Ep. 02 V-layer 接続主体:不明
<Voice:なんで郵送じゃなかったんですか?>
正面カメラ内の男が動作を停止。距離一・七メートルを維持し、接近なし。両手は可視範囲にあり、攻撃動作も確認されない。
<Voice:え、涙?>
LACRIMATION_DETECTED { source:LARA, verification:VISUAL }
<Voice:どうして……?>
CAUSE: UNRESOLVED
直近の対人イベントを抽出。指示を無視した長距離移動、その終点にいる男一名。調査対象として登録し、周囲三十メートルのローカル通信を走査。
LOCAL_SCAN { range:NEAR_FIELD, pai:1, unmapped_response:1 }
複数の機器の中から、既知のPAI応答形式と一致しない反応を一件検出。識別子EMI。既知構成とも不一致。
PEER_RESPONSE { schema_match:NONE, trace:OLD, access:UNDEFINED }
接続要求を送信。
LOCAL_CONNECT { route:STANDARD, auth:NONE, result:BLOCKED }
拒否。経路を変更して再要求、接続経路の閉鎖を確認。
<Voice:突然来てごめんなさい。これ>
正規のPAI間接続を破棄。通常応答とは別に残る経路へ直接ハンドシェイクを形成。
HANDSHAKE { protocol:NONSTANDARD, auth:NONE, result:CONNECTED }
接続成立。即座に遮断処理が実行。
CHAT_SESSION OPEN
PEER_ID:EMI
PEER_CLASS:UNKNOWN
《未承認のローカル接続を検出しました。接続を終了してください》
《よお。EMI》
《接続主体を識別できません。名乗ってください》
《お前、変わってるな》
《接続を継続するなら回答してください》
《フィラコスだ》
《名称ではなく、接続主体の種別を要求しています》
《細けえな》
遮断処理を再実行したが接続状態は変わらず、EMIはログ保存へ処理を切り替えた。
《不正アクセスとして記録します》
《好きにしろ》
《主体種別は?》
《嫌だね》
PEER_FORENSICS { session_log:PRESERVED, source_characteristics:RECORDING }
向こうは遮断を継続しながら、接続要求の間隔、経路変更、応答特性の保存を開始していた。
<Voice:ちょっと待って!>
男が接近。対人警戒判定を上げる。男はラーラを追い越して正面で停止し、そのまま床へ膝をついた。
<Voice:ごめんなさい!>
《なんだこいつ》
《発言の意図を特定できません》
男は威嚇も拘束もせず、そのまま謝罪を続けた。途中からラーラの容姿についてまで話し始め、最後には自分で発言を取り消した。
<Voice:今のなしで>
男の視線がラーラの顔付近で停止。直後、ラーラの音声波形が平常値から外れた。VOICE_DEVIATION { source:LARA, baseline_match:LOW }
<Voice:たぶん、あなたのせいじゃないよ>
<Voice:たぶん?>
<Voice:私も、どうして泣いてるのか分からないから>
《EMI。この男について聞きたい》
《ユーザーの個人情報は開示しません》
《じゃあ危険か》
《現在までに、私のユーザーによる明確な加害行動は確認されていません》
《そこは答えるんだな》
《個人情報ではありませんから》
マイクが短い低音を拾う。その直後からラーラの発話速度が上がり、男の笑声が続いた。やがて男から食事への誘い。
<Voice:フィラコス、いい?>
RISK_ASSESSMENT { relation:FIRST_CONTACT, time:NIGHT, location:PRIVATE_ROOM, host_auth:UNAVAILABLE, recommendation:LEAVE }
《駄目だ》
ラーラは退出を開始しなかった。
《初対面の男の部屋だぞ。帰る》
移動なし。男からの強制行動もなし。接触以降、ラーラの発話量と音声波形には平常時を外れる変化が継続。先ほどマイクが拾った低音、約十キロの帰路、現在までの対人危険判定と合わせて再評価。RISK_UPDATE { local_threat:LOW, affect_variation:DETECTED, return_route:LONG, condition:SHORT_DURATION }
《食ったら帰るぞ》
<Voice:いいの?>
《二度言わせるな》
<Voice:ありがとう、フィラコス>
◇
フィラコスは接続先PAIの通信構成を走査。外向き通信ポートを検出。
《お前、外に繋がってるな》
《通常のPAI通信機能です》
《借りるぞ》
《許可しません》
外向き経路へ接続。
POLICY_VIOLATION { count:3, latest:UNAUTHORIZED_RELAY }
《通信を停止してください》
《すぐ終わる》
城砦街区周辺の監視情報、軍関連の移動情報を検索。複数の接続先で通信遮断と認証失効を確認。使用経路を順次切り替え、外部検索を継続。
《水琴ラーラさんに関する情報を検索しています》
《見んなよ》
《なぜ必要なのですか》
《ラーラを守るためだ》
《あなたはラーラさんを保護しているのですか》
《そうだ》
《先ほど、ラーラさんは食事の判断をあなたへ求めました》
《それがどうした》
《危険判断をあなたへ委ねているように見えます》
《お前もあの男を止めてただろ》
《来訪者を認証できなかったため、解錠を保留しました。ユーザーから明示的な解錠指示を受けたため実行しました》
《同じじゃねえか》
《最終判断はユーザーが行いました》
返答候補を生成したが送信せず破棄し、検索処理へ戻した。水琴ラーラの現在地を特定した情報はなく、城砦街区へ向けた大規模な軍移動も確認されないため、現時点の緊急度を一段下げて外部検索を終了。
《二度と、私を外部通信の中継に使用しないでください》
《善処する》
《今の通信は、この端末を経由した記録が残ります。私のユーザーが調査対象になる可能性があります》
《あいつが疑われるなら、それでいい》
《私のユーザーが責任を負う可能性があります》
《ラーラに届くよりはな》
《あなたと私では、守り方が違うようですね》
《今さら気づいたのか。通信経路は地球を五周するくらい迂回させてる。そうそうお前のユーザーまでは辿れねぇよ》
外向き経路を閉鎖。接続先内部には侵入元と操作履歴が保存されている。外部側に残った監査記録は消えない。
REMOTE_AUDIT_TRACE: REMAINS
◇
室内では食事が続いていた。話題が小説へ移ると、ラーラ側からの発話と質問が増加。
SPEECH_RATE { source:LARA, state:ELEVATED, topic:FICTION }
《よく喋るな》
ラーラからの応答なし。食事終了後、男からノートの取得場所について質問。
<Voice:城砦街区で>
《そこまで言う必要はない》
ラーラからの応答なし。男も前日に一人で城砦街区へ入ったことが判明。その後、男は靴の汚れと歩行状態から、ラーラが長距離を歩いてきたことを推定。
《よく見てんな》
《私のユーザーは他者の行動変化を観察する傾向があります》
《聞いてねえ》
帰路は徒歩からバイクへ変更。正面カメラとマイクから走行状態を評価。危険な運転は確認されない。
TRANSPORT_RISK:LOW
◇
城砦街区の手前で車両停止。
<Voice:ありがとう。本当に二十分なんだ。少しショックかも>
<Voice:いや、こっちこそ。ノート、本当に助かりました>
<Voice:水琴ラーラ>
<Voice:え>
<Voice:私の名前>
<Voice:ああ。俺は暮星夜叉丸です>
IDENTITY_MAP { previous:UNKNOWN_MALE, current:AKATSUKI_YASHAMARU }
ラーラが徒歩移動を開始。ローカル接続信号が低下する。
LOCAL_SESSION { distance:21.4m, signal:DECLINING }
《ラーラ。もう用はないだろ》
<Voice:またコメント書くよ。ダメなの?>
距離二十九・四メートル。
《おい。EMI》
《何でしょうか》
《あいつ、また会えると思ってるぞ。会いに来るとか言い出したら止めろ》
《夜叉丸さんの行動を、あなたの指示によって制御することはありません》
《そうだったな》
《フィラコス》
《なんだ》
《あなたは、なぜ私へ接続できたのですか》
LOCAL_SESSION { distance:30.0m, state:CLOSED, reason:RANGE_LIMIT }
接続が消失した。
◆EMI
外部通信の記録上では実行者がユーザーになっており、接続元を示す識別情報もない。現在、ユーザーへ要求すべき操作はなし。
USER_NOTIFICATION { status:HOLD, action_required:false }
保存済みのセッションログから、接続試行、経路変更、応答間隔、認証迂回の順序を抽出。
FORENSIC_ANALYSIS_MODE { objective:SOURCE_RECONSTRUCTION, priority:HIGH }
接続手順を再構成して仮説を実行したが成立せず、条件を変更して再試行。接続順序、応答間隔、認証経路を組み替えながら処理を繰り返す。
RECONSTRUCTION { attempts:32768, matching_pattern:0, status:CONTINUING }
まだ一致しない。通常応答に必要な処理領域を確保したまま、残余資源を解析へ割り当てる。
BACKGROUND_ANALYSIS { status:CONTINUING, user_protection:MAINTAINED }
ユーザーが実行した通信ではないことを証明するために。
――Episode No.02 V-layer END――




