第3章 Act.8 ネット通販があればなぁ
翌朝。
昨夜、土魔法の練習で寝るのが遅くなったせいで、少し眠い。
学校へ向かいながら、これからの予定を頭の中で並べていく。
勉強会。
バンさんとココラの防具作り。
来月に迫った野外実習の準備。
やることはいくらでもある。
……そして、その中に一つ。
絶対に忘れちゃいけない予定があった。
まもなくやって来る、ココラさんの誕生祭である。
毎年、誕生日にはフィーズの喫茶店へ行き、蜂蜜パイを食べて、ちょっとしたアクセサリーをプレゼントするのが恒例になっている。
アクセサリーといっても高価な物ではない。
これまでは俺もそれほど金を持っていなかったので、学生でも買える髪飾りや小物なんかを選んできた。
まあ、気持ちが大事ということで許してほしい。
しかし、今年は少し事情が違う。
現在ココラは、ダンジョンから生還した時に約束した蜂蜜パイ100枚を、毎週1枚ずつ消化している真っ最中だ。
ここで、
『今日は誕生日だから、約束の分と誕生日の分で蜂蜜パイ2枚な!』
というのは、さすがに駄目だろう。
いつものアクセサリーも悪くないのだが、今年はもう少し違う物を贈りたい。
そんなわけで、学校帰りや仕事のついでに何かいい物がないか探してみた。
……のだが。
「どうしたもんかなぁ……」
これといった物がない。
ティリアガルデンは周辺の村から人や物が集まる町ではあるが、人口7000人ほどの地方町だ。
前世で暮らしていた東京みたいに、駅を1つ移動すれば巨大な商業施設があって、選びきれないほど商品が並んでいるわけじゃない。
女の子が欲しがる物の定番といえば、アクセサリー、甘い物、服。
あとは……お金?
いやいや。
誕生日に現金を握らせたら、ココラは喜ぶより先にドン引きするだろう。
となると、残っているのは――。
「服か」
問題は、俺に女性用の服を選ぶセンスがあるかどうかだ。
……多分ない。
では、俺の周りでその辺のセンスがありそうな女性は誰だろう。
まずココラ。
…………。
本人じゃねえか。
次。
シルヴィは――。
「あれ?」
そういえばアイツ、この前の休みの日も制服着てなかったか?
…………。
駄目そうだな。
本人に聞いたら怒られそうだが、少なくとも今回頼る相手ではない気がする。
しょうがない。
とりあえず服屋へ行ってみよう。
◇
というわけで、翌日の放課後。
俺は1人で服屋へ向かうことにした。
ココラとシルヴィは学習室に残り、例の勉強会を続けるそうだ。
俺が今日は先に帰ると言うと、
「裏切り者ー!」
とシルヴィに言われた。
……なんか最近、似たような台詞を別の誰かからも言われた気がする。
しょうがないだろう、こっちにはこっちで用事があるのだ。
ちなみにココラは、俺が普段と違う行動を取った時点で何となく察したようだった。
詳しくは聞いてこなかったが、別れ際に少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
まあ、誕生日が近い時期に恋人が急に1人でどこかへ行けば、そりゃ気づくよな。
この世界の服事情を俺なりに大雑把に見ると、金持ち向けの仕立て服、普通の町人が買う服、それから古着や安価な服、といった感じに分かれている。
もちろん、そんなに綺麗に線引きされているわけではない。
貴族や裕福な商人が着ていた服が古着として売られ、それを仕立て直した物が町人へ流れることもあれば、さらに使い込まれた物が安く売られることもある。
一方で、最初から一般向けに安い生地で作られた新品も普通に売っている。
今回、貴族や裕福な商人が使うような本格的な仕立て服は最初から除外だ。
値段もそうだが、本人を連れて行かずに注文するような物じゃない。
なので俺が向かったのは、一般向けの中では少し良い品を扱っている服屋だった。
店へ入ると、20代半ばくらいの女性店員がこちらを見て、にこやかに笑った。
「いらっしゃいませー」
明るい声とともに近づいてくる。
そして当然のように、
「何かお探しでしょうか?」
と聞かれてしまった。
……困る。
非常に困る。
前世なら、とりあえずイヤホンでもして「見てるだけです」オーラを出せたのだが、この世界にそんな便利な逃げ道はない。
そう思えば、イヤホンって便利な道具だったよなぁ。
そもそも前世なら、ネットで買えば店員と話す必要すらなかった。
こういうのが苦手なのは、生まれ変わっても変わらない。
とりあえず、目的をそのまま伝える。
「彼女へのプレゼントを探してるんですが……」
すると、お姉さんの目が一瞬で輝いた。
「まあ!」
あれ。なんか、やる気になってしまったか?
もし良いものがなかったら、断りづらい。どうしよう。
まぁ、なるようになるか。
お姉さんに案内され、店の奥にある棚を一緒に見て回る。
そこにはワンピースや上着、スカート、薄手のローブなどが並んでいた。
ただ――。
なんというか。
「うーん……」
悪くはない。
悪くはないのだが、どうにも野暮ったく感じる。
裕福な人向けに作られた服を仕立て直したような物も多く、布自体は良さそうなのだが、ココラが着ている姿を想像すると、少し違う。
値札を見る。
だいたい3000コル前後。
前世の感覚なら、3万から4万円くらいの服と考えればいいだろうか。
一応、最近はグローダグリスで稼いでいる。
この程度なら出せなくはない。
俺が棚を眺めながら悩んでいると、お姉さんが俺の制服を見た。
「制服着てるし、あなた学生さんでしょ?」
「はい」
「実は私もあの学校の卒業生なのよ」
「おお」
まさかのOGだった。
「彼女に服を贈るなんて感心ね。可愛い後輩くんのために、少しくらい負けてあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
お姉さんが俺の顔を見て、少し楽しそうに笑う。
「しかもこんな顔のいい後輩くんだし」
「いえいえ……」
そういうことを真正面から言うのはやめてほしい。
反応に困る。
「ちなみに、卒業したらどうするの?」
「一応、冒険者志望ですね」
「彼女さんも?」
「はい」
「今何年生?」
「俺も彼女も4年生です」
「へえ。じゃあ、もうすぐ卒業か……」
お姉さんが何かを考えるように、少しだけ視線を上へ向ける。
「冒険者になる女の子で、誕生日プレゼント……」
しばらく考えたあと、何か思いついたらしい。
「ちょっと待っててね」
そう言って、店の奥へ消えていった。
何だろう。
もしかして、とんでもなく高い物を持ってくるんじゃないだろうな。
少し不安になりながら待っていると、お姉さんはすぐに戻ってきた。
腕に1枚のローブを掛けている。
「これなんだけど」
広げて見せてもらう。
セージ色の、薄手のフード付きローブだった。
派手ではない。
だが、落ち着いた淡い緑色で、白い髪のココラが着ている姿を想像すると、かなり似合いそうだ。
「綺麗な色ですね。白い髪のココラに似合うかも」
「ココラちゃんっていうんだ。可愛い名前ね」
「あ……」
つい普通に名前を言ってしまった。
何となく恥ずかしい。
お姉さんはそんな俺を見て少し笑いながら、ローブを広げ直した。
「これね、最初は普通のローブだと思って仕入れたんだけど、あとで装備品だって分かったのよ」
「装備品?」
「簡単な汚れ避けと防水の魔法がかかってるの。雨の日でも使えるわよ。それと、生地にはドレッド・シープの毛が使われてるから、薄い割にはかなり丈夫よ」
俺も袖の部分を触らせてもらう。
見た目よりしっかりしている。
硬いわけではなく結構柔らかい、しかし簡単に破れそうな感じもしない。
「魔法への耐性もちょっとだけあるみたい。もちろん、これだけで攻撃魔法を防げるような物じゃないけどね」
「冒険でも使えそうですね」
「そうね。町で着ても変じゃないし、旅や野外活動にも使えると思う」
なるほど。
かなり良い。
むしろ、今まで見てきた服よりずっとココラ向きな気がする。
問題は――。
「一応、値段は1万2000コルなんだけど……」
来た。
「後輩割引で1000コル負けてあげる」
1万1000コル。
い、一応買える。
ダンジョンの功労金もあるし、グローダグリスの収入もある。
払おうと思えば問題なく払える。
ただ、今年の誕生日プレゼントに使おうと考えていた金額からすると、完全に予算オーバーだ。
予定していた金額の倍どころじゃない。
「……うーん」
物は良い。
色もココラに似合いそうだ。
何より、これから冒険者として町の外へ出ることを考えれば、普通の服よりずっと使える。
「まあ、学生さんにはちょっときつい値段よね。ごめんなさいね」
俺が悩んでいるのを見て、お姉さんはローブを畳もうとした。
「こっちなら2000コルくらいからあるから――」
「い、いや、出せます」
「え?」
「買えます。ちょっと予算を超えてただけなので」
お姉さんが目を丸くする。
「ええ、お金持ちねぇ!」
「最近ちょっと臨時収入がありまして……」
まさか、
巨大なカエルの魔石から出したヌルヌル液をネズミ捕り用に売っています。
とは説明しづらい。
「ただ、1つ問題があって」
「何?」
「彼女、兎人族なんです」
「ああ、耳ね」
話が早い。
俺はローブのフードを見る。
人間用なので、当然ながら頭の上に長い耳を出す場所なんてない。
「フードが使えないかなと思って」
「それなら多分大丈夫よ。彼女さん、身長どのくらい?」
「150くらいだと思います。俺より頭1つ分くらい低いので。ただ最近、ちょっと背が伸びてきてる気もします」
「なるほど……」
お姉さんは物差しを取り出し、ローブの裾や横幅を測り始めた。
次にフードを広げ、縫い目や生地の余りを確認する。
「うん。いけると思う」
「本当ですか?」
「その子には少し裾が長いから、身長が160くらいになっても着られるよう余裕を残して調整して、それでも少し生地が取れるわ」
お姉さんがフードの上を指でつまむ。
「ここに耳を通す穴を2つ作るの。それで余った生地を使って、耳を包める細長いカバーも付けられると思う」
「おお」
それなら雨や寒い時にも耳を外へ出しっぱなしにしなくて済む。
見た目もうまく作れば、兎耳付きのフードみたいになるのかもしれない。
「ただし、適当に作るのは駄目ね」
「と言うと?」
「耳の付け根の位置と左右の間隔、それから耳の長さと太さを測りたいの。兎人族でも人によって結構違うから」
なるほど。
そこまで俺の目測で伝えるのは無理だ。
「彼女さん、連れてこられる?」
「ええ。大丈夫だと思います。明日でもいいですか?」
「もちろん。この時間帯なら私もいるから連れてきて」
「わかりました。じゃあ、明日また来ます」
「じゃあ、代金も今日払っておきます」
「え? 今日でいいの?」
「明日ココラの前でお金出すのも、なんか違うかなと思って」
「ふふっ。そういうところもちゃんとしてるのね」
俺は財布を取り出し、代金の1万1000コルを数えて渡した。
こうして、今年の誕生日プレゼント候補は無事に決まった。
……予算はだいぶ増えたけどな。
まあ、今年くらいはいいだろう。
色々迷惑かけてるし。
惚れてるし。
……ちょっとくらい、格好つけたくもなるし。




