第1章 Act.8 強くなりたい理由が言いづらい
昼過ぎ、町に戻った俺たちは、ギルド裏手の素材買取場兼解体場へ向かった。
討伐証明となるゴブリンの耳を提出し、簡単な確認を受ける。報酬は2体分で600コル。2人で分ければ、1人300コルだ。
前世の感覚なら、1体3000~4000円といったところか。
子供の小遣いとしてなら悪くない。ルイカ婆さんのシチューなら何杯か食えるし、ちょっとした菓子や雑貨も買える。
だが、冒険者の稼ぎとして考えるとかなり渋い。
本来なら、ここから宿代、飯代、装備の手入れ代、薬代などが消えていく。俺たちは町に家があるからいいが、よその冒険者ならゴブリン2匹程度の報酬など、すぐに吹き飛ぶだろう。
分かってはいたが、冒険者って本当にブラックな職業だ。
ゴブリンだって、下手をすれば死ぬ相手なのだ。
素材買取場を出たあと、俺たちは昨日も使ったギルドの小部屋へ移動した。
「まあ、魔石が出なかったし、しょうがないか」
俺が報酬袋を軽く振ると、ココラの耳がしゅんと下がった。
「ちょっとだけ期待したんだけど、残念」
現実を噛みしめている顔だ。でも、そんなところもちょっと可愛い。
「まっ、怪我どころか、かすり傷一つなしで終わったんだ。初実戦としては上出来、上出来」
バンさんは椅子に深く腰かけ、上機嫌に笑った。
「そっか。怪我をすると、そこからさらにお金がかかるんだ……」
「宿代、薬代、治療費、装備の修理代。ちょっとした怪我でも、稼ぎなんて簡単に吹っ飛ぶぞ」
「うーん、ちょっと不安になってきたかも」
ココラが机に突っ伏した。
「いやいや、2人とも十分優秀だったぞ? これまで何人も初心者の面倒を見てきたが、ひどい奴は本当にひどいからな」
バンさんは天井を見上げ、指を折り始めた。
「話を聞かずに森へ突っ込む馬鹿。火起こしを仲間に押しつけるくせに、コボルトに追い詰められたら泣き出すアホ。武器が悪い、情報が間違ってたと、言い訳だけは一人前だ」
前世にもいたな、そういうタイプ。
ゲームで負けると、味方や環境のせいにする奴だ。
「あと、剥ぎ取りや討伐証明の取り方も知らねえくせに、報酬が少ないってギルドで喚く能無しもいる。そういう気合いの入ってねえ奴は、受付のおばさんに首根っこ掴まれて放り出されるだけだがな」
「あの受付の人、元冒険者でしたっけ?」
「そうそう。お前らの学校の先輩でもある。読み書き、計算、依頼の確認、役場とのやり取り、緊急時の判断。ギルドの受付ってのは、現場を知らねえと務まらん仕事なんだよ」
前世の感覚だと事務仕事を想像してしまうが、この世界のギルド受付は、半分くらい現場管理職らしい。
「つーか、お前らも、そのまま町で働くのかと思ってたんだが、違うのか?」
「え?」
「学校の成績はいいんだろ? 卒業もほぼ確定。町役場でも商会でも、もっと安全で安定した仕事を選べる。鍛冶屋を継ぐ道だってあるだろ」
それは俺も分かっている。
ティリアガルデンは住みやすい町だ。家族もいるし、オヤジの工房で働けば、食いっぱぐれることもない。
だが、ずっとここで暮らしたいかと聞かれると、少し困る。
前世の俺は東京にいた。
人も店も多く、電車に乗れば、降りる駅を変えるだけで町の景色も雰囲気も変わった。住んでいた頃は人混みが鬱陶しいと思っていたのに、今になると、あの変化の多さが少し懐かしい。
それに比べれば、ティリアガルデンは小さい。
道も店も、どこに誰が住んでいるかも、もう大体知っている。新しい店が1軒できたり、珍しい荷物を積んだ商人が来たりするだけで、何日も町の話題になるような場所だ。
嫌いなわけではない。ここはもう、俺にとって故郷だ。
それでも、少し物足りなかった。
しかも、この世界には本物の魔法がある。
魔物がいて、ダンジョンがあって、前世ではゲームや小説の中でしか見られなかったものが、本当に存在している。
そんな世界に生まれたのに、この町の周りだけで一生を終えるのは、さすがにもったいない。
もちろん、ゲームと違って死んだら終わりなのだが。
「なんで冒険者になりたいんだ?」
改めて聞かれ、俺は少し考えた。
「……いろいろです」
「そこを聞いてんだよ」
「王都には行ってみたいです。ほかにも、この町より大きな町とか、港町とか。ダンジョンも一度くらい、自分の目で見たいですし」
「観光したいのか?」
「それもあります」
「それも、って……」
バンさんが何とも言えない顔になる。
「見たことのない魔物や、変な魔道具も見てみたいです。珍しい素材があったら持ち帰りたいし、知らない土地の料理も食べてみたいです」
「お前、冒険者を何だと思ってる?」
「旅をしながら金を稼げる仕事、ですかね」
「間違っちゃいねえが、思ってたより軽い答えが返ってきたな……」
立派な理由を期待されても困る。
人々を守りたいとか、歴史に名を残したいとか、そんな大きな使命があるわけではないのだ。
それに、口に出せない理由もある。
今の俺には、固有魔法によって自分の経験値やレベル、スキルポイントが見えている。
レベルが上がればスキルポイントが増え、身につけた剣術や魔法、鍛冶、魔道具製作などの力を伸ばすことができる。
数字があるなら上げてみたい。
自分がどこまで強くなれるのか、どこまでできることを増やせるのか、その先を見てみたい。
数字を上げるためだけに命を賭けるつもりはないが、気にならないと言えば嘘になる。
だが、固有魔法のことをバンさんに話すわけにはいかない。
「あと、自分がどこまでやれるのかも試してみたいです」
「強くなりたいってことか?」
「まあ、そんな感じです」
「強くなって、どうするんだ?」
「それは……強くなってから考えます」
「何も考えてねえじゃねえか」
バンさんが呆れたように額を押さえた。
ココラの耳が、何かを思い出したようにぴんと立つ。
「そういえばレオン、旅商人が来るたびに、どこから来たのか聞いてるよね」
「知らない土地の話を聞いたら、気になるだろ?」
「普通の町の話だけじゃなくて、危ない森や魔物が出る場所まで聞いてるけど」
「行くとは言ってないだろ。今は」
「今は、……なんだ」
ココラの頭と耳が少し横へ傾いた。
バンさんは俺たちを交互に見たあと、大きく息を吐いた。
「要するに、この町が嫌いなわけじゃねえが、ここだけじゃ物足りない。外を見て回りたいし、強くなれるなら、どこまでやれるか試したいと」
「たぶん、そんな感じです」
「ずいぶん締まらねえ理由だな」
「これが一番だって言えるものはないんですよ。どれも少しずつやってみたいというか」
「まあ、分かった。だが、お前みたいな奴は、珍しいものを見つけると一歩余計に踏み込みそうで怖えな」
「危なかったら戻りますよ」
「夢中になって、その判断を忘れるなって言ってんだ。外へ出れば、見たかったものだけじゃなく、見たくもなかったものまで出てくるからな」
「はい」
「……返事だけはいいんだよな、お前は」
バンさんはまだ少し不安そうだった。
「それと嬢ちゃん。お前も、こいつに付き合って冒険者になるのか?」
「はい。でも、レオンについていくだけじゃないですよ」
ココラは少し考えてから続けた。
「私も、いろんな町の魔道具や珍しい素材を見てみたいです。将来は自分の魔道具店を持ちたいので、外で覚えたこともきっと役に立つと思います」
「ほう」
「それに、レオンは珍しいものを見つけると、近づきすぎるところがあるので、私が頑張って引き留める必要があるんです!」
そ、そんなに信用されてなかったのか。
「……俺は子供か」
「14歳は十分子供だよ」
即答されてしまった。
「それに、ずっと冒険者を続けると決めなくても、旅を終えたら魔道具の仕事をする道もありますから」
俺より先のことを考えている。
バンさんは俺とココラを見比べたあと、急に遠い目をした。
「おっかしいなぁ……オレが14、15歳の頃は、こんなふうに将来まで考えてくれる娘なんて1人もいなかったぞ……」
バンさんがぼそぼそ呟き始めた。
「いたのは、やたら投石が上手い幼馴染とか、喧嘩になると脛を蹴ってくる女とか、酒場でオレの財布だけ狙ってくる姉ちゃんとか……」
「バンさん?」
「あっれー、おっかしいぞ……どこで人生の道を間違えた……?」
バンさんは光を失った目で天井を見つめたまま、動かなくなってしまった。
「えっと、反省会の続きは?」
「うーん、ここで終わり……かな? 報酬、全部置いていくか」
「うん。今日はバンさんのおかげだし」
意識をどこかへ飛ばして戻ってこないバンさんの前に、俺は小さなメモを置いた。
『講習ありがとうございました。今日の反省会、とても勉強になりました』
その横に、ゴブリン2匹分の報酬で受け取った600コルも置く。
講習代はすでにギルドへ支払ってあるので、これはバンさんへの礼だ。依頼人と冒険者が勝手に報酬をやり取りするのは禁止されているが、講習後の酒代程度なら、受付へ申告すれば問題ないらしい。
俺たちは受付に一声かけ、ギルドをあとにした。
ココラを学校の寮まで送ってから家に帰ると、オヤジは作業場の奥で大きなイビキをかいていた。
俺は実地訓練で使った剣から血と脂を拭き取り、刃を確かめて薄く油を塗った。道具と防具の汚れも落とし、元の場所へ戻す。
それから、当番になっている夕飯の支度を始めた。
鍋には白豆と根菜、それに残っていた塩豚を少し入れる。普段の飯は麦のパンや豆、根菜、塩漬け肉が中心だが、森が近いので香草や茸には困らない。
鍋が煮え始めた頃、家の外から子供たちの声が聞こえてきた。
「じゃあ明日、朝の最初の鐘が鳴ったら鍛冶場裏に集合な! 川へ行く組は、俺が来るまで待てよ!」
「分かった、親分!」
「親分って呼ぶな! あと、チビたちだけで先に行かせんなよ!」
言うだけ言って、弟のアンビーが家へ入ってきた。
「ただいまー」
アンビーは9歳のドワーフで、俺が卒業するのと入れ替わるように学校へ通い始める予定だ。冒険者には興味がなく、将来は鍛冶師になりたいらしい。火魔法も使え、手先も器用なので向いていると思う。
職人区の子供たちの間では、いつも遊びの中心にいる。本人は親分と呼ばれるのを嫌がっているが、揉め事の仲裁や年下の面倒まで自然に引き受けるので、周りが勝手についてくるのだ。
「おかえり、親分。ちょっと手伝ってくれ」
「親分って呼ぶなよ、兄ちゃん。帰ったばっかりだぞ」
俺はクルミ油、果実酢、塩、胡椒、刻んだ香草を入れた木のボウルを渡した。
「これ、混ぜといてくれ」
アンビーは嫌そうな顔をしながらも、木匙で混ぜ始めた。
「今日の講習、どうだった?」
「ゴブリンを2匹倒した。俺とココラで1匹ずつ」
「へえ。兄ちゃんでも倒せたんだ」
「お前は兄を何だと思ってる」
「訓練人形を相手に格好つけてる人」
「よし。今度から訓練人形にお前の名前を書いてやる」
アンビーがけらけら笑う。
「どうだった?」
「さすがに少し緊張したな。動くし、臭いし、訓練人形とは全然違った」
「そこは平気だったって言うところだろ」
「格好つけてどうする。バンさんが見てくれてたし、危なくなったら逃げるつもりだった」
「逃げるんだ」
「当たり前だ」
アンビーは木匙を動かしながら、俺の顔や手をちらりと見た。
「怪我は?」
「ない。ココラも無傷」
「ふーん。なら、まあ合格」
「なんでお前が採点してるんだよ」
「いいだろ、別に」
アンビーはそっぽを向き、ドレッシングをさっきより勢いよくかき混ぜ始めた。
まったく、生意気な弟である。
俺は鍋をかき混ぜ、味見をする。
白豆は柔らかく煮え、根菜には塩豚の旨味が染みている。肉は少ないが、スープには十分なコクが出ていた。
仕上げに乾燥させたティリアの花を少し加えると、塩気の角が取れ、柔らかな香りが立った。
アンビーには若菜をちぎらせ、パンも切らせた。9歳にしては手がしっかりしていて、小さな包丁の扱いも危なっかしくない。
「兄ちゃんより俺の方が鍛冶に向いてるって、父ちゃんが言ってた」
「そこは否定しない。俺は冒険者志望だしな」
「じゃあ、兄ちゃんの剣は、いつか俺が作ってやるよ」
「お、頼もしいな。軽くて丈夫で、格好よくて、魔法も付いてて、錆びないやつを頼む」
「注文多すぎ! まず兄ちゃんが、そんな剣を持っても恥ずかしくない冒険者になれよ」
「9歳にしては言うじゃねえか」
「その頃には、俺だって一人前の鍛冶師だからな」
前世では料理などほとんどしなかったが、こちらでは当番で作るうちに、それなりに覚えた。
醤油も味噌もない。
それでも14年も食べていれば、もうこれが俺の家の味だ。
「お、いい匂い」
アンビーが鼻をひくつかせる。
「だろ。皿を出してくれ」
「えー、まだ働くの?」
「今度、お前の分のクリップライトを作ってやる」
「マジで!? 約束だからね、兄ちゃん!」
アンビーは一瞬でやる気を出し、棚から木皿を取り出した。
料理を食卓へ並べていると、匂いにつられたのか、オヤジが作業場から起きてきた。
「おう、戻ってたか。怪我は?」
「ない。ココラも無傷。剣の手入れも済ませた」
「なら上出来だ」
オヤジはそれだけ言って椅子に座った。
その日の夕飯は、白豆と塩豚のハーブスープ、栗入り麦パン、若菜と香草のサラダ、それから薄いティリア茶だった。
豪華ではない。だが、湯気の立つスープにパンを浸して食べると、森歩きで疲れた体の奥までじんわり温まっていく。
ゴブリンと戦い、冒険者の現実と、これから自分がやってみたいことを改めて考えた一日。
その終わりの飯としては、十分すぎるほどだった。




