第3章 Act.13 得意不得意
「清流の神に告ぐ 湧き出でよ蒼水。
極限まで縮み、重厚なる一弾となれ。
――打ち砕け、水球!(ウォーターボール!)」
ウーナの長杖の先から、直径二十センチほどの水球が勢いよく飛び出した。
狙いは二十メートルほど先にいるゴブリン。
水球は真っ直ぐ、その顔面へ向かい――。
バシャッ!
「…………」
避けられた。
当たる直前、ゴブリンが横へ身体をずらしたのだ。
水球は顔のすぐ横を通り抜け、その後ろの地面へぶつかって弾けた。
しかも。
「ギャッギャッ!」
「ギャーギャ、ギャッ!」
近くにいた二体がこちらを指差し、明らかに馬鹿にしたような声を上げた。
……絶対笑われてるよな、あれ。
ウーナの眉がぴくっと動く。
「…………」
長杖を握る両手に力が入った。
「ウーナ?」
嫌な予感がした。
昼休憩を終えて歩き始めてから、二十分ほど。
丘の間にある窪地で、俺たちは五体のゴブリンを見つけた。
シュリさんと先生たちが周囲を確認し、近くにほかの敵がいないことも、こちらの退路が確保できていることも確認済みだ。
五体なら、今の俺たちだけでも戦える。
その判断で、最初にウーナが魔法を撃ったのだが――。
「うらあああああっ!」
「おい!?」
ウーナが長杖を構えたまま、ゴブリンへ向かって突っ込んでいった。
後衛の動きじゃない。
「ウーナ、前へ出るな!」
トイボル先生の声が飛ぶ。
だが、ウーナは止まらない。
笑っていたゴブリンも、まさか魔法を撃ってきた相手がそのまま殴りかかってくるとは思わなかったらしい。
「ギャッ!?」
反応が遅れる。
ウーナが一気に間合いへ踏み込んだ。
長杖の先端――打撃用に少し太くなっている部分を横薙ぎに振り抜く。
ゴッ!
「ギャッ!」
杖がゴブリンの顔面へまともに入った。
頭を横へ弾かれ、ゴブリンの身体が大きく後ろへ傾く。
さらに、ウーナは追撃を行う。
振り抜いた杖の勢いを使い、身体ごと一回転。
杖を頭上まで持ち上げ――。
「このっ!」
真上から振り下ろした。
ゴキャッ!
鈍い音が響く。
ゴブリンはそのまま地面へ崩れ落ち、動かなくなった。
「…………」
俺は倒れたゴブリンと、長杖を構えたウーナを交互に見る。
後衛だけど……まあ、倒せるならいいのか?
というか。
普通に上手い。
最初の一撃で相手の体勢を崩し、振り抜いた杖の勢いを殺さず、そのまま次の攻撃へつなげている。
力任せに殴っているわけじゃない。
ちゃんとした棒術だ。
「ギャアッ!」「ギャアッ!」「ギギャアッ!」
仲間を倒された残り四体が、棍棒を振り上げた。
一体がウーナへ向かい、残る三体がこちらへ向かってくる。
「ウーナ、戻って!」
ココラが短杖を構える。
「分かってる!」
ウーナは長杖を前へ構えたまま、こちらへ下がってきた。
ウーナが後退すると同時に、ココラも詠唱を始める。
追いかけようとした一体の前へ、ムートが小型バックラーを構えて入った。
その足元で、ノンちゃんが身体を低くする。
残る三体は、左右へ広がりながらこちらへ迫ってくる。
だが、ゴブリンは元々足が遅い。ガニ股でドタドタと走ってくる姿には、あまり迫力がなかった。
ココラは短杖を両手で支え、迫ってくる三体へ向ける。
「――薙ぎ払え、扇水! ウォータースプレッド!」
短杖の前へ、無数の水が集まる。
一つの大きな水球にはならない。
拳より少し大きい水球が、次々と形を作っていく。
十を越える水球が、扇を広げるように並んだ。
それを見た三体のゴブリンが、別々の方向へ逃れようとする。
が、もう遅い。
シュバババッ!
水球が一斉に放たれた。
十五個ほどの水球が、ココラの正面へ扇状に広がっていく。
ドンッ!
バシャッ!
バンッ!
先頭のゴブリンには三発がまともに入った。
胸と肩を連続で打たれ、身体が後ろへ跳ね飛ぶ。
二体目は避けようと横へ動いたが、その先へ広がっていた水球に脚を打ち払われた。
空中で身体が横へ回り、頭から地面へ落ちる。
三体目は棍棒を盾代わりに構えた。
一発目は棍棒へぶつかる。
二発目が腕へ当たり、構えを崩す。
そこへ三発目と四発目が胸へ叩き込まれた。
「ギャアッ!」
三体が、ほとんど同時に地面へ転がった。
ウォーターボール一発ほどの重さはない。
それでも、あれだけの数が扇状に広がって飛んでくれば、避けきれるものじゃない。
「すご……」
シルヴィがチラッとココラを見る。
三体のうち、二体は動かない。
残る一体が、片腕を地面へついて起き上がろうとしていた。
まだ生きている。
射線は開いていた。
「ファイヤーボール!」
俺は詠唱を破棄し、火球を撃った。
火球は起き上がりかけたゴブリンの胸へ当たる。
ボンッ!
炎が身体の前面を包んだ。
ゴブリンは地面へ倒れ、そのまま動かなくなる。
これで、残るのは一体。
「ノンちゃん」
ムートの声が変わった。
普段の間延びした声ではない。
短く、はっきりしている。
ノンちゃんが姿勢をさらに低くした。
「ラッシュ!」
ムートから流れた魔力が、ノンちゃんの身体を一瞬だけ包んだ。
次の瞬間。
ノンちゃんが弾けるように飛び出す。
「速っ!」
ゴブリンが慌てて棍棒を振り下ろした。
だが、そこにはもういない。
低い位置を駆け抜けたノンちゃんが、そのままゴブリンの左脚へ食らいつく。
ガブッ!
「ギャアアッ!」
さらに、その勢いを止めない。
噛みついたまま身体を捻り、前へ走り抜ける。
ブチッ!
ゴブリンの膝から下が引きちぎられた。
「うわっ……」
思わず声が出る。
身体を支えられなくなったゴブリンが、悲鳴を上げながら横倒しになった。
ノンちゃんは引きちぎった脚を放し、そのまま数メートル先まで駆け抜け、振り返る。
普段はどう見ても小型犬なのに、えげつない。
だが、ゴブリンはまだ棍棒を離していなかった。
地面を這いながら、ノンちゃんへ向かって腕を伸ばそうとする。
その横からシルヴィが飛び込んだ。
「とどめだ!」
身体強化で勢いを上げた右脚を、大きく振り抜く。
金属で補強されたブーツが、ゴブリンの顔へ横から叩き込まれた。
ドゴッ!
頭が地面へ打ちつけられる。
棍棒を握っていた腕から力が抜けた。
トイボル先生の指示で全員が周囲を警戒し、ほかに敵がいないことを確認する。
「よし。次は死体を確認するぞ」
五体すべてのゴブリンが動かないことを確かめ、ようやく戦闘終了となった。
「最初に一つ」
トイボル先生が、ちょっと困ったようにウーナを見る。
「魔法を避けられて腹が立つのは分かるが、後衛が一人で前へ出るな」
「はい……」
「長杖で倒せることと、前衛として戦い続けられることは別だぞ」
「はい、すみませんでした」
返事は素直だった。
少し不満そうではあるが。
トイボル先生はそれ以上長く叱らず、今度は全員を見回した。
「戦い方は悪くなかった。誰か一人が全部倒そうとせず、倒しきれなかった相手をほかの奴が仕留めた。あれでいい」
「それにしても……」
俺はウーナの長杖を見る。
「魔法より杖の方が安心して見てられるな」
「どういう意味よ」
「魔法は外したのに、杖はきっちり顔面に入ってたからな」
「あんな嫌味な笑い方されたら、顔をぶん殴りたくなるでしょ!」
「……まあ、気持ちは分かる」
俺だって、あんなふうに笑われたら少しくらい腹は立つ。
ウーナはまだ少し納得していない顔で、長杖を握り直した。
「私、水魔法は得意なんだけど」
「止まってる相手ならか?」
「動いてても、次は当てるわよ」
ウーナは、最初に外れた水球の跡へ目を向けた。
「たぶん」
最後だけ少し声が小さい。
マルテ先生が苦笑した。
「ウーナさんは魔法そのものの制御は上手いのよ。ただ、動く相手の先を読むのが苦手なの。止まった的なら、ココラさんより正確な時もあるんだけどね」
俺は最初に水球を避けたゴブリンを思い出した。
「ウーナ。さっき顔を狙っただろ?」
「狙ったわよ」
「やっぱりか。動く相手なら、最初は胸とか腹を狙った方がいいぞ」
「なんで?」
「単純に狙える場所が大きいから。顔なら頭を少し動かすだけでも外れるけど、胴体なら身体ごと動かないと避けにくい」
「それは分かるけど……」
「ウーナ、動いてる相手ならコツがあるよ」
「コツ?」
「うん」
ココラが短杖を軽く前へ向ける。
「水の玉を、相手が行きそうな場所に置くイメージで撃つと当たりやすくなるよ」
「……置く?」
「そう。今いるところを追いかけて狙うんじゃなくて、これから行きそうなところに先に水球を置いておく感じ」
ああ、俺が昔ココラに教えたやつだ。
まだココラが動く的へ魔法を当てるのに苦労していた頃、前世で遊んでいたゲームを例に、そんな説明をしたことがある。
ココラには、それが妙にしっくりきたらしい。
そこから一気に動く的へ当てるのが上手くなった。
「…………」
ウーナが黙った。
そして。
「ちょっと待って」
長杖を地面へつき、片手で頭を押さえる。
「余計分からなくなった」
「あれ?」
ココラが困った顔になる。
「水球を……置く?」
「うん」
「飛ばしてるのに?」
「実際には飛ばすんだけど、イメージとしてね」
「飛ばすものを先に置くって何?」
「えっと……」
完全に混乱している。
……あれ?
ココラはこのアドバイスで一気に上手くなったんだが。
同じ説明でも、人によって分かりやすさが違うらしい。
ココラが少し残念そうに俺を見る。
「私の説明、分かりにくかったかな?」
「いや、俺も昔、ほとんど同じ説明をしたから」
「うん」
「ココラには合ってたんだろ」
俺は念のため付け加えた。
「あとは、とりあえず胴を狙えば――」
「それは嫌」
「なんでだよ」
「顔に当たった方が気持ちいいから」
「命中率の話をしてたよな?」
「当たれば問題ないでしょ」
「まず当てろよ」
隣では、ムートがノンちゃんの口元を布で拭いていた。
「ノンちゃん、お口きれいにしようねぇ」
先ほどまでゴブリンの脚を引きちぎっていたノンちゃんは、されるがままになっている。
俺たちは五体分の討伐証明を回収し、装備を整え直した。
目指す野営地までは、もうそれほど遠くないらしい。
丘の間を抜ける風が、少しだけ強くなっていた。




