第3章 Act.12 鉄球の実戦テスト
第3章 Act.12
鉄球の実戦テスト
それから三十分ほど。
俺たちは緩やかな丘をいくつか越え、小さな林に沿って東へ進んでいた。
最初のスライムを倒したことで、出発した時の緊張はほぐれていた。それでも、さっきトイボル先生から注意されたばかりだ。先頭を歩く俺とシルヴィ、ムートは前だけに集中せず、丘の上や林の奥へ順番に目を向けていた。
「レオン」
後ろからココラの声がした。
「ん?」
「右前。何かこっちに近づいてくる」
長い耳が、丘の向こうへ向いている。
トイボル先生が片手を上げ、全員を止めた。
丘の陰から様子を窺うと、少し先の草地に赤褐色のモンスターがいた。
額に小さな角を生やした、四足のコボルトだ。
大型犬より一回り大きな身体を低くし、地面の匂いを嗅ぎながら歩いている。
距離は三十メートルほど。
こちらにはまだ気づいていない。
「ほかには?」
「今のところ、近くに音はしないよ」
ココラが耳を澄ませる。
シュリさんも周囲を確認し、頷いた。
「見える範囲には一頭だけだね」
トイボル先生が俺を見る。
「どうする?」
「鉄球を試したいです」
「いいぞ。今度は好きにやってみろ。私からは指示を出さない」
「わかりました」
「ココラ、もし外して相手がこっちに向かってきたら、ウォーターウォールを頼む」
「うん、任せて」
ココラが頷いた。
俺はアイテムボックスから鉄球入りのスリングを取り出した。
二百グラムの鉄球だ。
訓練場では何度か飛ばしているが、生きた相手へ使うのは初めてになる。
俺とココラは低木を利用して少しだけ前へ出た。
二十メートルほどの距離で止まる。
コボルトはまだこちらへ気づかず、横向きに歩いている。
俺は鉄球入りのスリングを回し始めた。
ヒュンヒュンヒュン。
さっきの石とは感触がまるで違う。
重い。
遠心力で右腕が強く外へ引っ張られる。
だが、振れないほどじゃない。
何度か回すうちに、回転が安定してきた。
呼吸を整える。
――今。
シュパッ!
黒い鉄球が草の上を低く飛ぶ。
次の瞬間。
ゴシャッ!
鉄球がコボルトの頭の横へまともに直撃し、鈍い音が丘に響いた。
頭が大きく弾かれ――。
そのまま身体が崩れ落ちた。
ピクリとも動かない。
頭が不自然な方向に曲がっている。
「…………」
誰もすぐには声を出さなかった。
俺自身、少し固まった。
……思っていた以上だ。
「……うわぁ」
シルヴィが顔をしかめる。
「エグいな、それ」
「俺もここまでとは思わなかった」
普通の石とは全然違う。
約二百グラムの鉄球をまともに頭へ食らえば、こうなるのか。
人に向ける時は、本気で気をつけないとな。
その時だった。
ココラの耳が、ぴんと立った。
「レオン! もう一匹!」
「おっ?」
右側奥の茂みが大きく揺れた。
ガサッ!
赤褐色の身体が飛び出してくる。
またコボルトだ。
さっきの一頭より少し小さいが、こちらを見つけた途端、地面を蹴って走り始めた。
距離は二十メートルと少し。
「ウォーターウォール!」
ザバァッ!
ココラの魔法が発動し、コボルトの目の前に高さ二メートルほどの水の壁が立ち上がった。
ドバァンッ!
コボルトは勢いのまま、その水の壁へ思いきり突っ込んだ。
バシャァッ!
水を大きく弾き飛ばしながら、コボルトの身体が壁を突き抜けてくる。
だが、さっきまでの勢いは完全に失われていた。
足をもつれさせ、よろめきながら前へ出てくる。
その間に俺はアイテムボックスから、百グラムの鉄球を載せたスリングを取り出していた。
今度は頭上で回さず、腕を大きく振って一気に放つ。
シュバッ!
十五メートルほどの距離を、鉄球が一瞬で飛んでいく。
ドゴッ!
真正面からコボルトの頭部にめり込んだ。
コボルトの身体がゆっくり傾き、草の上へ倒れる。
倒れたまま、身体を小さく痙攣させていた。
「ほかは?」
「今は聞こえないよ」
ココラが答える。
「全員、そのまま警戒!」
トイボル先生の声が飛んだ。
俺も意識を警戒に切り替え、右側の低木と丘の上を確認する。
ムートは盾を構え、ウーナは長杖を向けたまま周囲を見ている。
シュリさんが少し離れた場所まで確認してから、ようやく頷いた。
「大丈夫。ほかにはいないみたいだね」
「よし。二体とも確認するぞ」
トイボル先生の指示で、俺たちは倒したコボルトへ近づいた。
最初の一頭は頭の横が大きく陥没し、砕けた骨が皮膚を突き破っていた。
二頭目は額に鉄球がめり込み、まだ身体を痙攣させている。
俺はナイフを抜き、喉へ突き刺してとどめを刺した。
「ほう……一撃だな」
トイボル先生が最初のコボルトを見て言った。
「はい」
「いい一発だったぞ。威力も十分すぎるくらいある」
「ありがとうございます。ただ、百グラムの方で十分ですね」
二百グラムの方は完全にオーバーキルだ。
「まあ、もっとでかい熊みたいな相手なら、二百グラムの方がいいかもしれんな。あいつらは筋肉も皮下脂肪も厚いし、骨も太い。中途半端な打撃じゃ、まともに効かないこともある。重い鉄球なら多少は効果が期待できるだろう。ただし、これ一発で倒せるとは思わない方がいいぞ」
「なるほど、参考になります。こっちは大物用にします」
「よかったら私にも後で使わせてくれ。見ていた感じだと、弾が素直にまっすぐ飛んでいったように見えた。なかなか使いやすそうだ」
「ええ、わかりました」
「それとココラはよく止めたな。壁を出す位置も良かった。あのタイミングならコボルトも避けられず、突っ込むしかなかった。いいダメージが入っていたぞ」
「ありがとうございます!」
ココラが嬉しそうに答える。
トイボル先生は二頭目のコボルトにも目を向けた。
「それにしても、百グラムでもこれだけの威力があるのか」
「俺も驚きました。こっちは回さずに投げただけなんですけどね」
「近い距離なら、その使い方もできるわけだな」
「はい。ただ、まだ動く相手にどこまで当てられるかは分かりません」
「そうだな。今回はココラが動きを止めてくれたのも大きい」
先生の言うとおりだ。
あの勢いで突っ込んでこられていたら、落ち着いて狙う余裕なんてなかったと思う。
「でも、うちの母ちゃんなら素手でもこんな感じになってたぞ?」
二百グラムの鉄球で倒したコボルトを見ていたシルヴィが、横から口を挟んできた。
「……素手で?」
思わずシルヴィの頭を見る。
「おい」
シルヴィが両手で頭を押さえた。
「なんで私の頭を見るんだよ」
「いや。普段ゲンコツされてるって言ってたから……」
「ちゃんと手加減してるって!」
「それなら安心した」
本気であれと同じ威力だったら、娘の頭がとっくにどうにかなっている。
ムートまでシルヴィの頭を見る。
「それはちょっと怖いなぁ」
「ムートまで見るな!」
「今のコボルト見た後だとなぁ」
「母ちゃんは私を殺す気で殴ってないから!」
そりゃそうだろう。
シルヴィは少しむっとしながら、倒れたコボルトを指差した。
「母ちゃん、若い頃は傭兵で護衛やってたからな。父ちゃんと国中を回って、いろんな魔獣やモンスターと戦ってたんだって」
「それで素手でもコボルトを?」
「気づいた頃には、素手でも結構やれるようになってたらしいぞ」
「あー……なるほど」
エーテル強化か。
冒険者の間では、リワードと呼ばれている現象だ。
ヒルダさんも、長い傭兵生活のどこかでそうした影響を受けているのかもしれない。
まあ、元々本人が強かった可能性もあるけど。
トイボル先生に促され、俺たちは二頭のコボルトから討伐証明の小さな角を取り、撃ち込んだ鉄球も二個とも回収した。
俺は鉄球の汚れを拭き取り、それぞれスリングの受け部分に載せ直してから、アイテムボックスへ収納する。
これなら、次も取り出してすぐに使える。敵が続けて現れた時にも、いちいち鉄球をセットし直さずに済む。
全員が装備を整え直し、来た時と同じ順番へ並ぶ。
強い武器が一つ増えた。
ただし、相手によって使い分ける必要がある。
それに、球形じゃなく、先端を円錐状にした弾ならどうだろう。
当たる面積が小さくなる分、もっと深く食い込むかもしれない。
今度、工房で試してみるか。
そんなことを考えながら丘を越えると、少し先に背の低い木が何本か集まった、開けた場所が見えてきた。
太陽は随分高くなっている。
そろそろ昼だ。




