第3章 Act.10 野外実習が始まった
野外実習当日の朝。
例年なら七月の終わりに行われる実習だが、今年は日程の都合で少しずれ込み、八月に入ってからの出発になった。
いつも学校へ向かう時間よりかなり早く、俺は町の東門前へやって来た。
まだ朝の涼しさが残っているが、東の空にはすでに太陽が昇り、門の前の石畳には長い影が伸びている。
今回の実習は2泊3日。参加する生徒23人に教師8人、冒険者4人を加えた総勢35人だ。
これだけの人数ともなれば、朝っぱらから門の前はなかなかの賑わいだった。
荷物を背負った生徒たちが、それぞれ自分の班を探して集まっている。
参加しているのは、町兵や領兵、冒険者を目指している奴ばかりじゃない。従者や護衛、旅商人や採集職など、卒業後に町の外へ出る機会が多くなりそうな生徒も参加していた。
魔獣やモンスターが普通にいる世界なのだから、戦う仕事に就かなくても、最低限自分の身を守れるに越したことはない。
「レオン、おはよう」
「おはよう」
振り返ると、ココラがこちらへ歩いてきた。
思わず一度、頭から足元まで見てしまう。
今日のココラは、完成したばかりの新しいレザーアーマーを身につけていた。
ライトグレーを基調に、ベルトや縁取りへダークグレーを使った細身の鎧だ。
胸や前腕、膝といった必要な部分は守りながら、肩や腰周りは軽くしてある。
俺の鎧を、そのまま小さくしたわけじゃない。
短杖と左腕の小型円盾を使うココラに合わせて、腕を大きく動かしても邪魔にならないように作った。
「着心地はどう?」
ココラがその場で軽く両腕を上げ、肩を回してみせた。
「いい感じ。肩も全然引っかからないよ」
「ならよかった」
作った俺としては、その一言がとても嬉しい。
俺も同じポリーリザードの革を使った、新しいレザーアーマーを着ている。
こちらはグレーとダークグレーを基調にしたバランス型。
剣、魔法、魔道具。
俺の場合は色々やるので、どれか一つへ寄せすぎない形にしてある。
「ねえ、あれ新しい鎧じゃない?」
近くにいた生徒の声が聞こえた。
「レオンが作ってたってやつ?」
「ココラちゃんの、前の胸当てと全然違うね」
ちらほらと視線が集まる。
学校の実習で使う革防具は、もっと簡素な物が多い。
身体に合わせて一から作った鎧となれば、それなりに目につくらしい。
そして、もう一人。
少し離れたところには――。
「お、来たか」
バンさんが立っていた。
見慣れたバンさんも、新しい鎧を着るとずいぶん印象が違う。
これまでのバンさんといえば、あちこちに修繕跡のある年季の入ったレザーアーマーだった。
それが今日は、黒に近い暗灰色の新しい鎧に替わっている。
俺の物より胴や前腕の防御を少し広く取り、肩には槍の動きを邪魔しない三枚重ねの革板。
腰周りはすっきりさせ、短剣や小型手斧、探索用の小物へすぐ手を伸ばせるようにした。
長時間歩き、静かに動き、それでも必要なら前へ出る。
完全にバンさん用だ。
特に静音性にはかなり気をつけた。
バンさんが身体を捻り、肩を回す。
以前の装備より、金具の鳴る音はずっと少ない。
「どうです?」
「おう、すげえいいぞこれ。正直言って期待以上だ。本当に追加の金いらないのか?」
「大丈夫です。ちゃんと赤字にはなってませんよ」
「ならいいけどよ」
バンさんは腕を前へ伸ばし、槍を突く動きを軽く確かめた。
「肩も邪魔にならねえし、腰も軽い。これなら走っても道具が暴れなさそうだ」
「そこはかなり気をつけましたから」
「こういうの一回使ったら、前の鎧に戻れなくなりそうだな」
「せっかく青ランクになったんですから、もっと稼いで、次はさらに良い装備にしたらどうです?」
「ははっ、簡単に言ってくれるな。青になったからって、急に稼ぎが倍になるわけじゃねえぞ」
「ああ、確かに。それもそうですね」
「まあ、いい仕事があったら紹介してくれや」
「俺もまだ学生なんですけど」
「もうすぐ卒業だろ?」
バンさんが笑う。
改めて三人を見比べる。
俺はバランス型。
ココラは軽量型。
バンさんは斥候・前衛型。
色も形も少しずつ違う。
それでも使っている革板や金具、全体の作りが揃っているせいで、三人で並ぶと妙に統一感があった。
……なんというか。
前世で見た特殊部隊みたいだ。
それぞれ役割に合わせた装備なのに、一目で同じチームだと分かる。
別にそんなつもりで作ったわけじゃないんだけどな。
「なんかちょっと目立ってるかも」
ココラが小声で言った。
「……まあ、この見た目で並ぶとちょっとな」
「いいなぁ……」
横から、ものすごく恨めしそうな声が聞こえてきた。
シルヴィだった。
今日のシルヴィは、格闘戦向けの装備をきっちり揃えている。
靴先を鉄で補強した頑丈なブーツ。
膝当てと脛当て。
前腕にはボイルドレザー製の籠手。
腰にはナックルダスター。
十分それらしい装備なのだが――。
本人の視線は、完全に俺たち三人の鎧へ釘付けだった。
俺を見る。
ココラを見る。
バンさんを見る。
それから、もう一度俺を見る。
「私のも作ってくれよ」
「悪い。三人分作った残りは補修用しかない。もう一着作れるだけの革は残ってないんだ」
「そこをなんとか」
「革を生やすところから始めろっていうのか?」
「……駄目?」
「残念だけど無理だ」
シルヴィの尻尾が、分かりやすく下がった。
「欲しかったのに……」
「その装備だって十分いいだろ」
「それとこれとは別だ! 三人だけお揃いみたいでずるい」
「お揃いにしたつもりはないって」
「結果的にお揃いじゃん」
隣でココラが少し笑っている。
「次にいい素材が手に入ったら考えるよ」
シルヴィの耳がぴくっと動いた。
「絶対だからな!」
その時、教師の一人が手を叩いた。
「それぞれ事前に決めた班へ集まれ! 人数確認を始めるぞ!」
周囲の生徒たちが一斉に動き始めた。
「さて、俺はそろそろ自分の班に戻るか」
バンさんが周囲を見回した。
「じゃあな、レオン。ココラ。実習中は無茶すんなよ」
「バンさんも気をつけてくださいね」
「おう。まあ、俺たちは生徒に無茶させねえのが仕事だからな」
そう言って笑うと、バンさんは自分の担当班へ歩いていった。
俺たちの班は五人。
俺、ココラ、シルヴィ。
それに同じクラスのムート。
最後の一人は、シルヴィと同じクラスのウーナだ。
「よろしくなぁ」
のんびりした声で挨拶してきたムートは、15歳の犬人族。
犬人族の中でもかなり大柄で、俺より明らかに背が高い。
180cmは超えていそうだ。
縦に大きいだけじゃなく、肩幅も広い。
……ちょっと羨ましい。
俺ももう少し身長が欲しい。
そして、その足元には小さな犬が一匹座っていた。
と思ったら、いきなりムートの脚に噛みついた。
「いたたたた……」
「……朝から何やってんだ?」
「挨拶じゃないかなぁ」
「それ挨拶なの?」
ココラが困ったように尋ねる。
「多分」
ムートは慣れた手つきでノンちゃんの口を外した。
ブーツの上から布まで巻いてある。
完全に対策済みだ。
ムートはテイマー系の固有魔法を持っている。
動物と大まかな意思を通わせたり、テイムした動物を強化したりできる珍しい能力だ。
……もう少し意思疎通できているものだと思っていたんだが。
ノンちゃんが尻尾を振る。
そして、もう一度ムートの脚を見る。
「待て待て待て」
本当に仲いいんだろうな?
「そっちは相変わらずだねー」
今度は明るい声が飛んできた。
ウーナだ。
14歳の女の子で人間族だ。
カーキ色の薄手のローブを羽織り、手には長杖を持っている。
杖の一端は少し太く、魔法だけに使う華奢な物には見えない。
「おはよ、レオン。ココラ。シルヴィも」
「おはよう」
「ウーナ、おはよう」
「よろしくな」
ウーナは卒業後、薬師を目指している。
森や山へ薬草を採りに行く機会もあるため、今回の実習に参加したらしい。
戦闘では基本的に後衛。
水魔法もかなり得意だ。
これで前に出られるのは俺、シルヴィ、ムート。
後衛はココラとウーナ。
五人だが、役割としては悪くない。
「そういや、なんで私たちだけ五人なんだ?」
シルヴィが近くの教師へ尋ねた。
「生徒の人数の都合で、この班だけ五人になった。その分、実技で優秀な生徒や実戦経験のある者を多めに入れて、班ごとの戦力を調整してある」
「あ、なるほど!」
シルヴィが得意そうに胸を張る。
……お前の場合、そこへ入った経緯がちょっと違うだろ。
俺とココラは、卒業後も一緒に冒険者として活動する予定なので同じ班を希望した。
シルヴィは、
『私もレオとココラの班がいい!』
と教師へ頼み込んだらしい。
まあ、シルヴィの実力はある程度分かっているし、同じ班で動けるのはこちらとしてもありがたい。
俺たちの班を担当する教師は二人。
一人はトイボル先生。
元領兵で、学校では戦闘訓練を担当している。俺にスリングを教えてくれた先生だ。
もう一人はマルテ先生。
ダークブルーのショートヘアに、水色の薄手のローブ。
土魔法と水魔法を使う攻撃魔法の先生だ。
「……三日間、よろしく」
マルテ先生は俺たちを見て、軽く微笑んだ。
「よろしくお願いします」
「それと、この班を補助してくれる冒険者を紹介する」
トイボル先生が横へ向く。
そこに立っていたのは、弓を背負った女性だった。
使い込まれた革装備に、弓と矢筒。
腰には短い刃物も下げている。
「シュリだ。青ランク冒険者で、この辺りの草原や丘陵地を普段から狩場にしている」
「よろしくねー」
シュリさんが軽く手を上げた。
「基本的な指導は先生たちがやるから、私は周りの警戒が仕事。分からないことがあったら聞いてね」
ずいぶん気楽な感じだ。
でも青ランクなら、実力について心配する必要はないだろう。
やがて人数確認が終わり、四つの班がそれぞれ整列した。
各班には教師二人と青ランク冒険者一人が付いている。全員が揃ったところで、教師の一人が前へ出た。
「では、出発前に確認する!」
ざわついていた生徒たちが静かになった。
「今回の野外実習は2泊3日だ。まず全班で東門を出て、街道を東へ進む。その後、東の丘陵地へ入ったところで四つの経路に分かれる」
向かう野営地は同じ。
そこまでの道だけを班ごとに変え、歩き方や警戒、戦闘、地形への対応を見る。
「移動中に討伐可能な魔獣やモンスターと遭遇した場合は、原則として生徒が対応する。ただし、戦闘の可否は担当教師の判断に従うこと!」
さらに教師の声が少し強くなる。
「実習だからといって安全な場所になったわけじゃない。勝手な追跡、単独行動は禁止。戦闘が終わっても、指示があるまで気を抜くな。いいな?」
「「はい!」」
生徒たちの声が重なった。
東門の大きな扉は、すでに開いている。
その向こうには朝の街道。
さらに先には草原が広がり、その奥には緩やかな丘陵の起伏も見えていた。
シュリさんが弓の位置を直す。
ムートの横ではノンちゃんが嬉しそうに尻尾を振っている。
ウーナは長杖を握り直した。
シルヴィは鉄で補強されたブーツの爪先を、軽く地面へ打ちつける。
今日もやる気満々らしい。
俺も腰の片手剣と荷物を確かめる。
スリングもある。
試してみたいこともいくつかある。
ココラと顔を見合わせた。
「行こうか」
「うん」
教師が腕を上げた。
「それでは――出発!」
四つの班が順番に動き始める。
俺たちもその列へ加わり、東門を抜けた。
さて、どんな三日間になることやら。
できれば、あまり面倒なことは起きないでほしいけどなぁ。




