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永遠の桜  作者: ふがし
第2章 漫遊編
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第25話 呪い


 不世出の天才と聞いて誰を思い浮かべるだろうか。ジョン・フォン・ノイマン。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。もちろん個々人によって思い浮かべる人物は異なるだろう。天才という言葉自体を否定する人もいるかもしれない。

 僕にとって天才と言えば、山中君を指すのだった。彼は大学時代に知り合った、僕の一つ上の学年で、情報科学を専攻し、そのまま院に進んだ人だった。天才を天才たらしめるものは何か? 僕はそれを情熱だと思う。分野を問わず、ひたすら打ち込む意志。そういう意味では、間違いなく彼は世に類を見ない天才だった。彼は僕の同類だった。彼はロリババアを愛していた。いや、こう言うと彼は怒り出すだろう。静かに鼻の頭に皺を寄せて、ぼさぼさの髪を面倒くさそうにかき混ぜながら、お得意の早口で彼は言うのだ。


「訂正して欲しいな。ロリババアではない。ロリばっちゃだ。ババアという攻撃的な名称は相応しくないと思わないか? オレが愛するのは小さな子供のような体と、包み込むような深い愛情を兼ね備えた女性だ」


 彼とは初めて顔を合わせた瞬間から互いに通じ合うものを感じた。この辺の感覚を言葉にするのはちょっと難しい。天啓を受けた、とでも言えばいいのだろうか。彼は僕の生涯を通して無二の親友だった。その一方で、彼とは衝突することも多かった。


「お前のロリババアの定義は不十分だ。定義を整理しようか。


 1.身長・体型が小中学生の平均値から大きく外れないこと。

 2.意識を有した状態での年齢が65歳以上であること。

 3.性別が肉体的・精神的に女性であること。


 この定義には明らかに不完全な点が二つある。

 第一に、この定義ではロリ性という条件が不十分だ。これでは身長・体重・その他体型的に小中学生程度だが、肌はシワシワの老婆という女性でもロリババアに含まれてしまうのではないか?」

「それは、そうだね。けれど外見的な若さを定義するのはとても難しいよ。子供のような瑞々しい肌、と定義すれば、例えば鱗や獣毛を持つロリババアの存在を否定することになってしまうよね。だから強引だけれど、僕は小中学生の体型、という言葉でロリ性を表現したんだ」

「ふん……。分からなくはない。じゃあ次だ。お前はババア性を定義するために六十五歳という明確な数字を設定しているが、これこそロリババアの範囲を狭めてしまっていると思わないか? 果たして実年齢はそこまで重要だろうか? たとえ二十歳前後だろうと、包み込むような包容力と老成した雰囲気を持っていれば、それはロリババアと呼んでしまっていいのではないだろうか?」

「一理あるね。けれど、精神的なババア性も、やはり曖昧な言葉だからね。エルフのような種族を仮定するまでもなく、実年齢が精神年齢と必ずしも一致するわけではないけれど、ある程度の相関性は得られると思うよ。ついでに言うと僕はやはりロリババアと合法ロリの間に明確な一線を引きたいんだよ。いくらなんでも二十歳の人を指してババアと言うのは無理があるね」


 こんな会話がよく交わされていたと言ったら、彼の人となりはおおよそ分かるのではないかと思う。僕の前世の生涯で唯一、親友と呼べる関係だった彼とは、学科も学年も違えどよく話をしたものだった。僕が生物学的なアプローチによるロリババア作成の話を振ると、彼は感心した風だった。


「ふうん。夢物語だけかと思ったが、ちゃんとロリばっちゃを作り出す計画を練っていたんだな」

「ロリババアね。そういう君はどうなんだ?」

「ロリばっちゃだ──やめよう、平行線だな。……オレは生憎、生物学はこれっぽちも分からん。だから使うのはこれだ」


 言って彼がポン、と叩いたのは、ピカピカのノートパソコンだった。


「パソコン?」

「人工知能だ」


 にやりと彼は笑った。


「劣化せず、膨大な知識を統合して思考できる存在。筐体として人工皮膚を張り巡らせたロボットを──こっちは工学の領域だから大して語れんが、要するにロリな体を用意するわけだ。どうだ、素晴らしいだろう? 今のAIは複雑さに関して下等動物にすら及ばないが、すぐに人間に追いつき、追い越すさ。オレは、ロリばっちゃを実現する」


 彼の言葉は荒唐無稽なものだったが、どうしてだかそれを荒唐無稽と思わせないだけの凄みのようなものが彼には備わっていた。

 この後彼とは、機械の体はロリの範疇に含まれるのか、そのようにして作られた人工知能に包み込むような愛情を持たせることは可能なのかという議論を交わしたのだが、それはまた別の話である。



 彼は今でも、地球でロリババアを求めているのだろうか──。




「……は。いろは!」


 肩を強くつかまれて、はっとする。どうやら長い間自失していたらしい。常冬の魔女とろくな会話もできず拒絶されたのは、存外堪えたようだった。昔の記憶が蘇って、苦さと淡い懐かしさがない交ぜになる。


「大丈夫か?」


 のぞきこむ桜お姉ちゃんの眉が心配げに歪められていて、少し心が痛む。

 いつの間に下山したのか、周囲に広がるのは雪ではなく、葉を落とした落葉樹と、秋風に細やかに葉を揺らす針葉樹の入り交じる森だった。ショックを受けた僕を気遣って、山から下ろしたのか。


「大丈夫です。大丈夫」

「……無理に、あの女を口説く必要はないじゃろ。拒絶したからにはそれなりの理由もあるじゃろうし」

「いえ」


 目を閉じて、かぶりを振る。思い出すのはかつての友人。山中君、君ならきっと、言うだろう。


 ロリババアを前にして逡巡など有り得ない。月と地球が万有引力の法則に従い互いの大質量によって引かれ合うように、自然が自明の原理を満たすように、ロリババアを愛するものはただ無心にロリババアを口説くべきだ、と──。


 決然として面を上げる。

 一人一人、僕の愛するロリババアの顔を見つめた。


「一度拒絶されたくらいでこの僕が諦めるなど有り得ません。この僕がロリババアを諦めるとしたら、それは相手に既に想い人がいる場合のみ」


 ぐ、と拳を握る。


「もう一度あの館に向かいましょう。まずはただひたすら押して押して押しまくるのです!」


**********


 二度目の登山は雪山の外からとなった。以前と同様、桜お姉ちゃんの掌に乗せられ、空を行く。

 眼科に粛然と広がる大森林は、一見人の手が加えられていない大自然そのままのものかと思われたが、よく観察すると木々や地面を青色の結晶のようなものが覆っているのが目に付いた。秋の穏やかな日を受けて、きらきら光るさまは美しい。


「汚染マナ結晶体です。大気中のマナを凝縮して結晶化させたものをマナ結晶体と言い、これは術を使う際の高効率の触媒として利用されますが、繰り返し使っていると徐々に劣化して効率が落ちます。劣化したマナ結晶体は人体に有害な高密度の魔力を撒き散らすのですが、極めて分解されにくいため、現状ではあのように地上に廃棄する形になっているのですよ」

「うわあ……」


 綺麗だと思ったら汚染物質か。あれか、中国の極彩色の川みたいなものだろうか。


「昔は、この地域の地上には妖精種族や獣人種族が住んでいたと聞きます。しかし魔人種族のマナ工学の発展に伴い、汚染物質の地上への廃棄が行われました。長い争いを経て、妖精と獣人は追い出されるような形でこの国を離れてしまったとか……」


 そういうドロドロした話は聞いていて気持ちのいいものじゃないな。この世界でも地球のように、公害問題がこれから取り沙汰されるようになるのだろうか。


 話しているうち、例の雪山が見えてきた。


『一度下山してくるとき思ったが、この山の雪の降り方は不自然だな』

「不自然?」


 魔女の館から引き返して下山してくるときは、僕はショックで自失していたためよく覚えていない。何かあっただろうか。


『雪の降る境界が明確に分かれ過ぎている』


 ローザの指差す方に目を向けると、確かに針葉樹の緑が、あるところを境に一斉に白に染まり、雪山まで延びている。最初は遠近感による錯覚かと思ったが、目をこらすと、雪山の内側にだけ雪が吹き荒れて木々を揺らし、境界のすぐ外側では平然と木々が立ち並んでいると分かった。明らかに、異常な光景だ。


「何ですかあれ。魔女がやっているとか?」

『そこまでは不明だ。だが誰がやっているにせよ、メリットが全く理解できぬ』

「……人を寄せ付けたくない、とか?」

『かもしれん。が、あの女は積極的にそんなことをするようには見えなかった』

『覇気の無いやつだったにゃ』


 結局、理由は不明か。まあ本人に直接聞けばいい。


 雪の中を飛ぶ。


 途中、すぐ横を巨大な影が並んで走っているのに気付いた。真っ白な鱗で覆われた体は無骨な鎧のよう、鋭くとがった角が頭から二本突き出し、額には火傷したような奇妙な傷跡が残っていた。二本足で雪の中をひた走る姿は、昔図鑑で見たディノニクスなどの肉食恐竜を思い起こさせる。ぎょろりとした目が僕たちをとらえ、一瞬肝が冷えたが、向こうは襲ってくるような素振りは見せず、ふい、と興味を失ったように走り去っていった。


「今のが……」

「凍土竜ですね。純粋な竜種と比較して体は小さく、翼が退化しています。亜竜の中では知能が高く、多くは群れて農耕を営みます」

「……農耕?」

「ええ。雪を掘って地面を露出させ、術によって環境を保ちながら作物を育てます」


 肉食じゃないんかい。ちょっとがっかりした気分。


「基本的に定住しますから土地への愛着が深く、縄張り意識も強いと聞いています。襲われなくてよかったですね」

『何と言うか、妙な感じだったな。それほどこちらを警戒するわけでもなく、かといって親しげでもなく』


 首を捻るが、答えは出ない。単に目に付いたから寄ってきたのか、それとも……?


 考えているうちに、館が見えた。純白の中に、不自然にぽつん、と一軒だけ建つ魔女の館。人の立ち入らない山の奥深く、吹雪を受けながら静かに佇む古びた館は、遠目には触れれば消えてしまいそうな幻のような印象を受ける。


「どうするのじゃ? 前と同じように入っても、どうせすぐ追い出されるぞ」

「何とかして魔女の興味を引く必要がありますね」


 地面に降り立って、元のサイズに戻った後、黒々とした扉を前に、桜お姉ちゃんとリリアさんの二人が顔を見合わせる。次いで、僕に視線を向けた。……あ、何か嫌な予感。


「やはり見た目を変えるべきですね」

「うむ。一発で悩殺できるようにせんとな」


 にたぁ……と邪悪な笑みを浮かべて、二人がバッ、と僕に襲い掛かってきた。


「ちょ、何ですか急に!? 止めてください何で脱がそうとしてるんですか!?」

「決まっているでしょう。魔女を悩殺するにはまず服装から。演技指導もします。我々にお任せください、どんな年上女性でも萌やし殺せるショタに仕上げてあげます!」

「不安しか覚えませんよその言葉!?」

「ち、ぐだぐだうるさいわ! 大人しくしろ、さっさとケツを上げるんじゃ!」

「桜お姉ちゃんは完全に強姦魔のセリフですよねぇ!?」

『我はもう少し癒し系のほうが……』

「ローザまで!? いや皆自分の好みで言ってるだけじゃないですか、ちょっとー!」


 ……。そんなこんなで。

 館のノッカーを鳴らす。重い音を伴って扉が左右に開いた。コツン、コツン。硬質な足音に僅かに緊張する。魔女の毛皮の防寒具がさわり、と揺れた。ぼんやりとした光の中、魔女が億劫そうに目を伏せながら歩みより、僕の額に手袋越しに触れた。


「【また、あなた? 話すことなど──】」


 眼差しを上げた瞬間、魔女が言葉を止める。氷のように冷ややかだった瞳に、僅かに感情の波が走る。視線の先にいるのは、もちろん僕だ。ただし以前来たときとは服装が違う。

 着物に似た服だが、丈は短く、両脇に切れ込みが入って太ももがちらりと見えるようになっている。上も半袖で、ツルリとした腋下を晒す形になっていた。異様に露出度が高く、明らかに雪山で着るような服ではない。


 ふむ? と呟いて魔女が眼鏡をくいっ、と上げた。空色の瞳が値踏みするように僕を眺め回す。これは……流石の僕でも非常に恥ずかしい。だがリリアさんの指導通りのセリフを言わなければならない。顔が羞恥で赤らむのを感じながら、上目遣いに口にした。


「【……おねーちゃん、僕おねーちゃんと会うためにここまで来たんだっ。僕のお嫁さんになってよ!】」


 ……。言った、言ってしまった。全身がカー、と熱くなる。普段の自分の言動も正直どうかと思うが、自分の性格に合わないセリフを言うのはかなり気恥ずかしい。我慢しながら上目遣い──リリアさん曰く僅かに目を潤ませながら、小首を傾げつつ行うとベスト──を続ける。

 魔女は。ふ、と鼻で笑った。


「【三十点】」


 びゅう、と風が吹いた。ごろごろ雪の上を転がり、扉が閉まる音を遠くに聞いた。

 

「駄目だったじゃないですか!」


 がばりと起き上がりながら抗議すると、リリアさんは不可解そうに首を捻った。


「不思議ですね。腋と太もものチラリズム。少年の闊達さとストレートな愛情表現。ショタ好きなら一発で落ちるはず。私ならその場で躊躇なく押し倒してアフンアフンの流れに持ち込むのですが……」

「いやそれリリアさんだけじゃないですかね!?」


 って言うか怖いな! リリアさんの前では迂闊なことを言わないようにしよう、と心に決めた。


「よし、次は儂じゃな」

「……既に嫌な予感しかしないのですが」


 文句を言いつつ着替えと演技指導を受ける。

 三度目の正直とばかりノッカーを叩いた。……三顧の礼、といけばいいのだけれど、気分的には売れない芸人みたいだ。

 扉が開いて、魔女が歩み寄る。三度目だというのにわざわざ応じてくれるあたりこの人も律儀と言うか何と言うか。

 今度の服装は丈の長い純白の着物である。結い上げた髪に花の髪飾りを刺し、唐傘をくるりと回しながら、紅をひいた唇を吊り上げ、魔女に微笑みかける。


「【外は、寒いですね。温めていただけませんか?】」

「【四十点】」


 びゅう。ごろごろ。


「うーむ。雪に閉ざされた屋敷に突如現れた病的な美貌の少年、語る言葉は蜜酒のごとく甘いが、妖しい毒がちらつく。果たして人か妖魔の類か……、と言う感じで心躍る展開だと思ったんじゃがのう」

「……。まあ、前の二回が無ければそう思ってもらえたかもしれないですけれど……」


 結構少女漫画脳してるなぁ、桜お姉ちゃん。


 その後。


「【オレのものになれ。世界で一番、キュンとさせてやるぜ?】」

「【二十点】」


 毛皮のコートにサングラス姿、クイ、と魔女の顎を持ち上げて耳元で囁いてみたり。


「【やあやあ我こそは陸奥の最果てに産湯を使いたるもののふの末裔、異世界の戦士たる豊野いろはなり! 魔女よ、いざ尋常に──】」

「【零点】」


 皮鎧姿で漆黒の獣に跨り、名乗りを上げてみたり。


 ロリババアズの勧めに従って色々やってみたが、魔女の興味を引くことはできなかった。


『おかしいにゃ。イケイケの俺様系こそ至高だと思うんだけどにゃ』

「フシギ。センシ、いい、のに」


 フウとシャオさんが揃って首を傾げた。フウはまだ分からなくもないけれど、シャオさんは明らかに何か勘違いしていると思う。


『最後は、我だな』

「頼みますよ……」

『任せておけ』


 小さな胸をそらす彼女には、失礼だが不安しか覚えない。


 最初から数えて、都合六度目の挑戦だ。

 館の中に足を踏み入れる。


 待ち構える魔女の眉が、僕の姿を目にして跳ね上がる。好感触か、全くの真逆か? ドキドキしながら、彼女の前で足を止めた。目を細めて、考え込むように顎に手を当てながら、僕の格好を眺めてきた。

 そう、僕の格好。アイルで買った、もふもふの犬の着ぐるみパジャマを──!


「【わん!】」


 ほとんどヤケクソになりながら、手を前脚のように丸めて胸元に沿え、鳴いてみた。このパジャマ、厚手でもふもふしていてかなり温かい。今までの服装の中で一番雪山に適しているような気さえして何だか腹立たしい。

 魔女は何も言わず、暫く僕を見つめた。沈黙がいい加減痛くなってきたころ、す、と彼女が歩み寄る。そのまま、もふ、と僕に抱きついてきた。


「え、あ……」


 まさか成功? 着ぐるみパジャマ好きか。横でグ、とローザが親指を立てているのが見えて何か腹が立つ。

 微妙に釈然としないものを感じながらも、好機とばかり彼女に話しかける。


「【僕の名前はいろは。豊野いろはです。さえずりのラーツェから、あなたの話を聞いてここにきました】」

「【……ラーツェ。懐かしい名前】」


 やはり知り合いか。もふもふと着ぐるみに顔を埋めて、彼女が呟く。


「【フィアルカ】」

「【?】」

「【わたくしの名前。限りなく古い、今では失われた魔人種族の名前の一つ】」


 淡々とした声が、外の吹雪の音を背景に消え入らんばかりに儚く響く。

 

「【話は、どこまで聞いている?】」

「【不老の呪いを受けた、と】」

「【それは正確ではない。わたくしの受けた呪いは三つ。一つ、完全なる不死の呪い。二つ、不眠不労の呪い。三つ、凍結の呪い】」


 僅かに上げた頭に伴って、角が僕の頬を軽く撫でた。


「【わたくしは死なず、眠らず、疲れも知らない。永遠にも等しい時間の中をこうして過ごしてきた】」


 吐く息が白い。ローザが結界を張っているはずだが、妙に寒い。ふと、魔女──フィアルカはなぜ、室内だと言うのにこんなに厚着しているのだろうか、ということが頭に引っかかった。暖房をたくなり、魔術を使うなり、暖を取る方法はいくらでもあるだろうに。常時毛皮の防寒具と手袋をしていたら、生活しづらいと思うのだけれど……。


「【凍結の呪いと言うのは?】」

「【……】」


 答えない彼女に、怪訝に思って下を見やる。ぎょっとした。彼女が触れたところを中心として、着ぐるみパジャマを徐々に氷が覆いつつある……!


『いろは!』


 ローザに突き飛ばされた。かしゃん、と、パジャマを覆っていた氷が落ちて砕け散った。予想以上の氷の大きさに肝が冷える。


「【駄目だった】」


 ぽつり、と、氷のように冷たく、感情を交えない声が降ってきた。


「【凍結の呪い。わたくしが触れたものは少しずつ温度を奪われ、凍りつき、天候すら変えて吹雪を招く。この服は、寒さを防ぐためのものではない。凍結を封じ込める魔道具。それでも、完全ではない】」


 伏せた瞳の奥に瞬く感情は、眼鏡の微妙な光の反射に遮られて見えなかった。


「【この山も、昔はこれほど雪がひどくなかった。わたくしの呪いが変えてしまった】」


 フィアルカが僕を見下ろす。


「【あなたのことは、嫌いではない。けれど、無理だった。結界の中でも、その着ぐるみでも、凍結を防げるのは数分程度。愛を囁くには短すぎる】」


 毛皮の防寒具の裾が翻る。コツン、コツン。足音が遠ざかっていく。


「【待って……待ってください! 呪いを解こうと研究をしていたんでしょう!? 何か方策が……】」

「【何もない】」


 魔女の背中が絶対の拒絶を示して小さくなっていく。


「【純血の魔族。それがわたくしに呪いをかけた】」


 ……魔族。純血の魔族。歩く災厄。ここでか。ここでその名前が出るのか……。


「【何のために、ですか?】」

「【弄ぶために。子供が虫の羽をもいで池に投込むように。できるだけ長く苦しむさまを見られるように。あれはわたくしにこう言った。


 知識欲深き魔人種族の娘、愛らしい紅色の頬と空色の瞳の眩しい才女よ! 全てを見たいと欲するお前には、世界の終わりの日を見せてやろう、お前の触れるものは愛すると憎むとに関わらず一切が凍りつき、やがて世界そのものも凍りつく。お前は老いず疲れず眠らず、無限の倦怠の中で全て生あるものが凍りつくさまを看取るだろう。喜ぶがいい、お前は生あるものの最後の一人、氷の女王、死の看取り手、最果ての魔女となるのだ。どうだ、嬉しいかね?


 と……】」


 魔族。魔族! 何て腹立たしい。僕の愛するロリババアを弄ぶなんて。絶対に許さない。だが怒るより先にやらなければならないことが僕にはある。立ち上がって、去ろうとするフィアルカの背中に追いすがった。


「【呪いは解けなくても! 緩和するくらいならできるはずです。今は無理でも……】」


 フウとローザに視線をやると、強く頷いた。


『にゃあ。魔族風情が魔炎のイズラ・フロウの火力を凌駕する道理はないにゃ。凍結をある程度抑えるくらい楽勝にゃ』

『うむ。今は結界の出力を抑えているだけだ。本気になれば、それこそ行為の最中ずっと張り付いて体温を維持してやることも……』

「余計なことは言わなくていいです!」


 フィアルカの肩を掴んで振り向かせた。


「【聞いたでしょう? 彼女たちの力なら凍結は防げます。他の呪いだって──】」

「【いらない】」


 被せるように言ってきた彼女の瞳には、倦み疲れた老人のような絶望的な暗い輝きが宿っていた。


「【疲れた。二万年余り、こうして雪山にこもって……死ぬための研究を……。飽きて、しまった。生きるのに。知識欲も、最早この胸を満たしてはくれない。今はただ、過去の記憶の残滓を胸に抱いて、心を凍らせることでしか生きられない。……わたくしは何のために生きている?】」


 愛するためです、愛し合うためです、言いたかった言葉は実体にならず、風が僕の体を吹き飛ばした。六度目に舐めた雪は苦い味がした。しゃりしゃりした感触に顔をしかめながら、水を吐き出す。


「もう、いいのではないか? 話して分かったじゃろ。あの女は頑なじゃ。あれは、崩せん。心が死に向かっているものは……」

『気持ち悪い女にゃ。グダグダグダグダ、陰気なことしか言わない。放っておくべきにゃ』


 桜お姉ちゃんとフウが言い、リリアさん、ローザ、シャオさんも積極的には言わないものの、二人に同調するような空気だった。


 それに対して、僕は。

 怒りを覚えた。魔族への怒り。そして彼女を説き伏せられなかった自分への怒りだった。


「山中君……。僕に勇気を下さい」


 呼ぶのは、かつての親友。君なら。君ならきっと、迷わないだろう。だから、僕も迷わない。ギリ、と歯をかみ締める。


「六度手を振り払われたら! 七度その手を取ってやる! 七度手を振り払われたら! 八度目はこの胸で抱きしめてやる!」


 二度と生に疲れたなんて、死にたいだなんて言わせない。愛が永遠に続くように、無限の時を僕と共に過ごしたいと彼女が思うようになるまで、僕は絶対に諦めない。僕はロリババアを愛している。必ず、彼女に幸せな笑みを浮かべさせてやる!


「しかし、どうするのですか? あれは完全に拒絶する雰囲気でしたよ」

『ノッカーを鳴らしてみたが、もう出てこないな』

「完全に引きこもりじゃな」


 口々に言う彼女たちに、僕は不敵な笑みを見せた。


「今すぐ、ありったけの人を集めて下さい。そろそろ北方教会の占領も終わるころですから、信徒たちを呼び集めましょう。ローザはさえずりのラーツェと接触して、知り合いの神様をかき集めてください。何なら凍土竜と霜の巨人たちも集めましょう」

「……何をするつもりじゃ、一体?」

「日本には、古くから伝わる引きこもりの引き摺り出し方があるでしょう?」


 怪訝そうに眉根を寄せる彼女に笑いかけた。ば、と着ぐるみパジャマを揺らしながら、宣言する。


「宴会を! とびっきり楽しいやつを一つ、やってやりますよ。たかだか二万年生きたくらいで、もう生きていたくないですって? 飽きたですって? 男も知らないくせによくもそんなことを言えたものですね。この僕が本当の生の楽しみというヤツを教えてさしあげますよ!」


 吹きすさぶ風の音にも負けないくらいの僕の声が、雪山に高らかに響き渡ったのだった。



 機械系ロリババアだとスクラッ○ドプリンセスの竜機神のゼフ○リスが思い浮かびます。でもあれって対人インターフェイスがロリなだけで本体は巨大ロボなのでロリと言っていいのか。最終的に肝心のインターフェイスもロリじゃなくなるし……。

 人間と子供を作れるという、微笑ましいようで冷静に考えると恐ろしい能力を備えているのが個人的にツボ。愛する人の世界を守るため自己崩壊スレスレの改修を行いながら戦い続けるという設定もツボ。

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