第28話 主なる汝の神を崇め
山の空気は僅かな湿り気を帯びて凍てつき、雪を誘うかに思えたが、昼前に雲間から覗いた日が照りつけ、降り積もった雪も水気を帯びて固く締まった。雪の中、黒い壁面を晒す館の周りには、木の一本すらも生えず、ひどく物寂しい。昨日の宴会は散らばった粗雑な椅子と卓を残すばかりで、今は寒々と吹き降ろす風に煽られ、主を失った椅子が虚しく揺れていた。
「雪は、気が滅入るのう」
毛皮の防寒具を着込み、マフラーを巻いて、厚手の手袋を履いた手に白い吐息を吹きかけ、手をこすり合わせながら言うのは、黒髪黒目、すっきり通った柳眉が麗しい一人の少女である。名前を桜、と言った。小さな少女の姿を借りてはいるが、その本性は一千三百年を生きる桜の木の神霊──ロリババアである。
「そうですか? 僕は好きですよ、雪」
同じく防寒具を着込んで、散らばった椅子を集めながら、僕はそう返した。
「子供のときは、よく空き地で雪だるまやかまくらを作って遊んだものです。それに……都会に行ってから、雪、あんまり見てないですから。実家に帰るときなんか、夜行バスから降りて、故郷の空気を吸うと、こう、空気が寒々しいと言うか、雪の匂いがするんですよね。それが妙に哀しくて、嬉しくて」
「そうは言うがな。実際問題、靴に雪が入り込むこの感触はどうにものう……。靴下が濡れて気持ち悪い」
着物を好んで纏う彼女は、大抵草履を履くが、今日は分厚い長靴を履いていた。彼女が屈みこんで、軽く長靴の上の雪を払う。
「蒸れるし、洒落っ気もない。あまり好きになれん」
「いかにもお婆ちゃんって感じがしていいと思いますけど」
「お前の感性は未だに理解できん」
肩を竦める彼女に微笑を返す。素っ気無い態度が、逆に心をくすぐって、愛しさを募らせた。
僕はロリババアを愛している。ロリババアを求めて異世界までやって来た僕は、時に彼女らを口説き、時に媚薬付けにして篭絡して、着実にハーレムを築きつつあった。
「ふふ。素晴らしい。実に素晴らしいです。この調子で行きましょう」
「……まだ口説く気かい」
「当然です! 僕はまだまだ満足していませんよ。ロリババアを! もっともっとロリババアを! 目指せロリババアマスター!」
「ポケ○ンみたいなノリで言うな」
呆れた表情で盛大にため息をつく。彼女に呆れた顔をされるとちょっと興奮してしまう自分は歪んでいると思う。今更だけれど。
「新しいのを捕まえるのもいいが。捕まえられたからには可愛がってもらわなければのう?」
クス、と笑って、桜お姉ちゃんが身を寄せてきた。ぼふ、と防寒具越しに、彼女の小さな身体を抱きとめる。
「年をとっとる分、儂は我侭じゃぞ? 燃え尽きるまで可愛がってもらわなくては満足できん」
「望むところですよ。もう駄目、って言っても許してあげませんからね」
視線が絡み合う。出会ってからの時間は一ヶ月にも満たないはずなのに、数十年を連れ添った伴侶のごとく、僕たち二人は互いの呼吸を知っていた。心の奥底まで見透かされて、それがむしろ心地よい。雪さえも溶かしつくすような情愛の火が、彼女の深淵のような黒瞳によぎった。
「続きは、夜にね。今は片付けが先です」
「ケチ」
口を尖らせて、彼女は身を離した。
そう、片付けだ。やらなければならないことは多い。僕たちは外の片づけを終えると、屋敷の中に入った。
**********
常冬の魔女という、この雪山に住まうロリババアをゲット……もとい、口説き落とした後。宴会の参加者は殆ど去り、僕たちは片付けを進めていた。すぐに下山しなかったのは、魔女の身辺整理を待つという目的もあった。
「【本、全部持って行く】」
と言って魔女が指し示したのは、魔女の館の広い書斎を埋め尽くす大量の本だった。数千だか数万だか、数えるのも馬鹿らしくなるレベルで、さすがに制止した。
「【こんなの抱えて旅できませんよ……。ある程度絞ってください】」
「【ムリ。全部大切な本。小説語学書童話に雑誌、論文集、それから──】」
本の虫か。たまにいるな、こういう人。結局、皆で彼女を説き伏せるのに今日の午前中いっぱいかかった。
「こう、持ち運びに便利な術ってないんですかね。四次元ポケット的な」
「なくはないが、あの量はいくらなんでものう……。第一、無茶苦茶疲れるからそうホイホイ使いたくない」
言って、桜お姉ちゃんは渋い顔をしていた。
魔女、フィアルカの準備のために数日かけることにして、僕たちは彼女の館に泊まった。館は広いが、宴会に参加した信者たち──かつて魔炎のイズラ・フロウという神を信仰し、今はロリババアの神ローザを信仰するものたちも一緒に泊まっている。そのため、かなり狭い印象を受けた。
魔女を説得した後は、館の広間に信者たちを集め、話を聞くことにした。石作りの床は埃一つない。魔女一人でどうやって管理しているのか、と思っていると、カタリ、カタリ、固いものをこすり合わせるような音と共に、暗闇の奥から何体もの骸骨がぬう、と顔を出して、あやうく悲鳴をあげそうになった。
「【こ、な、何ですかこれ!?】」
「【ボーンゴーレム。骨を素材にした人工生物】」
本を検分しながら、魔女は素っ気無くそう言う。
よく見ると、骸骨はいずれもエプロンをして手に箒やら塵取りやらを持っており、掃除をしているのだと知れた。
「【屍術、と呼ばれる】」
淡々と告げて、顔を上げ、魔女は傍らで掃除をする骸骨を撫でた。彼女の瞳は、眼鏡が反射する光に遮られて感情を窺わせない。骨は、一目で魔人と知れる角の生えたものから、獣人だか人間だかのもの、大柄な巨人、竜のものなど、多岐に渡った。どのような心境が彼女にこのような術を使わせたのかは、幼い僕には理解できない。冒涜的、と斬り捨てて彼女を非難するのは簡単だったが、それを躊躇わせるような悲壮な愛情が、彼女の手つきには込められていた。
気を取り直し、適当に布を敷いて、広間に信者を座らせた。列になって座る彼らの前に立つのは、僕と、五人のロリババアたちだ。
一人は黒髪黒目、日本人形のような顔立ちも麗しい桜お姉ちゃん。
一人は長く尖った耳に怜悧な瞳が特徴のハイエルフ、リリアさん。
一人は燃えるような金髪をなびかせる炎の神霊、ローザ。
一人は冷笑を浮かべ、七本の尾を揺らしながら傲然と腕組みする獣人、フウ。
一人は緑の鱗に白い道服、武人のように簡素に髪を括った幼女、シャオさん。
いずれ劣らぬロリババアである。
「くっ……凄まじいロリババア力……! 立っていることさえできない……!」
「……なんじゃロリババア力って」
「年齢・身長・体重そしてスリーサイズという六つの変数によって指定される──」
「いややっぱいい。説明するな」
「因みに審査員の見解が芸術点として加算されます」
「厳密なんだかテキトーなんだか分からんな……」
「ところでロリババア力って書くとロリババアカって読んじゃいそうですよね?」
「お前は何を言っとるんじゃ……」
「ロリババア力たったの五か。ゴミめ」
「基準がわからんし」
「桜お姉ちゃんのロリババア力は十万くらいですね」
「だから基準が分からんと言うに」
桜お姉ちゃんとアホなやり取りをしている間に、信者の代表格である一人の男が歩み出た。緑の鱗に無数の古傷が特徴の大男で、名前をジェドと言った。腰に佩いた刀と、五十過ぎの渋みのある風貌が古武士を思わせる。シャオさんの義理の息子でもある彼は、僕の傍らに立つシャオさんにちらりと目を向けて、微かに頬を弛ませる。ついで澄んだ眼差しを僕に向けてきた。ふむ。
「ジェドさんっていいキャラしてますよねえ。真面目な高齢の大男で、小柄な母親代わりのロリババアにいいようにあしらわれて胃の痛くなる思いをしつつ彼女の身を案じるっていう」
「……。……。……。……。は?」
ジェドの目が点になった。
「なかなかよい立ち位置です。僕のように子供の姿でロリババアに愛でられるのもよいですが、大人になってから、こう、屈みこんでですね、ロリババアに頭を撫でてもらうのを想像すると──滾りますね!」
ぐ、と拳を握って力説すると、ジェドは暫く沈黙した後、額を押さえて呻いた。
「……同志イーロウ・ハー。あなたのお言葉は……その……こ、高尚すぎて、我々には理解しがたい、というか……」
「案ずることはありません、同志ジェド。あなたもロリババアの神を信仰し続けていれば、自然と僕と同じ発想に至り、それを当然とみなすようになるでしょう」
「……。なんだかローザ様が急に異次元の慄然たる邪悪な神のように思えてきたのですが……」
「……まあ、あながち間違ってはおらんような」
フウが呆れた視線を向けてきた。
「話が進まないにゃ。で? 結局、北方教会占領の首尾は?」
彼女の言葉に、ジェドは居住まいを正した。
「は。先日、配下を伴い、シシファ中央に位置する北方教会に向かいました。ロリババアの神ローザこそ魔炎のイズラ・フロウを従えル高等な神であリ、それに背くものは魔炎のイズラ・フロウに弓引く異端者である、と宣告いたしましたが、当然というか聞き入レラレず、やむなくイズラ・フロウ様よリお借リした短剣の力を示して脅しつけました。結果、司教以下北方教会直属の百余名はいずれも転向を表明いたしました」
「……だらしないにゃ。自分でやらせといてなんだが、あの程度のこけおどしに屈するのか、今の信者は。狂信者とは名ばかりだにゃ」
「まあその、上層部は結局、権力と祝福という実益が欲しいだけで、神を心かラ信仰していルものはむしロ少数ですかラな……。我々にしたとこロで、その……」
不機嫌そうに鼻を鳴らすフウの周りで、空気が陽炎のように揺らめいた。心なしか、周りの温度が上がった気がする。ジェドは額に浮いた汗を拭いながら、フウの刺すような視線を避けるかのように、目の上を軽く揉んだ。
リリアさんがぴ、と指を立てて解説してくれた。
「魔炎のイズラ・フロウを信仰するものは主に戦場での祝福を求めます。シシファは基本的に専業の軍人である士族が戦争をし、この士族の多くはイズラ・フロウ信者です。更に、平民と呼ばれる下層階級のものでも、戦争で武勲を上げれば金や地位を得られますし、都市によっては外国人であっても市民権を得て定住することができるようになりますから、こういったものたちもイズラ・フロウを信仰します。拝火教団は宗教組織ではありますが、そのような功名心をもった平民の集まりでもあるんです」
但し、と付け加えた。
「最近は戦争続きで疲弊して、拝火教団の中でも厭戦的な雰囲気が蔓延しつつありますが」
「まあ、そうですな。教会関係者の改宗に伴い、市井のものたちの信仰にも変化が見られます。教会を介して魔炎のイズラ・フロウの正統な後継者、と触れを出した結果、信仰する神を失ったイズラ・フロウ教徒の多くはローザ様を信仰するようになりました。ローザ様は今やシシファ全土に推定で数千から数万の信者をお持ちです」
『む……』
ローザが戸惑うような声を漏らした。
『我の預かり知らぬところで信者が増えるのは妙な気分だな』
ローザは昔原始的な部落で信仰されていただけだからねえ。あまり大規模な宗教には慣れていないのかもしれない。
ジェドは更に、と言葉を続けた。
「シシファの反戦派の華族が大々的にロリババア教の信仰を宣言しました。イズラ・フロウを信仰していた士族勢力を、この機に乗じて叩いて、おこうという腹積もリでしょう。シシファ皇帝の意向は不明ですが、ことによルと内紛を誘発すル可能性が──」
「【……待って。ちょっと待って】」
本の山を崩していた魔女が額に汗をびっしり浮かべながらジェドの言葉を遮った。
「【……さらっと恐ろしい話してない? ロリババア教? イズラ・フロウって、魔炎の? え? 内紛?】」
疑問符を大量に浮かべて詰め寄ってくる彼女に、これまでの経緯を話した。
「【僕は異世界からロリババアを求めてやってきたんです。ここまではいいですか?】」
「【……既に理解不能だけれど……続けて】」
「【まあそこから桜お姉ちゃんとリリアさんを仲間にして、力を失っていた神様であるローザをロリババアの神として復活させて】」
「【う、うん……】」
「【魔炎のイズラ・フロウがちょっかいを出してきたので、ロリババアにして媚薬付けにして篭絡して】」
「【……】」
「【そうしたらイズラ・フロウの信者に命を狙われたので、洗脳してロリババア教徒にしました。ついでにシャオさんを仲間に引き摺りこみつつ洗脳を拡大させて現在に至ると】」
僕の説明を聞き終えて、魔女は床にがっくりと膝と手をついた。
「【どうしよう。何一つ理解できる点がない……】」
……そんな泣きそうな顔しなくても。傍らで桜お姉ちゃんとリリアさんがひそひそ会話をしている。
「かわいそうにのう……常識人枠か」
「なあに、彼女もいずれこちら側に来ますよ。ロリババアの理に導かれてね。くっくっく」
リリアさん、笑みがドス黒いですよ?
因みに、とフウを指差して僕は言った。
「【こっちの彼女、獣人のフウといいますが、元魔炎のイズラ・フロウです】」
『にゃ』
フウの猫耳を撫でる。ぱたぱたと尻尾を揺らめかせて、フウが意味もなく胸を張った。魔女はというと、真っ昼間に幽霊でも見たような、曰く言いがたい表情を浮かべて僕とフウを交互に眺めた。
「【この……これが? この猫耳語尾つきボクっ子っていう要素詰め込みすぎの雑な萌えキャラみたいな子が?】」
『えらい言われようだにゃ』
「【あの悪名高い魔炎のイズラ・フロウ……妊婦の腹を生きながら裂いて子供を目の前で焼き殺し、国一つを丸ごと蒸発させ、人の似姿を借りて古の皇帝の前に現れ出で淫蕩と邪悪な拷問の法を吹き込んだという……】」
『君、誤解だよ?』
フウが笑った。赤い舌がちろり、と炎の揺らめくごとく鋭い歯の隙間から覗く。
『私は試練を与えるだけさ。強いものが地獄の苦しみを乗り越え、成長し、より気高く誇り高いものとなれるようにねえ。尤も……その過程で……耐えられず、心を病んでしまうものも大勢いるのだけれどね』
魔女が蔑むように眼鏡の奥で目を細めた。
「【……あなたは魔族と同じ】」
『あんなものと一緒にするな!』
突如、フウが牙を剥いたかと思うと、その右手がかすむような速度で動き、次の瞬間には魔女の首を掴んで壁に叩きつけていた。獣のようにギラギラと光る金色の眼差しが魔女を捉える。突然の凶行に、場が凍りついた。
『私はねえ、人を愛しているのさ。愛しているから、試すんだ。憎悪の塊である魔族と一緒にされちゃあ、困るんだよ』
げほ、と魔女が激しく咳き込む。その顔がみるみる蒼白になった。フウは嗜虐的な笑みを浮かべたまま、その細腕に力を込めた。
『私の理想の世界を教えてあげよう。君たちひとりひとりが誇り高い個人として立ち上がり、己の燃える熱情によってその職務に励み、死すら厳然たる事実として粛々として受け止める、そんな世界さ。私が嫌いなのは奴隷の幸福、隷属の喜びを叫ぶ虫ケラ野郎、……私はね、』
止めに入る間もなく、フウがまくし立てる。
『君のようにウジウジ悩んで自分の足で立ち上がることもできない意気地なしが死ぬほど嫌いなんだよッ!』
ゴキ、と鈍い音が響く。薄汚いゴミでも投げ捨てるように、フウが魔女の身体を床に放り投げた。魔女の首がだらりと垂れ、有り得ない角度に曲がっていた。ひ、と信徒たちの鋭い悲鳴が場を包む。僕が乾いた口を開こうとしたとき、涼やかな声が後ろから聞こえた。
「【気は済んだ? 猫さん】」
コツン。コツン。場違いなくらい平坦で感情を窺わせない声で、硬質な足音を響かせながら呟いたのは、死んだと思われた魔女だった。振り返ると、首をへし折られた死体は跡形もなく消え失せていた。
『ふうん。死ぬとそうなるんだ。全然知覚できないにゃ』
何事もなかったかのように、フウが言う。金色の瞳が魔女の身体を観察するように眺め回す。
『取り敢えず殺してみたけれど、生半可な呪いじゃなさそうだにゃ』
「取り敢えずで殺さないで下さいよ! あなたという人は……」
口を尖らせて文句を言うと、フウはハン、と鼻を鳴らした。
『この女、ムカつくのにゃ。呪いの実験も兼ねて一回ブチ殺しておこうと思ったけど、案外堪えてないにゃ?』
「【死ぬのは……慣れてるから】」
どうでもいい事実を述べるように、魔女は呟いた。
「【わたくしの専門は生と死に関わる術。自分の体を切り開いて……実験することもあった。全ては、無為に終わったけれど】」
『……。君と話していると気が滅入るにゃ。なんだってそんな後ろ向きに思考する必要があるんだい? そりゃ……呪いなんて……気持ちのいいものじゃあないがね。だけどともかくも、……こうして五体満足で生きているじゃあないか! ぜんたい、君は、君に限った話じゃないけれど、君たちは、人生というものに対して悲観的すぎるんだな。この喜劇の舞台を、まるで修行場のような、苦しみと絶望に満ちたものと勘違いしてるんだ。私に言わせれば、なんだって自分をそんなに縛り付けて生きる必要があるんだか全然理解できないよ。人はもっと自由に、心の赴くままに生きるべきだっていうのにさ。好きなものを食べて、男を抱いて、高いびきをかいて寝る。それっぽっちのことをやるだけで大分変わると思うがね? もちろん、それだけで満足してもらっちゃ困るけれど』
「【……そう。あなたはそういう神なのね】」
陰鬱な呟きと共に、魔女が薄暗い笑みを浮かべた。
「【……予言するわ。ロリババアの神、ローザは巨大な勢力になる。……ねえ、猫さん】」
ぞっとするような薄暗い冷ややかな笑みを浮かべて、魔女は続けた。
「【人は──人間、妖精、獣人爬虫人魔人、巨人や竜だって、いずれも、あなたが思うほど強くも誇り高くも創られていないの。彼らはあなたの掲げる超人論的な、自由な闘争が支配する混沌の世界よりも、ローザの唱える凡庸な秩序と平和を望むわ。たとえそれが隷属的な平和であってもね。あなたの昔の信者は、後継者という大義名分を得て今やローザにつきつつあるし、今まで他の神を信仰してきたものたちも結局はローザを信仰するようになるでしょう。彼らは心弱い存在だもの。あなたは人を愛するあまり、人を高く評価しすぎてしまっている。それは、酷なこと】」
フウと魔女、二人の間でバチバチと火花が散る。その光景に、僕はというと。首を傾げて、桜お姉ちゃんとリリアさんを見やった。
「……何か一見重そうな話になってますけど……実際はロリババアの話です……よね?」
「あまり深く考えるな。感じるんじゃ」
「官能小説の前フリと同じです。後のエロパートを盛り上がらせるためだけになんかそれっぽいことを言っているだけです。あんな邪悪で強大な存在がベッドの上で組み伏せられて──という征服感を表現するためだけのセリフですよ。くくく」
「……。リリアさんは黙っていましょうね?」
「なぜ私だけ!?」
今の発言でなぜと思えるほうが凄いよ。
「話が逸れましたけど、要するにロリババア教の信者が増えつつあると」
「そうですな」
僕の言葉にジェドが頷いた。
「あなたたちに僕の殺害を命じた司教とやらは?」
「連レてきておリます」
彼の言葉と同時、シャオさんが一人の男の腕を引っつかんで前に引き立てた。肥満体の男で、禿頭と小さな目が特徴的だ。ロリババアズの射殺すような視線を受けて、落ち着かない様子で視線をさ迷わせている。恰幅はいいものの、体を縮こませているせいか、あまり大柄な印象はない。
フウが顎をしゃくると、怯えた様子で男──司教は床に這いつくばった。
『お、畏れ多くも……炎の王、今日は、その、お日柄もよく……』
『外は雪だにゃ』
フウのブーツが司教の頭を蹴り飛ばした。大げさに叫んで司教は床に這いつくばる。
『言え。なぜいろはの殺害を命じたのにゃ?』
『あ、あ、あ、……わ、わたしは……、その、あ、あなたの、ししし信者、で、あう、ああ、……あ、あなたが、その、滅ぼされたの、で、……』
『その報復を?』
『はい! はい!』
『嘘だにゃ』
ブーツのかかとが司教の腹にめり込んだ。ぐえ、と潰れたカエルのような声を漏らして、男はひ、ひ、と息をつく。
『君はボクがいろはに服従したのを知っていたはずにゃ。いろはを特定できて、その情報だけを入手していないわけがない。君は自分の地位を失うのを恐れたんだろう? 神を失えば、君たち司教は無意味な存在になるからねえ。だから……深く考えもせず、部下たちを騙して、ボクを復活させる手段があると吹き込み、当面の地位を保とうとした……違うかい?』
ぐい、と笑みの浮かんだ顔を近づけるフウに、司教は瀕死のような荒い呼気を漏らす。
『や、や、わたし、は……』
『私がなぜ怒っているか……分かるかい?』
表面上だけはにこやかに、しかし声の裏には燃えるような怒気を孕ませて、フウが問う。突如、剥き出しの殺意がその全身から溢れ、炎の吹き出るがごとくその顔が怒りに歪んだ。
『蝮の末よ、薄汚い虫ケラよ、誰が貴様に卑しく愚かな姦計を許したか! 他者を陥れるならばなぜ、己の知恵と力の全てを振り絞って相手を地獄に突き落とすという気概を持たない!? 貴様のそれは計略とも呼べぬ、虫の条件反射のごとき無価値な思惟だ!』
『あう、あ、あ、あ……お、お許しを……お許しを……』
がたがた震える男に対し、フウは背筋が凍るような冷ややかな笑みを浮かべた。
『喜びたまえ……私は極めて寛大だ』
『お、あ、……』
男がぱ、と喜色を浮かべた。
『で、ではお許しを……』
這いつくばる男の横に、虚空から浮き出た剣が一本、突き刺さった。びん、と震えながら床に突き立つ、錆と刃こぼれがひどく目立つ剣を、司教は茫洋とした瞳で見やる。
『選ぶ権利を与えてやろう。己で首を刎ね飛ばすか。焼けた剣で精巣を抉り出すか。生きながら背を割いて背骨を引きずり出すか。さあ、どうする?』
フウの言葉の意味が脳に行き渡るに従って、司教はかちかちと歯を鳴らし出した。その目には涙が浮かび、突き出た腹が揺れる。じわり、と臭いを放つ液体が床を濡らした。
『じ、……わ、わ、あ、……お、お願いでございます……慈悲を……』
『無様な命乞いをするな! 貴様それでも私の信者か!? 潔く死に、私の腕に抱かれる死者の列に名を連ねるか! あるいはその知恵を振り絞って私を出し抜くか! さあ選べ!』
広間に居並ぶ信者たちは燃えるような激しい怒りをやりすごそうとでもするかのように、頭を床につけんばかり下げてがたがたと身を震わせていた。そこで、フウの肩を押さえて止めたのは、これまで黙していたローザだった。
『やめよ、イズラ・フロウ。このものたちは今や我の信者である。汝が手を出すことは許さぬ』
司教を踏みつけていたフウがローザを振り返り、一瞬、にやりと笑みを浮かべた。すぐに真顔を作ると、ローザの足元に膝を折って頭を垂れた。
『失礼したにゃ。主なる神、ロリババアのローザ。彼らの裁量はあなたの御手に委ねられているにゃ』
『うむ』
仰々しく頷くと、ローザはふよふよ浮かびながら司教の傍らまで進み出て、その肩に小さな手をおいた。
『定命のものよ。イズラ・フロウは殺戮と厳しき罰の神であった。しかしながら、我は愛と慈悲、許しの神である』
その言葉は司教への語り掛けであり、その場に居並ぶ信者たちへの語り掛けでもあった。
『汝ら草葉にかかる露である、厳しき風に煽られ散るのを争う弱き命である。汝らが我を信仰するならば、我は汝らの傍らに立ち、汝らを風から守る大樹とならん』
司教は、あ、あ、と肩に掛けられた手を震えながら取った。ローザは微笑みを浮かべた。
『汝の一切を許そう。汝らの主なる神である我を愛し、ただ我のみに仕えよ』
司教は這いつくばるや、ありがとうございます、と震える声で言った。周りに居並ぶ信徒たちも、目を閉じ、掌を合わせてローザに深く祈りを捧げた──。
その様子に、ク、と喉の奥で笑いを漏らし、桜お姉ちゃんが小さく呟いた。
「なかなかの詐欺師っぷりじゃな。命の危機を救われたと思ったら、大概のヤツは従うからのう」
「まあ、以前やったのと同じ手口ですけどね。飴と鞭は古典的ですけど有効ですから」
黒い会話を交わす僕らの後ろで、魔女が若干呆れたような顔をしていたが、あまり気にしないでおこう。
リリアさんが顎に手をやって難しい顔をした。
「北方教会は、こんなものでしょう。問題は総本山である中央教会と、その支部ですね。他大陸にあるので情報を掴みづらいですが、どう動くことやら……」
海の向こう側か。文明はおおよそ近世レベルと聞いたが、航海術はどこまで発達しているのだろうか。
いずれ、中央教会と敵対することもあるかもしれない。覚悟はしておこう。
**********
信者たちには魔女の作業を手伝わせることにした。少し話をしようと思って、フウを伴って屋敷を歩いた。照明に乏しいため、廊下は薄暗く、時折横切る骸骨が不安を掻き立てる。
「いかにも魔女の館って感じですね……」
ビビりながら、フウの手を取って歩く。
『で? 話というのは?』
「ああ。いやね、あなたにばっかり汚れ役を押し付けて申し訳ないと思いまして」
信者を脅しつけるのも、魔女の不死性を実験するのも、その他恨みを買うような発言も、必要なことだと僕は思っていたけれど、自分で実行するほどの度胸はなかった。
くく、とフウは唇を歪めて笑った。
『別に、役でやっている訳じゃないにゃ』
「でも、あなたがいて助かっている面もありますから。何かお礼ができれば、と」
ぴたりと足を止め、僕の瞳を覗き込んできた。金色の瞳が闇の中で猫のように丸くなっている。鋭い爪の生えた手で、髪留めを軽く撫でながら、フウはにやり、と笑った。
『そりゃあ、君……お礼なんて』
言葉が聞こえたと思った瞬間にはぐるん、と天地が裏返っていた。地面に叩きつけられるか、と思ったが、出迎えたのは柔らかな感触だった。いつの間にか、廊下にベッドが一つ、置かれている。
『体で払ってもらうに決まっているだろう?』
……。ええー……。
「なんでそうなるんですか!? もっとこう、いや、プレゼントとかデート的な……!」
『子供か!』
「子供ですよ一応! って言うか今更ですけれど十歳ですからね!? 何皆平然と僕を押し倒そうとしてくるんですかおかしいでしょう!」
『そりゃあ、君。性に目覚めていないいたいけな子供を開発するのが最高に楽しいからじゃないかね?』
「最悪ですね!」
言っているうちに、帯を剥ぎ取られた。必死で足を閉じようとするが、流石と言うか怪力で、容易く足を開かれてしまった。股座を覗き込んで、くふ、とフウが口元を緩めた。
『ちゃあんと期待してたんじゃないか? 実は押し倒して欲しかったんだろう?』
「違います! これは、その……」
『くふふ。中々可愛いじゃあないか。この辺は年相応だね。これなら口の中に含んでもてあそべそうだ』
あまりにも直接的な物言いに、体がカー、と熱くなった。唇を舐めて、フウが口を大きく開いた。
『頂きます』
ああ……。
**********
体の感覚がおかしい。下半身は痺れるようにじんじんするが、上半身は鉄板で炙られでもしたかのように熱を帯びていた。体の下には、幼い少女の太ももの感触がある。フウの膝に乗せられるようにして寝ているのだ、と気付いた。小さな手が僕の胸を撫でる。紫の煙が、ふわり、ふわり、と宙を舞っている。ぼんやりとした目でその出処を探ると、一本の煙管につながり、フウが空いた手でその煙管を持っているのだと分かった。
煙管を傾けながら、ふー、と口から煙を噴き出す。ちろり、と青白い炎が口から漏れ出た。僕の視線に気付いて、彼女は柔らかい微笑みを浮かべた。
『やあ、君。最高だったよ』
快楽の余韻にがくがく身を震わせながら、僕は着物を手繰り寄せて胸元を隠し、彼女をキッと睨んだ。
「……僕は最悪ですよ。あんな……奥まで……な、舐めて……」
『仕方ないじゃないか? 君があんまり可愛いんだもの。むしろやらなきゃ、失礼というもんじゃないかね? それに……君だって悦んでいただろうに』
「……」
そっぽを向く。するり、と熱を帯びた彼女の足が僕に絡ませられた。フウは潤んだ瞳を向けて、鋭い犬歯を舐めた。
『これで一勝一敗かな?』
「……気にしてたんですか?」
『そこまででもないがね。だが……この体になってから……君の蕩けた顔が見たくて堪らなくなった』
胸元を撫でる指が微かに爪を立てる。引っかくような淡い感触にぞくぞくと背筋が震えた。口を引き結んで顔を背ける。
『冷たいな。さっきまで私をきつく抱きしめて、大好きだって叫んでくれたじゃないか? そして……何度も、私の中に』
「あ、あれは!」
叫ぼうとして、不意に抱きつかれた。ベッドの上を転がり、フウの上に跨る形になる。
『んふ。どうだい、絶対的な強者を組み敷いている気分は? 征服欲を満たされるだろう?』
「や、そんなの、僕は……」
『隠さなくてもいい』
言葉をナイフのように突き立て、フウはくすくす笑った。
『私は君の暗い欲望をも、全て満たしてあげよう。さあおいで……私の愛しいいろは』
ぞくり、ぞくり、と背徳的で退廃的な快楽が背筋を貫く。ああ……と僕は吐息を漏らした。
「く……。素晴らしいロリババア力です……! こう、何というんですか、悪役として出てきたロリババアがメロメロにされて退廃的な交合を繰り返すという展開は古典的ながらもかなり興奮すると言いますか、善堕ちって言えばいいんですかね! 包容力のあるロリババアも素晴らしいですがこれも──」
『……。早く来いにゃ』
ぐい、と絡んだ足に体を引き寄せられる。仄かな甘い体臭が鼻腔をくすぐり、劣情を煽り立てる。唇が合わさり、熱い舌が歯列を割って潜り込む。情熱的な接吻に、脳まで溶かされてしまいそうだった。
その日は、獣のごとく愛し合った。
……。因みに。その後、通りかかった魔女に物凄く冷ややかな目を向けられ骸骨をけしかけられて逃げ惑う羽目になった。
身内の不幸があった関係で予定より間が空いてしまいました。申し訳ありません。不恰好な作品ながらエターだけはしないように、完結を目指したいと思います。まあラストは多分『ロリババア大勝利! 希望の未来へレッツゴー!』エンドですが。
不穏な章タイトルですがやることは変わりません。ロリババアを愛し続けます。ポ○モンと同じシステムです。




