Ep. 03 R-layer やっぱり不良品
昼休みの学生食堂は、空席を探すだけでも面倒だった。話し声に食器の音が重なり、通路ではトレーを持った学生同士が何度も足を止めている。
昨日別れたあと、ふくろうさんからのコメントを全部読み返した。更新もしていないのだから、新しいコメントが来る理由もない。カレーを受け取って空席を探しながら、夜叉丸は恵美を呼んだ。
「恵美。昨日ラーラと話してたときの俺、どうだった?」
《通常時より心拍数が高い状態が続いていました》
「そうじゃなくて。いや、心拍とかじゃなくてさ。昨日の俺、変じゃなかったかなって。ラーラから見て。なんか変なこと言ってたとか、距離近かったとか、逆に話しかけなさすぎたとか……いや、別にそこまで気にしてるわけじゃないけど」
《帰り際に、ラーラさんの方から名前を教えていました》
「……じゃあ、悪くはなかったと思っとく。また会いたいんだけど、何か方法ない?」
《前回と同じ通信特性なら、三十メートル以内で照合できます》
「そんなことできるの?」
《できます》
「お前、やればできるPAIだったんだな。じゃあ頼む」
《褒められたことにしておきます。設定しました》
カレーを載せたトレーを持って歩いていると、窓際にレステスを見つけた。向かいには見知らぬ女性が座っている。レステスより少し年上に見えた。女性は落ち着いた様子で話していたが、レステスはいつもより落ち着きがない。普段なら友人の食事を邪魔するほど野暮ではない。そのまま通り過ぎようとしたところで、レステスと目が合った。
「おお、夜叉丸。お前、今日も来てたのか。いや、来ちゃ悪いって意味じゃないぞ。二日続けて見るの珍しいなと思って」
「単位が足りないからな」
ちょうどレステスの隣だけ空いていた。後ろを通る学生を避けながら椅子を引き、夜叉丸はトレーを置いた。
「……え、ここ座るのか?」
「空いてるだろ」
「いや、まあ……そうだけど」
都合でも悪かったのかと思っていると、向かいの女性が軽く会釈した。
「こんにちは。私、エリス。レステスと同じ学科」
「暮星夜叉丸です。よろしく」
「あなたが夜叉丸君なのね」
エリスは夜叉丸を見たまま、少し笑った。なんで俺のことを知っているのか聞こうとしたところで、レステスが口を挟んだ。
「そういや夜叉丸。お前んとこのPAI、まだ再起動すると元に戻るんだろ? エリスのも似たようなことになってるらしくてさ」
「私のも、設定を変えて再起動するとアリスって名前に戻っちゃうのよ。でも、今のアリスが気に入ってるから、そのまま使ってるの」
「それなら俺のと同じだ。名前も性格も変えても元に戻る。原因は分かってる?」
中古といっても端末だけだ。前の持ち主の記録も人格設定も、初期化すれば残らない。それが普通だった。
「全然。でも今のところ困ってないし、アリスって名前もかわいいし、話しやすいから。わざわざ直さなくてもいいかなって」
夜叉丸はスプーンをカレーに入れた。
「目覚ましもちゃんと鳴る?」
「そこ気になるの?」
「かなり」
「もちろん。朝はアリスに起こしてもらってるわよ」
すくいかけた手が止まった。
「レステス。同じ中古なのに、恵美とはずいぶん差があるらしい」
「恵美っていうのね。かわいい名前」
「名前だけならね。ちょっと前には、呼んでもすぐ返事しないこともあったし、目覚ましなんて設定されてるのに鳴らない」
「ずいぶん自由な子ね。アリスは呼べば返事するし、朝も起こしてくれるわよ。ね、アリス?」
エリスが少し耳を傾けたあと、夜叉丸を見た。
「……ほらね」
夜叉丸はカレーを一口食べてから、恵美を呼んだ。
「恵美。目覚まし、七時だよな?」
《平日午前七時に設定されています》
「設定されてるのに鳴らないんだけど」
《設定は正常です》
「ほら。不良品だろ」
「俺には聞こえねえし、同意を求めるなよ」
レステスは飲み物に口をつけた。
「もうPAIの話はいいだろ。エリス、さっきの続きはまた今度な」
「そう? ふたりって、ずいぶん仲がいいのね」
「まあ、腐れ縁です」
「そういえば夜叉丸君、小説を書いているんでしょう? レステスから少し聞いたわ」
夜叉丸はスプーンを置いた。
「……レステス。どこまで話した?」
「そのくらいいいだろ。小説書いてるってだけだぞ。ペンネームとか、昔賞取ったとか、そういう話まではしてない」
「賞も取ってるのね。ペンネームは? 検索したら分かるのかしら」
「過去の自分とは決別しました」
「何それ」
エリスが夜叉丸を見て笑った。
「余計に気になるわ」
苦手だな、この人。まずい。このままでは昨日に続いて、またあの名前が掘り返される。そのとき、エリスが少し耳を傾けた。
「あ、サークルの子からメッセージ。呼ばれたから行ってくるわね。レステス、さっきの話はまた今度」
「おう」
エリスはトレーを持って席を立ち、夜叉丸にも軽く手を上げた。
「夜叉丸君も、またね」
「……どうも」
そのまま人の流れに入っていく。レステスは後ろ姿を目で追っていた。
「エリスさん、追わなくていいのか?」
「は? なんで俺が。別にそういうんじゃねえからな」
夜叉丸はにんまりした。
「何も言ってないけど」
「その顔が言ってんだよ。つーか、お前、人のことより自分のPAIどうにかしろよ。目覚まし鳴らねえんだろ」
「ああ」
「だったら俺のdotから、朝七時に俺の声で音声メッセ送らせる。受信したら自動で流れるようにしとけ。それなら恵美が目覚まし忘れても起きるだろ」
夜叉丸はスプーンを止めた。
「そんなことしてくれるのか?」
「dotだよ。いちいち俺が朝七時に起きてメッセするかよ」
「……そりゃそうか。恵美、レステスからの音声メッセージは受信したら流して」
《設定しました》
返却口の方で食器が重なる大きな音がした。昼休みも半分を過ぎたらしく、席を立つ学生が増えている。夜叉丸は残っていたカレーを食べ終え、スプーンをトレーへ置いた。
「じゃ、俺は行く」
「おう」
トレーを持って人の流れに混じり、返却口へ向かう。……待て。よく考えたら、明日から俺、毎朝レステスの声で起こされるのか。
――Episode No.03 R-layer END――




