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永遠の桜  作者: ふがし
第3章 強襲編
33/39

第31話 悪魔の羽音


「いやあ、いい天気ですねえ」


 唐傘をくるくる回す。空は雲ひとつなくカラッと晴れ上がっている。程よい日の光がぽかぽかと心地よい。こんな日はのんびりデートでもしたいものだ。


「ねえ、そう思いませんか? ──アルダンイール白竜公爵」


 傍らに座する竜に微笑みかけた。彼は巨体を折り曲げるように座り、燃えるような殺意のこもった瞳で僕を睨みつけていた。


『……アレは、あなたがやったのか?』

「アレ? ああ、あれですか。勿論そうですよ。そう確信したから、来たんでしょう? 僕と交渉するために」


 アレというのは、もちろん創造主の指先で生み出したモノのことである。くす、くす、くす。笑いを漏らすと、公爵はギリ、と牙を噛み締めた。彼に向けて『調査』を使ってみる。




アルダンイール

種族 竜

年齢 約4000歳


能力

筋力 300

耐久 418

敏捷 277

器用 201

知能 157

魔力 210

信仰 188

意志 120

魅力 110


技能

竜言語魔術    ランク3 Lv203

剣術       ランク2 Lv99

馬術       ランク2 Lv55

格闘術      ランク2 Lv50

交渉術      ランク1 Lv18




「へええ。以前は落ち着いて見られませんでしたけど、かなりお強いんですね」

『……』

「剣術、馬術、交渉ですか。まるで人間みたいな技能ですね、公爵」

『……何が言いたい?』

「あなたは人間的な思考回路をしていますね。強大な力を持ちながら皇帝に忠誠を誓うその生き方、己の力を頼みにせず伏兵を配置する用心深さ、周到さ。……もしもあなたが理性ない怪物だったら、僕はなすすべがなかったでしょう」


 歩み寄って鼻先に触れた。ごつごつとした鱗の感触がした。


「けれどあなたは人間的な思考ゆえに、今となっては僕に手を出すことができない。なぜならあなたの最優先の目的はこの国の維持と守護であり、僕の殺害はその手段の一つでしかないから」

『……あなたをこの場で殺害することもできる』

「やめておきなさい。僕を殺したって、アレは消えませんよ?」


 実のところこれはハッタリだった。創造主の指先で生み出したものが、僕の死の影響を受けるのかどうか、僕自身にすらよく分からないからだ。しかし事実がどうであるかなどはどうでもいい。公爵は愚かではない。希望的観測に頼ってこの場で僕を殺すことはしない。


『……何を望む』

「皇帝に会わせなさい」


 端的な僕の言葉に、公爵はさしたる驚きを見せなかった。予想の範囲内だったのだろう。竜は冷ややかに僕の後ろ──ロリババアズを睨みつけ、ならん、と一言斬り捨てた。


『あのようなものたちを陛下のもとに──』

「なら、こうしましょう。僕と、通訳でローザ。この二人だけで行きます」


 その言葉に目を剥いたのは桜お姉ちゃんだった。


「なっ!? 何言っとんじゃ!? 駄目じゃそんなの、危険すぎるわ!」

「危険すぎる。そうですね。僕はこんなにか弱い存在ですから」


 彼女に微笑みを見せてから、竜に向き直る。


「どうですか、僕だち二人だけならそこまで恐れることはないでしょう?」

『……』

「困りましたね。こうしている間にも、あなたの国に未曾有の災害が訪れつつありますよ? 悩んでいる時間などないのでは?」

『……ぐっ』


 竜は天を仰いだ。巨体を縮こまらせるようにして長く息を搾り出す。


『……主君よ、わが身の無能をお許しください』


 腹は決まったようだ。僕は微笑みを向ける。


「賢明な判断です。さ、行きますか」


**********


 竜の背に乗せられて、シシファの帝都に向かう。空から見たシシファは緑が多い印象を受けた。聳え立つ山々に囲まれた所に、巨大な城郭が見える。西洋の城と言うよりは、中国あたりの城に近い印象だった。多分、皇帝の城だろうと当たりをつけた。


「いい眺めです」


 竜の背中に乗って飛ぶことになるとは。異世界の醍醐味だ。子供心を刺激されて、胸が高鳴った。

 竜は、城の中ほど、広大な庭園に降り立った。滑走路的な場所なのか、周囲にはあまり高い草木や物がなく、広々としている。何十何百もの武装した人影が取り囲んでいる。僕とローザが背中から下りると、ざわ、とどよめきが起こった。


 人の多さに内心ちょっとビビりながらも、涼しい顔を作る。竜はひゅう、と一声鳴くと、人の姿を取った。外見にして四十代、鍛えられた体と気品ある風格が漂っている。白いものが混じった眉を厳しく吊り上げ、人間形態の公爵は顎をしゃくった。促されるまま、歩き出したその背中に付いて行く。


 装飾過多な回廊を抜け、開けた場所に辿りついた。両脇に武装した兵士が立ち並び、真正面の数段高くなったところに、御簾が垂らされている。公爵と並んで歩く。公爵は御簾の前で正座し、深く頭を下げた。それを見下ろした後、僕は御簾に視線を向けた。周囲には文官だか華族だか、あまり鍛えていなさそうな者たちが正座して頭を垂れている。御簾の向こう側で人影が揺らめいた。これがシシファの現皇帝か? 八歳の子供であり、傀儡と聞いていたけれど──。


 不意に、御簾が上げられ、向こう側が露になった。……こんなあっさり姿を晒していいのかな? 眉をひそめて公爵に視線を向けるが、これは彼にも予想外だったようで、怪訝そうな顔をしていた。


 姿を現したのは、子供皇帝──ではなかった。それは、女だった。豪奢な金髪は螺旋を巻いて垂れ、冷ややかな青い瞳は嘲るように僕を見つめている。白絹のドレスに小さな体を包み、頭にはぞんざいに王冠を被っていた。傍らの台に身を預けるようにして寝そべっている。すぐ横に、小さな男児が身を固くして正座していた。アジア風の周囲に対し、異様とも言える女の姿だったが、あまりにも自信に満ち溢れた態度であるため、周りの方が場違いなのではないかという錯覚さえ覚えてしまいそうだった。


 人間では、ない。背中から生える蝙蝠のような翼と蜥蜴のそれに似た尾を見れば明らかだ。竜、と言う言葉が浮かんだ。


「生まれ落ちてより──」


 女が口を開く。聞くものを圧倒する、カリスマに満ち溢れた声だ。驚いたことに、それは完璧な日本語だった。


「野心を抱いた。この世界を妾の手に収めたい、とな」


 公爵が弾かれたように勢いよく立ち上がった。


『何を──何をしている!? そこは陛下のおわす場所だぞ!?』

「今は妾が皇帝だ。頭が高いぞ──父上」


 父? 公爵をまじまじ見つめる。全然似てないのは、まあ変化の術に長けた竜種なのだからそれほど不思議ではないけれど。そうか、竜かこの人。僕はおずおずと口を開いた。


「日本語、お上手ですね」

「貴様には以前から注目していた。田中、とやらに接触して習ってな」


 田中さんかー。迷惑かけてしまったかな。あの人ならむしろ楽しみそうな気もするけれど。


「ちなみに、お年は?」

「定かではないが、五百くらいだったかな」


 ほほう。……ほほう。


『そんなことはどうでもいい! お前が、皇帝だと!? 気でもふれたか!』

「まあまあお義父さん、ちょっと落ち着いて」

『誰がお義父さんか!?』


 僕の言葉にお義父さんが怒った。皇帝は冷ややかに笑う。


「正統な手続きを踏んで譲位を受けたのだ。問題あるまい? 血筋的にも、妾は皇族の血を引いているしな」


 彼女は傍らに座る少年の顎を撫でさすった。少年は居心地悪そうに身を震わせる。どことなく、少年には女と似た雰囲気があった。ひょっとしたら、あれが八歳だという前の皇帝だろうか?


「そうだろう、坊や。妾が皇帝になるのと、貴様が皇帝を続けるのと、どちらがよいか?」


 少年はもじもじと手を擦り合わせた後、口を開いた。


『その……大姉様が皇帝になられた方が、いいです』

「だ、そうだ」

『お前が! 言わせたのだろう!』


 公爵が烈火のごとく怒り狂った。不意に、皇帝はうって変わって哀れむような顔になった。


「父上。まるで人間のような口調で、人間のようなことを言うようになったな」

『は……?』

「人間を娶り、長く人間になりすぎて、心まで人間に堕したか。竜とは、もっと傲岸で、不遜で、誇り高い生き物だ。貴様は、既に竜ではない」


 言い捨てて、それきり興味を失ったように公爵から視線を逸らし、皇帝は僕を見据えた。僕は首を傾げる。


「ええと……いまいち話についていけないのですが」

「何、大したことではない。早い話、皇帝の座を妾が奪い取ったのだ。すまんな、身内の恥を見せて」

「はあ」


 それは結構大したことなんじゃないかな。思ったが、聞いたのは別のことだった。


「……あの、あなたが皇帝になったってことは、僕の処刑命令は取り消しですかね?」


 処刑を撤回させるために悪魔を呼び出す、とか格好つけて言った手前、それはちょっと情けないのだけれど。


「ふん、その話か。妾個人としては貴様を生かしてやりたいが──」


 青い瞳が周囲の男達を睥睨する。


「周りの連中がそれを許さんだろうな」


 面白がるような口調で彼女は言った。どんな手を使ったのか知らないが、皇帝の座を奪い取った彼女なら周囲を無理矢理従わせることもできそうな気がするけれど。僕を試しているのだろうか。


 まあ、それならそれでもいい。僕はぴ、と人差し指を立てた。


「なら、取引をしましょう」

「取引?」

「はい。僕の処刑命令を撤回し、僕や僕の大切な人たちに手を出さないと誓ってください」

「ふむ。対価は?」

「あなたたちを殺さないでおいてあげます」


 周囲がざわめいた。腰に手をやる兵士たちを目で制し、皇帝は続きを促した。僕はにっこり微笑む。


「この国に災害を撒き散らす悪魔を解き放ちました。あなたがたの返答いかんによっては、僕としては大変心苦しいのですが、皆殺しという形になってしまいますね」

「ほう? で、悪魔とは?」


 僕は腕を振りかざす。光が収束して、生まれたのは一匹の昆虫だった。長い筒状の胴体に、長い羽。後脚が極度に発達している。


「ふむ……虫か。見ない種だが、それは?」

「これは僕の故郷で飛蝗──バッタと呼ばれる生物です」


 そう。僕が生み出したそれは、何の変哲もないトノサマバッタだった。この世界では、田中さんのような虫人や、森で見た巨大昆虫のように、昆虫の大型化が進む一方で、小型昆虫はあまり発達していないのかもしれない。周囲のものたちは不思議そうな顔をして見ている。


「ふうん。それは、人間を食べるのか?」

「いえいえ。もっとおぞましいものです。これは作物を食べます」

「……。ふむ」


 皇帝が目を細めて、公爵を見やった。


『……既に被害が出ている。小さな黒い虫の群が作物を食い荒らしていると……』


 搾り出すような声で公爵は言った。僕は笑みを絶やさないまま、壁際に歩み寄った。兵士の間をすり抜け、窓から外を見ながら、言葉を続ける。


「蝗害。僕の世界ではそう呼ばれます」


 蝗害、文字通り飛蝗のもたらす災害だ。ある種のバッタは生育環境によって孤独相と群生相という二つの異なる形態をとる。孤独相は通常よく見られる形態で、体は緑色、性質も大人しい。日本でも馴染みが深いだろう。

 

 一方で、群生相は体が黒く、大型化し、群をなして大飛行して、作物を食い荒らす。それだけではない。全ての草木類を食い荒らすため、家畜の牧草も、衣類を作る麻や綿の類もなくなる。後に残されるのは大量の糞と、餓死者と──次世代の卵だけだ。そう──。


「そう、ちょうどこんな感じでね」


 僕の言葉に応じて、空が一面黒く濁った。僕の視線を追って空を見た兵士や文官たちが、ひ、と声を漏らした。

 そう。それは全て、僕が創り出した群生相のバッタなのだ。日の光を完全に遮り、おぞましい羽音を立てながら、悪魔の軍勢は空を行く。

 地球上ではこれほどの数が生まれることなどありえない。無から有は生まれ出ないからだ。しかし、創造主の指先はたやすくそれを可能にする。


「今はちょうど収穫期ですね。村々では稲が穂を垂れていましたよ。これから長い冬ですし、農家の皆さんは張り切っていたでしょうねえ。蓄えは重要です。税収もあるでしょうしね。あらゆる作物は食い荒らされ、飼料が不足して家畜も死に絶えます。備蓄した食糧にもバッタは群がり、食い尽くします。深刻な飢饉がこの国を襲うでしょう。

 食べ物が無くなったらどうなるのかな。奪い合い、暴動。人々はやせ衰えて次々倒れ、身売りや人肉食も横行するでしょう。治安も悪化して二次災害も拡大します。もちろん華族の皆さんだって胡坐をかいてはいられませんよね。

 そしてこれらの災害は何代にも渡って続くわけです。いやあ……何人くらい死にますかねえ?」


 くす、くす、くす。絶句した男達の間に、僕の笑い声だけが響く。僕の言うことは、単純だった。


 この国に、緩慢で確実な死を。 


 ギリ、と歯を鳴らす音が聞こえた。兵士の一人が、不意に腰の剣を抜き放った。


『ふざけるな、この、この……、魔王め! この国から出て行け!』


 兵士たちに動揺が走る。剣を抜いた兵士を止めようとするが、彼はそれを振り切って真っ直ぐ僕のもとに踏み込んできた。僕は、それを微笑んで迎える。あと二メートル、というところで、窓から黒い塊が一直線に兵士に向かった。あたかも川の奔流のようなそれは、黒いバッタの群れだった。叫び声を上げる兵士の鎧の隙間から入り込み、口の中に一斉に突入する。くぐもった悲鳴を上げて、兵士は床に倒れ臥し、手足を痙攣させた。


「困った人だな。僕は平和主義者で、愛の信奉者なんです。ねえ……僕に人を殺させないで下さいよ」


 殺してはいない。多分、ショックで気絶しただけだろう。それでも周りに与える衝撃としては十分だ。がち、がち、と鎧が震える音が響いた。

 そんな中、皇帝だけは面白がるような笑みを崩さない。


「貴様の故郷にいる虫なのだろう? なら、対策の手段を貴様の脳に聞いてみるか」

「やめておきなさい。殺虫剤、と聞いても何一つ理解できないでしょう? あなた方はあまりにも稚拙です。技術、資源、それを扱う施設、人手、何もかも足りない」

「ふむ。では、そうだな。父上にアレを全部食べてもらうか」

「ああ、それはいい手ですね。でも、誰がこの国だけにアレを放ったと言いましたか? この大陸全て、食い尽くしますよ。この国だけ救っても、他の国から飢餓に苦しむ民が押し寄せて来るんじゃないですかね。それを全部追い返せますかねえ?」

「じゃあ、他の国に父上を派遣するというのはどうだ?」

「竜を? 派遣する? あははは。軍事的介入と捉えられるんじゃないですかねえ。それは都合が悪いでしょう?」

「はは。これは一本取られたな。じゃあ、民にはバッタを食わせよう」

「発想の転換ですね。しかし惜しいかな、タンパク質だけで人間は生きられないのですよ。ビタミン不足はより生を苦しくするだけでしょうね」

「むむむ」

「僕を助ける気になりましたか?」

「ううむ。もう一声」

「じゃあ、こうしましょう。こちらのローザはロリババアの神で、農業に長け、健康や美容を司ります。今僕を助け、ローザを信仰していただければ、作物はみるみる育ち、国民の皆さんも元気になって大変お得ですよ」

「貴様、それは布教したいだけだろうが」

「あはは。バレましたか」

 

 和やかに談笑するような雰囲気の僕らに、周囲の男達は薄気味悪いものを見るような視線を向けた。

 皇帝はポン、と手を打った。


「じゃあ、仕方ないな。こうしよう。妾は貴様を生かしてやる。その代わり貴様を利用しよう。手を貸せ」

「手を?」

「ああ。貴様のその……ロリババア教? だかを国教にする」

「はあ……。僕としては願ったりかなったりですけど、いいんですか?」

「国の意向が複数の宗教に左右されては都合が悪いのだ。ここに宗教と王権を一本化する」

「ああ……なるほど」


 皇帝は傍らの文官に目をやった。


「記せ。帝国暦千四百十年、……つまり今年だな。皇帝オリザは先代の皇帝より位を譲り受ける。同年、皇帝は教祖イロハ、及び偉大なるロリババアの神ローザに拝謁し、その尊き言葉を賜った。教祖イロハは数々の奇跡を示し、皇帝はこれに心服して神の御業であるとし、ローザを信仰した。ここにオリザは国教をロリババア教と定め、神権の代行者にして地上の王国の支配者である初代神聖皇帝を名乗る。……ふむ。なかなか感動的な筋立てじゃないか、ええ?」

『何を……勝手な!』


 公爵がくわ! と鬼のような形相になったが、皇帝は相変わらず冷笑を浮かべたまま、射抜くように彼を見た。


「勝手? 貴様らにやる気がないから、妾がこうして出張ってきたんじゃあないか。それとも何か、この現状を打破できるヤツがこの中にいるのか?」


 公爵は言葉を詰まらせた。青い瞳が居並ぶ者たちの顔を一つ一つ眺める。まともに目を合わせられる者は居なった。

 ふん、と鼻を鳴らし、皇帝は僕を見据えた。


「喜べ。お前の宗教を世界一のものにしてやる。なんなら、小国の一つや二つくれてやってもいいぞ」

「国は、いりません。僕は地上の王国の主ではありませんから」

「ふん? ならば、何だ」

「天の国の主です」

「天の国とは何か?」

「ロリババアの世界。僕の理想の世界です」


 うっとりと目を細める僕に、皇帝は呵呵と笑った。


「真性の狂人か、一代の傑物か。いずれにせよ、気に入ったぞ。この妾の至高の美を理解できる男がいるとはな。後で寝室に来い。愛でてやる」


 言って、皇帝は薄い胸を反らせて流し目を送ってきた。やったー。……いや喜んでる場合か。

 創造主の指先を解除する。外を埋め尽くしていた黒い群が一斉に光に還った。空を埋め尽くす光は、神々しさを感じさせる。男達が、言葉を忘れてそれに見入った。

 この場はそれでお開きとなり、僕とローザは一室をあてがわれた。


**********


 部屋に入り、鍵を閉める。部屋は、中々豪勢だった。柔らかな布団に寝そべり──。


「つ、疲れました……」


 ぎゅう、とローザを抱き締めた。


「やだあの人怖いです! もー、何なんですか! こっちはロリババアをただ愛でたいだけなのにー!」

『いろははヘタレ可愛いな』


 ローザはよしよし、と頭を撫でてくれた。冷や汗で背中はぐっしょり、笑顔を張りつかせていたせいで顎が強張って泣き笑いみたいな表情になった。


「急に斬りかかってくるし! 咄嗟にバッタを向かわせて何とかなりましたけど……悪いことしましたね……」


 『異形の魂』のせいだろうか。基本的にロリババア以外には蛇蝎のように嫌われるのだ。理性とかそういう部分ではなく、本能的に僕に憎しみを抱いたのだろうと思う。


「しかし、神聖皇帝ですか……本格的にロリババアがワールドワイドになってきましたね。これは全人類総ロリババア化も夢ではありません!」

『そういうところが憎まれる原因だと思うのだがな……』


 ローザが苦笑を浮かべた。まあ、なんやかんやあったが、取り敢えず身の安全が保証されただけでもよしとしよう。

 

 不意に、僕の頭の上にバッタが一匹乗った。


『それは?』

「ああ、この子ですか。統率役ですよ」

『統率役?』

「ええ。何も本当に皆殺しにしたかったわけじゃないですからね。適度に食い荒らしてすぐ次に移るよう、この子に制御してもらったんです」


 バッタは複眼でじっと僕を見つめている。見た目はただの虫だが、彼は高い知性を備えているのだ。


「知性を与えてしまうと、消すのも忍びなくて」

『ふむ……』


 ローザの指が触角を軽く撫でる。


『連れて行くのか?』

「まあ、折角ですし」

『名前は?』

「考えていませんでしたね。……黒いから、クロとか?」


 バッタはふるふる、と器用に首を振った。


『嫌そうだな』

「ううむ。可愛い系がいいのでしょうか、かっこいい系がいいのでしょうか」


 考えて、聞いてみる。


「ぽん太、とか」


 ふるふる、首を振る。


「宗司」


 ふるふる。駄目か。


「うーん……。ルシファーとか?」


 ちょっと悩んで、こくこく。


「あなた中二ですか……」


 まあ、いいか。こっち系統でとなると……。


「アザゼル。アル・シャイターン。バアル・ゼブル。タナトス。イブリース……」


 ちょっと悩むも、ふるふる。いまいちお気に召さないようだ。


「じゃあ、アバドン」


 こくこく。お、気に入ったようだ。しかし何の名前だったかなあ。昔ゲームかなんかで聞いただけなので、あまりよく覚えていない。


「そんなにかっこいいとも思えないですけれど。まあいいです。よろしくお願いします、アバドン」


 こくこく。アバドンは僕の肩に飛び乗った。

 その頭を撫でながら、僕は考える。


「さてさて。こっちは片付きましたし、次は中央教会ですね。僕の大事な人たちに手を出した報いを受けてもらわなくては。……ふふふ。どうしましょうねえ?」


 僕の呟きに、キシシ、とアバドンが笑うように顎を動かした。


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