第30話 さいなむものが群がって私を囲む
白竜が巨大な火球を吐き出す。
桜お姉ちゃん、リリアさん、ローザ、フウ、シャオさん、フィアルカ。六人は瞬時に視線を交わした。
フウが真っ先に動いた。
『シャアアアア!』
虚空から炎をまとった剣を抜き放ち、地を蹴って上空の白竜に躍りかかる。一拍遅れて、刀を抜き放ったシャオさんが続く。リリアさんは、巨大な鎧を着込んだ状態で、地面に膝をついた。バシュ、と音がして、鎧の右腕が変形し、弓状になる。矢をつがえて、竜に狙いを定めた。
桜お姉ちゃんとローザはほぼ同時に印を切った。僕たちの頭の上を覆うように、黄金色の膜が何枚も重なり合って現れ出でた。その瞬間、金色の膜に向かって炎が炸裂する。防げたかに思えたが、ばち、ばち、と何かが破れるような音と共に、重なった膜が何層か消える。
「げっ!? なんちゅう火力じゃ、結界が破られるぞ!」
『魔力を帯びた炎だ。見た目で判断してはならぬ!』
桜お姉ちゃんが悲鳴を上げ、ローザが唸り声を漏らす。
フィアルカが舌打ちを一つして、印を切る。途端、足元の土が急激に盛り上がるや、大量の土砂の奔流となって火球を押し潰した。じゅわ……、と尚も土の隙間から暫く煙が漏れ出たが、やがて完全に消火されたのか、それも立ち消える。
「【なぜわたくしがこんなことを……】」
ぼやきつつ、魔女はブーツで足元に魔法陣を刻んだ。
「【……黄泉の扉を開かん】」
ぼそり、という暗い呟きと共に、魔法陣が淡く発光する。ぞくり、背中に寒気が走った。不意に、ぼこり、ぼこり、地面が突き出るものがあった。ひどく生白い肉の塊が、海草のように揺らめきながら生え出でた。手だ。無数の手が、地面から生えている。それらの手が、一斉に印を結ぶ。無数の氷の槍が現れ出で、竜に向かって射出された。
リリアさんの放った矢が竜の鱗に突き刺さる。子供の腕ほどの太さもあるそれは、深々と突き立った後、激しい爆音を上げて四散した。尋常の生物なら即死するレベルの爆発だったが、生憎竜にとってはかすり傷でしかなかったらしい。続く魔女の氷の槍も、軽く体を捻っただけで打ち落とす。
フウを目の前に捉えたとき、竜は最も大きな反応を見せた。ヒュウ、と鋭い呼気を発する。一抱えほどもある火球がフウに襲い掛かった。
『魔炎のイズラ・フロウに炎術で挑むか! 笑止!』
呵々と笑い、フウは火球に包まれながらも突進を緩めない。キラリ、何かが光った。炎の影から無数の刃が飛び出し、フウに向かって伸びる。勢いを殺せず串刺しになるかと思われたが、後続のシャオさんが刃を叩き落した。フウは宙返りを一つして、白竜の頭の上に着地し、剣を突き立てる。が、半分ほども埋まらず、剣は半ばで折れた。
『はッ! がちがちに体を固めたか。臆病ものめ』
冷笑を浮かべ、フウは印を切った。
「『グラビティ・プレス』!」
悠然と滞空していた竜が、突然風に煽られでもしたかのように空中できりもみをした。
『……これは……』
『はッはははは! 自らの質量で潰れるがいい!』
焦りを浮かべる竜の頭を踏みつけ、フウが哄笑を上げる。
『ひざまずけぇええッ!』
竜の巨体が制御を失って墜落を始めた。信者たちが泡を食って我先に四散し始めた。巨大な影が僕たちに向かって落下してくる。
「ちょ、何しとんじゃあいつは!?」
『まずい、逃げ遅れるものが──』
「逃げなさい、イロハ!」
リリアさんの叱声が飛んで始めて、竜の火球を見てから自失していた僕は、漸く正気に戻った。
「ちょ……あわわ……」
逃げなければ、と思うのだが、腰を抜かしてへたりこんでしまう。思考がまとまらない。死を覚悟した瞬間、襟首をつかまれた。
「あ……ジェドさん……」
「何をしておラレルのです!? 早く、同志!」
肩に担がれた。頭上に迫り来る影から必死で逃げる。間一髪、と言うところで、落下してくる翼の下敷きになるのを免れる。ほ、と安堵した瞬間、轟音と、凄まじい衝撃が響いた。
「わっ!」「うおっ!?」
ジェドの体が浮き上がり、それに伴って浮遊感が生じる。地面が迫る。ジェドが僕を抱き寄せて庇った。二度、三度、地面に当たって体が跳ねる。木にぶち当たって止まった。
「大丈夫ですか、ジェドさん!?」
「ぐ、ぬ……何のこレしき、義母上の精神攻撃の痛みに比べレば……!」
……。いや、うん、正直ご免なさい。
「竜は!?」
よろめく足で立ち上がる。あたりはひどい有様だった。まばらに生えた木々は尽く倒れ臥し、地面はひび割れている。その中心には、巨大な肉塊が横たわっていた。白銀の鱗に混じって筋や骨が突き出し、耐え難い血臭が立ち込める。腹の奥からせりあがってくる吐き気をこらえながら、その巨体を観察する。まだ時折、手足がビクリ、ビクリと痙攣する。
「えらく呆気ない……?」
首を傾げていると、ガシャン、ガシャンと重い金属音が聞こえた。リリアさんだ。
「イロハ! 南へ! 全速で逃げます!」
「え」
疑問を口にするより先に、ジェドに再び担がれた。先ほど地面を転がったときに負傷したのか、彼は微かに呻きを上げる。
「倒したんじゃないんですか!?」
「まさか。これからですよ」
リリアさんの言葉に応じるかのように、竜の巨体が脈打ち、震えた。ヒュイイ……、と、竜が鋭い呼気を漏らす。たちまち竜の体が蠢き、粘土をこねるかのようにして集まり、数十頭余りの巨大な狼に似た怪物に変じた。それぞれ体高にして三メートルにもなるだろうか。
咆哮が上がる。狼たちは、真っ直ぐ僕目掛けて突撃してくる。その行く手を、リリアさんが遮った。大剣が唸り、狼を一刀両断する。が、割られた半身がヒュイイ……と声を出すと、たちまちの内に二頭のトカゲじみた怪物になって襲い掛かかってきた。きりがない!
「走って!」
ジェドが駆け出した。リリアさんは追っ手を抑えながら殿につく。その腕に狼がくらいついた。バキリ、と音がして鎧にひびが走る。鎧の腕から矢が射出され、取り付いた狼ごと、数頭をまとめて貫き、爆発した。焼け落ちた死体は起き上がらず、そのまま崩れ落ちた。
「桜お姉ちゃんたちは!?」
「……まだ後ろに残っています。伏兵がいたようで、足止めされていますね。ただ、公爵はほぼ全力であなたを狙っています」
リリアさんが鎧の奥から言った。彼女たちに矛先が向いていないこと、また信者たちを積極的に狙わないことには安堵したが、逆に言えば公爵は持てる全力を僕の殺害に投じているということでもあった。
「桜さんたちも後続から追い上げてくるでしょうが……」
リリアさんが言葉を詰まらせた。先頭を走る狼が口を開けた。カッ、と強烈な光が閃く。間一髪でかわした彼女の鎧の脇を、光の束が貫いて行く。
「……私のほうがもつかどうか」
歯噛みせんばかりにリリアさんが重く呟く。鎧は既に何度も攻撃を受け、ところどころ砕け、溶け落ちている。
「有効な攻撃手段はないんですか!?」
「大量の火薬や大規模な術による爆殺。いかに竜言語魔術といえども、焼けた肉までは変化させることができませんから。ただ、手持ちがありません」
大剣が狼をなぎ払う。剣の表面に紋様が浮かびあがり、剣身が輝きだした。白熱した剣は狼の腹を焼く。悲鳴一つ上げず、狼はとびずさって追撃をかわした。
「ヒートソードですか。それで倒せないんですか?」
「駄目です。すぐ対処されます」
彼女の言葉通り、狼の体表が一斉に盛り上がり、その体が鱗に覆われた。焼けた剣で薙ぎ払うもビクともせず、逆に剣に飛び乗って鎧の頭部に牙を突き立てた。バシュ、爆ぜるような音と共に頭部が開き、狼の喉元を矢が貫く。
「……弱りました。矢が尽きそう」
呟いた言葉は不吉な調子を帯びていた。見越していたかのように、狼が加速した。その姿は最早狼と呼ぶのを憚られるほどに変化している。口も鼻もなく、ただ刃状の器官が前に張り出し、体は白銀の鱗で覆われている。四肢は逞しく筋肉が盛り上がり、先端には馬のような蹄が生えていた。体長より長い尻尾には鋭い鉤が生え、鞭のようにしなって襲い掛かる。
「まさか竜と戦う日が来ルなど……!」
ジェドが腰の刀を抜き放つ。激しい火花が散った。狼の刃をいなしつつ、走る。その時、
「ぬぐぉッ……!?」
ジェドが悲鳴を上げた。右腕に狼の尾が巻きつき、鉤が深々と彼の鱗に潜り込み突き刺さっていた。体が浮き上がる。僕の体が宙に投げ出された。リリアさんが滑り込んでキャッチする。ジェドは刀を振るい、巻きついた尾を斬った。だが窮地は脱していない。狼に囲まれている。リリアさんが大剣を振るった。狼たちがかわす。めちり、と音がして、狼たちの体が変化した。体の前面が平面化し、丸い穴が規則的に並ぶ。──それは、銃口を思わせた。
「伏せて!」
リリアさんの声に従って地面に伏せる。頭上を凄まじい轟音と共に何かが通過していく。振り返ると、木に大量の穴が穿たれ、ゆっくり倒れ落ちた。まさしく、銃。しかし恐ろしいのはその先だった。打ち出された『弾丸』はそれぞれ蜂に似た形状に変化し、鋭い針をぎらつかせながら僕目掛けて飛んできたのだ!
「本気で殺しに来てますね……!」
無駄と知りつつ、刀を抜き放つ。手近な蜂を切り裂いた。ぶしゃ、と黄緑色の体液が散り、刀に吸い込まれる。だが続く二匹、三匹に腕を刺され、たまらず膝をついた。ここまでか、と諦めかけたとき、
「いろはにッ! 何するんじゃあ!」
この世で最も頼もしい声が聞こえた。蜂が、狼が、尽く血の塊となってはじけとぶ。地面に転がった刀が血を吸って、笑うように輝いた。
「いろは! 大丈夫か!? くそ、蜂どもめ、太いものでいろはを犯しおって! 絶対に許さんぞ!」
何でこんなときまでシモネタなんですか、桜お姉ちゃん? 呟いたつもりが声にならず、僕は意識を手放した。
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目を覚ますと、あたりは薄暗かった。夜になったのかと思ったが、どうも違う。どうやら室内にいるようだ。窓がなく、小さなマナ灯の明かりがあるだけなので暗く見えるらしい。
「どう、なったんですか? 竜は? 僕は……?」
周りを見回しながら、尋ねる。ロリババアズは全員いた。ジェドも一緒だ。
「……逃走には成功しました。信者たちも死者はなし。ただ、重傷者が何人か」
リリアさんが重々しく言った。
「ここは、リリアの知人の家の隠れ部屋じゃ。地下にある」
「地下……」
道理で窓もなく薄暗いわけだ。
『蜂の毒は取り除いた。すぐ治療したのが幸いしたな』
上から声が降ってくる。その時になってはじめて、ローザに膝枕されているのだと気付いた。
「……失策でした。まさか皇帝がこんなに早く、直接的な処刑を命じるとは……」
リリアさんが唇を噛んでいる。桜お姉ちゃんが舌打ちした。
「最悪な報告がもう一つある。拝火教団がいろはに対して異端審問を宣告した。街中に指名手配書が張られているらしい」
「それは……」
「中央教会じゃな。恐らく、この国だけではあるまい。各国に圧力をかけているじゃろう」
『三大宗教の一つだからな。影響力は、はかり知れん』
「【他国に逃げると言う選択肢も厳しい】」
じろり、と魔女が僕を見る。
「【どうするの? ……あなたの大事な人たちは確かに強いけれど、個々人のアクが強すぎて連携できていない。竜と──ひいてはこの国の軍隊とまともに戦えば、だれかは死ぬわ】」
竜と戦ったときを思い出す。フウの魔術で竜を打ち落としたが、信者たちは散り散りになり、桜お姉ちゃんたちとも分断された。そう、彼女たちは強いけれど、決して最強の存在ではないのだ。
「案は?」
「……第一に、逃亡。魔炎のイズラ・フロウにもともと敵対的な国ならば、中央教会の圧力も及びません」
「【第二に、皇帝及び取り巻きの暗殺。屍術を使えば、彼らの死体を操作してあなたの処刑命令を撤回させるのは簡単なこと】」
『第三に、皆殺しだにゃ』
リリアさん、フィアルカ、フウが順に意見を述べる。第二第三は論外として、第一案もあまり現実的とは言えない。シシファの内紛の一因である僕らを、皇帝が野放しにしておくとは考えにくい。追っ手がかかるだろう。どこまで逃げ切れる? そもそも根本的な解決になっていないし。
沈黙が下りた。ロリババアたち。信者たち。無数の瞳が、僕に向けられていた。
桜お姉ちゃんの心配げな漆黒の瞳。
リリアさんの暗い決意を秘めた紫の瞳。
ローザの哀しみをたたえた真紅の瞳。
フウの面白がるような金色の瞳。
シャオさんの好戦的な青黒い瞳。
フィアルカの倦怠と熱望の混じる空色の瞳。
それらを順番に見つめる。皆、僕の言葉を待っていた。目を閉じ、再び開く。渇いた口を開いた。
「シシファの現皇帝は?」
「僅か八歳の男児。士族の傀儡です」
「竜といい、男ばっかりじゃなあ。せめて女なら無理矢理ロリババアにして篭絡できるのに」
……僕を一体何だと思っているんですか? 誰でもいいというわけではないのですよ。
「あ。今思い出した。白竜公爵が言ってましたけど、淫魔王って何ですか淫魔王って! 強引に定着させようとしないで下さいよ!」
「いや儂らに言われても」
「ははは……」
桜お姉ちゃんが肩をすくめ、リリアさんは苦笑を浮かべた。
まあ、それはともかく。考える。シシファ皇国。考えてみれば、僕の生れ落ちた地でもある。第二の故郷、と言うには、敵対的すぎるが。青い草原、豊かな湖の街、穏やかな森、温泉街、金色の穂を垂れる稲の水田──。それら一切を敵に回し、ねじ伏せる覚悟があるか? と聞かれたら、是である。……ロリババアのためならば。僕は手段を選ばない。
僕は、微笑んだ。
「困りました……実に実に、困りました。彼らはロリババアをあくまで拒むつもりのようです」
薄闇の中で信者たちがゴクリ、と唾を飲んだような気がした。
「ならば──脅しましょう、彼らを」
ロリババアズが息を呑む。
「脅す、じゃと?」
「どうやって──」
「簡単なことです。災害を引き起こします。……いや、正確には引き起こすと脅すことで、こちらに手を出すのを控えさせます」
僕の言葉にローザが片眉を跳ね上げ、フウは鼻で笑った。
『災害? とは?』
『言っとくがにゃ、ボクでも国を脅すレベルの災害を起こすのは難しいにゃ。発動前に竜に察知される可能性が高いからにゃ』
「いえ。僕が、やります」
そう言って、僕はクス、クス……と笑い声を漏らした。リリアさんと桜お姉ちゃんがぶるり、と身を震わせた。
「どう……やるのですか?」
「悪魔を。呼び出しましょう」
「悪魔……ですか?」
「……おいおい。いくら創造主の指先でも、そんなもん創れんじゃろ。うまく想像できんし」
「いえいえ。簡単なことですよ。勿論、悪魔と言うのは比喩ですが」
指先に光が灯る。一つ、二つ。やがて光が収束し、それらを生み出した。小さな小さな悪魔、災厄の種を。
桜お姉ちゃんは目を見開いた。他のものは、リリアさんも含めて怪訝そうな顔をしている。この世界では、あまり馴染みがないのかもしれない。そうなると脅すのも骨だな。多少、パフォーマンスが必要だろうか。そう考えて、悪魔たちを次々と生み出し、命じた。
「さあ行きなさい、悪魔たち。全てはロリババアのために」
僕の声に応えて、彼らは去って行った。
暗い静寂の中、僕はローザの膝の上で目を閉じた。まだ体が少しだるい。今しばし、休もう。目が覚めたときには、どう転んでいるだろうか? それを考えながら……。
[宣伝] 某ノクでターンなサイト様の方でこっそりロリババア日常系書き始めました。あまりおおっぴらには勧められない代物ですが、興味があればどうぞ。短編集的な感じです。色々な意味で閲覧注意。ロリババアで検索すれば多分一発で分かると思います。
こっちは若干シリアス風味になってきたので、ロリババア分を補充したいときにどうぞ。まあ冷静に考えるとロリババアの世界を作ろうと言ってる時点でシリアスもクソもないですが。




