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永遠の桜  作者: ふがし
第2章 漫遊編
23/39

第21話 狂信者



 魔炎のイズラ・フロウの信者たちから逃げなくてはならない。

 部屋の窓を開けて外に飛び出す。部屋の中からは怒声が聞こえた。


「急ぐぞ!」


 桜お姉ちゃんが僕の手を取る。外はまだ明るい。雨は止んだようだが、ぬかるんだ地面が足に絡みつく。

 突如、重い金属音とともに鋼鉄の巨人が僕の脇に落下してきた。リリアさんだ。遅れて、ローザとフウが窓から飛び出してくる。


「北へ! 崖を越えます!」


 言葉に従って、走る。他の四人はともかく、僕の足は遅い。何度も転びそうになりながら、慣れない子供の体で走る。


「イフ!」「イフ、イーロウ・ハー!」「ベクツ! イフ、ベクツ!」「アフツ、アン、ザーリ・イズラ・フロウ!」


 背後から聞こえる声が大きくなってきた。ちらりと見やる。白ずくめの服をまとい、仮面を被った集団が、松明を片手に一直線に向かってきていた。その腰には剣や斧を帯びており、時折叫ぶ声には明らかな殺意がこもっていた。


『……ええい、まどろっこしいにゃ!』

「わっ……」


 途中でフウの肩に担がれた。

 速度を上げて、僕たちは逃走する。びゅ、と風を切る音がした。炎の槍が僕のすぐ側を飛んで地面に突き刺さった。信者たちの魔術だ!


 桜お姉ちゃんの目が僕と飛んできた火炎を捉える。漆黒の瞳が剣呑な色を帯びてすぅ、と細められた。


「……面倒じゃな。後顧の憂いを絶つためにも、殺しておくか?」

「狂信者ですからね。話し合うだけ、無駄でしょう。二、三人ほど殺して晒し者にするのがよいかと」

『街ごと焼き払えばいいのに。面倒だにゃ』


 淡々と物騒な会話を交わす三人に、ローザが微かに眉をひそめたが、何も言わなかった。

 そして、僕は。


「狂信者、ですか……」


 顎に手を当てて、考え込む。すぐ真横にあるフウの顔が怪訝そうに歪められた。


『……。なーんかまた妙なこと考えてる顔だにゃあ』

「失敬な」


 不満を示して鼻を鳴らした。気を取り直して、首を巡らせる。


「桜お姉ちゃん。彼らを生け捕りにすることはできますか?」

「生け捕り? ……生け捕りじゃと?」


 桜お姉ちゃんが不審げな顔で、鸚鵡返しに尋ねる。


「まあ、できなくはないが……」

「では、お願いします。それと、ローザ。僕が彼らと会話できるようにすることは可能ですか?」

『それは……託宣を使えば、可能だ。だが、使用するとひどく疲弊する。我でも一時間ももたんぞ』

「十分です」

『……何考えてのるにゃ?』


 胡乱気に口を歪ませて、フウがぼやいた。彼女の肩に荷物のように担がれたまま、僕はウィンクを一つ送った。


「いいことですよ。とってもね」


 桜お姉ちゃんが呆れたようにぼやく。


「……お前の言う『いいこと』は大概、常人には理解しがたいんじゃよなあ」


 ふうむ、とリリアさんが鎧の奥で声を漏らした。


「最優先事項はイロハの身の安全です。取りあえずは、イロハを崖の向こうに渡らせてしまいましょう。後ろの連中をどうするかはそれからです」


 そういうことになった。

 白装束の信者たちの追跡は続く。

 魔炎のイズラ・フロウの信者たちは時折矢や術を放ってくるが、いかんせん相手が悪すぎる。向かってくる矢はリリアさんが大剣でなぎ払い、術は桜お姉ちゃんが防ぐ。こぼれ玉もローザの結界に弾かれた。

 逃走中、物陰から不意をうって斬りかかってくる伏兵もいたが、フウの左ストレートを浴びてあえなく沈黙した。

 むしろ、厄介なのは道に仕掛けられた罠だった。いつから仕掛けていたのか分からないが、脚を引っ掛けるように張られた縄やら、落とし穴やら。


「案外、追っ手が速い。罠も厄介です。土地勘がある人間かも」


 煩わしげにリリアさんが独白した。


 北の崖に至るには、石段を上る必要がある。石段まで、あと数百メートル。ちらりと後ろを見ると、追っ手はあと数十メートルというところまで迫ってきていた。ふむ。


「ただの足手まといだと思わないで欲しいですね」


 呟いて、創造主の指先を発動させる。一回、二回、……七回目にして成功した。光が収束して、現れたのは──。


「げっ」


 桜お姉ちゃんが顔を引き攣らせた。僕の背後、追跡者の前に立ちはだかるようにして、黒々とした影が蠢く。それは六本の節くれだった脚と堅牢な外骨格を備えた虫人──即ち田中さん、だった。それも一人ではない。その数、実に四十。


「行け! 田中さんファンネル!」


 言葉と同時、創り出された四十人の偽田中さんズが一斉に羽を広げた。そのまま白装束たちに突撃する!


「ギャアアアアアアアアアアアアア!?」「ヒイイイイイイイイイイイイイイ!?」


 白装束たちは悲鳴を上げて逃げて逃げ惑った。中には剣を抜いて斬りかかるものもいたが、偽田中さんは俊敏な動きでカサカサ動き回り、これをかわす。


「なんじゃありゃ…」

「ですから田中さんファンネルですよ。中の構造まではよく分からなかったので、外見だけ似せてあります」

「うわあ……」


 桜お姉ちゃんとリリアさんがドン引きしていた。


 話しているうち、偽田中さんの一体が斬りつけられた。


「キシャアアアアア!」


 耳を覆いたくなるような絶叫と共に、妙に鮮やかな緑と黄の体液が迸り出る。斬りつけた男は頭からビシャ、と体液を浴びて、発狂したように「ウワアアアア!? ギャアアアアアア!?」と叫び声を上げていた。周りの信徒たちも悲鳴を上げる。まさに阿鼻叫喚。足止めの効果は抜群のようだ。


「見ましたか! 友情パワーを!」

「友情……か……?」

『本人に見られたら怒られるぞ……』

「田中さんならむしろ大爆笑して喜びそうな気がしますけれどね……」


 桜お姉ちゃんたちが口々に呆れた声を漏らす。フウは気持ち悪そうに体を震わせた。

 まあともかく、多少時間は稼げた。


「一気に行くかの」


 桜お姉ちゃんが少し速度を落として走りながら、印を結ぶ。彼女の周りに霧が集まりだしたかと思うと、たちまち白い雲状に形をなした。とんぼを切って、雲に乗る。

 ローザは十六枚の燃え盛る炎の翼を展開した。フウが指をパチンと鳴らすと、漆黒の炎をまとった一対の車輪がぞろり、と宙に現れ出でる。フウの足が車輪を踏みつけると、彼女の体が宙に浮かび上がった。


「わ、わ」

『じっとしてるにゃ』


 浮かび上がる感触が落ち着かない。地面を遠くに感じた。


 最後に、リリアさんの鎧が脚を折りたたんで浮かび上がる。


 四者四様のやり方で浮遊、あるいは飛行しながら逃亡を続行する。見る見る追手の姿が小さくなった。


 追っ手を振り切り、街の北端、崖に到達した。険しい谷を隔てて、向こうの崖が遠くに見える。遥か下方には川が激しく流れていた。吹きすさぶ風がごうごうと唸りを上げている。崖の縁には小屋が一軒建てられ、そこには飛竜が数頭つながれていた。


「このまま、超えます。向こう岸まで」


 リリアさんの言葉に応じて、鎧の背後がガシャン、と開いた。中から二対の突起物が現れる。青い燐光を放ったかと思うと、鎧が爆発的に加速して飛び上がった。


「あれ、どういう技術なんですかねえ……」


 首を傾げる僕をよそに、他の三人も崖から飛び立つ。

 相変わらずフウの肩に担がれたまま、僕は下方数百メートル先で岩を打ちつつ流れる川の流れを眺めた。ぞわ、と背中に震えが走る。


「……う。これはおっかないですね……」

『あんまり暴れないようににゃ』


 下を見ないようにしつつ、フウの肩の上でじっとしていることにした。

 ほどなく、対岸に着く。白装束たちの姿が遥か遠方に見えた。


「追っ手の中に飛べるやつはおらんようじゃな」

『飛竜便を利用するのではないか?』

「各個撃破すればいいだけの話です。飛竜の数はそれほど多くないですしね」


 こちら側にも向こうと同じような小屋が建てられていた。飛竜数頭が不思議そうな顔でこちらを見ている。


『で? 連中をどうするつもりにゃ?』

 

 僕を肩から下ろしながら、フウが問うてくる。

 

「ああ、はい。耳を貸してください」


 四人を集めて、僕の考えを述べる。


 聞き終わって、四人は未知の食べ物でも食べたような形容しがたい表情になった。


「なんじゃその……なんじゃ?」

「いや、うん……いや……できるかもしれませんが、いやあ……」

『……。あまり、気が進まないのだが……』

『……そんな面倒なことしなくても……にゃ』


 四人、特にローザは乗り気でなさそうだったが、


「彼らは信者の中でもごく一部にしかすぎません。根幹から絶つ必要があると思っています。力を貸してください」


 そう告げる僕の言葉に、不承不承といった感じで四人は頷いてくれた。


「では、生け捕りに行ってもらいたいのですが──」

『ボク一人で十分にゃ』


 フウが名乗り出る。珍しいな。


「大丈夫ですか?」

『術で麻痺させて引きずってくればいいにゃ。大勢連れるよりその方が早いにゃ』


 言葉と同時、すぐ側で地面が轟音を立てて抉れとんだ。それがフウの跳躍によるものだと気付いたときには、彼女の姿は点のようになっていた。アホみたいな脚力してるな……。僕を肩にかついだ状態であれをやっていたら、僕の体は粉々に砕け散っていただろうと思うと、彼女なりに僕のことを一応は気遣っていてくれたんだろうと感じた。


**********


 十分ほどでフウは帰ってきた。風呂敷でも背負うようにして、麻痺した白装束たちを布につめて運んでくると、乱暴に地面に投げ出す。


「ひい、ふう、……ふむ、ぴったり三十人ですか」


 仮面を外して顔を見ると、種族も年齢も性別もバラバラだった。縛り上げて、フウが麻痺を解く。


『さて。質問タイムといくかにゃ』


 縛られ転がされる白装束たち、その一人の前まで歩み寄ると、フウは腰を曲げて顔を覗き込んだ。フウの顔は深い親愛に彩られている──尤も、例えて言えば、老人が聞き分けの無い子供に噛んで含めて言い聞かせる類の親愛ではあったが。


『ねえ、君。心底から疑問に思うのだけれど──君たちは一体何がやりたいのかにゃ? 魔炎のイズラ・フロウは最早神ではないにゃ。君たちがいろはを殺したところで、誰にとっても何の得にもならないと思うにゃ。君たちのやっていることは全くもって無価値でしかないにゃ』

『黙れ、ガキめ!』


 フウの言葉に白装束は激昂して叫んだ。ふむ、ちゃんと白装束たちの声も聞こえる。これが託宣の効果の延長か。


『薄汚い獣人の小娘が、我らが神を語るな! 魔炎のイズラ・フロウ様は報復を望んでおられる!』

『ふうん? 何でそう思うんだい?』

『我らが司祭様がそう言っておられたからだ!』

『へえ! なあるほどねえ』


 フウは相変わらずニコニコと微笑を絶やさずに、白装束の言葉に頷きを返す。ある種異様な寒気を覚える光景だが、白装束は怒りに駆られてフウの笑みの真意には全く気付いていないようだ。


 彼らから少し離れて、僕はリリアさんに耳打ちする。


「どういうことでしょう? 彼らはフウのこと、何も知らないようです」

「彼らは魔炎のイズラ・フロウの信徒の中でも末端なのでしょうね。彼らの言う司祭とやらがどれくらい知っているかも怪しいですが、大方信徒を焚きつけてあなたを襲わせた、といったところでしょう。腹いせなのか何なのかまでは分かりかねますが」

「成程」


 フウと信者の会話は続く。


『じゃあ次の質問なのだけれど、君はいろはを殺した後、どうするつもりなのかな?』

『決まっている! 魔炎のイズラ・フロウ様を再び神の座にお迎えするのだ!』

『へえええ。どうやって?』

『どう……そんなことは我らの知るべきことではない! 司祭様の領域だ、我らごときが関知するところではない!』

『……』


 無言のまま、笑みは崩さず、フウが身を起こした。その目は別の信徒に向けられる。


『君。君にとって炎とは何だい?』

『は……? な、何を』

『答え給え』


 笑みの張り付いた顔をずい、と近づけて、フウが問う。言葉は柔らかいのに、有無を言わせない迫力を感じさせた。


『ほ、炎とは……我らが神の……その、司る……』

『では勝利とは?』

『な、え、……』

『殺戮とは? 戦争とは? 生物の生きる目的とは? ……私はねえ、思うんだよ』


 信徒たちが目を見開いて食い入るようにフウの姿を見つめる。いつの間にか、その姿は子供のそれではなく、成熟した女性のものとなっていた。薄布からこぼれそうなくらい豊満な体を扇情的に揺らし、相変わらず笑みを張り付かせたまま、信者の顔を覗き込む。七本の尾が燃え盛る炎を帯びて彼女の影を地に落とした。獣の耳を生やした影がにぃい……と耳元まで裂けるような笑みを浮かべた。ヒ、と信徒が悲鳴をもらした。


『ま、魔炎の……』

『違う! まやかしだ、あの方がイロハに付き従っているはずがない!』


 信徒たちが恐慌に駆られて叫びあった。イズラ・フロウは構わず言葉を続ける。


『炎とは意志だ。意志とは何か? 意志とは目的を遂げるための力だ。目的とは何か? 生きることだ。生ある限り、生物はただ生きるために生きなければならない。闘争とは手段だ。勝利とは結果だ。生きるために己の全てをかけて殺し、奪い、犯し、戦い続けるものは是である。獣の本性こそが生きるために最も必要なものだ……』


 朗々とした声が険しい岩山に囲まれた崖に響き渡る。白装束たちは顔面を蒼白にしてがちがちと歯を鳴らしだした。イズラ・フロウの姿は既に女のものですらなくなっていた。全身漆黒の炎で包まれた巨大な獣に変じ、暗い怨念に満ちた瘴気を撒き散らしている。


 縛られたまま、信者たちは悲鳴を上げて逃げようともがいた。芋虫のような無様な姿に、漆黒の獣がくわっ、と口を開いた。彼らの口から『化け物、化け物……いや……』『馬鹿な、そんな馬鹿な!』『神だ……』『神だぞ!』『お許しを、お許しを……』といううわごとのような言葉がもれ出る。


『貴様ら、なんだその醜態は!? だれぞこの魔炎のイズラ・フロウの前に立ちふさがるものはいないのか! 許せだと!? 獣が命乞いなど聞くと思うのか! それともその醜態は演技か、そのちっぽけな頭にはこの私を殺すための策略が蠢いているのか!? さあ立ち上がれ、知恵を巡らせろ! その腰に佩いた剣は飾りなのか!』


 獣の体の奥から次々と人間の手と顔が突き出る。地獄のような怨嗟の声を上げながら、炎にまかれた亡者たちは信徒たちを誘うように両腕を広げ、ぽっかり空いた眼窩から血の涙を流し、引き攣れるような笑みを浮かべた。信者たちの狂気すれすれの悲鳴と怒号が響く。獣の暗褐色の瞳が塗れるように輝き、激怒を湛えた。


『弱く卑しく創られた薄汚いゴミどもめ、虫ケラにも劣る塵どもめ! よくもその口で私の名を呼べたものだ。消えぬ痛みをその魂に刻むがいい!』


 どす黒い炎を撒き散らす獣の前に、一人の信者が這いながら進み出た。


『お待ちください、我が主、偉大なる炎の王よ!』


 獣の瞳が男を捉える。その男は五十過ぎと思われる屈強な大男で、むき出しの顔面と手にはびっしりと緑色の鱗が張り付き、口からは二股に割れた舌がちろちろと炎の如く出入りしていた。爬虫人、と呼ばれる種族だった。


『この私の名を呼ぶお前は誰だ!』

『北方拝火教団のジェドと申します。この者たちの長です!』


 誰何に答えて、男が告げる。古傷だらけの顔を歪ませて叫んだ。


『どうかお聞きください! この者たちは生まれも育ちも教団、他に行く当ても知りませぬ! 上が下した命令ならば、従わねば破門です。どうかご寛恕を、責めならば全てこの私が負います!』


 獣が目を細めて男を見た。


『その口は言い訳しか吐けぬのか! 貴様に言う言葉は一つだ……。人は全て自由であり、自身の行動の責任をとれるのはただ自身のみだ! この私の前に立ちふさがった罪を悔いて消え失せるがいい、この世界から! 私が貴様らに与えるのはただ死のみだ!』


 獣の体から突き出た亡者たちがびくん、と身を震わせる。突き出た手が一斉に印を結び、顔が異口同音に言葉を発した。


「『イグニートソード』!」

 

 地の奥底から響くような声と共に、視界が真っ白に染まる。目を凝らすと、純白の燃え盛る炎の柱が、無数の剣の如く空を埋め尽くしていた。


『う、わあああ!』『ひいいいい!』『慈悲を、慈悲を……』『死にたくない……!』


 信者たちの声を嘲るかのように、炎の剣は一直線に彼らに向かってくる。

 剣が彼らに殺到する寸前、フウが桜お姉ちゃんにちらり、と視線を送った。桜お姉ちゃんはというと、こっそり印を結び、小声で何事かを呟いていた。


 視界が燃える炎で埋め尽くされた……。


**********


『で? 言われたとおり脅してみたけど、どうするのにゃ?』


 少女の姿に戻って、フウが首を傾げる。視線の先には、信者たちが呆然自失とした表情でへたりこんでいた。既に縄を解いてあるが、そのことに気付いた様子すらない。その周囲は地面がガラス化し、ジュウジュウと煙を上げていたが、信者たちがいる部分だけは何事も無かったかのように元の地面のままである。桜お姉ちゃんの張った結界が炎を防いだ結果だ。


「鞭ときたら、当然飴ですよ」


 呟いて、僕は信者たちの前方、岩が積み重なった高所によじ登った。さて、ここからはハッタリと勢いの領域だ。なんかこっちに来てからそれだけで誤魔化している気がするけれど。隣にはローザがふよふよ浮かびながら付いて来ている。


 両手を広げて、信者たちに向かって叫ぶ。


『魔炎のイズラ・フロウの信徒たちよ、聞きなさい! あなた方が見た通り、魔炎のイズラ・フロウはこの僕、いろはに従う身となりました! イズラ・フロウが再び神となることはありません!』


 僕の言葉に、憔悴しきったような瞳が向けられる。ちゃんと通じている。託宣はきちんと効果を発揮しているようだ。


『しかしながら、あなた方は幸いです。こちらにおわす方こそ、魔炎のイズラ・フロウを降した強き神なのですから!』


 叫びつつローザの方を指す。うむ、と頷きを返し、ローザは傲然と腕組みをしながら、十六枚の翼を伸ばして中空に浮かび上がった。雷鳴のような声で告げる。


『定命のものたちよ、吹きすさぶ風に晒されたる哀れな露たちよ! 我が尊き言葉を拝聴するがよい。我が名はローザ、我が概念はロリババア、我が右腕は不滅、我が左腕は稚気、我が右足は不屈の意志、我が左足は燃える愛なり!』


 定型の名乗りを口にする。はらはらと炎を帯びた羽根が舞い上がる。信徒たちはおお、と感嘆を漏らしながらも、首をかしげてざわめいた。


『神だ、神だぞ……』『降臨するなど……』『しかし、聞いたことがない名前だ』『ロリババアってなんだ?』『さあ。食い物か?』


 僕は彼らに向けて再び呼びかけた。


『ロリババアとは、ロリにしてババア! 稚気と老練さを兼ね備えた存在、理想の女性の姿なのです!』


 僕の言葉に、ざわめきが増した。


『ロリ? 子供ってことか』『しかし子供体型など……』『やはりボインの方が……』『いやいや何よりケツがだな』


『愚かものたちめ!』

『!?』


 僕の叫びに、白装束たちがびくりと身を震わせる。


『なぜ脂肪の塊などに目を奪われるのですか! 見なさい、この……』


 ぷに、とローザの頬を人差し指でつつく。『む』とくすぐったそうに声を漏らして、ローザが身をよじる。


『この、愛らしさを! 素晴らしいでしょう!?』

『むう』『一理ある』『可愛いな』『癒される』


 男達が頷き、少数の女性がカワイー、と声を上げた。


『更に! 年経た故の老練さ、包容力! 傷ついたときには慰め、苦しんでいるときには経験から適切なアドバイスをくれる、まさに最高の伴侶でしょう!』


 僕の熱弁に、男達がむうう、と唸った。


『確かに……。軽い女はちょっとな……』『恋するならいいが、家庭を持つとなるとな』『隣のジョージんちのカミさんなんか遊び呆けて、ろくに家にも帰らねえからなあ』『えー何よ、あれはジョージの方が悪いじゃん』


 その中で、黙然と正座していた一人の男が、ずい、と前に進み出た。鱗に、古傷。彼らの長であるジェドだ。


『ロリババアの神、ローザよ。あなたに問いたい。あなたを信仰することで私たちは一体何を得るのか。そしてあなたは我々に何を要求するのか』


 ローザは翼をばさり、とはためかせると、ゆっくりと岩から下りた。ジェドの目の前に降り立つと、ガラス玉のような瞳を真っ直ぐ見つめた。


『愛を』


 彼女の言葉は端的だった。ジェドは言葉を詰まらせた。


『愛……。愛、愛だと?』


 全く理解できない言葉を聞いたかのように、ジェドが繰り返す。


『汝がもし我の信徒となるならば、我を愛し、我に仕えよ。我は無量の慈悲と愛の主である。我は無限の愛を汝に返そう』


 衝撃を受けたかのようにジェドは身を震わせた。その目は呆然と見開かれている。


『それは……それは、一体何の役に立つのだ? 我らの敵を倒すために。生きるのに……』


 ローザは悲しげに目を伏せた。


『聞くがよい、小さきものよ。汝は何ゆえ、絡み合う糸を無遠慮に剣で断ち切るような真似をするのか。その糸はほどくことで用をなすものであるのに? 剣を掲げるものは、結局は剣に滅びるであろう。魔炎のイズラ・フロウもその一人である。どうして手を取り合うことが最良の方策であると気付かないのか』

『だが、……だが……』

『確かに剣を取らねばならぬときもある。しかし、今の汝に必要なものは剣ではなかろう。周りを見回してみるがよい』


 弾かれたようにジェドが首を曲げた。周りの信徒たちはガラス化した地に囲まれ、不安げな顔で彼らの長を見つめていた。


『俺は……』

『ジェドよ』


 ローザの両手がジェドの頬を包んだ。繊細な指先が傷跡をなぞる。


『幾多の苦しみを経たであろう。苦しむものは幸いである。他者の痛みによりそい、慈しむことができるのだから。汝の部下たちを大切にするがよい』


 ジェドは何も言わなかった。ただガラス玉のようだったその瞳が、ハッとしたように俄かに生気を帯びたような気がした。


 唇を噛んで沈黙するジェドを信徒たちが不安げに見守る。もう一押しくらいしておくか。


『聞きなさい、魔炎のイズラ・フロウの信者たちよ! あなた方の古き神、イズラ・フロウは、我が神であるローザに付き従っている! 即ち、このローザこそが魔炎のイズラ・フロウの正統な後継者であり、あなた方の教会は偉大なるイズラ・フロウに楯突く異端者どもなのです!』

『む……』『言われてみれば、確かに……』『そ、そうなのか?』


 困惑したような声が交わされた。


『けど……ロリババアなんか信仰しても、なあ』『いくら可愛くても……』


 否定的な意見もまだあるようだ。僕は更に声を張り上げる。


『魔炎のイズラ・フロウの僕よ! あなた方は神の奴隷であったろう、しかしながらこの時からあなた方は誇りある自由な人間となるのです! なぜならあなた方の新たなる神ローザは、あなた方の親であり姉であり、妹であり娘である、限りなき愛に溢れた方なのですから!』

『自由……』『愛……?』


 信者たちの瞳が僕とローザ、そしてフウと、彼女によってガラス化した地面の間を行き来する。


『そう、自由であり、愛です。あなた方はこの世界を革新するのです! ロリババアのための世界へ! 愛の世界へ!』

 

 僕の宣言に信者たちは気圧されたように体をのけぞらせた。両腕を広げ、僕は彼らひとりひとりの顔を眺めた。多くは成人男性だが、老人や子供もいる。女性も僅かながらいた。彼らの瞳は得体の知れないものを見るような恐怖と、全く未知の考えに対する好奇、そして言いようのない期待がない交ぜになって溢れていた。


『いまこそ高らかに声を上げなさい! 今日、このときがこの世界の時代の転換期となるでしょう。即ち戦争と闘争の支配する冬の時代から、ロリババアを慈しみ、愛する春の時代へ! あなたたちは礎石です、新たな時代の要となる礎石です。あなたがたが愛と平穏を求めるならば、この僕の手を取るのです。僕はあなた方の同志となるでしょう。そして、さあ、叫びなさい、あなた方の新たなる主の名前を、偉大なるロリババアの神、ローザの名を!』

 

 信者たちは互いに顔を見合わせあった。仲間がどう動くか、探り合っているようだ。


 不意に、彼らの一人、ジェドが立ち上がった。


『……新たなる主、慈悲の炎、ロリババアの神ローザを讃える! 万歳!』


 銅鑼を打ち鳴らすような大音声に、白装束たちが身を震わせる。直後、弾かれたように数人が立ち上がった。


『愛の神、ローザ万歳!』『平和と慈悲の神を讃えよ! 万歳、万歳、万歳!』『強くも慈悲深き我らの尊き神に! 万歳!』


 それからは怒涛のようだった。彼らは次々に白装束を脱ぎ捨て、簡素なシャツ姿になって万歳を叫びだした。

 地を揺るがすような熱狂的な声がローザの名前を呼んだ。ローザが若干引き攣った顔で彼らを睥睨している。彼女が手を振ると、彼らのうち、特に男達が熱狂的な声援を送った。その光景に、僕は満足して頷いた。


「素晴らしい! 見てください、桜お姉ちゃん、ロリババアの魅力は偉大ですね!」

「お、おう」

「何です、頭を抱えて? もっと喜んでくださいよ」

「いや、……真面目に考えると正気度を削られそうでな……」


 こめかみを揉みながら、桜お姉ちゃんが疲れきったような声音で言った。


 隅っこのほうではリリアさんも頭を抱えて、「せ、洗脳した……魔炎のイズラ・フロウの信者を……狂信者を……何が何やら……」をぶつぶつ呟いている。

 フウは何だか全てが面倒くさくなったような白け顔で僕を見ていた。


『……。ボクは君のアホさ加減を見誤っていたようだにゃ。完全にボクの理の外だにゃ……』


 相変わらず失礼だな。

 熱狂の声はいやまして高まる。ふむ、と顎に手を当てて思考する。


「信者が一気に増えるとなると、ロリババア教の教義や経典を定めなければなりませんね。僕のバイブルといったら……当然、あの本ですよね! 一字一句覚えていますから書き起こすのは簡単ですが……そうすると翻訳の手間が……。布教も面倒で……。いや、いや。ここは発想の転換です!」


 ぐ、と握り拳を作る。


「僕がこの世界の言語を話せないなら、この世界に日本語を広めればいいのですよ!」


 ぶ、と桜お姉ちゃんとリリアさんが同時に噴出した。気にせず、続ける。


「我ながら素晴らしいアイディアです! 同志たちに日本語を教え、ロリババア教と共に広めさせましょう! こうすれば同志を増やせて僕と会話できる人も増える。三大神の一柱だった魔炎のイズラ・フロウの信者ともなれば相当数でしょう。まさに一石二鳥ですね!」


 桜お姉ちゃんとリリアさんは瀕死の魚の如く口をパクパク開けている。フウは開いた口が塞がらない様子だった。天を仰いで、わなわなと震えながら呟く。


『こ、この、この男……わ、私の信者を尽く洗脳するとなると……世界が全く様相を変えるぞ! 本気で作り変えるつもりなのか……世界を、自分の欲望のためだけに……! 力ではなく、思想による支配……この傲慢さ、邪悪さ、およそ人間のものとは思われぬ……まるで悪魔のような……まさに、まさに……』


 ぐん、と顔を僕の方に向ける。


『まさに、この魔炎のイズラ・フロウの主たるに相応しい! く、は、はあはははあははあはは!』


 きょとんとして首を傾げる僕の前で、フウは頭の螺子が外れたように高らかに哄笑した。

 傾きつつある日の鮮やかな赤に照らされて、一群の炎の如く熱狂する信者たちの声と、フウの笑い声が唱和して響いた。





 いやあシリアスでしたね (棒)

 物語シリーズの吸血鬼やネ○まのエ○ァなど、時々大人の姿になったり戻ったりするロリババアってたまにいますよね。邪道と見るべきなのか一口で二度美味しいと見るべきなのか。


 11/19訂正 Oh..前書きと後書き逆だった……。すみません。

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