第19話 啓示
気が付くと森の中に一人、佇んでいた。
首を傾げる。フウと別れた後、ラカシュの宿の部屋で、椅子に座っていたはず。疲れのあまり、まどろんでしまったことまでは覚えているのだけれど──。
「ひょっとして、また精神世界でしょうか……」
うんざりとして呟く。精神世界に招く、というのは、神が人と対話するために用いる常套手段であるらしい。ローザ、イズラ・フロウに続いて、またしても何らかの神が接触してきたのだろう。
「魔炎のイズラ・フロウみたいなのが出てこないといいですけれど」
森の中を見回す。道と言えるようなものはなく、どこまでも単調に木々が続いている。しかし暗い感じは無く、鳥と虫の声が唱和してにぎやかだ。いっそ、喧しいと言えるくらいだった。
「何だか凄く嫌な予感が……」
眉をひそめていると、不意に横手の木ががさり、と枝を揺らした。見やる。一人の小人だか妖精だかが、くりっとした青い瞳をこちらに向けていた。
「あ、情報精れ──」
『淫魔王だぁああああああああああああー!』
「誰が淫魔王ですか!?」
前も言われた気がするけど、牛魔王みたいなノリで言わないでほしい。
しかし僕の突っ込みもむなしく、木々の梢から次々と情報精霊が姿を現して、『え、淫魔王!?』『淫魔王が来たってさ!』『みんな、ババアを隠すんだ! 犯されちゃうよ!』『わ、わたしは平気だしー若いしー』『え? マリー、アンタ八十歳じゃ……』『黙れひき肉にするぞ餓鬼が』『ふえええ……』『ちょっとやめなよー』などと口々に騒ぎ出した。
相変わらずうるさいなー……。しかし問題はそこではない。
「あなたたちがいるということは、ひょっとして」
『ご明察。やっほー』
軽い声と共に、木々の奥から人影が歩み寄ってくる。
それは、壮年の女性だった。人のよさそうな顔立ちには僅かに皺が刻まれ、にこにこと笑みを浮かべている。服装は濃紺のワンピースで、身長は百六十くらいだろうか。体型はやや小太りだ。ぱっと見、どこにでもいそうなオバサンだが、背中からは褐色の鳥の翼が一対、生えている。
『まあ多分想像ついてるんじゃないかと思うけれど、一応自己紹介するね。私の名前はさえずりのラーツェ。右手は鳥たちの噂、左手は行方知らぬ風、右足は神速の矢、左足は無形の情報、ってね。うちの部下たちから多少話は聞いてると思うけれど、あなたには感謝してるのよ。ほら、イズラ・フロウってちょっとイヤーなヤツじゃない? 私の信者も結構ちょっかい出されてたんだけど、向こうのほうが力もあるし、困ってたんだよね。どこにでもいるよね、人の迷惑考えないヤツってさ。特に最近の若い神はねぇ。
あらやだ、愚痴っぽくなっちゃった。何の話だっけ……。ああそうそう。困ってたときにあなたが来てくれてね、手段はまあちょっとどうかと思うけれど、魔炎のイズラ・フロウをちゃちゃっと片付けてくれてね。やー、助かったわ。ホントありがとね』
「え……あ、はい」
物凄い早口でまくし立てられた。この間わずか一秒。まあ早口というか、『託宣』で脳に直接情報を叩き込まれた感じ、と言ったほうがいい。
『なんだっけ、ロリババア? 変わった趣味ねえ。人間の考えることはよく分からないわ。や、悪い意味じゃないのよ、全然。ほら、この世界の男たちって乳と尻ばっか追いかけてるじゃない? なんかなあって思っちゃうわけよ。魔炎のイズラ・フロウの信者なんてあれよ、巨乳原理主義者みたいなのが結構いてさ。おまけに重度のマゾどもで、イズラ・フロウに踏まれたいとか言ってんのね。やんなっちゃうでしょ? まあ、イズラ・フロウを狂的に信仰してる拝火集団とか戦争狂みたいなのもいて、それに比べたらまだマシかもしんないけどね。ああそうだ、後任の話って聞いてる? 火の神の座が空席になったから、魔人種族のヤツが新しく火の神に昇格したんだけど、こいつがなんだか、草食系っていうの? 平和的なのはいいんだけど、あんまり炎って感じじゃなくてイメージが──』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
立て板に水とばかり喋りだした彼女を慌てて制止した。
『ん、何? 気になる話題でもあった? あ、そうだマゾといえばさあ』
「だから待ってくださいってば! 結局何の用なんですか?」
常時喋ってないと気が済まないのかこの神は……。会って早々げんなりした気分になる。
『んー。要件は二つよ。まず、さっきも言ったけど、魔炎のイズラ・フロウを倒してくれてありがとうってこと。あれには手を焼いててね。そんで、二つ目はローザのこと』
「ローザの?」
『ええ。彼女はねえ、私の古い古い──友人なのよ』
言葉を切って、さえずりのラーツェは懐かしむように微笑んだ。目元の皺が僅かに深くなる。
『私は獣人種族の出身でね。小さいころに群れからはぐれちゃって、まあ苦労したわけよ。オマケに方向音痴なもんだからねえ、あっち行ったりこっち行ったり、気付けば何でだか人間領に入っちゃっててさ。いやあ、焦ったよ。食べ物も水も尽きたところで、拾ってくれたのがローザの……昔の、火の神だったころのローザの信者でね。いやあ、ありがたかったねえ。今から思えば、異種族相手に無用心すぎたとも思うけれど……そこを魔炎のイズラ・フロウにつけ込まれたんだから……、それでも、私には嬉しかったんだよ』
かすかに悲しみの色を滲ませつつも、ラーツェは昔語りを続けた。瞳の奥がきらめきを放って、少女じみた無邪気さを感じた。
『ローザはああ見えて寂しがり屋で、話好きなの。最初は神のクセに気軽に現れて、って思ったものだけれど。よく話をしたなあ。私が迷子になったときの話をすると、仏頂面になって、でも口元はひくひく震えてるのね。笑いをこらえてる顔が可愛かったなあ。私のほうでも、色々教えてもらって、まあ魔術とか、ね。まさか自分が神になるとは思わなかったけどねぇ。神になってからもよく会って話をしたんだよ。
今から何万年も前の話よ。その後は……あなたも知っての通り。……もう会えないと思っていたんだけれど、分からないものねえ。あなたには、本当に感謝しているわ。ありがとう、私の友達を救ってくれて』
に、と彼女は満面の笑みを浮かべた。人好きのする笑みに、思わずつられて笑う。
『ま、つまり、あなたにありがとうって言いたくて来たわけ。他の神々も、あなたに感謝してるってのは結構いるから、それも含めて、ね。困ったときは言って。何か力になれると思うから。
もっと話していたいけれど、そろそろローザたちがお風呂から上がってくるころね。嫉妬されちゃかなわないから、この辺でおいとまするわ。……そうそう、お礼にいくつか忠告をしてあげる』
ぴ、とさえずりのラーツェは人差し指を立てた。
『金髪の大男に気をつけて。彼はあなたの魂の相似形、けれどその方向性は全くの真逆。彼はあなたよりもあなたの大事な人の命を狙ってくる。
純血の魔族に対する対抗策を練りなさい。あれは純然たる悪意と魔力の塊、歩く災厄よ。あなたは目をつけられている。逃げてもいい、立ち向かってもいい、けれど立ち竦んでは駄目。迷いは死につながるから。
魔炎のイズラ・フロウの信者があなたの命を狙っている。彼らは狂信者であり、神と対話したことのない偶像崇拝者。フウが止めたとしても、まやかしと思って聞かないと思う。これも対策を考えておくべきね。
この地を発ったら、ここから北、最果ての山にいる常冬の魔女に会うといいわ。彼女はあなたの求める存在。あなたならば、時の流れに取り残された彼女の心を開くことができるかもしれない』
語り終えて、さえずりのラーツェは微笑んだ。
『私が言えるのはこれくらいね。断片的な情報が多いから、役に立つかは分からないけれど。重ね重ね、ありがとう。ローザによろしく。彼女を愛してあげて。ああ見えて、寂しがりだから』
「ええ、分かりました。僕の方からも、お礼を言います。ありがとうございました、さえずりのラーツェ様」
『やあねえ、信者でもないのに様づけなんて。ローザを呼ぶときみたいに、もっと親しみを込めてくれてもいいのよ?』
悪戯っぽくウインクする彼女に、僕も笑みを返した。
最初会ったときはどうなるかと思ったが、思ったよりまともな神でよかった。まあ、おしゃべりなのがちょっと玉に瑕だけど、許容範囲だろう。
「あなたが少女の姿で現れたら、求愛しているところでしたよ」
『……最大級の賛辞ね』
曖昧な笑みを浮かべて、ラーツェが言う。『じゃあねー』と手をふる情報精霊たちに「さようなら」と手を振り返した。それを最後に、意識が暗転した。
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まどろみの中から意識を引き上げると、丁度三人が風呂から上がってきたところだった。気だるさが残る体で、伸びをする。椅子で寝たせいで、かすかに首に痛みを感じた。
「中々いい湯じゃったぞ。いろはも後で一緒に行くか?」
桜お姉ちゃんが僕の膝の上に腰掛けきて、言った。湯上がりの肌が艶かしい。石鹸の爽やかな匂いを感じた。
リリアさんとローザは、卓を挟んで向かいに腰掛けた。
その後ろには、いつの間に帰ってきたのか、フウが腕組みをして背中を壁に預けている。
四人に向かって、告げる。
「神の啓示を受けました。さえずりのラーツェです」
言ってから、電波な人みたいな発言だなと思ったが、事実なのだから仕方ない。
驚く四人にラーツェとの会話をかいつまんで伝える。
「……金髪の大男? 魂の相似形? よう分からんが、いろはみたいなのがもう一人いるということかのう」
桜お姉ちゃんは嫌そうに顔をしかめた。何ですかその顔は。失敬な。
「純血の魔族ですか。私は遭遇したことはないですが、噂には聞いています。桁外れの魔力を有する、純粋な悪意と狂気の塊。あれに目をつけられている可能性があるということですか……」
リリアさんは渋い顔で、腕組みをした。
『ラーツェ、懐かしいな。相変わらず喧しいのか。そうか、まだ我のことを覚えているのだな』
ローザは苦笑しながらも、昔を懐かしむように微かに目を細めた。
『ボクの信者たちが君の命を狙っている? 狂信者どもめ。自分の意思、自分の足で立つこともできない、救いがたいゴミどもだにゃ。皆殺しにすべきにゃ』
フウは不機嫌そうに過激な発言をして、鼻を鳴らした。
僕は四人の顔を見回して、首を傾げた。
「いや四人とも、一番重要な情報を抜かしていますよ。常冬の魔女。新たなロリババアについて、です」
僕がそう言うと、四人とも示し合わせたかのように揃って渋い表情を作った。
「いや、じゃって、なあ?」
「まだ増えるんですか……?」
「まだ増えるか、とはなんですか! 目指すはロリババアハーレム! 男子たるもの! 一度この世に生まれいでたなら! ハーレムを目指さずにはいられない! いや、ハーレムを目指さないなど間違っています!」
『そ、そこまで言うか……?』
『苦しむのはいろはの方だと思うんだけどにゃー』
宣言する僕から心持ち身を引きつつ、四人は冷や汗を流した。
こほん、と咳払いをひとつして、桜お姉ちゃんが仕切り直す。
「まあ、目的地ができたのはよしとしようかの。肝心の常冬の魔女とやらは何者なのじゃ?」
リリアさんは珍しく首を捻った。
「最果ての山……ですか? 北方に凍土が広がっているのは知っていますが、魔女の話は聞いたことがないですね」
フウも腕組みをして、沈黙している。
ローザは暫く悩んでいたが、やがてぽん、と手をうった。
『常冬の魔女。最果ての魔女、不滅の魔女か。何万年かの昔に、さえずりのラーツェが言っていた。魔人種族の少女で、その身に呪いを受け、不老不死の存在に成り果てたものがいると。凍土竜や霜の巨人すら凍りつく、永世凍土の北の山にとどまり、呪いを解くべく魔術の研究をしていると聞いたが。今も生きていると言うのか……』
唸るように、ローザは言う。
「なるほど。時の流れに取り残された少女──素晴らしいですね!」
四人が、また始まった……という顔をしたが、そんなのは些細なことだ。まだ見ぬロリババアが僕を待っているのだ。こんなに嬉しいことはない。
「ふうむ。ま、お前について行くと決めたからのう。雪山、というのはちと不穏じゃが。数日この地に逗留したら、行ってみるか」
桜お姉ちゃんは僕の膝の上に座ったまま、人差し指でツイ、と僕の顎をなぞった。リリアさんは苦笑しつつも頷き、ローザは肩をすくめた。フウは何も言わず、尻尾をゆらゆら振る。四人とも異存はないようでなによりだ。
**********
夕食を別室で済ませて、部屋で軽くくつろぐ。貧弱な体には山登りが結構応えた。足がジンジン痛む。リリアさんが軽く、マッサージをしてくれた。足先から太ももに至るまでを、撫でるようにも揉んでくれる。
「うーむ。この白さ、柔らかさ。実に素晴らしい足ですね。まるで名工の手になる芸術品のよう……」
……微妙に邪念が混じっているような気がしたが、あまり気にしないようにしよう。
「露天風呂、一緒に行ってみるか? 露天風呂だけでも数種類あるようじゃな。さっきと違う湯にも入ってみたいのう。
何でもここの湯は疲労にも効果があるらしいぞ。本当かどうか知らんが」
パンフレットのような紙を手にして、桜お姉ちゃんが言った。僕は首を傾げた。
「文字、読めるんですか?」
「こっちの世界に来てから結構目にしたからの。大体は分かるじゃろ?」
……え。いや。え?
……忘れてた。リリアさんもそうだけど、この人も知能200なんだ。前世ですら知能60台だった僕の理解の及ぶ範疇にはいない。考えてみると恐ろしい話だな……。
パンフレットを受け取ってみたが、勿論僕には全然読めない。と言うか、どこからどこまでが一字なのかすらよく分からない。
「こちらの世界の言葉と文字も覚えて行くべきですね。ちゃんと教えてあげますよ」
「……お願いします」
いつまでも通訳頼みじゃ、よいロリババアに巡りあっても会話に苦労するからなあ。
まあそれはそれとして、今は風呂だ。服を用意して、五人連れ立って露天風呂に向かう。今度はフウも付いて来ている。顔つきは不承不承、という感じだが、猫耳がぴこぴこ動いているので、まあ多分彼女なりに楽しみにしているのだろう。
「一緒に入る、ってことは混浴なんですね」
「ん? いや、違うぞ」
並んで歩く桜お姉ちゃんに問いかけると、否定された。おや。勘違いか。
「じゃあ、僕は男湯に行ってきますね」
「お前は一体何を言っているんじゃ?」
「……え?」
何だか話がかみ合っていない。と言うか、嫌な予感が。ぎゅ、と後ろから肩をつかまれた。振り返ると、リリアさんが妙にイイ笑顔をしていた。
「股間、隠せばバレませんよ?」
……。……。……。……。
「いやいやいやいや! 駄目ですよ何言ってるんですか!?」
「いいではないですか。以前も一緒にお風呂に入りましたし、今更何を恥ずかしがるというのです?」
「いや、だって、他のお客さんもいますし! 恥ずかしいですよ!」
「いろは」
ぎゅ、と桜お姉ちゃんが僕の肩を掴んだ。いつになく真剣な顔と声音に、どぎまぎしてしまう。
「儂はな……お前の恥ずかしがっている顔を見るのが何よりの楽しみなんじゃ」
「何を言ってるんですか!?」
真面目に聞いて損したよ!
『実際問題、別々に入るのは危険だと思うが。汝は虚弱体質であろう。少し気を抜いただけで、溺死や足を滑らせて転倒死の可能性がある。まして、慣れぬ体だ。恥を忍んで共に入るべきであろう』
ローザに淡々と正論を吐かれて、言葉に詰まる。
「や、でも」
『つべこべうるさいにゃ。どうせ他の女の体には興味がないんだから、何も問題はないにゃ』
フウが面倒そうに首を掻きながら言った。
がし、と両腕を桜お姉ちゃんとリリアさんにつかまれた。
「ちょ、待、あああああ……」
ずるずる引き摺られて、女湯へと連れ込まれてしまった。
室内と露天風呂は薄い布をかけた仕切りで隔てられており、更衣室はないようだった。ごつごつした岩に囲まれて、もうもうと湯気が立ち込める温泉が湧き出ている。冷たい風が首筋を撫でた。
幸いと言うか、あまり人は多くない。主婦っぽい女性が数人、それと子連れの初老の女性が一人、入浴しているくらいだ。
ここであまり騒ぎ立てると問題になりそうだ。腹をくくって、服を脱ぐ。勿論、股間は手ぬぐいで極力隠した。
「くっくっく。ここで手ぬぐいを払いのけたら、周りはどう反応するかのう……?」
「やめてください……!」
必死で桜お姉ちゃんの魔の手をかいくぐり、ローザの後ろに隠れた。
「ふふ。それで安全な場所に隠れたつもりですか? 忘れてはいないですよね。媚薬の出処がどこなのかを……?」
リリアさんの笑みが黒い。
『……別に男だとバレてもそこまで問題にはならないと思うが。十歳程度なら、保護者同伴で入ることもあろう』
『国や地方にもよるけどにゃ。痴漢や姦通を宮刑に処するようなところもあるけど、シシファはそこまで厳しくないはずにゃ。それより、あんまり騒がないようににゃ』
……く。フウにまともなことを言われると物凄く悲しくなってくる。
アホなやり取りを経つつも、体を軽く洗って、温泉に入った。少し熱めの湯が、冷えた体に心地よい。体の芯からじんわり温まっていくのを感じて、思わず吐息を漏らした。
「ああ……これは、いいですね」
僕の両隣にリリアさんとローザが座り、桜お姉ちゃんは正面にいる。フウは、少し離れたところで一人、夜空を見上げていた。この世界の月は、地球のそれとあまり変わらない。雲ひとつ無い空に、皓々と月が輝いている。
「今日は月が綺麗ですね」
「何じゃ。告白か?」
桜お姉ちゃんが笑った。
「そう取ってくれてもいいですよ?」
「アホ。周りに女を侍らせて言うセリフじゃなかろう」
小さな体を震わせてクク、と笑い声を漏らす。
ぱしゃ、と手が湯をかいた。白い指先からお湯が滴る。
「そうじゃ、折角じゃしな」
ぱちん、と指を鳴らす。現れたのは盆に乗せられた徳利とお猪口。
「好きですね」
「いろはの次くらいにはな」
「お酒より上とは光栄ですね」
僕がお酌をすると、ちびりちびりと飲み始めた。
「うむうむ。月夜、秋風、熱い風呂に美少年。よい風情じゃ」
「ほどほどにしてくださいね。風呂に入ってるんですから、酔いのめぐりも早いですよ」
「分かっておるわ。この後、お前とのお楽しみもあるしのう?」
「……ばか」
リリアさんとローザも、お猪口を手にとって飲み始めた。
「少し、辛口ですね」
『悪くない。昔、信者が奉納してくれた酒を思い出す』
うっとりと頬を染めながら、感想を漏らす。
「いろはも飲まんか? 前世では好きじゃったろうに」
ん、と突き出されたお猪口を丁重に断る。
「いえ。こちらではまだ十歳ですから」
「相変わらず変なところで堅物じゃのう。ま、それもよい」
フウをちらりと見やると、あちらも自前の酒を飲んでいるところだった。金色の瞳が虚空を見つめている。幼くも冷たさを感じさせる美貌に、声を掛けるのが躊躇われた。
結局、言葉を飲み込んで、視線を戻す。
桜お姉ちゃんは、予想通りというか、既にかなり出来上がっていた。
「あーもう……言わんこっちゃない。上がりますよ、桜お姉ちゃん」
「うみゅ。まら、のめるらー」
「いや明らかに駄目でしょ。……先に失礼します」
『一人で大丈夫か』
「ええ。前もこんなことがあったし、行けますよ」
「あなたも、今日は疲れているでしょう。先に休んでいたほうがいいですよ」
疲れた原因の四割くらいは、リリアさんと桜お姉ちゃんに搾り取られたせいなんですけどね。
勿論口には出さず、桜お姉ちゃんに肩を貸して上がらせる。体を拭いて、服を着せる。僕も服をまとって、部屋まで連れて行った。
幸い、部屋も風呂も一階である。小さな体を椅子にかけさせた。
「はい、歯ブラシ」
「ん」
瞳の焦点が定まらないながらも、歯磨きをする。うっすら差し込む月の光に照らされて、酒と風呂のために赤くなった頬が麗しい。
歯磨きを終え、髪を乾かす。二人揃って床についた。
「いろはぁ」
ぎゅ、と抱きつかれた。ビクリとしたが、幸い押し倒されることはなく、甘えるように頬ずりをしてきた。
「怒っとる、か?」
「何をですか?」
「……ひどいこと、して」
ああ、一応色々ひどいことをしているという自覚はあるのか。
くす、と笑って、抱きしめた。
「怒ってないですよ。桜お姉ちゃんの気持ち、ちゃんと分かってますから」
「……ん」
恥ずかしそうに、彼女は僕の胸にポフン、と顔を埋めた。
僕は彼女の髪を優しく梳きながら、呟いた。
「今日は月が綺麗ですね」
彼女は何も答えなかったが、みるみる赤くなる耳が、雄弁に彼女の心を物語っていた。
酒やタバコとロリババアの親和性の高さは異常。以前読んだ「あんで○どばにすた!」というラノベに、サブキャラとしてリッチ系ロリババアが出てきたのですが、煙管を手に持ってる挿絵が様になっていて非常に好きでした。異名が「太母」というのもポイント高し。ただほとんど出番がないまま、二巻で終了してしまったのが悲しいですが……。




