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永遠の桜  作者: ふがし
第2章 漫遊編
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第18話 愛の形

「今朝未明、森の中で、異世界に在住の無職・豊野いろはさん(10)が倒れているのを現地住民の一人が発見しました。豊野さんは現場の状況から複数の女性に性的な暴行を受けた疑いが強いと見られています。第一発見者のフウさんによると、豊野さんは昨日知人女性に森に連れ込まれたとのことで、捜査本部では女性の身元の確認を急いでいます……」

「……いや、だから済まんかったと言っておるじゃろうに」

「そこまで怒らなくてもいいではないですか……」


 桜お姉ちゃんとリリアさんが引き攣った笑顔で、わたわたと手を振った。

 朝。気だるい体を引きずり、仁王立ちになって、正座するロリババア二人を見下ろす。


「全然反省が感じられないんですよ、本当に死ぬかと思ったんですからね!? 絶倫って言っても限度があります!」

「いや、だって、なあ?」「ねえ?」


 二人は顔を見合わせて頷きあった。


「……だって、何ですか?」


 ジロリ、と睨む。


「いや、お前……。全体的にこう、エロいんじゃよなあ。体つきは華奢なのに、揉むとしっとりと掌に吸い付く肉の感触がなんとも……」

「恥ずかしがって顔を手で覆うときなど実に……。真っ白な肌が紅潮するのがはっきり分かって、感度がまたいいものだから軽く愛撫するだけで体を震わせて反応して、こっちまで燃えてくるんですよね」

「うむ。声がまたやばくてな。耳元で甘えた声で名前を呼ばれると、それだけで理性が吹っ飛びそうになる」

「ああ、それ分かります。普段は敬語使ってちょっとツンと澄ました感じなんですけど、行為の最中に余裕がなくなってくると口調が崩れてくるのがポイント高いですよね」

「ふむ、分かっておるな。全身でしがみついてきて『おねーちゃん、だいすき……!』なんて呂律の回ってない声で囁かれた時は可愛くて可愛くて、もうそれだけで──」

「……」

 

 僕の視線の圧力に気付いた桜お姉ちゃんが、言葉を止める。


「いや、その、な? つ、つまり」

「つまり? 何ですか?」

「お、お前が可愛すぎるのがいけないんじゃ! 儂らは悪くないもん!」


 ピキピキ。自分の額に青筋が浮かぶのが分かった。


「……二人とも、今夜は僕と寝所を別にします」


 僕の言葉に、二人はこの世の終わりみたいな表情になった。僕に詰め寄ってくる。


「そんな殺生な! お前なしで秋の夜長をどう過ごせばいいんじゃ!?」

「ちょ、どさくさにまぎれて抱きつかないで下さい!」

「せめて抱っこするくらい……」

「リリアさんは何で服を脱がそうとしてるんですか!? ええい、舌の根も乾かぬうちに……!」


 ぎゃあぎゃあ言い合う僕たちを、フウとローザが見つめている。


『君たち、朝っぱらから何でこんな元気なのにゃ……』


 フウは眠いのかテンションが低い。猫耳がしょぼくれている。


『ぬう。我は混ざるべきか、止めるべきか』


 ローザは訳の分からない逡巡をしていた。

 僕らの喧騒を知らぬ気に、森の木々は静かに佇んでいた……。


**********


 鬱蒼とした木々は初秋の日を遮り、風に葉をざわめかせていた。脇に木を削って作った棒を組んだだけの簡素な道を歩く。唐傘を杖代わりにつき、桜お姉ちゃんの手を取りながら、木々の間を進む。先導するのは巨大な鉄の人型。鎧を着込んだリリアさんだ。僕の後ろにはローザが背後霊のように浮かんでいた。ローザの更に後ろ、道から少し外れた場所を、フウが後頭部に両手を当ててついてきていた。


『……結局、どうなったのにゃ?』


 頭の中にフウの声が響いた。


「ちゃんと節度あるお付き合いができるように、行為は一日に一人二時間まで、と定めました。今日の寝床は、妥協して結局一緒です」

『節度ある……かにゃあ? むしろ昨日どんだけやってたのにゃ……?』


 戦慄した表情でフウが言った。情欲の神がドン引きするレベルなのか、僕らは。フウが途中で止めに入らなければ、どうなっていたことやら。フウが相対的に常識人枠になりつつある現状は、今更ながら人間として色々終わってる気がしなくもない。


 ちなみに、最初はかなり語尾が揺れていたフウだが、慣れてきたのか大分板についてきた。それはそれで、元神としてどうかと思うけれど。


 会話を続けながら、歩を進める。登り道が多くて、中々辛い。汗を拭う僕を、フウがちらりと見た。


『結構歩くにゃ。この森以外の経路はないのかにゃ?』

「ええ。森を迂回すると山か谷を越えなければならないですから」

『ふうん?』


 僕たちは今、森に入り、北のラカシュの街を目指していた。


「アイルの北東、森林と山岳で囲まれた場所に、ラカシュの街があります」


 ラカシュ。リリアさんの話によると、温泉で有名な街らしい。源泉かけ流しの風呂は高い人気を誇り、国内外から観光客が訪れるとか。


「地理的な攻めづらさから、長らく戦禍を免れてきました。歴史的な街並みや建造物が保存されていると聞きます。シシファ皇帝の覚えもめでたく、何十年か前には皇帝直々の御幸を受けました。南側からだとこの経路しかないですが、北側には崖を越える飛竜の定期便があって、観光客は普通そちらを利用します。観光名物として、岸壁に掘り込まれた巨大な神像があり、飛竜から眺めると壮観だそうですよ」


 磨崖仏みたいなものだろうか。


「楽しみですね」

「うむ。天然の温泉というのがよいのう。アイルのは広いだけのただの風呂じゃったからな」


 珍しくうきうきした様子で、桜お姉ちゃんが笑った。僕も釣られて微笑んだ。

 リリアさんが振り返って、


「今日中に森を抜ければすぐです。イロハの足には少し辛いでしょう。休みたいときは、遠慮なく言ってください」


 ふん、と後ろで鼻を鳴らす音が聞こえた。


『面倒くさいにゃ。焼き払ってしまえばいいじゃないか、こんな森なんて』


 フウが金色の瞳を冷ややかに細めて言った。リリアさんが無言のまま、肩に担いだ大剣をカチャリ、と鳴らした。


『何? まさかと思うけれど──怒ったのかにゃ、絶壁。それとも怒ってるふりをしているのかにゃ? 今更森を焼くくらいで痛める良心があるのかにゃ? 利己心の塊のクセに、好きな男のために善人ぶってる君は見てて痛々しいにゃ』


 挑発するフウに、リリアさんがゆっくりと体を向けた。俄かに空気が緊張を帯びる。


「やめなさい、フウ」


 見かねて、仲裁に入る。


「今のはあなたが全面的に悪いですよ。リリアさんに謝りなさい」

『……』

「謝らないなら……お仕置きですよ? 痛いお仕置きと気持ちいいお仕置きのどっちがいいですか?」

『にゃっ!? うう……。い、言い過ぎたにゃ、リリア』

「いや、まあ……今回は、許しましょう」


 ぷるぷる震えて涙目になるフウに、毒気を抜かれた様子でリリアさんが返した。


「少し、気が立っているのかもしれませんね。休みましょうか」


 リリアさんの言葉で、休憩が決まった。地面に布を敷いて腰を下ろす。足がジンジンと痛んだ。多少強化されてはいても、やはり筋力と耐久の低さは結構きつい。

 竹筒の茶を口に含んで、一息つく。休んでいると、川のせせらぎの音が遠く聞こえた。気持ちが落ち着いてくる。桜お姉ちゃんとローザは僕の隣に並んで座り、リリアさんは鎧姿のまま向かい合っている。フウは、少し離れたところで木の幹に腰掛けていた。

 少し馴染んできたフウだけど、やはり他の三人と時々衝突することがある。もう少し協調というものを学んで欲しいものなのだけれど……。思っていると、フウにジロリと睨まれた。頭に声が響く。


『何見てるのにゃ?』

「いや、……今更なんですけれど。ローザやフウが使ってる頭に響いてくる声、何の能力なんですか? 言語ではないですよね」

「それは、技能『神技』を習得することで使える『託宣』という能力ですね」


 リリアさんが解説してくれた。


『効果は、知能ある対象と言語なしに会話することが可能になるというものだな』

「ついでに言うと、能力が上昇する際や技能の習得時に頭に響いてくる声は、情報と噂の神、さえずりのラーツェの『託宣』によるものですね。彼女は全世界に情報精霊のネットワークを張り巡らせ、ありとあらゆる情報を収集しています。技能『調査』は、この情報精霊に尋ねることで必要な情報を得る技能なんですよ」


 フウとローザが顔をしかめた。


『あのオバサンは喧しくて苦手にゃ……。基本人の話聞いてないしにゃ』

『聞いていて、無視しているのだと思うが』

『それ、なおタチが悪いと思うにゃ』


 口ぶりからして、会ったことがあるようだ。


「情報精霊というのは?」

『見たほうが早いにゃ』


 言葉と共に、フウがパチン、と指を鳴らす。

 同時、


「わっ……!?」

『『『きゃあああああああああああああああああああああああ!?』』』


 僕の驚きの声と同時に、それを掻き消すような絶叫が三つ、頭の中に響いた。

 目の前に、いきなり三つの人型が姿を現していた。姿かたちはどれも全く同じで、身長五十センチメートルほどの矮躯である。童話の妖精っぽい羽が背中から生え、金色の髪がウェーブを描き、青いくりっとした瞳が驚きに見開かれている。三人──三匹?──は驚きの声を上げた後、脅えた様子で視線を僕に向けた。


『い、いやあああああああ!?』『ちょ、見てるこっち見てる!』『ロリババアにされるぅううううううう!』


 ……。えっ。


『犯さないでお願いこっちこないで!』『わわわわわたしは三十歳だし! まだババアじゃないし!』『アンナはもう七十歳超えてますから食べごろですよ!』『あ、キャシーアンタ売りやがったな! てかアンタも百歳じゃん!』『ちちちちちがうよ何言ってるかな! 私はー、花の十五歳ー』『は? きめぇ。夢見てんじゃねえよ』『あ? ちょっとお前、先輩に対する敬意ってもんがなってないんじゃね?』『うっわー矛盾ー。つい一秒前の発言と矛盾ー。これだからオバンは』『ちょっと二人ともやめなよ!』


 頭の中に声がキンキン響く。


『喧しいだろう? 言っとくけど、さえずりのラーツェは一人でこれの百倍はうるさいからにゃ。託宣使ってるから耳塞ぐこともできないしにゃ』


 ペタン、と猫耳を伏せて、うんざりしたようにフウが言った。それは何と言うか、魔炎のイズラ・フロウとは違う意味でお近づきになりたくない神だ。


「いや、て言うかロリババアにされるってどういうことですか……」


 情報精霊が口論を止め、一斉に僕の方を見た。どれがどれだか全く見分けがつかないが、三人はマシンガンのような早口でまくし立てる。


『神様の間じゃ噂になってるし! 異世界からの転生者が新概念を持ち込んで古き神を復活させたって!』『魔炎のイズラ・フロウをロリババアにして服従させるなんて、完全に神様の理解を超えてるよ!』『多くの神様はイズラ・フロウと敵対してたから喜んでるけど、気の弱い神様なんてロリババアにされて犯されるんじゃないかってびびってるんだから!』


 ……なんだそりゃ。


「いや、別に僕は誰だってロリババアにできるわけではないんですが……。そもそもそれ以前に、そこまで見境なく襲いませんし」


『騙されないし! 男は皆ケダモノだし!』『昨日なんて凄かったじゃん! そこのハイエルフちゃんが体を離そうとするタイミングで的確に縋り付いて甘えかかって、結局何回したんだかね!』『あれはやばいねー。ハイエルフちゃんメロメロになっちゃって、ありゃ淫魔だよ、淫魔! 淫魔王だね! 平天大聖淫魔王め!』


 ぶ、とリリアさんと僕が同時に吹いた。


「うううううう嘘です僕そんなことしてないです! 何いい加減なこと言ってるんですか!」

「え。あれ自覚なかったんですか……?」


 リリアさんの方に首を向けると、リリアさんはサッと鎧の首を逸らした。……え、嘘だよね……? 桜お姉ちゃんの方を見やると、頬を染めて明後日の方向を向いていた。ええ……?


『いろはたちの爛れた性生活は置いておくとして。基本的に、神々はいろはに好意的なのか?』


 ローザの問いかけに、情報精霊たちはコクコクと頷いた。


『まー、最初はなよなよして弱っちいから嫌いって意見もあったけどー』『魔炎のイズラ・フロウを降してからは、どっちかっつーと好意的な感じかナー』『特にイズラ・フロウに服従していた属概念の弱小神なんか、諸手を挙げて大喜びってなもんよ』『法理のアルスス様なんかー、面倒くさいのが消えて読書に集中できる、って図書館に引きこもっちゃったんだから』


 フウは面白くなさそうに、舌打ちを一つした。ローザはほっとした様子を見せる。


『神を降したことで、反感もあるかと思ったが。取り敢えず、法理のアルススが敵対しないのなら、他の神が徒党を組んで襲ってくることはなかろう』

『ふん。救い難い腰抜けどもにゃ。自分の意思で行動できないやつは虫ケラ以下にゃ』


 法理のアルススというのが、この世界の調停者である主神的な神らしい。以前見た銅像だと、眼鏡をかけた老人の姿をとっていた。


『敵対を表明してる連中もいるけど、ごく少数だねー』『基本日和見か、びびって手を出さないかじゃないかなー』『私ら雑魚はモチびびってる側だけどねー』『お薬怖いよねー』『あれ、なんかイロハに見つめられてると頭がぼーっと……』『いやあああああキャシー!? 戻ってきてぇえええええ!?』『そっちに行っちゃダメ! そっちに行ったら戻れなくなるわよ!』『お願い、ロリババアになんてならないでぇええええ!』


 パチン、と再びフウが指を鳴らすと、三人の姿が掻き消える。


『普段は見えないけど、あれがそこら中にうようよいて、情報を伝えてるのにゃ』

「シュールな世界ですね……」

「ちょっと不気味じゃな……」


 僕と桜お姉ちゃんが感想を漏らす。なんだか、休んでいたはずなのにどっと疲れた。




 休憩を終えて、歩き出す。疲労で頭がぼやけてきたころに、リリアさんの声が届いた。


「出口ですよ」


 木々の葉から差す光の量が徐々に増えてきたと思ったら、不意に視界が開けた。


「わあ……」


 思わず、声を漏らした。断崖を隔てて、下方に街が見える。石造りの階段が長くのびて、街まで繋がっていた。街の周囲は切り立った崖が取り囲み、崖に掘り込まれた無数の神々の像が街を見守るように息を潜めていた。遠く霧の中にかすむ山々は青々としてどこまでも広がっている。山岳の風が肌に冷たく刺さった。


「ラカシュの街まで、石段を下ればすぐです。行きましょう」


 石段の前で、例によって鎧姿数人に調査を受ける。フウを調査したとき、兵士の人が兜の上からでも分かるくらいギョッとしていた。まあ、あんなとんでもない能力値の人はそんないないだろうしなあ。僕は別の意味でとんでもない能力値だが。


 今回は顔パスとはいかなかったが、観光街であるラカシュは、調査してよほど不審人物でもない限り、金を払えば入れるらしい。


「またリリアさんに頼ってしまって、非常に申し訳ないです……。何か自分で稼ぐ方法を考えないといけないですね」


 石段を下りながら、会話する。リリアさんは鎧姿のまま、がっしょんがっしょんと器用に降りて行く。


「それなら、いい方法があるじゃろ」

「え。何ですか? 一応言っておきますけど、男娼とかなしですからね?」

「アホ。儂がお前にそんなことさせるわけないじゃろ。冗談でも二度と言うな」


 不愉快そうに、桜お姉ちゃんが柳眉を逆立てた。


「ご、ごめんなさい……。じゃあ、方法というのは?」

「お前の技能は何のためにあるんじゃ?」


 技能? ちょっと考えて、桜お姉ちゃんを見る。いつの間にか、その手にはシシファ純金貨が一枚、握られていた。技能。創造主の指先。金貨。考えて、思い至る。脂汗がだらだらと額をつたった。


「いや、あの……。まさか贋金……」

「滅多なことを言うでない。いいか、創造主の指先は無から有を創造する技能じゃ。対して、贋金は安価な金属を混ぜ込んだ粗悪な貨幣のこと。紙幣を偽造したり悪銭を流通させたりするのは確かに大問題じゃが、純金貨を純金貨として創るのじゃから、何一つ問題はないじゃろ、うん」

「ええそうですね。シシファは現在金本位制をとっています。したがって金保有量が増えるのはシシファにとって利になりこそすれ害ではありません。もちろん金の量が増えすぎれば世界的なレートに影響を与えることになりますが、個人でちょっと使うくらいならそれほど問題ではありませんよ、ええ」

「……。二人とも、ちゃんと僕の目を見て言ってくれませんか?」


 僕の言葉に、二人は揃ってサッと目を逸らした。結構倫理観がアバウトと言うか……。ローザはよく分かっていないのか、『やってみたらどうだ?』と期待のこもった眼差しを向けているし、フウには倫理観を求める方が間違っている。


 結局、視線の圧力に押される形でやってみることになった。一回、二回と来て、三回目で早くも成功してしまう。生物に比べると遥かに楽だった。

 掌にずしりと来る感触はまさに金貨という感じ。軽く噛んでみると、歯型がついてちょっと感動する。一方で、薄ら暗い気持ちが胸を占めた。


「日本にいる父さん……僕、汚れちゃいましたよ……ふふ……」

「何言っとるんじゃお前は……」

「大人の汚さに触れて心を汚された少年……ありだと思います!」


 リリアさんはちょっと黙っていてくれないかな。


 結局、この金貨は使わずにしまっておくことにした。何とかお金を稼ぐ手段があればいいのだけれど……。


**********


 石段を下り切って、街に入る。木造建築が多いが、石造りの建物もちらほらあった。昼下がりの街は活気に満ちているが、アイルと比べると道行く人の服装は様々で、観光街というのも頷ける。


「取り敢えず、泊まる場所を決めましょうか」

「そうじゃな」


 街中をぶらついて、適当な宿を探す。

 見た目が小ぎれいな一軒を選んだ。アイルで泊まったところに比べると格はかなり落ちるが、それでも僕には十分すぎるくらいだ。

 部屋は二部屋取った。一部屋でいいかと思ったが、ローザとフウが反対した。


『汝らの睦言を一晩中聞かされるのは……その、非常に辛い』

『サカり部屋は分けるべきにゃ』


 ……サカり部屋て。リリアさんと桜お姉ちゃんが気まずそうに咳払いをした。

 ともあれ、荷物を置いて一息つく。宿は木造で、部屋の中は木を張った床の上に軽く布が敷いてある。寝具は布団が用意されているようだ。ほかに、椅子が数脚と卓が一つ。


「風呂は室内湯と露天風呂があるようですよ」

「もう入れるんじゃな。ちょっと行ってみるかのう」

『いろはは、どうするのだ?』

「僕はまだいいです」


 次いで、ローザの視線がフウに注がれる。

 フウはひらひらと手を振った。


『ボクも後でいいにゃ』


 ローザは僕とフウを残して行くことに僅かに躊躇いを見せたが、結局問題ないと判断したのか、三人連れ立って出て行った。


 フウと二人、向き合う。僕は椅子に座り、フウは壁に背を預けて腕組みしている。卓の上に湯のみを置いて、フウを手招きする。


「座ったらどうですか? 疲れるでしょう」

『生憎、そんな脆弱にできていないにゃ』


 ふん、と鼻を鳴らす。


『一つ、聞きたいにゃ。君はボクのことが好きなのかにゃ? ロリババアとなったボクの事が?』

「うーん。答えとしては、まだ好きではない、ですね」

『まだ?』

「ええ。あなたが今まで多くの人を苦しめてきたことを心から悔い、愛を知るようになったら。その時には、僕はあなたを愛します」

『愛、ねえ……』


 茶色の髪を指先で弄びながら、茫洋と呟く。


『愛だけでは、人は生きて行かれない』


 力を抜いてぼんやりとした顔の奥に、魔炎のイズラ・フロウの拭いきれない苦悩の色が見えた気がした。


『愛は、今を保つだけのものだよ。そして保つだけでは、いつか奪われて滅び去る。奪い、犯し、殺す。獣の本性をあらわにしなければ、人は進むことができない』


 僕はじっとフウの言葉に耳を傾けた。


『進歩をもたらすものは愛じゃあないよ。力と意志さ。ねえ君、今君はそのどちらをも兼ね備えている。私の誘惑に屈しなかったものはごく一握りだけれど、誘惑を撥ね退けて更に私を倒してみせたのは君だけさ。だから私は君に敬意を払う……』


 フウの金色の瞳が病的な熱情を宿した。


『君。私は君を賞賛し、それだからこそ惜しいと思うんだよ。君なら……その気になれば……この世界の在り様を根本的に変えてしまえるんじゃないかな? ねえ、どうだろう。君がそう望むなら、私は君に全てを捧げてもいい。そうすれば、私は君にこの世界の全てをあげようじゃないか。石段の上から見る景色は美しかったろう? あれですら、この世界のほんの一部でしかないんだよ。欲しいだろう? あの青い山々が、無限の草原が、息絶えるような静寂の雪原が、母なる大海が、君の手に入ったら、どんなに素晴らしいことだろうか!』


 いつの間にか、フウの顔が間近にあった。卓に座り込み、邪悪な笑みを浮かべる。


『さあ、獣の本性をあらわにするんだ。奪え、犯せ、殺せ。君はこの世界で最も高い場所に至るんだ。この魔炎のイズラ・フロウが連れて行ってやる……!』


 その言葉に、僕は。ため息をついて、デコピンを一つした。


『痛ッ! 何するのさ?』

「行儀悪いですよ。卓から降りてください」


 しぶしぶといった様子で卓から降りて、フウは椅子にどっかと腰を下ろした。


「愛だけでは生きていけないというあなたの言い分は分かりますし、あなたも長い苦悩を経てその結論に至ったんでしょうけれど」


 フウの瞳をじっと覗き込んで、微笑む。


「僕は、人が進歩するために、愛は必要なものだと思いますよ。力と意志だけが必要ならば、あの日、僕たち人間が獣から分化したあの日に、僕たちは滅んでしまってもよかった……。狼と、虎と、熊と、その他の強い生き物たちだけが生き残ってしまってもよかった。けれど、そうはならなかったじゃないですか」

『人間には知恵がある』

「浅知恵だけで生き残れるほど甘くないですよ。最初期の知恵なんて、たかだか石を削って槍をつくるぐらいでしょう? 僕はね、フウ。前脚がこの手の形になったのは、こうして手を繋ぐためだったんじゃないかと思うんですよ」


 そっと、フウの小さな手をとった。指と指を絡める。


「手を繋いでいけば、たくさんの人を結び付けて、苦しみの中でもよりそって、色々なことができる。愛に形があるとすれば、それはきっと、こうして繋いだ手のことだと思います」


 フウの視線が、繋がれた手に注がれた。


「人から遠ざかって、人を見下ろしてばかりじゃ、大切なものは見えませんよ。人とまじわって生きてみなさい、フウ。今繋いだこの手を忘れないように。そうすれば、僕の言葉の意味が分かるでしょう。即ち、人の本性は愛であり、人が生きる目的は愛であり、人が進歩するために必要なものは愛であるということが」


 僕はロリババア専門ですけれどね、と付け加えて、悪戯っぽく笑う。


 フウは何も言わず、目を伏せて手を眺め続けた。


 どれくらいそうしていただろうか。気付けば日が落ち始め、夕日の鮮やかな赤が部屋を染め出していた。

 フウが不意に立ち上がる。


『少し、風に当たってくるにゃ』


 言って、返事を待たずに戸を開けて外に出る。

 一人になると、寂しさを覚えた。窓から差し込む夕日の鮮やかな赤に視線を注ぎながら、椅子の背もたれに体を預ける。露天風呂から眺める景色はさぞ綺麗だろう。


 出て行ったフウは、今頃何をしているだろうか。彼女の百分の一の時間も生きていない僕の言葉が、彼女の心を動かせるかは分からないけれど。フウが愛と慈悲を知るものになってくれればいいな。


「早くいいロリババアになりますように」


 まぶたを閉じて、僕はそう願うのだった。


 SF系ロリババア出したいんですがファンタジーだと難しいんですよね。宇宙船が漂着したーとかでもいいんですが……。

 ところで某アブリアルな殿下は成人したら巨乳になってしまわれるのだろうか。

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