憂鬱
連合艦隊司令長官の山本大将は、ナフ城陥落を見届けた後、レープ港町と城をを見回り、ここを守っている海兵隊を閲兵した。
それから旗艦むつに戻り、各種書類に目を通してた。主に現地軍を作る案件の書類である。
村上ら日本人スタッフの指揮官にして、運営していく予定なのだ。
直接、戦闘その物に参加しなくても、その補助的な任務なら色々ある。
偵察、斥候、伝令、使者、警備、その他戦後処理など、必ずしも日本人が直接やらなくともよい任務だ。
その為にも、やはり現地軍は必要なのだ。
すでに関係各所には、許可を得ているので、後は、具体的な運営方法を行うだけになっていた。
食事を済ませ、長官室で、参謀の秋山大佐と、雑談をしている最中に、医務官である鈴木大佐が訊ねてきた。
「少しお時間を頂きたいのですが」
「席をはずしますか」
鈴木大佐は少し考え込んだ後、返事をした。
「いえ、聞いてもらっていてもかまいません。知っていることかもしれませんから」
それから少し間を置き、そして意を決したように、鈴木大佐は、話し出した。
「私は36年間医師として勤務してきました。その事に多少なりとも誇りを持って今日まで勤めてまいりました」
山本長官は思った。何だか嫌な予感がする。外れてくれれば良いが。
「医者として患者を治すことが勤めです。間逆の事をやれと言われても、承服いたしかねます」
「どおゆうことだ」
一瞬、怪訝な顔して、鈴木大佐は話し始めた。
「カレニア領主ドラガンを傷が元で亡くなった事にしろと、辻本大佐から言われました」
「何だと!」
山本長官はもちろん、秋山大佐も驚いた。
どうやら嫌な予感が的中してしまったようだ。
「上層部の意向だと聞いております」
「馬鹿な!そんな指示は出しておらん!」
思わず立ち上がって、山本長官は言った。
大将という国防軍トップの階級と共に、連合艦隊司令長官である自分を差し置いて、勝手に決められる事などあろうはずが無い。いやあってはならない。
まして、今は、本作戦における現場の統括責任者でもある。
「それを聞き、安心しました。もしそうなら、自分は辞表を出すつもりでいましたから」
ホットするように鈴木大佐は言った。
「そのような軍の名誉を傷つけるような命令は出さない」
山本長官は断じるように言い放った。
「分かりました。直接確認して正解でした。本当に良かったです」
山本長官はうなずく。
「長官、貴重な時間を割いて頂きありがとうございます。失礼します」
鈴木大佐が出て行った後、秋山大佐が山本長官にすかさず言った。
「本当に陸軍上層部の意向ですかね。そうだとすると厄介な事です」
「本作戦は海軍が主体だ。その海軍の意向も聴かずに陸軍が勝手にやるとは思えん」
実際そんな事をしたら、陸海軍の間に亀裂が走るからだ。
本作戦の主体は、海軍であった。主力部隊である海兵隊は、海軍管轄下でもある。
陸軍は工兵部隊などの支援部隊しか派遣していない。
さらに言えば、特殊作戦部隊は軍直轄である。
「大方、辻本のフライングであろう」
山本長官は気分を悪くしながら言った。
「さっそく辻本を呼んでくれないか。いや待て、少しヤツの事を知ってからにするか」
そう言うと、電話を手にかけた。
かけた先は、陸軍関東方面の情報部長、牧野大佐である。
彼とは、自分がかつて大佐で、海自の情報部にいた頃、彼も陸軍の情報部に居て、知り合った。
それ以来、陸海の垣根を越えて、お互い情報交換をする仲でもあった。
「海軍の山本だが、今ちょっといいかな」
「これはこれは山本長官ではありませんか。ご無沙汰振りです。今カレニアに居るとか。何かありましたか」
「ちょっと聞きたい事があってな。今こっちに来ている陸軍の辻本大佐の件だ。」
「それは又」
少し声の調子が変わった。
「有能な人物だとは聞いてはいるが、他に何かあるのかなと思ってな」
「彼は前の陸幕長だった、辻本陸将の御子息です」
どおりで、聞いたことのある苗字だと思った。
「現統合参謀議長や、陸軍司令官とは、第一空挺団の上司と部下の間からでもありました」
それでやたらと面度身が良いのか。
「ちなみに、辻本元陸将は、今は四菱重工業の役員をやってます」
直接天下れないから、迂回ルートを通じてなったのだろう。そのぐらいは想像が付く。
「それに辻本大佐の奥さんは、保守党の有力政治家の娘だそうで」
「さらに言うと、そういったエリート子弟達の、リーダー格でもあるんですよ」
「なるほど、彼の異例な待遇の裏には、そおゆう背景があるのか」
「万年大佐の私とは、全然違いますよ」
おどけた物言いで、牧野大佐は言った。
「海軍ならとっくに昇進してるものを、入る部署を間違えたな」
「そうかもしれませんわ」
笑いながら、牧野大佐は言う。
「忙しい所、すまんな。色々教えてくれてありがとう。今度帰ったら、食事でもおごるよ」
「忘れないでくださいよ。期待していますから」
別れの挨拶をして、電話を切った。
「一介の大佐と言うには、少々厄介な相手ですね」
電話の内容を山本長官から聞いた秋山大佐は言った。
「まったく。政、財、軍に影響を持つ人物が大佐にいるとわな。縁故主義にも困ったものだ」
今に始まったことでは無いが、政治家の世襲が問題になるのとは別に、軍、警察はもちろん、官僚組織全般に、縁故主義が蔓延しているのだ。
これでは、どこぞの共産国家と代わり映えしないではないか。
一族の繁栄より、国家の繁栄だろうが。そう山本は思っていた。
自分には、娘がいるが、婿の相手にこだわるつもりは一切無い。
「自分が居るうちは、あのような輩に自由にはさせん」
「だが、俺が辞めた後、君が司令官になった時は、ヤツの方が立場が上かも知れんから大変だぞ」
「止めてください。そんな未来、あまり想像したくありません」
秋山は、苦笑しながら言った。
「それでは、彼を呼んできてくれ」
今回の事は大体読めた。自分達が後に、統治する際、少しでもやりやすいようにしたかったのだろう。
陸軍の上層部には、事後承諾でも、かまわないと思っているかもしれない。
そうこうしている内に、再びノックの音がして、辻本大佐と、秋山大佐が入室した。
辻本大佐が敬礼をし、山本長官が返礼した後、休め大佐と言った。
「山本長官。何か御用でしょうか」
山本長官は、少々しかめっ面をしながら言った。
「辻本大佐。貴官は、何やら医務官達にある指示をしたそうだね」
辻本大佐も、この件で呼ばれたのではないかと思っていたらしく、よどみなく返事をした。
「はい。出しました」
「何故かね」
「今後の統治を考えた際、邪魔な存在になるかと思ったからです」
やはり、直接命令を下されてやった訳では無いようだ。
「私に相談も無くかね」
「はい、知らぬ方が良いかと存じまして」
辻本大佐は、悪びれも無く言った。
「馬鹿者!仮にも国防軍五大将の一人として、まして本作戦の現場統括責任者が、知らぬ事などあってたまるか!」
山本長官の怒りが爆発した。
「陸軍上層部には、事後報告だけで済ませて、問題無いと思っていても、国防軍全体がそれを認めていると思ったら大間違いだ!」
「しかし、国防会議で決まった、Dプランを円滑に進ませる為には・・」
「一介の大佐が余計な事をするな!」
実態は、一介の大佐とは言えない存在だから、問題なのだろうと、秋山大佐は聞いていて思った。
「いいか、政治家達の思惑がどうであれ、軍の名誉を傷つけるような行為は、断じて認められん!」
「分かったかね。分からないなら、今すぐこの地から出て行ってもらう!」
山本長官は、怒り心頭で言い放った。
自分の神通力も海軍には、及ばないことを悟った、辻本大佐は仕方なく言った。
「分かりました」
「今後も勝手な行動は控えてもらう。いいな」
「はい」
頭を下げて辻本大佐は言った。
それら、辻本大佐の言動は、過程より、結果さえ良ければ、いいものを。この分からずやの上司め。と言った感じを秋山大佐は受けていた。
辻本大佐が退出した後、忌々しく山本長官は言い放った。
「まったく忌々しいガキめ、あんなのが将来、軍を率いていく逸材だというのか」
ちなみに、山本長官は、60才を過ぎている。左官、将官は、必要なら65才まで定年が伸ばされていた。
「政治家や上層部の思惑を先取りするのは、決して悪い事ばかりとは言い切れませんが、行き過ぎると越権行為そのものですからね」
「政治家や財界とも近すぎるのが問題だ。陸軍上層部は遠慮して、彼を甘やかしすぎているのではないか」
「そうかもしれません」
「ああいった輩共が、力を持ってきているなら、由々しきことだな」
まったく、これでは戦前、大陸で暴走した、悪名高い参謀達と変わらないでは無いか。
同じような事をされたら、たまったものでは無い。
民主化した今日、よもや戦前の陸軍のように、行き過ぎて、再びクーデターなど起こさないとは思うが。
いずれにせよ、旧陸軍の過去の亡霊に取り付かれたら、海軍としては、止めようが無いからな。
それにしてもだ、エリート主義と縁故主義は、陸軍のみならず海軍にも、いや国防軍全体に蔓延している。
だからこそ、坂口中将のような叩き上げの将官の存在も必要なのだ。
ともかく、過去の海軍と同じ悩みを持つようになる事だけは、御免こうむる。
陸軍側もしっかりしてもらわんとな。
山本は本国に帰ったら、陸軍の上層部との話し合いをする必要性を感じていた。
「本当に良い乗り心地ね」
アレッサは、初めて日本の車に乗り、その乗り心地の良さに驚いていた。
「そうでしょう」
後部座先で横に乗る、山本拓也書記官は、自慢げに答えた。
山本にしてみれば、2人の護衛はいるが、半分デートみたいでうれしかったのだ。
今日これから、港町の様子を見に行くのだ。
日本軍によって、ロウガンの反乱軍を鎮圧した際、港町は無事だと聞いていたものの、通常、戦となれば町は略奪され燃えされるのが、当たり前だっただけに、この目で確かめるまでは、完全に信用できなかったのである。
2人の護衛とともに、4人が乗った四輪駆動車が港町の門をくぐる。
門番は、日本の車だと分かると、無条件で通した。
町中は、以前と変わらぬ様子で、アレッサもホッとしてた。
日本側がうそを言っているとは思わないまでも、話を誇張している可能性もあったからだ。
そして町中を一通り見たあと、ホドン町長宅を訪ねた。
「これはこれは、お嬢様。御無事で何よりでございます」
「ありがとう。ホドン。あなたの家族も皆大丈夫だった?」
「おかげさまで皆無事です。何せ戦と言っても夜中でしたし、あっという間に終わっていたようでしたので」
「そうでしたか」
軍事には疎いアレッサといえども、やはり日本軍の力は、かなり物だと言うのが分かる。
「所で、御領主様のお加減はいかがでございますか。こちらから見舞いに行こうにも、負傷しているから、面会は当面駄目だと日本側から言われておりましたので」
日本側からある程度の話しを聞いていた町長は、心配してたずねた。
「ええおかげさまで、大分良くなってきてるわ。又元気になったらこちらにも顔を出すと思うわ」
「それは何よりです。それを聞いて安堵いたしまた」
「それより町の行政は、うまく言っている?日本軍が駐留しているから、色々と問題無いのかしら」
「日本軍の皆様は、そりゃもう規律が良く、おまけに礼儀正しく、暴行、略奪といったような事がうそのようありません。いまだに信じられない所です」
思わず、カレニア兵より態度が良いと言いそうになってしまい、町長はあわてて口をつぐんだ。
「そうなの」
これにはアレッサも驚いた。カレニアの兵ですら、何かと問題を(酒を飲むと余計に)起こしたりする事を知っていたからだ。
「行政の方も、日本の役人さん達が、協力していただき、前よりも効率よく動いております」
「そちらも問題無いのね」
アレッサは、さらにショックを受けた。ある意味、こちらの方がもっと問題だった。
事実上日本軍の支配を受けて、行政が混乱するどころか、前よりうまく統治されていたのでは、領主の存在意義と統治能力が問われてしまうからだ。
それからしばらくして、町長宅を出たアレッサは、港町の無事な様子を見れて満足しつつも、意気消沈していた。
何かあれば、日本軍や領事に掛け合って対処しようと思っていたのに、そんな問題が丸っきり無いとは。
日本軍のよる、占領統治がうまくいっているなんて、実は認めたくない気持ちで一杯だったのだ。
さらに言うと、自分達貴族の存在理由すら問われている気がしてならなかった。
山本は、そんなアレッサの様子に、なかなかかける言葉が出なかった。
もし下手に突っ込まれたら、嘘を言わざる得なかったからだ。
「海でも見に行くかい?」
ようやく声がかけられた。気分転換に、海が見える高台に誘ったのだ。
「ええ」
彼女も気分転換に見に行くことに賛成した。
だが、彼女はその後驚愕する事になる。
「何なのこれは・・・」
彼女は思わず絶句した。
海岸線に、見たことも無い巨大な船が沢山浮かんでいたからである。
それは船と言うより、海に浮かぶ城のようだった。
やっちまった。山本は、海を見える所に来てしまった事を今さがらに後悔したが、後の祭りである。
「あれはみんな日本の船なの?」
「そうです。壮観で見事でしょう」
もう開き直って言った。
「・・・・・」
アレッサは、もう何も言えずに、ただ見入っていた。
こんな巨大な船を沢山作れる、日本という国に対して、彼女が初めて畏怖の念をを抱いた瞬間でもあった。
「弓を使わない飛び道具、サメのような形をした空を飛ぶ怪物、魔法も使わないのに火を飛ばすなど、我々には計り知れない実力を、日本軍は持っています」
ここは、アレドニア王国の首都バリス。
クレルボン公爵邸の一室にて、ロペス魔道士は、ボルク魔道師に言った。
「そのようじゃの。だからこそ、奴らの事をもっと良く知る必要があるのじゃ」
しわがれた声でボルク魔道師は言った。
「その為の派兵ですか?」
「そうじゃの、たとえ多くの血が流れようとも、奴らの実力を見定めないとな」
「下手をすると、この国が傾きますが」
「仕方あるまい、そうなったら、それがこの国の運命じゃ」
そこまで言われると、返す言葉が無いロペスであった。




