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永遠の桜  作者: ふがし
第3章 強襲編
31/39

第29話 迫害するもの


 昼下がり、魔女の骸骨の襲撃からほうほうの体で逃れた僕は、茶を飲んでいた桜お姉ちゃん、リリアさん、シャオさんの三人と合流し、屋敷の中をぶらぶら歩いていた。

 屋敷内で、数少ない窓の前に陣取り、酒をかっくらっている人影が一つ。緑色の体に六本の脚。剣神である。リリアさんが僅かに顔をしかめた。


「……まだいたんですか?」

『呼びつけておいてえらい言い草だな』


 リリアさんの冷ややかな言葉に動じた様子もなく、剣神は返した。


『正直、暇なんだ。今時分、剣客も流行らん。術が発達してからは、戦争も術頼みだしな。おれも、遠からず古い神とみなされるだろう』


 舞い散る雪を見つめる複眼が、光を反射して微かに揺らめいて見えた。脚の一本が、無造作に腰の剣の鞘を撫でる。ぐい、と首を巡らして、彼はリリアさんを見やった。剣を掲げて見せながら、


『一つ、どうだ?』

「あなたと打ち合ったら三合ももちませんよ」

『まともにやったら、だろう? まともにやらないのがお前の持ち味だ』

「勘弁してください。私も年なんで」

『どの口で言う。若いツバメを引っ掛けて』

「う」


 ピクピク耳を揺らしながら、リリアさんが僕の方をちらりと見る。頬が僅かに赤い。……あー。出会ったころはこれくらい初心な人だった気がする。まあ彼女を変えてしまったのは多分僕なんで偉そうなことは言えないけれど。

 退屈そうにしていた剣神だったが、ふと僕の腰元の刀に目を留めた。


『なんだ、お前、刀を使えるのか?』

「え? いや、これは違──」

『何、使えなくとも構わん。多少、手ほどきぐらいはしてやろう。剣以外は専門外だが武器一般の心得はある』


 なんか野球を教える親戚のおじさんみたいなノリだな。そんなに暇なのか。

 剣神と桜お姉ちゃん、リリアさん、シャオさんの四人を伴って、広間に行った。片付けておいた木の椅子を解体し、人型を作る。


『まず、振ってみろ』


 と言われたので、刀を抜く。すらりとした刀身は何度見ても美しい。文字通り魂まで吸い取られそうだ。

 本物の刀なんて勿論使ったことはない。学校の体育で数時間剣道を体験した程度だ。取り敢えず、刀を正眼に構えて、振りかぶり、下ろす。素振りを何回か繰り返した。ぶん、と言うよりはへにゃ、という擬音をつけた方が適切だろう。筋力がなさ過ぎて、上体が傾ぐ。その様子を見て、剣神が、む……、と呟いた。


『お前……』

「え。な、何ですか」


 無機質な複眼でじっと手元を見られて、ちょっとビビる。剣神は重苦しい口調で言った。


『びっくりするくらいヘタクソだな……』


 ですよねー。


『具体的には……まあ全体的にダメだが……何より筋肉があまりに不足している』


 言って、剣神はすらり、と腰元の剣を抜いた。


『いいか。剣に限らず、武器を振る上でまず必要とされるのが筋力だ』


 片手に剣を持ち、無造作に振るう。力強く、何度も、剣が振り上げられ、振り下ろされる。


『要は、鉄の塊でぶん殴って相手を殺すわけだ』


 節くれだった脚の筋肉が独特の盛り上がりを見せ、鋼が空気を裂く激しい音が響く。ダァン! という強い踏み込みと共に振り下ろされた剣が、木製の人型を粉々に打ち砕いた。


『しかし力だけではやがて限界が生じる。筋力だけでは野生の獣を、ましてや竜を斬ることなどできはしない。根本的な筋肉量が違いすぎるからだ』


 乱暴に振られていた剣が、徐々に鋭く、速く、秩序だった軌道を描き始める。


『力での限界の先を開くのが、技だ。力の効率化が、定まった剣の動きを指定する』


 ふ、と激しい動きが一瞬止まる。六本の脚の内二本で剣を取り、正眼に構える。彼が構え、踏み込み、人型が真っ二つに裂かれる、その一連の動作は流れる水の如く自然であり、数秒の間、何が起こったのかを定かに理解できなかった。先ほど力任せに打ち砕かれた人型と比較して、今切り裂かれた人型は切り口も綺麗で、真っ直ぐに剣が通っていると知れた。


『力と技が極まったとき、奥義に至る。これが剣の極致だ。まあ実際は筋肉をつけつつ技を磨くわけだが』


 びゅ、と剣についた木屑を払いながら、事も無げに言った。流石に剣の神だけあって、剣の腕は妙技の域に達しているようだ。とは言え……。


「結局、筋トレしろってことですか」


 なんか転生した最初のころに戻った気分だ。

 しかしまあ、なんだかんだ僕も男だし、強さに幾分の憧れがないわけでもない。


「こう、弱すぎはしないですけれどロリババアに庇護されるレベルのぎりぎりのラインの強さを目指してですね……」

「……相変わらず面倒臭い性分してますね」


 リリアさんが苦笑ぎみに呟く。桜お姉ちゃんはというと、


「ダメじゃダメじゃ! いろはがそんなムキムキマッチョの頼れるナイスガイになるのなんて絶対にダメじゃ!」

「むぎゅ」


 突然よく分からないことを言いながら僕に抱きついてきた。薄い胸に顔を押し付けられ、息が詰まりそうになる。


「いろははこう、情けなくて泣き虫で甘えん坊なくらいがちょうどいいんじゃ!」


 ……うっわー。ダメダメな発言し始めた。


「イロハも大概ですけれど、桜さんも結構歪んでますね……。この子にしてこのロリババアありと言うか……」


 リリアさんが呆れた顔で僕たちを眺めている。桜お姉ちゃんはにへら、と顔を弛ませて、


「ふふ。いろはぁ。もっとお姉ちゃんに甘えるんじゃぞ? 一生養ってやるからのう」

「いや……ちょっとそれは……」


 すりすり、頬ずりを始めた桜お姉ちゃんに冷や汗を流す。


「やっぱり、少しは鍛えてみますよ。あんまり足手まといになっても嫌ですし」

「むう……。……。……。仕方ない、少しだけだぞ? 怪我をしない程度にな?」


 過保護なんだよなあ、この人は。


「珍しいですね。あなたがロリババア以外で積極的になるなんて。少し、ムリをしてませんか? 別に足手まといなんて気にしなくても……」


 リリアさんが不安げに首をかしげる。


「いやほら、ロリババアに師事して技術を学ぶって展開は非常に素晴らしいと思いませんか?」

「ああよかった、いつものイロハですね」


 ほっとした表情でリリアさんが微笑む。……自業自得とはいえ、自分が普段どんな目で見られているか分かりますね。


『力で叩き斬る剣と比べて、切り裂く武器である刀はより高度な技量を要求される。あまり、使い慣れていないやつには勧められんな。特に素人が使うと、斬れすぎる半面、骨に当たって太刀筋がうまく通らず、自分の足をばっさりやることがある』


 顎に手をやりながら、やや渋い顔で剣神が呟いた。


『おまけに、その刀、呪縛品だろう。珍しいものを使っているが……。僅かずつだが精気を吸われているぞ』

「え。そうなんですか?」

『……気付かなかったのか? 常人なら、数週間もすれば疲労して立てなくなるはずなんだが』

「いろはは、ほら、あれじゃ」

「精力を満たす薬をよく飲んでますから……」


 気まずげに目を逸らしつつ、桜お姉ちゃんとリリアさんが半笑いで言った。剣神は呆れた様子でこめかみを軽く揉む。


『十歳の子供になんて真似を……』


 剣神が天を仰ぐ。睨む僕に、こほん、と咳払いして二人は明後日の方向を向いた。


「まあ、そのお陰で助かっていたとも言えますけど。でもあれですね、精気を吸っていたってことは、この刀、徐々に力をつけてるんじゃないですか? 早くロリババアになりませんかね?」

『……。お前の発想はぶっ飛んでるな。だが多分、精気を吸うだけではそこまで力は得られんだろう。やはり血を啜らせんと』


 言って、剣神は僕の手から刀を取って、自身の脚を軽く斬った。つう、と黄色の体液が刀身をつたい、じくじく……と染み込むようにして刀に吸い込まれた。


『ふん。この程度では足しにもならんか。……斬りつける対象が強いほど、刀の成長は早まるだろう。量も重要だろうがな』


 剣神から刀を渡される。受け取った刀は、心なしか先ほどよりも妖しい輝きを増したように思えた。だが確固たる意識を持った存在になるにはまだ遠いようだ。


「血を吸わせる機会なんてないですからねえ……。まあ、こっちは当面置いときましょうか。……シャオさん、刀術の稽古をつけてくれませんか?」


 どうせなら専門家の教授をあおごうと考えた。刀仙、と呼ばれるシャオさんは、病に伏せる前は刀使いとして名をはせたと言う。果たして、彼女はにやりと笑い、腰から二振りの刀を抜き放った。

 黒い刀である。刀身を塗りつぶしていた。光を一切反射しないその刀は、相手に太刀筋を悟らせにくくするためのものらしい。シャオさんが刀を構える。右足を前に半身になり、右の刀を下段にして足の前に、左の刀を中段にして顔の前に置く。


「変わった構えですね」

「モんで、やる。コロすキで、こい」


 おっかない人だな。


「しかし武人系ロリババアというのもなかなか。年齢を重ねた分だけ冴え渡る妙技、というのはポイントが高いです。シャオさんの場合、見た目の愛らしさが非常にギャップになって──」


 びゅ。風を裂く音がすぐ側で聞こえた。首元にヒヤリとした感触がある。恐る恐る視線だけ動かすと、刀が一本、首に突きつけられていた。


「まず、イッカイ」


 にい、と笑い、シャオさんが体を離す。一刀足の間合いを外れ、ステップを踏み始める彼女を見て、やっと自分が殺されかけていたことに気付いた。どっと冷や汗が背中をつたい流れ落ちる。


「や。ちょっと待……」


 シャオさんの姿がふ、と消える。腹にごり、とした感触があった。姿勢を低くしたシャオさんが、腹に刀の先を押し当てていた。


「ニカイ」

「え、や、あの……」


 シャオさんの猛攻が始まった。下段足打ちからの首打ち。小手面。喉元突き。心臓突き。胴。当て身からの面。

 死神の鎌が何度もすぐ側を通り過ぎて行く。その感触は、精神をすり減らした。 


「ウって、こい」

「そう言われましても……」

「チカラと、ワザ。それイゼンに、サツイが、なければ、ヒトをキれん」


 額に浮いた汗を拭う。襲い来る刃の群れを意識の外に追いやる。意を決して、踏み込んだ。そう思った瞬間には、足をかけられて転がされた。


「ゴジュウサンカイ。ツギ」


 手を掴んで引き摺り起こされる。今度は、シャオさんの動きをよく見る。動きが止まったところを狙って踏み込む。左手の刀で受けられ、右手の刀で足を軽く打たれた。


「ゴジュウヨンカイ。ふみこみが、アサい」


 次はやぶれかぶれで前に突き進む。胴を薙がれた。


「ゴジュウゴカイ。シのオソれを、スてるな。オクビョウで、かつホノオのごとくセめろ」


 難しいことを言う。

 結局この後、百回殺されるまで稽古は続き、百回目が終わるころには汗だくになって地面に倒れ臥した。だらしない、と言ってシャオさんは笑った。ジェドの気持ちがちょっとだけ理解できた今日この頃。

 地面に座り込んで一息ついていると、シャオさんに抱え上げられた。お姫様抱っこの形になる。ん?


「ど、どうしたんですか?」

「センリヒン」


 にこ、と笑う。戦利品? 何が? 思っていると、リリアさんがああ、と手を打った。


「そう言えば、聞いたことがあります。爬虫人は通常男性の方が多く、女性は群れの長として君臨するのですが、周りに男性が少なくなると、女性は徒党を組んで男性の多い群れを襲い、群れを打ち負かすと、気に入った男性を戦利品として持ち帰って夫にするとか……」

「何ですかその恐ろしい習性!?」


 アマゾネスかなんかか。叫んでいるうちに、シャオさんは僕を抱えたまま歩き、手近な空いている部屋を選んで入った。ベッドはないが、ソファーが一つ空いている。その上にごろんと転がされた。シャオさんがのしかかってくる。

 幼い手が、優しく服を脱がす。先の分かれた舌がちろり、ちろりと僕の頬を這って、汗を舐め取った。


「や……! しゃ、シャワーを浴びてから……」

「キに、しない。キレイ、だ」


 うっとりと頬を染めて、シャオさんは僕を舐める。舌は頬、首筋、胸元、更にその下へと、と徐々に下りて行く。運動の後で熱く火照った身体に、冷たい舌と唾液の感触が心地よい。神経に直接電極を繋がれたような激しい感覚が走る。


「あ……ダメ……」

「リリアに、ナラった、ぞ。ニホンゴでは、こういうとき、スキ、アイシテル、と、イうのだな」

「や、や……そんなとこ……あ……」

「イロハドノ。アイシテル、ぞ」

「あっ……」

 

**********


 上品な香に混じって、汗の臭いがした。胸元にしがみつく幼い体は、ひどく熱い。触れた部分から溶けてしまいそうだと感じた。顔を近づけて、口付けをする。あまり慣れていないのか、唇が合わさるだけで彼女はびくり、と体を震わせた。フウに抱かれたばかりだからか、初心な印象を強く受けた。僕の舌の動きに必死に合わせて、ん、ん、と僅かに鼻にかかった呻きを漏らす様はいじらしい。愛しさがこみ上げると同時に、つい意地悪したいという気持ちが湧き上がる。わざと、濃厚に舌を絡めると、彼女は必死でしがみついてきた。


「はん、あ、あ……イロハ、ぁ」


 口を離すと、とろん、と目をさ迷わせつつ、僕の胸に顔を押し付けた。


「スキ、ダイ、スキ……」


 拙い日本語が、その容姿と相まって、言葉を覚えたての幼女のような印象を与えた。さきほどまでの鬼神のような動きが嘘のようだ。すりすり、胸に頬ずりをしながら、原始的な求愛の言葉を呟き続ける。


「イロハ……キモチ、いい……カワイイ、ステキ……わたしの敏感なところをイロハの大きいので滅茶苦茶にして欲しいのぉ!」


 ……。……。……。ん? 


「え。何ですか今の。最後だけ異常に流暢というか……」

「リリアに、オシえ、られた。これをイえば、オトコは、ヨロコぶ、と」


 ……。ピキキ、と青筋が浮き出るのを感じた。


「あの人はぁ! あとでお仕置きです!」


 何て言葉を教えるんだ! 怒り狂う僕を、腕の中に抱かれたシャオさんが不思議そうな目で見ていた。


**********


 広間に戻ると、剣神を中心として人だかりができていた。片肌を脱ぎ、正眼に構えた剣神に向かって、屈強な信者たちが手に手に剣やら斧やらを携え、次々に打ちかかる。剣神は、それらを一々剣で捌く。


『体が伸びきっていない。次』

「ええいやああ!」

『体勢を崩しすぎた。捨て身になるな。次』

「シッ!」

『おお、いい突きだ。だがちと筋肉と体重が足りんな。もっと食え。次』


 稽古をつけているのか。顔に似合わず面倒見がいい。ひとしきり順番が回ったところで、休憩となった。桜お姉ちゃんと一緒に、お茶を淹れて皆に渡す。剣神も受け取り、壁に背を預けながら、ずず……、と啜った。


「信者たちの腕は、どうですか?」

『ピンきりだな。司教のようなものの役に立たんヤツもいれば、ジェドのような使い手もいる』

「ジェドは、強いんですか?」

『達人と言って差し支えないだろう。義母には今一歩及ばないが』

「一歩、ですか」

『うむ。あの男は、童貞だからな』


 茶を飲んでいたジェドが、剣神の言葉にぶ、と噴出した。ゴホゴホ咳き込みながら詰め寄ってくる。


「童貞が関係あリますか!?」

『あるとも。お前は真面目すぎる。自身の枷を破りきれんサガが、腕前を僅かに鈍らせている。お前は、女を抱くべきだな』


 説得力があるようなないような。思っていると、つつ、とシャオさんがジェドのもとに歩み寄った。


「ジェド、よ。ハハは、さきほど、オンナになったぞ」

「ごぶッ!」


 ジェドが再び茶を吹いた。


「イロハドノは、ネヤのワザは、ゲンミョウのイキ、だな。ハイゴをとられて、ウデをつかまれ、かきまぜられると、それがしは、なすスベもなく、ナンドもショウテンし……」

「仔細に解説しないで頂けますか、義母上!」


 ジェドの神経がごりごり削れるのでやめてあげてください。いつも通りと言えばいつも通りのそんなやり取りをしていると、ぶらり、とやって来る人影が一つあった。猫耳に尻尾、金色の目を爛々と光らせるのは、フウである。片手に、剣を一振り携えている。僕の傍ら、つまり剣神の目の前まで来ると、ぐ、と剣を握った手を前に突き出して、


『剣の稽古をつけろにゃ』

『うん?』


 怪訝そうに首を傾げ、剣神はフウをじっと見た。


『どういう風の吹きまわしだ?』

『別に。やるのか、やらないのか。にゃ』

『ふん。まあ、よかろう』

 

 剣神は二本の脚で剣を正眼に構え、二本の脚を肩幅に開いて床を踏みしめ、残り二本の脚を顔と腹の前で構えた。


『お前は大嫌いだが、お前の剣は嫌いではない』

『抜かせ』


 対峙するフウは、左足を前にして、上段に構える。


『魔術は? 使うか?』

『剣の稽古、と言ったにゃ』

『一方的になるぞ』

『ハイエルフの小娘に殺される程度の腕で言うことかにゃ』

『お前こそ、ヤツに追い詰められた癖に』

『ちっ』

『キシシ』


 軽口が止む。静寂は、一瞬だった。


『シャアアアアア!』

『ふっ』


 フウが間合いを詰める。床が砕けるのではないかという踏み込みと共に、剣が振り下ろされた。剣神は、剣でやすやすいなし、空いた脚で拳打を放った。フウは僅かに体を逸らして避ける。尻尾が脚に巻きついた。床に引き摺り倒そうとするが、剣神は逆に尻尾ごとフウを持ち上げ、投げ飛ばした。あわや壁に衝突するかというところで、フウはくるりと宙返りし、壁を蹴って再び剣神に突撃する。そこから先の応酬は僕には殆ど見えなかった。ただ猛火のように剣を振るうフウと、それをいなし、かわし、弾き、ごくたまに反撃を加える剣神という構図だけは理解できた。一見して剣神が押されているが、その身に斬撃をくらった様子はない。

 異形の剣技どうしの衝突はいつ果てるともなく続いたが、遂に終わりがやってきた。フウが僅かに体勢を崩し、そこに剣神の足払いが入った。倒れ臥すフウのすぐ横に、剣が突き立つ。

 

『おれの勝ちだ』

『ハッ、ハッ、……相変わらず剣だけはアホみたいに強いにゃ』


 荒い息をつきながら、腕を額に当て、フウは天井を見た。僕は彼女の側に駆け寄って、布で汗を拭った。水を渡すと、一気に口に流し込んだ。その後、僕に身を預けてふいー、と息を吐いた。

 その様子を見ていた剣神が、ふむ、と声を漏らした。


『お前も、女になって変わったな』

『……はああ? 元から女だったにゃ』

『そういう意味ではない。……以前はもっと粗雑で浮ついた剣だったが、今はどっしり重い。それでいて鈍重ではなく苛烈だ』

『ふん』


 ちらり、とフウが僕を見やった。


『足枷が多いほうがやる気がでるタチだからにゃ』


 キシシ、と剣神が笑う。首をかしげる僕の頬を、フウがむにー、と摘まんで引っ張った。


**********


 夜には、魔女の身辺整理も終わった。この日は泊まって、翌日山を発つことになった。

 翌朝、桜お姉ちゃん、リリアさん、ローザ、フウ、シャオさん、フィアルカのロリババア六人組と、ジェドを筆頭とする信者たちを伴い、下山を試みた。剣神はというと、昨夜、月を見る、と言って酒瓶を抱えて出かけたきり、帰っていない。リリアさん曰く「自分の都合で動く神だから待つだけ無駄」とのことだ。自由人と言うか、何と言うか。


「目的地は、どこにするんじゃ?」

「取り敢えず、信者たちをシシファに送り返しましょう。こうぞろぞろ連れていては大変ですし」


 桜お姉ちゃんに答えて、信者たちを見やる。全員戦争と関わりの深い拝火教団出身だから、少なくとも僕より腕は立つとは思うが、それでもフウやリリアさんから見ればかなり足手まといだろう。

 下山するに当たって、凍土竜たちが協力を申し出てくれた。


『慣れない雪山は大変だろう。国境まで乗せて行ってやる。お前には恩もあるしな』


 言って、火傷の凍土竜が背後の若い凍土竜たちを示した。折角なので、有難く乗せてもらうことにする。一頭辺り四、五人乗せても平気のようなので、信者全員が乗り込めた。僕とロリババアズは軽いので、七人全員で一頭の背に乗せてもらい、出発した。

 凍土竜が力強く雪を蹴る。屋敷がぐんぐん遠くなった。魔女、フィアルカは微かに目を細めて、遠く霞み行く屋敷を見つめた。


「しかし、何じゃな。ロリババアもとうとう六人に達したわけじゃが、RPGで言ったらパーティが組めそうじゃな」

「ウィザ○ドリィ方式ですか」


 世代的に、パーティと言ったら三人か四人を思い浮かべるのだけれど。


「リリアが戦士じゃろ、フウが侍」

「侍って感じですか……?」

「魔法戦士的な意味でな。シャオが忍者、ローザが僧侶で、儂とフィアルカが魔術師あたりかの」

「バランスがいいような悪いような」

「因みにいろははペット枠じゃ」

「ペット枠!?」


 ひどい扱いだ。そもそもウィザ○ドリィにペットなんてないし。

 話についていけない様子で、リリアさんたちはポカーンとしている。この話題はやめとこう。そう考えて、話を切り替えた。


「ところで、……凍土竜って言いますけれど、普通の竜とどう違うんですか?」


 目に付いたもので安直に話題を振る。リリアさんは例の如くと言うか、ぴ、と指を立てて解説してくれた。


「いい質問です。まず理解しておかなくてはならないのが、純竜と亜竜の違いです」

「純竜と亜竜?」

「はい。一般的に竜と言えば、純竜のことを指します。一対の手足、一対の翼を持ち、高度な知性と巨体、更に膨大な魔力を有する生き物です。これに対して、亜竜はそれ以外の竜です。具体的には、温泉街で見たような飛竜や、この凍土竜、更に海に住まう海竜などです。

 亜竜には、厳密な定義がありません。系統的に全然関係ない生物も含みます。凍土竜は純竜の派生種ですが、飛竜や海竜は大型化した爬虫類で、知能や魔力も低いです。まあ要するに、亜竜というのは歴史的な過程が生み出した便宜的な区分ですね」


 遠縁の昆虫やら蜘蛛やらをまとめて虫、と呼ぶようなものだろうか。


「ことのついでに、純竜、竜種の話をしましょう。竜種の起源については定かではありません。解剖学上は脊椎動物ですが、遺伝学的には関連性が極めて薄く、限りない太古に我々とは全く独立に脊椎構造を獲得した特異な生物であると言われています。さて、竜の特徴についてですが──」


 そこでリリアさんは一旦口を休めた。

 

「イロハ。トレードオフという言葉は知っていますか?」

「へ?」


 突然指名されて、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「え、や……あれですよね、あっちを立てればこっちが立たず、的な、……その」

「ふむ。まあ、及第点としましょう」


 不勉強な学生にしぶしぶ可をつける教授みたいな口ぶりで、リリアさんは言った。……なんだか前世の教授を思い出して、若干背中に嫌な汗をかいてしまった。


「トレードオフ。つまり一方を求めれば他方を犠牲にしなければならない、そういう状態のことですね。生物は、──まあ別に生物に限った話ではないですが──常にこのトレードオフに晒されています」


 リリアさんが顔を上げた。既に雪山は下り終え、ここからは森を抜けてひたすら国境まで走るだけだ。その時、木々の葉の間から、小さな生き物が飛び出してきた。姿かたちは蝙蝠に似ているが、ごくごく小さく、掌ですっぽり包めそうなくらいだ。凍土竜と並んで不恰好に飛んでいるそれを、リリアさんが無造作に捕まえる。


「たとえば、体の大きさ。小さいことには様々な利点あります。より少ないエネルギーで活動でき、数を増やせる。世代の交代を早くして数を増やせば、それだけ環境へ素早く適応できます。一方で、個体の生存率は極めて低い」


 リリアさんの掌の上で、蝙蝠が脅えたように震える。突如、木々の間を縫って巨大な影が現れた。カブトムシに似ているが、体長にして五メートルはあるだろうか。途方もなく巨大な口からは鋭い牙が覗き、明確な敵意を映して複眼が無機質に輝いている。


「一方、大きければ保温性が高くなり、筋肉を多く乗せられるため高い運動性が得られます。しかしながら莫大なエネルギーを消費するため、自然肉食に頼ることが多く、また個体数を増やせないため環境の激変に弱くなります」


 淡々と解説しながら、剣を抜き放つ。銀光が煌き、巨大カブトムシは胸と腹の間を断ち斬られ、絶命した。緑色の体液が草木を汚す。うへえ、と顔をしかめながら、リリアさんは体液を拭い取った。掌に乗せていた蝙蝠が、つぶらな瞳でリリアさんを見上げていた。お行き、と彼女が呟くと、弾かれたように蝙蝠は飛び立って、何処かヘ消えて行った。


「さて、このように体のサイズ一つとってみても一長一短があるわけです。勿論、実際は考えなければならない条件は膨大です。水への適応性は? 羽の有無は? 呼吸方法は? ……各々の生物は進化の過程でこれらのトレードオフに直面し、自然の選択に晒されてきました。そして適応できない種は消えて行った」


 紫の瞳が木々を、それにとまる鳥や虫たちを眺める。


「あらゆる地形、あらゆる環境に適応する万能で完璧な生物がいたら、『究極の生物』と呼べるでしょう。しかしそのような『究極の生物』など自然には存在し得ません。いずれの種も、トレードオフを考慮した、出来る限りの最良を目指すからです。以上の話を踏まえた上で言いますが──」


 リリアさんはそこで厳しい顔を作った。声を潜めて、囁くように言う。


「竜は、究極の生物なのです」


 暫くは、言葉の意味を吟味するかのように、誰も何も言わなかった。やがて、桜お姉ちゃんが口を挟む。


「何じゃそりゃ。矛盾しとるぞ」

「ええ。しかし、自然には、と言ったでしょう? 竜は自然にはない能力があります。即ち、竜言語魔術」

「竜言語魔術?」

「はい。竜種の秘伝なので、私もそこまで詳しくは知りませんが。自己の操作と変化に特化した術だと聞きます」

「……自己の操作と変化?」

「はい。竜は、自由自在に姿かたちを変えられるのです。時に巨体になり、時に羽虫のごとく小さくなり、時にひれを生やし、時に光合成を可能にし、時に内臓や脳を増やす。時に炎の吐息を吐き、時に冷気をまとい、時に放電する。時に人間となって王国の姫とまじわい、時に千里の馬となって英雄を運ぶ。

 フウや桜さんもある程度変化の心得はあるでしょうが、それほどまでに広範で、多様な変化を、瞬時にやってのけることはできないでしょう?」

「むう……」

『まあ確かににゃ。獣か、炎か、人型か。それくらいだにゃ』


 二人が頷く。リリアさんがすう、と目を細めた。声が剣呑な調子を帯びる。


「ですから──竜を殺すのは至難です。数々の苛烈な攻撃をかいくぐり、その巨体に刃をつきたて、増殖した脳を尽く潰す。それを成してはじめて、竜を殺せるのです」


 殺すことを前提とした話をする辺り、武人らしいと言うか何と言うか。そんな僕の思考を読み取ったのか、フウがク、と笑みを浮かべた。


『いずれ竜と殺しあうこともあるんじゃないかにゃ? 竜のロリババアを娶るとなったら、その親父に追い回されるかもしれんにゃ』

「……怖いこと言わないでくださいよ……」


 情けない声を出す僕に、桜お姉ちゃんたちは笑い出した。


**********


 魔人種族連邦国境付近で凍土竜に別れを告げた。国境を越え、シシファ皇国に戻る。集団での出国・入国には書類の提出が必要らしく、たっぷり一時間を要したが、無事シシファに入国できた。ここからは、信者を伴って徒歩である。何だか遠足みたいな気分だ。天気もよく、雪山から帰ってきた身には秋風すら心地よい。唐傘を日傘代わりにクルクル回しながら、歩く。

 シシファは実りの秋を迎えているようだ。道中見えた村々では、黄金の穂を重たげに垂れた稲類が、見渡すばかり広がっていた。


「今年は、豊作のようですな」

「そう、だな」


 ジェドがやや喜色を滲ませながら言った。シャオさんが頷きを返す。彼らも、農村を預かる身として、作物の出来には関心があるのだろう。


「内紛の有無が、いささか気になリますが」

「タハタを、フミアらすのは、ユルせん」


 内紛か。もともと軋轢があったようだから、僕たちはきっかけのごく一部にすぎないだろうけれど、思わぬところまで僕の行動の影響が波及してちょっと後ろめたい。


「皇帝に怒られたりしないといいですけどねえ」

「まさか、じゃろ」


 言って、笑い合う。


『いや、分からんにゃ。いろはは歩くはた迷惑だからにゃ』

『ふふ。もうすぐそこまで、皇帝の討伐隊が向かっているかもしれんぞ?』

「……勘弁してください」


 フウとローザのからかいを首をすくめていなし、そう、呟く。


 ……ふと。影が、下りた。眉をひそめる。

 恐る恐る、見上げた先に、それはいた。

 白銀の鱗、鋭く尖った牙、炯々と光る瞳、逞しい四肢、空を打つ翼──。それら一つ一つが、絶妙な均衡を伴って一つの強大な生物を形作っている。


「アルダンイール白竜公爵……?」


 かつて、シシファを出国する際、その雄姿を仰ぎ見た。

 純竜。究極の生物。恐るべき叡智と、怪力と、魔力を備えた伝説の怪物が、途方もない歳月を重ねた純白の鱗を誇らしげに日の下に晒し、遥か高みから僕たちを睥睨していた。何事か、言葉を発する。一体何の用だろうか? 彼とは面識がないはずだけれど。思っているうちに、ローザが託宣を使った。公爵が大きな口を開く。


『あなたは、豊野いろは、か?』

「はい、そうです」


 問に答えると、公爵はその大きな瞳で僕を見据えた。


『私は、アルダンイール。アルダンイール・シク・カッバード。畏くも至高なる皇帝陛下の臣として、その裁きを代行する者である』


 裁き? 胸中に嫌な予感が広がる。


「……何の御用ですか?」

『陛下は詔を下された。豊野いろは。あなたは、神を滅ぼし、古の神を立てて異形の陰惨にして淫猥なる邪教を広めようとしている。己の欲望をひけらかし、その性を余すところなく解き放って、この世界を己のほしいままにする。あなたは危険な存在だ』


 託宣を介して伝えられる言葉は、ひどく冷淡な印象を僕に与えた。翼が力強く空を打つ音が不吉に大きく響き渡る。翼の先から先まで、野球場ほどの広さがあるのではないかと思われる途方もない巨体に遮られ、昼間だと言うのにひどく薄暗い。


『子供と言って、私はあなたを侮らない。邪悪なる淫魔王イロハ。この国の守護者として、この国を乱す存在であるあなたに、私は死の罰を与える』


 そう言って大きく開いた彼の口の奥には、地獄で燃え盛る火を連想させる特大の火球が、発射の時を待ち構えて、虫のごとく地を這うしかない僕と、背後に控える数多の信者たちを嘲笑うように、真紅の火の粉を飛ばしていた……。





 異世界転生ものだと色んなロリババアが出せてとても素敵ですが、個々の過去話とか主人公との絡みを書きづらいかなという気もします。やはりロリババアといったら過去話。誰か現代もので登場するヒロインが全員ロリババアで幼少期から主人公を知っている素敵なハーレムもの書いてくれないかなー。


 新年度の初っ端からこんなんでごめんなさい。今年もよろしくお願いいたします。


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