形になった。
「生物の根源は、RNAともタンパク質とも言われます。単なる物質でしかなかったこれらは、途轍もなく長い時間を経て『転写』と『翻訳』という機能を獲得しました。この時はまだ、個体はなく、ただ機能のみが生まれては消えていました。やがて偶然高効率の転写・翻訳機能を獲得したRNAだかタンパク質だかが現れます」
掌の上で水が揺らぎ、僅かに粘性を増した。
「これらは脂質──疎水性部位と親水性部位を併せ持つ有機化合物──が作る膜の中に閉じ込められました。生体分子の局在化です。これによって反応の効率が上がり、生物は様々な機能を獲得することになりました。運動、捕食、光合成、呼吸。細胞分裂による増殖と次世代を作る能力。細胞間のコミュニケーション能力。そして──多細胞生物の発生」
水がぼこりぼこりと泡だった。途方もない太古を感じさせる原始的な生物の影が、次々に水の中に現れては消えていった。始めは小さかったそれらは、加速度的に大きさを増していく。ナメクジのような軟体生物。海老の体のような触角とヒレを備えた平たい生き物。羽を広げること六、七十センチメートルもあろうかというトンボが僕の頭に飛び乗った。それを横から現れた巨大な爬虫類が捕まえ、食いちぎる。ネズミの群が足元を這いまわったかと思うと、見る間に成長して犬とも猫ともつかない生き物に変わった──。
それらの全てが、僕の手の動きに合わせて一瞬で消え失せる。フィアルカは残った光の粒をぼんやりと見つめていた。
「【本当に見てきたように語るのね】」
「それが仕事でしたから」
「【あなたの言う──DNA? やタンパク質はどうやって見るの? 顕微鏡?】」
「色々方法はあります。電子顕微鏡って言う──まあ凄い顕微鏡を使うこともあります。これはウィルスの形とか、ちょっと大きなものを見るのに便利ですね」
「【ウィルス?】」
「病気のもとですよ。細胞を持たない、タンパク質と核酸の集合体です。昔僕も見せてもらったことがありますけれど、機能性を凝縮したような姿で、とても美しいんですよ。今でも脳裏に焼き付いています」
「【ふうん……】」
「それからX線結晶構造解析とか──」
「【X……何?】」
「X線結晶構造解析です。原子レベルのものを見るためにはX線を使う必要があるのですが、X線のレンズを作るのはとても難しいんです。だからどうするかと言うと、タンパク質やなんかを結晶化するんです」
掌の上に光が集まり、今度は塩の欠片のような小さな小さな透明な塊が現れた。
「この結晶にX線を当てると、電子に衝突したX線は光路長の違いに応じて回折します。得られた回折点を集めてフーリエ変換を……まあつまり計算機上でレンズの代わりの操作をするわけです。そうすると電子密度が分かるので、セレンやなんかの電子密度の大きな重原子で位相を決めて──」
「【ん……。話し始めると止まらない。あなたの悪い癖】」
「う。済みません……」
バツが悪くなって頭をかいた。一方のフィアルカは、僕の手の上の立方体にじっと視線を注いでいる。
「【タンパク質が結晶になるの? 塩やなんかは分かるけど……なんだか変な感じ】」
「そうですね。この結晶──ユビキチンと呼ばれる有名なタンパク質が作っているのですが、このタンパク質は一分子あたり七十六個のアミノ酸からなり、分子量は約八千六百です。食塩、NaClの分子量が五十八程度ですから、いかに巨大であるか分かるでしょう? このユビキチンでさえ、タンパク質の中では極めて小さい部類です」
フィアルカの細い指が、ゴミのように小さな結晶を恐る恐る爪の先で突いた。
「ユビキチンの作る結晶は特異です。この結晶の最小単位は全ての軸の長さが等しく、かつ全ての角が九十度──完全な立方体になります。考えられますか? 曲がりくねったアミノ酸が畳み込まれて作られるユビキチンは、長く伸びた分子です。それが重なって結晶になると、完全な立方体を形成するんですよ? 他のタンパク質ではまずこうはいきません。これは人間の理解の限界を超えた対称性です──」
掌に乗せた結晶を指先で弾くと、それは虚空に飛んでいき、きらきらした光の粒に還った。その光景に目を細める。ふと、フィアルカの方に目を向けて、僕はぎょっとした。彼女は涙を流していた。
「ど、どうしたんですか? 具合でも……」
「【……分からない。無性に涙が出て止まらないの】」
フィアルカは眼鏡を外した。空色の瞳が大粒の涙を湛えて、星々の輝きを映していた。
「【あなたは──あなたにとっては、何もかも同じでしかないのね。人間も、妖精も、竜も魔族も──いえ、鉄くずや空気や石ころでさえ、──そしてこのわたくしでさえ、等しく観察対象でしかない。それは、とても恐ろしく悲しいこと】」
「そんなことはないですよ?」
僕は困惑して首を傾げた。
「どうしてそんな……言い方をするんですか? 僕だって竜は恐ろしいし、魔族は憎むべき存在です。そして、僕はあなたを愛しています」
「【ロリババアだから? あなたにとって、わたくしにはそれだけの価値しかないの?】」
挑むように瞳をきつく吊り上がらせ、彼女は問い詰めた。僕は彼女の頬に手を添えた。秋の夜気に触れて冷たくなった頬は、彼女の拒絶を表しているかのようだった。僕は掌全体で頬を包み込む。
「そんな安い男だと思わないで下さい。僕は結構、好みにはうるさいんです。ロリババアなら何でもいいってわけじゃないんですよ?」
「……」
「信じてくれませんか?」
「【浮気性。女を口説いてばかりだから、当然】」
視線を逸らしつつも、僕の掌に温められた頬は赤みを増しているように見えた。不満を示すように尖った唇が愛しくて、思わず唇を塞いでしまった。
「【ん……!?】」
驚いて硬直し、一瞬僕を睨んだ後、彼女は体の力を抜いた。熱い舌が絡まる。暫く口付けを交わした後、唇を離した。
「【……強引。体で言う事を聞かせようだなんて……】」
「フィア」
「【……? 何? 名前、変なとこで切らないで】」
「愛称です」
「【……変な愛称。フィアルカ、で一語なのに】」
「ダメですか? 二人だけの呼び名です」
彼女は唇を僅かに震わせた後、顔を背けた。僕は素直じゃない態度に微笑む。彼女の体を抱き締めた。呪いを封じ込めると言う防寒具の分厚い感触がして、彼女の肌を遠く感じる。
「フィア。僕はあなたを求めてこの世界に来て、あなたを遂にこの腕に捕まえたんです。そう考えると、ロマンチックじゃないですか?」
「【……言葉は正確に使って。わたくしが目的ではない】」
「それ以外は否定しないんですか?」
「……」
フィアは無言で僕の背中に腕を回して、きつく抱きついた。暫く無言で抱き合っていると、不意に、フィアが囁いた。
「【いろは】」
「何ですか?」
「【わたくしは……素直じゃないから。生涯できっと一度しか言わない。だからよく聞いて】」
震える声でフィアは言った。
「【ありがとう。わたくしを見つけ出してくれて、わたくしの手を取ってくれて、わたくしを愛してくれて。あなたを愛している】」
「──」
頬が弛んで、顔が熱くなるのを感じた。
「もう一回言ってくれませんか? 恥ずかしがっているあなたの顔は最高に可愛かったので」
「【~~死ね! 淫魔! 色情狂! 魔王! 笑顔サディスト! ババアキラー!】」
「あたた。痛いです」
胸をドンドンと叩く彼女をなだめつつ、僕は目を細める。僕の視線に気付いて、フィアは手を止め、うー、と唸った。老練な冷たさを滲ませる美貌に、子供のような不満げな表情が不似合いで、くすりと笑ってしまった。不満げな顔で、フィアは乱暴に僕の胸に顔を埋める。赤くなった顔を隠そうとするかのようだった。
胸の奥が温かな感じがした。気付くと、フィアがじっと僕を見つめていた。自然と唇が合わさる。丘に、抱き合ったまま寝転んだ。──今日の夜は長くなりそうだ。
**********
ベッドの上で、フィアが枕に顔を埋めている。なにやらブツブツ呟いているので耳を寄せてみると、
「【やってしまった……雰囲気に呑まれて……不覚……うわああああ……】」
最後辺りは枕にごりごり顔を押し付けて悶えていた。僕は苦笑して、耳元で囁いた。
「気持ちよくなかったですか?」
「【よかったけど! よかったけど! そういう問題じゃない! うーあー!】」
相変わらず顔は枕に沈めたまま、手足をばたつかせる。
「フィアは可愛いですね」
「【馬鹿! 死ね!】」
枕を投げつけられた。涙目で真っ赤になった顔があらわになる。彼女は顔を隠すものがなくなったことに気付いてあわあわと唇を震わせた。微笑んで、胸元に頭を抱き寄せる。また顔が見えなくなった。
「【……嘘。死んじゃイヤ。ずっと側にいて】」
「ええ。勿論ですよ」
青銀の髪を撫でていると、やがて安らかな寝息が聞こえ始めた。僕は自分の指を見やる。微かにピリリとした感触があった。霜焼けだ。呪いを受けた彼女の体に直に触れるのは、ローザやフウの加護を受けたとしても容易なことではなかった。けれど──。
「まあ、そんなことは些細なことでしかありません」
細い体を抱き締める。前より熱を持っているように感じた。
「愛していますよ、フィア」
彼女の体が、僅かに身じろぎをした。




