第3章 Act.11 野外演習でスライムと戯れる
東門を出てから、しばらく。
俺たち四つの班は、まとまって東へ進んでいた。
朝の街道を抜け、やがてティリアガルデンの東に広がる丘陵地帯へ入る。
以前バンさんとゴブリンを討伐した森とは、町を挟んで反対側だ。
緩やかな丘と草原が続き、その間に背の低い木々や、小さな林、岩場が点在している。
森と呼ぶほど木は密集していないが、かといって、ずっと見通しのいい草原でもない。
丘の陰では視界が遮られ、低木や岩の陰へ入れば、二、三十メートル先でも見えなくなる場所がある。
野外での移動を練習するには、確かにちょうどよさそうだ。
やがて、草原の中に背の高い草や藪が目立つようになってきた。
「ここから班ごとに分かれるぞ!」
トイボル先生の声が飛ぶ。
四つの班は、低木や藪の間を抜け、それぞれ別の経路へ散っていく
目的地は同じ野営地だが、そこまでの道は別々だ。
俺たちの班は、前に俺、シルヴィ、ムート。その後ろにココラとウーナが続く。
トイボル先生とマルテ先生、それにシュリさんは、少し離れて俺たちの動きを見ている。
「先頭だからと言って、前ばかり見ないようにな」
トイボル先生から早速声が飛んできた。
「はい」
前、左右、時々後ろ。
歩きながら視線を動かす。
今回の実習では、実戦で試してみたい物もある。
スリングだ。
以前トイボル先生に教えてもらって以来、暇を見つけては練習してきた。
スキルポイントは一つも使っていない。
完全に練習だけだ。
最初は的を大きく外すことも珍しくなかったが、紐を伸びにくい素材に替え、革の受け部分も変形しにくい素材で作り直したことで、狙いが安定してきた。
今は二十メートルほどの距離なら、人間くらいの大きさの的にはそこそこ当たる。
三十メートルになると三割くらい。
……これでも、最初に比べれば随分マシになった。
「レオン」
ココラの声がした。
「ん?」
「右前。何かいる」
長い耳が斜め前へ向いている。
全員の足が止まった。
シュリさんも、すぐにそちらを見る。
「私も聞こえた。少し近づいてみようか」
声を落とし、ゆっくり進む。
丘の陰を回り込むと、少し窪んだ草地が見えた。
いた。
スライムが三体。
濃い青緑色の塊だ。
横幅は一メートルほど。高さは三十センチくらいしかなく、地面へ低く広がったアメーバ状の身体を、ゆっくり伸ばしたり縮めたりしながら進んでいる。
前世のゲームや小説でよく見た、丸くて愛嬌のあるスライムとは随分違う。
……ちょっと気持ち悪い。
一体は大きな岩の近く。
残り二体は少し離れた場所だ。
こちらにはまだ気づいていない。
「周りは?」
トイボル先生が聞く。
ココラが耳を澄ます。
シュリさんも丘の上と低木の陰を確認する。
「近くにはいないと思います」
「こっちも大丈夫そうだね」
「よし」
先生が俺たちを見る。
「最初の戦闘だ。せっかくだから、これまでに自分が練習してきたことを試してみろ。ただし無理はするな」
シルヴィが拳を握る。
「よし!」
やる気満々だ。
ムートも小型バックラーを構える。
足元ではノンちゃんまで前へ出ようとして――。
スライムを見た途端、ぴたりと止まった。
「…………」
戸惑ったように、首を傾げる。
「ノンちゃん、どうしたの?」
ココラが聞く。
ムートが困ったように笑った。
「スライム苦手なんだよぉ」
「苦手?」
「噛みつこうにも、どこ噛めばいいか分からないみたいで」
ノンちゃんはスライムをじっと見る。
一歩前へ出る。
また止まる。
「今回は待っててなぁ」
ムートがそう言うと、ノンちゃんは少し不満そうに後ろへ下がった。
……テイマーの相棒にも得意不得意はあるらしい。
「じゃあ、一体目は俺がスリングを試してもいいですか?」
「いいぞ」
トイボル先生が頷く。
「ただし二十メートルくらいまで詰めろ。今は当てることを優先しろ」
「はい」
俺はアイテムボックスからスリングを取り出した。
最初から石を一つ乗せてある。
シルヴィが横から覗き込んできた。
「普通の石?」
「最初はな」
「最初は?」
「後で別のもある」
「なんか嫌な言い方だな」
「別に爆発したりしないって」
「ならいいけど」
俺たちはゆっくり距離を縮めた。
二十メートル。
そこで止まる。
スリングを回す。
ヒュン。
ヒュン。
ヒュン。
訓練場とは違う。
相手は生きていて、少しずつ動いている。
それでもスライムは遅い。
焦る必要はない。
動きを見る。
今。
シュパッ!
石が飛んだ。
バチンッ!
一番近いスライムへまともに叩き込まれる。
身体が大きく歪み、衝撃で横へ潰れるように揺れた。
まだ倒れてはいないが、動きは明らかに鈍くなっていた。
「シルヴィ頼めるか?」
「任せろ!」
待ってましたと言わんばかりに飛び出した。
スライムが身体を伸ばす。
シルヴィは横へかわし、そのまま踏み込んだ。
「ふっ!」
金属で補強されたブーツが、スライムの身体の下へ潜り込む。
ドゴッ!
大きなボールでも蹴ったように、青緑色の身体が宙へ跳ねた。
そのまま数メートル飛び――。
ベチャッ!
岩へ叩きつけられる。
ずるりと地面へ落ち、そのまま動かなくなった。
「よし!」
シルヴィが嬉しそうに振り返る。
「今の結構よかっただろ!」
「追撃はな」
「なんで一言余計なんだよ!」
「まだ戦闘中だぞ?」
その横では、二体目のスライムが近づいてきていた。
ムートが前へ出る。
ショートソードには手を掛けない。
「剣使わないの?」
ウーナが聞く。
「うん」
スライムが身体を伸ばす。
ムートが半歩横へ動いてかわす。
右脚を大きく持ち上げる。
「えいっ」
ドスン!!
振り下ろされたブーツが、スライムを真上から踏み潰した。
一度ぶるりと震えた後、青緑色の身体が一気に平たく広がり、そのまま動かなくなった。
「…………」
「このくらいなら踏んだ方が早いからねぇ」
シルヴィがムートを見る。
「それ下手したら足に絡みついてこないの?」
「うーんと、その時は全体重かけると潰れて死んじゃうよぉ?」
百キロ近くありそうな身体で全体重を乗せて踏んだんだ。そりゃ死ぬか。
残る一体。
仲間が二体倒れたことを理解しているのかどうかは分からないが、向きを変えてこちらへ這ってくる。
「ウーナ、やってみる?」
マルテ先生が言った。
「はい」
ウーナが長杖を構える。
水魔法はかなり得意だ。
学校の実技では、ココラに次いで学年二位。
「清流の神に告ぐ――」
詠唱が始まる。
その間にもスライムはゆっくり動いている。
直径二十センチほどの水球が、杖先に形を作った。
「――打ち砕け、水球!(ウォーターボール)」
バシュッ!
水球がスライムへ向かって飛ぶ。
バシャッ!
だが、スライムの少し後ろで地面へぶつかって弾けた。
「…………」
「…………」
ウーナが黙る。
スライムも止まった。
いや。
たまたま止まっただけだろう。
「今、こいつに見られた気がする」
ウーナが真顔で言った。
「目ないぞ?」
「そういう問題じゃない」
ちょっと不機嫌そうだ。
マルテ先生は叱るでもなく、静かに言った。
「惜しかったね。動く相手は、やっぱり難しい?」
「はい……」
どうも動く相手は苦手らしい。
マルテ先生がココラに目を向けた。
「ココラさん、お願いできる?」
「はい」
ココラが前へ出た。
短杖を向ける。
「ウォーターボール!」
こちらは詠唱破棄。
水球がほとんど間を置かずに飛び出す。
バァンッ!
スライムの中央へ直撃した。
水の塊に押し潰されるように身体が大きく変形し、そのまま地面へ広がる。
少し震えた後、動かなくなった。
ウーナが難しい顔をした。
「私、止まってる相手なら当たるんだけどなぁ……」
「動いてると、ちょっと違うよね」
「明日までに何とかする」
「よし。全員止まれ。そのまま周囲確認」
トイボル先生の声が飛ぶ。
俺もすぐに気持ちを切り替えた。
丘の上、低木、岩陰、後ろ。
ココラも耳を立てる。
シュリさんは少し離れた場所まで確認した。
「問題なさそう」
「よし。じゃあ近づこう」
倒した三体を確認する。
スライムには売れる素材がない。
討伐証明になる核だけ回収する。
作業をしている途中、トイボル先生が俺たちを順番に見た。
「最初にしては悪くなかったな」
シルヴィが嬉しそうにする。
「レオンは、スリングで仕留められなかったことを気にする必要はない。動きを鈍らせて、シルヴィが安全に詰められた。それで十分だ」
「はい」
「シルヴィも追撃は早かった。ただ、倒した後にすぐ振り返って喋るな」
「はい……」
シルヴィが少し気まずそうな顔をする。
「ムートはいい判断だった。相手を見て、無理に剣を使わなかったのもいい」
「ありがとうございます」
「ウーナは……」
ウーナが肩を落とす。
「動く標的だな」
「そうですね」
「魔法そのものは問題ない。狙い方はこれから練習すればいい」
「はい」
「ココラは安定してる。その調子でいい」
「はい、ありがとうございます」
「レオン」
トイボル先生が俺を見る。
「さっき、後で別の弾もあるって言ってたな?」
「あ、はい」
俺はアイテムボックスから、鉄球を載せたスリングを取り出した。
用意してきたのは、二百グラムの鉄球が三個と、百グラムの鉄球が十個。それぞれ受け部分に載せた状態で、アイテムボックスに収納してある。
シルヴィがまた覗き込む。
「……でかくない?」
「大きい方は四センチ弱ある」
「重さは?」
「二百グラムくらい」
シルヴィが一歩離れた。
「絶対こっち飛ばすなよ」
「飛ばさないって」
「さっき普通の石だっただろ。なんで急に殺意上がったんだよ」
「威力を確かめたいだけだよ!」
トイボル先生が鉄球を手に取る。
重さを確かめるように何度か上下させた。
「これをスリングで飛ばすのか」
「訓練場では飛ばせました」
「命中は?」
「二十メートルなら、まあ……」
先生が少し考える。
「よし、次に安全に試せる相手がいたらやってみろ」
「はい」
鉄球を俺へ返す。
「人には絶対向けるなよ」
「もちろんです」
横でシルヴィが何度も頷いていた。
「本当にな!」
「なんでお前が先生側なんだよ」
「だって二百グラムだぞ!」
「分かったって」
トイボル先生が笑う。
「まあ、そのくらい慎重でちょうどいい」
「じゃあ進もうか」
シュリさんの声で、俺たちは再び丘陵地帯の奥へ向かって歩き始めた。




