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永遠の桜  作者: ふがし
第1章 生誕編
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第13話 荒野の試み

今回はややシリアスです

 気付けば、見渡す限りの荒野が広がっていた。ひび割れた大地は生命の息吹すら感じさせない。時折、人とも獣ともつかない白骨が野ざらしに転がっている。


「桜お姉ちゃん……? リリアさん……? ローザ……?」


 名前を呼んでも、返ってくるのはただ吹きすさぶ風の声だけだった。

 僕は桜お姉ちゃんに抱きしめられたまま、眠っていたはず。こんなところに来た覚えはない。


「誰か……誰かいませんか……?」


 声を張り上げるが、虚しく消えるばかりだった。

 遠くに一点、強い光が見えた。しばし逡巡した後、歩き出す。固く乾燥した地面の感触が足裏に伝わる。


 やがて、光が近づいてきた。目を凝らしてみると、それは炎だった。漆黒の、炎。地球では絶対に有り得ない存在。胸のうちで不安が大きく膨らむが、引き返す間もなく、声が掛けられた。


『やあ、待ちかねたよ、君』


 低い、愉悦を含んだ女の声。口調は穏やかで親しげなのに、どこか心をかき乱される。

 近づくごとに炎の勢いは強くなる。熱気に、汗が浮かんだ。反比例するように体の芯は冷えて行く。

 やがて、声の主の姿をはっきり捉えた。荒野の中、ぽつんと一つ、豪奢な王座が置かれている。炎と白骨がその周囲を取り巻いていた。王座に座る女は、肌が透けるほど薄い衣をまとい、豊満な肢体を投げ出すように背もたれに委ねている。頭からは猫の耳が突き出し、7本の燃え盛る炎の尾がゆらゆらと揺れていた。頬杖をつき、燃えるような暗い赤の瞳でこちらに親しげな視線を向けていた。


『突然呼びつけてすまなかったね。さあ、掛けてくれ』


 女が僕の背後を指差した。いつの間にか、僕の後ろには、豪勢な椅子が一脚、置かれていた。警戒を覚えながらも、腰を下ろす。


「……あなたは」

『おっと。これは失礼した。悪い癖なんだ……自己紹介がまだだったね』


 女は肩を竦めて笑った。


『と言っても、堅苦しいのは好きじゃないんだ。私の名前はイズラ・フロウと言う』

「……」


 予想はしていたが、改めて告げられると動揺してしまう。イズラ・フロウ。概念『炎』を司る神にして、戦争、殺戮、欲望、征服等を象徴する神。聞くだけでお近づきになりたくない相手だった。ローザを追い落としたという因縁もある。


「……僕は、豊野いろはです」

『うん。いい名前だ。……弱ったな、そう警戒しないでくれ。別に危害を加える気はないんだ。加えたくたって出来やしないよ。なんたって、外では君のこわーいお姉ちゃんたちが見張っているんだからね』


 顔の側で両手をぷらぷら振って、おどけたようにイズラ・フロウは言った。

 外。恐らく、ローザが僕を呼んだのと同じように、ここは僕の精神の世界なんだろう、と予想した。


『今日来たのは、ちょっとした興味からだよ。何しろ……君は知らないだろうけれど……神様という奴は退屈で仕方ないのさ! ちょっとでも面白い奴が出てきたら、鼻を突っ込まずにはいられない。野次馬根性の塊みたいなものだよ。それでいて、自分の信者の前だと偉そうにふんぞりかえるんだ。全く、面倒なものだろう?』


 くすくすと笑い声を漏らしながら、同意を求めるような口調で語りかけてくる。僕は慎重に言葉を返した。


「……あなたの関心を買うようなことをした覚えはありませんよ」

『君、謙遜してもらっちゃ困るな。この世界に新しい概念を持ち込んだじゃないか。ロリババアと言ったかな? 久々に笑わせてもらったよ。

 ……ああ、気を悪くしないでくれ。何しろ、この世界ではあまり馴染みのない概念だったものでね。おまけに、かつて失われた神を別概念の神として復活させるときたもんだ。私も長いこと生きてきたけれど、これほど愉快なことはなかったよ!』


 機嫌よさそうに女は笑った。僕はというと、顎を滴り落ちる汗を拭いながら、体を強張らせることしかできないでいた。一体何を企んでいる? 表面上の穏やかさとは裏腹に、ひどい圧迫感を感じる。


『君、もっと楽にしたまえよ。何か飲むかい? 上等な葡萄酒が……おっと失礼。君は飲めないのか。お茶でいいかな?』

「……ええ。ありがとうございます」


 女が指を鳴らすと、椅子と王座の間を割るようにして卓が現れる。更に金の杯と湯のみが現れ、どこからともなく酒と茶が注がれた。


『ふふ。乾杯だ。君と私が知り合った記念に、とでもしておこうか』

「……」


 イズラ・フロウが僅かに身を寄せて杯を手にする。微かに香の匂いがした。ヂン、と杯と湯のみが音を立てる。

 飲むふりだけをして、口はつけない。


『実にいい酒だ。悲しいことに、もうあまり量がないのだけれどね。何しろ、製造していた国が滅んでしまったから……。うん、あれは失敗だったな……』


 尻尾を揺らめかせながら、イズラ・フロウはひとりごちた。


『いけない、いささか話が逸れてしまったようだね。そう、ロリババアの話だよ。君は胸や尻が小さい女性が好みということでいいのかな?』

「全然違いますよ」


 不満もあらわに、僕は言った。


「いいですか。ロリババアは容姿だけで成り立つ存在ではないんです。外見的に幼女または少女であること、更に内面的に老人であること。この二つの条件がロリババアという概念の両輪であり、どちらが欠けてもロリババアとは言えません。その魅力はなんといってもギャップですね。いとけない顔立ち、肢体。けれど口調や行動は長い年月を経て老成した大人のもの。抱きしめればかぐわしく、繊細に、温かく。抱きしめられれば穏やかに、慈愛深く、包み込まれるように。さり気ない行動の中にババア性が垣間見えると非常によいです。個人的には少し意地悪でSっ気があるほうが好みですが、まあその辺は人によりますね。僕の昔の友人などはロリババアの中でも特にロリばっちゃと呼ばれる包容力を強調したロリババアに造詣が深く、僕とよく意見の対立を見たものです。勿論、僕も嫌いではありませんが。その点桜お姉ちゃんは──」

『ちょ、ちょっと待った』


 イズラ・フロウが焦ったように制止をかける。心なしか、顔が引き攣っていた。


「分かって頂けましたか? ロリババアがいかに素晴らしい存在か」

『あー……。うん、いや、さっぱり分からないけれど。とりあえず、君が実に変な奴だということはよく分かったよ』


 こめかみを指で押さえながら、イズラ・フロウは言った。


『要するに、体が子供で心が大人ならいい訳だ?』

「だから全然違うと言ってるでしょう? そもそも合法ロリとロリババアは明確に峻別すべき隔絶した概念なんです。そのあたりの定義を──」

『うーん? じゃあ、こんな子はどうかな?』


 ぱちり、と指が鳴る。


 途端、がらりと風景が入れ替わる。そこは、豊かな草原だった。花々が咲き誇り、様々な動物がゆったりと草を食み、寝そべり、水浴びをしている。まばらに、豊かな実をつけた木々が生えていた。


「ここは……一体?」


 戸惑っている僕に、後ろから涼やかな声が掛けられた。


「いろは。何をしている? 座れ」


 振り返ると、そこには少女が一人、切り株に腰掛けていた。鮮やかに萌えいづるような緑色の髪を後ろで束ね、同じく緑に輝くエメラルドの瞳をきらきらと輝かせている。肌は日に焼けた健康的な小麦色で、引き締まった体は野生の獣を思わせた。民族衣装を思わせる独特の色彩の服を身にまとい、背には弓を背負っていた。


「君は……?」

「ん? なんだ、ご挨拶だな。わたしのことを忘れてしまったとでも言うつもりか?」


 口を尖らせて、抗議するような口調で少女は言った。

 首を傾げながらも、少女に求められるまま、隣に腰掛ける。


「こうやって、二人でゆっくり話せるのも最後かもしれないからな。明日からわたしも族長だ。お前と私的に会う時間も、そんなに取れないだろう」


 外見に似合わない大人びた口調でそう言って、少女は目を伏せた。僕は状況が飲み込めず、何も言えない。


「私はまだ若い。皆に受け入れられるか、分からない。……わたしを支えてくれ」


 少女は隣に座った僕の手に自分の手を重ね、潤んだ瞳で僕の顔を覗き込んだ。そっと瞳を閉じ、顔を近づけてきた。


 僕は目を細めた。大人びた、少女。イズラ・フロウの意図は、なんとなくだが察した。僕を試そうとしているのか。

 ……わざわざこんな舞台まで用意して。ひどい茶番だ。


「……君、年齢は?」

「え……? 何を……」

「重要なことなんだ」

「今年で、十三だ。知っているだろうに……」


 十、三。僕はかぶりを振った。


「悪いけれど。僕は君の想いには応えられない」

「えっ……」


 少女の顔が驚愕に染まり、次いで泣きそうに歪められた。


「ど、どうして……」

「君は……ロリババアじゃない。背伸びをしているだけの子供だ。にじみ出るババア性が足りない。知識と経験に裏づけされた老獪さが足りない。僕は、君を、愛せない」


 そう、告げると。

 変化は劇的だった。少女の眼球がぐるりと裏返り、体中の皮膚が腐り落ちる。筋と骨が露になり、それすらもくずれ落ちた。最後には白い骨片がからん、と荒野に転がった。見渡すと、草原は跡形もなく、もとの荒野が広がるばかりだった。


「……悪趣味な」


 顔を顰めて、骨片を摘み上げた。


『なるほどなるほど。大人っぽいだけでは駄目なんだね。勉強になるよ』


 イズラ・フロウは相も変わらず親しげな笑みを浮かべて頷いていた。軽く睨みつけても、意に介した様子もなかった。


『残念だね。君が望むなら、ああいう大人びた子を集めてハーレムを提供してあげてもいいと思っていたのだけれど』

「……結構です。自分の望みは自分で叶えます」

『うんうん。好みが合わないんじゃ、仕方ないね』


 噛み合っている様で、噛み合っていない。あるいは意図的なのか。苛立ちを堪えながら、イズラ・フロウを見据える。

 暫く考え込んでいたが、何かを思いついたように、手を打ち鳴らした。


『じゃあそうだね。私なんてどうかな?』


 言葉が聞こえたと思ったときには、既にイズラ・フロウの顔が間近にあった。体が柔らかな感触に包まれる。予想外の行動だったので、抱きしめられたのだと気付くのに少し時間が掛かった。豊かな乳房に顔を押し付けられ、むせ返るような女の匂いを感じた。


『私も一万年程度は生きているし、何と言っても包容力があるよ。それに……君好みに、ちょっとばかり、Sっ気もあるんじゃないかと自負していてね』


 一瞬、イズラ・フロウの顔を酷薄な冷笑がよぎる。だがそれも忽ち消え、もとの親しみ深い笑みに戻った。


「……生憎ですけれど。僕はやはりロリ体型が好きなのです。腕の中で慎ましく震える小さな肢体の美しさ。あなたには理解できないでしょうね」

『ふうん?』


 開放された、と思ったときには、既にイズラ・フロウは元のように王座に腰掛けていた。僅かな香りと熱の残滓だけを感じた。


『うん、少しだけロリババアというのが分かったような気がするよ。じゃあちょっと、質問を変えようか』


 ピコピコと猫耳を揺らしながら、楽しげに言った。脚を組み、唇を舐める。


『君はハーレムを作りたいようだけれど、それを成し遂げるためには大きな力が必要だと思わないかい? 君の大事な人たちを守るために、ね。君も知っての通り、この世界には強大な力を持つ存在がごろごろしているんだ。神、竜、純血の魔族。私だって、神としては強力だけれど、純血の魔族には勝てるか分からないくらいだよ。

 ねえ君、もしも君が望むならば、力を貸してあげてもいいんだ。じっさい、わたしの手を借りるものは多いんだ。だから全然恥ずかしいことじゃないし、不安に思うこともないんだよ。どうかな?』


 じっとりと、額に汗が滲むのを感じる。イズラ・フロウは僕をいたぶって楽しんでいるのか、それとも単に信者を集めたいのか?


 何にせよ、僕の答えは一つだった。


「あなたの力は借りません」

『うん? 理由を聞いてもいいかな?』


 す、とイズラ・フロウの目が細められる。僕は、胸を張って答えた。


「なぜならば! 僕は強い力を持っていてはならない! ロリババアに愛される僕は、決してロリババアより強い存在であってはならない……僕はロリババアより格下の存在として、包み込むように愛されたいのです!」


 ばん、と。声高に宣言する。見よ。僕の在り様、姿かたち、行動の全てに至るまでが、ロリババアを愛するこの魂に完全に合致している。


 イズラ・フロウはぽかん、と口を開けて呆気に取られていたが、やがて堰を切ったように笑い始めた。


『はは……あはははははははははははは! いいね君! 実にいいよ! うん、気に入った。ここで壊すのは勿体無い』


 ひとしきり手を叩いて笑った後、イズラ・フロウは目じりに浮いた涙を拭った。


『そうだね……。うんそうだ、君には種をあげよう』

「種……?」


 眉をひそめる僕に、イズラ・フロウはにこにこと笑いながら言った。


『そう。力を植えつける種さ。君には人の心を読む力をあげよう』

「……いりません。気持ちだけで結構です」

『遠慮しないでくれたまえ。これは私から君への親愛の証なんだ。便利な能力だよ? 力の強弱は調節できるから、読みたくないときは弱めればいい。君はこの世界の言語が話せないから、とても役立つはずさ。さて、この種は君の中でどんな花を咲かせてくれるかな?』


 不吉な親愛の微笑を崩さないまま、そう言ってのける。正直、冗談ではなかった。この女のことだ、碌でもないことを考えているに違いなかった。だが突っぱねようとしたときには、イズラ・フロウの姿は忽然と消えていた。


「く……なんて、身勝手な……!」


 歯噛みして、唸る。だがそれ以上に安堵も感じていた。強烈なプレッシャーが消え去って、思わずその場にへたり込む。冷や汗が滝のように流れて止まらなかった。今更のように足が震えだす。


「二度と関わり合いたくない手合いですね……。僕の大切なロリババアに手を出さなければよいのですが……」


 そう、独り言を言っていると。不意に、背中に気配を感じた。


『次に会うときには、聞かせてくれ。君の魂のきしむ音』


 地面に落ちた影、その口が、耳元まで裂ける笑みを浮かべ、鋭い牙と歯列が覗いた。


 振り返ったときには、既に誰もいない。背中は氷を差し込んだかのように冷たかった。僕は呆然と座り込むことしか出来なかった。


 やがて、意識が暗転する。


**********


「……は。いろは!」


 桜お姉ちゃんの声が耳を揺さぶる。ぱちり、と目を開けると、そこは最早見慣れた宿の部屋だった。


「だ、大丈夫か!? うなされておったぞ。怖い夢でも見たのか?」


 心配そうに顔を覗き込んで、しきりに僕の汗を拭っている桜お姉ちゃん。この上ない安堵を覚えて、ぎゅ、と抱きつく。


「……はい。とても……怖い夢を見ました」


 未だに、体が震える。桜お姉ちゃんは泣きそうなくらい顔を歪めて、よしよし、と僕の髪を撫でてくれた。


「済まぬ……儂がお前に無理をさせたばかりに、こんな……」

「あ、いや、それは全然関係ないです」


 見当違いな心配をしている桜お姉ちゃんに、思わずくすり、と笑ってしまった。


「む……? そ、そうなのか?」

「ええ。桜お姉ちゃんは何も悪くないですよ」


 抱きしめる手に力を込めて、彼女の柔らかさ、温かさを全身に感じる。華奢な体つき。仄かな香り。慎ましいふくらみ。とく、とくと脈打つ鼓動。


「うん。やっぱりこうじゃないと。デカければいいというものじゃないのですよ」

「え?」

「いえいえ。桜お姉ちゃんはやはり最高だという話です」

「???」


 疑問符を浮かべる彼女に微笑みを返して、僕はしばし、彼女に身を委ねた。



 魔炎のイズラ・フロウの祝福を受けました。 

 『精神への侵入』を行使できます。



 美の女神=グラマー美人という風潮はなんとかならないのか

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