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永遠の桜  作者: ふがし
第3章 強襲編
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第32話 一日目/魔族

 巨大な柱が二本立っているのが見えた。赤く染められたそれは、数十メートルほどの高さで、帝城のバルコニーのような部分を支えている。少女が一人、そのバルコニーに佇んでいた。僕は周囲の群衆に混じって、城下からじっと彼女を見つめていた。少女は城下に居並ぶ人々を眺め、声を張り上げる。


『同胞たちよ! 先日わが国を未曾有の国難が襲った。悪魔の襲撃である。黒く、小さなこの悪魔、暗き奈落の国より飛来したバッタと呼ばれるこの虫たちは、我が臣民の尊き糧を奪い去らんと大群を率いてやって来たのだ』


 シシファの神聖皇帝オリザ。一対の白い翼と長大な尾を伸ばし、豊かな金色の髪を揺らしながら、彼女は演説をしていた。


『この虫たちに作物という作物を食い荒らされ、長い冬を前に脅え竦むものたちの絶望はいかばかりであったろう。しかしながら天は我らに味方したのだ。空を覆い日を翳らせるバッタたちが、聖なる光に浄化されて瞬く間に消え失せる有様を、臣民らも見たことであろう。これこそまさに偉大なる神の奇跡である!』


 彼女の声に応じて、人影が空中に躍り出た。燃え盛る十六枚の翼をはためかせ、金の髪をなびかせる彼女は、見るものに途方もない畏怖と崇敬を抱かせる。群集が一斉にどよめいた。


『畏みて拝謁するがいい、このお方こそ、悪魔どもを撃滅せしめた光の軍勢の統率者であらせられる。天の国の主、全て善きものの象徴たる方、永遠の魂の宿木にして全知全能の神、ロリババアのローザである!』


 わっ……! と、途方もない歓喜の声が沸きあがる。皇帝は両腕を広げてその声に答えた。


『主は妾に仰せられた、神聖皇帝を名乗り、神権の代行者として地の王国を治めよと! ここにシシファは年号を新たにし、国教をロリババア教と定める! 賛同するものは神の名を呼ぶがいい!』


 群集が一斉に拳を突き上げた。


『ローザ!』『ローザ、ローザ!』『ロリババア!』『ロリババアのローザ!』


 皇帝は満足げに頷いた。


『全て善し! 本日を国の紀元節と位置づけ、これより四日間を神を讃える祭りの日とする!』

『うおおおお!』『ローザ!』『万歳、万歳、万歳!』『ロリババアの神に万歳!』


 鳴り止まぬ万雷のような拍手に僕は目を細めた。皇帝に背を向け、熱狂する群集の間をかき分けてその場を後にする。一度だけ、ローザを振り返った。彼女は空中高くに浮遊している。顔は、遠くてよく見えない。僕は唇の端を吊り上げた。肩に止まるバッタ──アバドンの羽を撫でながら、


「ロリババアの神、ローザ万歳」


 そう一言だけ、呟いた。


**********


 ロリババア教を国教にする。この宣言は、意外なほどすんなり国民に受け入れられた。


「それほど不思議でもないだろう? 国民の三分の二以上は農民だ。農作物の被害を救ったとなれば、人気は高まる」


 実際は救ったわけではなくて、僕が出したバッタを僕自身が消したのだから酷いマッチポンプなのだけれど。


「華族はもともとロリババア教に傾倒していた。士族や神官どもも霞を食って生きているわけではないから、食料問題には敏感だしな」

「さぞかしいいものを食っていたんでしょうね」


 皇帝オリザは肩をすくめた。僕は今、オリザ、そして前皇帝である少年の二人に付き添って野外に来ていた。前皇帝はおどおどした印象が強い子で、およそ皇帝という言葉が似合わない。オリザと顔立ちはそこそこ似通っているのだが、オリザのような傲慢さや冷徹なカリスマは全く備えていないようだ。


「貴様の本性を知っているものにとっては業腹だろうがな」

「本性って言うとなんかあくどそうで嫌ですね」


 オリザは、「飛竜狩りをする」と言って僕を連れ出していた。鷹狩りみたいなものだろうか、と思ってノコノコついて来たのだが……。


「四匹目」


 凄まじい轟音と共に、撃墜された飛竜の体が地面に叩きつけられる。断末魔の痙攣を上げながら、落下の衝撃で骨が飛び出た手足をばたつかせた後、飛竜は絶息した。


「飛竜『で』狩るんじゃなくて飛竜『を』狩るんですか……」

「まあ、そうだな。野良飛竜は害獣だ。畑を荒らし家畜を襲う。越冬前は特にな。ある程度間引く必要があるのさ」


 飛竜の喉には長大な槍が突き刺さっていた。オリザの狩りは単純だった。槍を、投げる。ただそれだけで、虎ほどの巨体を誇り空を飛ぶ飛竜を、一撃で仕留めたのだった。


「滅茶苦茶だなあこの人……」


 冷や汗を流しつつ僕は呟いた。


「無茶苦茶と言うほどでもない。貴様の連れに比べればな」


 ふん、といつものように冷笑を浮かべつつ皇帝は言った。


「神が二柱、元神が一人、ハイエルフの英雄に刀仙、不死の魔人。これこそ滅茶苦茶だ。一体何と戦うつもりだ?」

「戦うだなんてとんでもない。ロリババアは愛でるものです」

「ふん」


 ドリルのように巻かれた金髪に指を絡ませ、ドレスの裾を翻す彼女は外見だけなら深窓の姫君という感じだったが、酷薄な冷笑とアイスブルーの瞳は肉食獣を連想させる。


「その気になれば、純血の魔族ですら殺せるかもしれんな」


 純血の魔族、か。ちりり、と胸がざわつく。この世界ではそれなりに有名な存在らしいけれど……。


「純血の魔族について、聞かせてもらえませんか? あまり知らないもので」

「うん?」


 飛竜から槍を引っこ抜きながら、オリザは僕を振り返った。白いドレスが汚れるのも構わず、足で飛竜の頭を踏みつける。


「まあ、妾もそこまで詳しくはない。そうだな、どこから話すか……」


 飛竜の死体にどっかと腰掛け、オリザは顎に手を当てて考え込んだ。


「魔族とは、血のことだ」

「……血?」

「ああ。魔力を持った血のような液体……と言うか……大雑把に言えば寄生生物だな。人間やら妖精やら、動物やらに寄生し、体内の血を置換して体を乗っ取る」


 ……思った以上にえげつない存在だった。


「知能はあるんですか?」

「場合によるな。本体である血はただの細胞と液体の集合で、知性はない。ただ人間などに寄生した場合、高度な知性を備えることになる。

 逆に昆虫などに寄生すると知性はほとんど無くなる。こういったものは寄生すると魔族としての意識は持たず、交配を繰り返すうちに血が薄まっていく。これを混血の魔族という」

「……」

「高度な知性を持った生物に寄生すると、魔族としての自覚を持つ。これは交配を一切行わず、魔術による自己進化を繰り返して急速に成長する」


 オリザは僕に顔を近づけた。彼女の舌先が僕の鼻の頭を舐めた。


「恐ろしいだろう? 交配を一切しないということは、愛という感情を全く理解しないということだ。故にやつらにあるのは無限の飢えと憎しみの感情のみだ。しかも魔族には同属意識も無い。混血の魔族を支配したり実験に使ったりすることはあるが、仲間とは思っていない。社会性が完全に欠如しているんだ。その上魔力だけは桁外れに高いときている。全くイヤになるよ」


 言葉の割には楽しげな口調でオリザはそう言った。


「歴史上、正式な記録に純血の魔族が登場するのは僅か三度だ。その三度とも、出現地点の国が滅亡している」

「どうやって倒したんですか?」

「倒せなかったんだよ、強すぎて。考えられるか、竜や高等神ですら即死させられたんだぞ? 竜があらゆる環境に適応できる究極の生物とすれば、純血の魔族は最強の生物なのさ」

「最強ですか……」


 呟きながら、頭では全然別のことを考えていた。寄生する生物ということは、本体である血は長生きしつつロリボディを乗っ取れるということで。


「寄生系ロリババア。ありだと思います」

「……。は……?」


 珍しく完全に困惑した表情で目を点にする彼女に、僕は微笑みを返したのだった。


**********


「混血の魔族を見てみるか?」と皇帝に誘われた。純血の魔族はめったに人前に姿をあらわさないが、混血の魔族はよく見かけるらしい。捕らえてあるということだったので、興味を引かれて城に戻った。途中、見知った顔を見つけた。


「田中さん?」

「やあ、やっと会えました、いろはさん」


 くわ! と顎を開くという特有の笑顔を浮かべたのは、虫人の田中さんだった。相変わらずゴキブ……もとい昆虫のようなつやつやした体が異彩を放っている。アイルの街では着物姿だったが、今はスーツに山高帽という大正の小洒落た男性という感じの出で立ちだった。


「いやはや驚きましたよ。急に家にオリザ──現神聖皇帝陛下が訪れて、日本語を教えてくださいときたもんですからな」

「迷惑をおかけしました。……そう言えばうちの信徒の教育も手伝って頂いたんですよね」

「ま、そうですな。いやあ、私なんぞはこっちに来てから言葉を覚えるのに必死でしたが、まさか日本語の方を広めようとは……発想の方向が斜め上ですな」

「いやどうにも、昔から語学は苦手なもので」


 二人で歓談している内に、ロリババアズも集合してきた。久しぶりに桜お姉ちゃんやリリアさんの顔を見て、思わず頬が弛む。抱き付いてくる二人の体を受け止め、頬ずりをした。最近ロリババア分が不足していますからね。補充しなくては。


 皇帝に促されて、ロリババアズ+田中さんの計七人を伴い、地下への階段を降りて、座敷牢のような場所に至る。中は薄暗く、じめじめとしていた。時折響き渡る獣の呻きじみた声が不気味だった。


「混血の魔族は、純血の魔族により体を改造されることがある。自己進化の実験台にされるわけだな。結果、その殆どは異形となる。一方で知能を備える場合もある。ひょっとしたら、純血の魔族の情報が聞けるかもな」


 燭台を手にする皇帝の白い顔が、炎に照らされてぼんやり浮かび上がる。声が反響して不気味さを煽り立てていた。やがて、皇帝は一つの牢の前で立ち止まる。そこにいたモノたちを見てロリババアズはいずれも息を呑んだ。


 異形。なるほど頷ける。


 一体は、球状をしていた。球のあちこちに大小様々な顔が張り付き、ねじくれた手足がこれまた何本も不規則に伸びている。あう、うああう、あううう、と呻きながら球はでたらめに床を転がっている。


 一体は、イルカに似ていた。流線型の体にヒレ、しかし背中からは翼が、腹側には昆虫じみた無数の脚が伸びており、床をかさかさと高速で這い回っている。目は哺乳類のものと昆虫の複眼や単眼が並列してついていた。


 一体は、巨大なタコに似ていた。肥大化した頭部には目鼻口がつき、長い舌を触角のように動かして地面を舐め回している。腹部は異常なほどに細く、申し訳程度についた脚部でカリ、カリと床を掻いている。


 一体は、姿形は人間に似ていたが、体の表面は金属質の骨格で覆われ、丸太のように太い手足は岩さえも容易く砕きそうに見えた。


 それらを見て、僕は。


「いやあ面白いですねえ、田中さん」

「いや全くですな」


 田中さんと一緒に笑い合った。ロリババアズが「……えっ?」と僕たちをガン見したが、構わず談笑する。球状のモノを指して僕は言った。


「見てくださいよあの球。多分こう、感覚器と運動器を大量に載せてみよう的な発想だったんでしょうねえ」

「でしょうなあ。ははは。いかにも初心者の作品って感じで微笑ましいですな。きっと自己進化の初期に作ったんでしょう。しかしあれじゃあ恐らく、脳内で処理するとき混乱しますな」

「ああそれでさっきから唸ってるのか。あのイルカっぽいのは、何か全部詰め込みましたって感じですよね」

「陸海空制覇! てノリだったんでしょうなあ。どう考えても器用貧乏ですが。失敗作でしょうなあ」

「タコっぽいのは悪くないですね。脳の容量を大きくした知性特化型でしょう」

「ですなあ。ただいくらなんでも運動能力がなさすぎですな。鳥のエサでしょうあれじゃ。その点むこうの金属っぽいのは素晴らしいですな」

「高度な身体能力、多分知性もありますね。まあ無難な形に落ち着いたってところでしょうか」


 二人でそんな会話を交わした。田中さんは脚で顎部分を撫でるような仕草をしながら、


「しかしあれ、欲しいですなあ。体の構造がどうなっているか非常に興味があります」

「ですね。核酸抽出用、タンパク質抽出用、飼育用解剖用……ああ一体ずつしかいないのが惜しいなあ」

「うーむ。取り敢えずあれですな、体細胞を拝借して培養系の確立を──」


 田中さんの言葉を桜お姉ちゃんが遮った。


「……おい、そこのマッド二人。大概にせんか」


 見回すと、皇帝含めてロリババアズがドン引きしていた。


「えー……。いやだってこう、ときめきませんか? 好奇心を刺激するものがある、というか……」

「ないじゃろ」「ないですね」『ない』『ないにゃ』「【ないわ】」「ないな」


 ロリババアズに一斉に突っ込まれてちょっとしょんぼりする。


『もともとの目的を忘れるな。純血の魔族の情報を聞く、だろう?』

「……はーい」

 

 ローザに諭されて、田中さんと共に頷いた。ローザは手をかざして『託宣』を使った。僕はそれを確認してから、牢の前でかがみこむ。タコ型魔族がじろりと僕を見た。


『何の用だ、人間? 話すことなどないぞ』


 つれない態度だ。……ふむ。


「いやちょっと話をしたいんですよ、核酸抽出用さん」

『うわ意味は分からないけれど何か不吉な名前つけられた……』


 びくう! と震えながらタコ型魔族は小さな手足を震わせて僕から遠ざかった。……失礼な。


「別に不吉じゃないですよ? 核酸ってのはまあ、ざっくり言えば体の設計図であるDNAと転写産物のRNAなどのことです。組織ごとに細胞をすりつぶした後フェノクロ・エタ沈などで抽出し──」

『滅茶苦茶不吉じゃねーか! いやよく分からんけど!』


 タコさんがざっくばらんな口調になった。くわ! と口を大きく開けて威嚇するように鳴いた。ふむ、と僕は顎に手を当てて考え込んだ。


「思ったよりずっと高度な知性がありますね。……ちょっと脳の構造を見てもいいですか?」

『いい訳ねーだろ!? こえーよお前どういう思考してんの!? お前の脳の中身の方が気になるわ!』

「大丈夫ですよちゃんと麻酔打ちますから。……最近面白い研究がありまして。こう、光受容体チャネルをマウスの脳で発現させてですね、生きたまま頭蓋骨を切開して脳に光刺激を与えるんです。すると人為的に行動を制御することができるんですね。あれを見ちゃうと何ですね、──知性のある生物で実験して、どういう感覚なのか聞いてみたくなりますよね?」

『助けてー! こいつ話通じない!』


 タコさんが周りに助けを求め始めたところで、僕は微笑んだ。


「もちろん冗談ですよ?」

『嘘だ目がマジだった』

「冗談で済まして欲しければ純血の魔族の情報を教えなさい」


 タコさんはうむう、と唸った。


『教えるも何も、オレも大したこと知らんぞ。何かすげえ強いってことくらい?』

「……。アメリカで記憶チップを外科的に組み込むことで記憶野を人工的に拡大するという実験がですね……」

『あっやめて今思い出すから! ええと、この星の始まりから生きているっぽい! あと外見! 外見は人間の女の子だった!』

「……女の子?」


 ぴく。と僕の眉が跳ね上がる。ロリババアズが「あっ…… (察し)」みたいな顔をした。タコさんの方はというと、僕が興味を持ったと感じたのか、勢い込んで話し出した。


『そうなんだよ。うちの主人、色々実験したけど、結局姿は変えなくて寄生した人間の姿そのままなんだよな。なんか思い入れでもあるのか、単に面倒くさいのか知らん──ひ!?』


 言葉の途中でタコさんは僕の顔を見やり、悲鳴を上げた。人の顔を見て失礼だなあと思ったが、それよりも興味の対象は純血の魔族の方に移っていた。


「ふふふ。楽しみですねえ。さえずりのラーツェの話によると、向こうも僕に興味を持っているようです」


 ちらり、とフィアルカに目を向ける。空色の瞳は、暗い憎しみを宿して強い光を放っていた。僕は微笑んだ。


「……悪いロリババアは懲らしめてさしあげなくてはなりません。そうですね、フウ?」

『にゃ!? う、まあ……』


 突然話しかけられて動転したのか、しどろもどろになりながらフウが返した。僕はまだ見ぬロリババアに空想の翼を広げつつ、くすくす、忍び笑いを漏らした。


『……にゃー。ドス黒い笑顔だにゃ。魔王モードになってるにゃ』

「うーむ。まあ黒いいろはも悪くないのう」

「腹黒ショタ。最高ですね」

『汝ら……他に言うことはないのか……?』


 桜お姉ちゃんとリリアさんの言葉にローザが半眼で突っ込みを入れたが、虚しく黙殺されたのだった。


**********


 皇帝の宣言どおり、国を挙げての祭りが開催されようとしていた。城の窓から見ると、城下では慌しく人が走り回り、道には既に出店が開かれていた。


「取り敢えず中央教会へは皇帝が話をつけてくれて、指名手配は取り消されたようですし、まあちょっとのんびりしましょうか」


 桜お姉ちゃんに膝枕されながら、僕は呟いた。中央教会は他大陸にあるらしい。現状、こちらから手を出すのは非常に難しい。考えはないでもないけれど、確実に死人が出るのでやりたくない。


「ここまで散々引っ掻き回しておいて不殺を誓うのも変な話じゃが」

「別に倫理観でそうしているわけではないですよ? これからは全ての人間がロリババアになるのですから、その芽を摘み取りたくないだけです」

「ああそうかい」


 いずれ、中央教会を叩き潰す必要があるだろうが、今はその時ではないということだ。


 周囲には僕たち二人以外誰もいない。ゆったりした時間の中で、僕はうとうとし始めた。ここ最近、他国に出かけたり戦闘したり、色々なことがあったので疲れているのかもしれない。


 祭りの日には僕の愛する人たちと、ゆっくり話をしたい。夢想に浸りながら、僕は瞼を下ろし、意識を手放したのだった。



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