第3章 Act.7 苦手分野も工夫次第
ココラが神学の教本を開くと、さっきまで元気だったシルヴィの尻尾が、再び力なく垂れ下がった。
神学はココラの方が得意だし、ここは任せたほうがいいだろう。
そんな二人の横で、俺も自分の苦手分野を練習することにした。
アイテムボックスから取り出したのは、両手に収まるくらいの蜜蝋粘土。
少し硬めに作ってある、土魔法の練習用だ。
「……レオ、私も粘土で遊びたい」
「遊びじゃねーよ。これ結構大変なんだぞ」
「粘土こねるだけだろ?」
「魔法でな」
机の端に粘土を置き、手を触れずに魔力を流す。
目標は簡単。
四角い塊の端を、少しだけ持ち上げる。
「……んんっ」
集中すると、粘土の表面がもぞりと盛り上がった。
ほんの指1本分。
それだけで、そこそこの魔力を持っていかれる。
「うわ、地味」
「ほっとけ」
倉庫街で戦ったジュドーは、ロックウォールで路地を塞いでみせた。
あれは土魔法の上位派生に当たる石魔法なので、今の俺に真似できるようなものじゃない。
だが、実際に戦ってみて使い道の多さはよく分かった。
土を盛り上げて盾にする。
逃げ道を塞ぐ。
敵の動きを制限する。
大きな岩を飛ばせなくても、それだけできれば戦い方の幅はかなり広がる。
その第一歩が――。
「……あとちょっと」
粘土がもう少し持ち上がり、そのまま力尽きたように、ぐにゃりと倒れた。
「レオ、それ何?」
シルヴィが首を傾げる。
「壁になる予定だったものだ」
「倒れてるぞ」
「見れば分かる」
どうも俺は、火魔法に比べて土魔法との相性がかなり悪いらしい。
慣れれば少ない魔力で動かせるそうだが、俺の場合は力の入れ方そのものが下手なのだろう。ステータスを確認しても、いまだに土魔法はスキルとして表示されていない。
まだ「使える」と呼べる段階にすら達していないということだ。
「シルヴィ、人のこと笑ってる場合じゃないよ」
「え?」
ココラがシルヴィの方へ教本を向けた。
「こっちも始めようね」
「…………はい」
シルヴィはしゅんと肩を落とした。
「大丈夫だよ。覚えやすそうなところから、まとめておいたから」
「本当?」
勢いよく顔を上げた。
ココラは自分のノートも隣に広げた。
「まず、教会の役割。それから宗教上の禁忌。この辺は?」
「ちょっと苦手かな……」
「でも、試験にはよく出るのに覚えることは少ないから、最初に取っておきたいところだよ」
「じゃあ、頑張る」
「次に、主要な神々の名前と役割は?」
「……半分くらい」
「葬儀の順番は?」
「……なんとなく」
「魂についての教義は?」
「眠くなる」
「うん。これは後回しにしよう」
シルヴィは、何をしてはいけないとか、どういう時にどんな決まりがあるとか、具体的な話ならまだ覚えられる。
逆に、魂や教義みたいな抽象的な話になると途端に駄目らしい。
「じゃあ、教会の役割と禁忌を固めて、その次に葬儀。神様の名前は役割と一緒に覚えよう。難しい教義はなし」
「それならいけそう!」
尻尾が、少し持ち上がった。
ココラも、よく考えてくれている。
全部を均等に勉強するんじゃない。
点になりやすいところから取る。
「じゃあ問題ね」
ココラとシルヴィが勉強を始める。
その横で、俺も倒れた粘土を元に戻した。
ふむ。
俺も同じように、できるところから試してみるか。
壁にこだわる必要はない。
平たく広げる、尖らせる、丸める、細長く引き延ばす。
形を変えながら、それぞれどれくらい魔力を使うのか比べていく。
「……お?」
平たく広げるのは相変わらずきつい。
だが、丸めるのと、一点を押し出して尖らせるのは明らかに楽だった。同じ量の粘土でも、形の変え方によって消費する魔力が違うらしい。
だったら、まずはこの2つから慣れていけばいい。
しばらく何度か繰り返していると――。
「おい、レオ」
「ん?」
「お前、何作ってんだ……?」
シルヴィが怪訝な顔で机の上を見ていた。
特に何かを作ろうとしたわけではない。
ただ、丸める練習と尖らせる練習を繰り返した結果、机の上には丸い球が2つと、その真ん中に妙に細長い円錐が置かれている。
「…………」
言われてみれば。
「えーっと……ア、アームストロング砲かな……」
「なんだそれ」
「……昔どこかで聞いた、兵器の名前だった気がする」
「へえ」
シルヴィはそれで納得したらしい。
だが、ココラは何も言わない。
ただ困ったような顔で、机の上と俺を交互に見ている。
……視線がつらい。
俺はすぐさま粘土を崩し、アイテムボックスへしまった。
「レオ、なんで急に片付けるんだ?」
「ちょっと魔力を使いすぎたからな。休憩だ」
「ふーん?」
それ以上追及しないでくれ。
その後、ほんの少しだけ微妙な空気になったものの、勉強会自体は無事に終了した。
シルヴィは試験によく出る神学の内容をいくつか覚え、俺も土魔法では形の変え方によって必要な魔力が違うことを確認できた。
どちらも最初の一歩としては悪くないだろう。
◇
家に帰って夕食を済ませ、納品用のグローダグリスを作る。
宿題も片付け、さらにバンさんとココラの防具作りまで進めていたら、気づけばすっかり夜も更けていた。
……俺、まだ14歳なんだが。
ちょっと働きすぎじゃないだろうか。
そういえば、前世には学校に通いながら紫色のロボットに乗って戦っていた14歳の主人公もいた気がする。
だったら、まあ……。
いや、あれを基準にしちゃ駄目か。
さすがに今日はもう寝ようかと思ったのだが、昼間の土魔法の感覚がどうしても気になった。
「あとちょっとだけやるか」
机の上を片付け、蜜蝋粘土を取り出す。
せっかく少しコツを掴んだのだ。
何となくだが、あと一歩で土魔法の使い方が分かりそうだった。
まずは昼間と同じように粘土を丸め、続けて一点を押し出して尖らせてみる。
どちらも思ったより楽に形が変わった。
ところが、粘土全体を平たく広げようとした途端、抵抗が大きくなる。
「……ぐっ」
同じ量の粘土を動かしているはずなのに、使う魔力が明らかに多い。どうにか少し押し潰したところで、いったん魔力を流すのをやめた。
「なんでこんなに違うんだ?」
机の上の粘土を眺める。
同じ素材なのに、形の変え方だけでこれほど差が出る。
何が違う?
しばらく考えているうちに、ふと工房で鉄を加工している時のことを思い出した。
鉄だって、最初から完成した形へ一気に変えるわけじゃない。叩いて伸ばし、寄せて曲げ、厚みを調整する。そうした加工を何度も重ねて、最後に欲しい形へ持っていく。
「……もしかして、最初から壁を作ろうとしたのが間違いか?」
昼間の俺は、四角い粘土の端をそのまま持ち上げて、壁のようにしようとしていた。
だが、丸める時にやっていることはもっと単純だ。周囲から中心へ押す。尖らせる時も、1か所だけを同じ方向へ押し出している。
逆に平たく広げようとすると、広い範囲を同時に、しかも均等に動かさなければならない。
だから難しいのかもしれない。
「だったら……壁じゃなくてもいいよな」
欲しいのは、立派な壁そのものじゃない。
敵の攻撃を邪魔する。
逃げ道を狭める。
足元を崩して動きを止める。
それができれば十分だ。
俺は粘土を横長に整え、今度は左右から中央へ寄せるように魔力を流してみた。
両端が少しずつ縮まり、その分だけ中央が盛り上がっていく。
さらに、そこだけを下から押し上げるように力を加える。
出来上がったのは、細長い円錐形の山だった。
高さは指2本ほど。
壁というには、あまりにも低い。
だが――。
「……さっきより全然楽だな」
一度崩してから、同じ手順でもう一度作ってみる。
また似た形ができた。
さらに3回、4回と繰り返すうちに、必要以上に力を込めなくても粘土が動くようになってきた。形も少しずつ安定し、最初より少ない魔力で同じ高さまで盛り上げられる。
「これなら……地面でも使えるか?」
例えば、走ってくる敵の足元だけを急に盛り上げる。
それだけでも転ばせたり、体勢を崩したりできるかもしれない。
細長く盛り上げれば、相手の進む方向を限定することもできる。
ジュドーのロックウォールみたいな立派な石壁じゃなくても、実戦で使える場面はいくらでもありそうだ。
「もう1回」
今度は、できるだけ力まない。
周囲全部を動かそうとせず、必要な場所だけへ魔力を流す。
すると――。
「……お?」
粘土が、これまでで一番滑らかに動いた。
さっきまでのように、力任せに押している感じがない。
少ない魔力でも、自分の意図した方向へ素直についてくる。
もう一度やってみる。
同じだ。
多少形は違うが、ほぼ同じ操作を、ほぼ同じ感覚で再現できた。
「……これはもしかして」
今までとは明らかに手応えが違う。
スキル欄を確認すると――。
土魔法 0
「……やっと出た」
思わず笑ってしまった。
別に、これでいきなり岩を飛ばせるようになったわけじゃない。
今の俺にできるのは、土に近い素材を狙った方向へ少し動かし、簡単な形を何度か再現する程度だろう。
それでも、今まではスキルとして認識されるところにすら届いていなかった。
ようやくスタート地点に立てたということだ。
俺は机の上にできた、小さな土塁もどきを眺める。
「壁にこだわる必要はない、か」
完成形を一気に作ろうとするんじゃない。
自分が扱える単純な動きを見つけて、それを組み合わせればいい。
考えてみれば、鍛冶も魔道具作りも同じだ。
最初から完成品ができるわけじゃない。
できることを1つずつ積み上げ、その組み合わせで目的の物を作る。
「よし。明日は実際の土でも試してみよう」
まだまだ弱い魔法だ。
それでも、戦い方の選択肢が1つ増えた。
今日のところは、それで十分だろう。
……というか、いい加減寝ないと本当にまずい。
さすがに土魔法を覚えた代わりに、明日の授業中ずっと寝てました、では本末転倒だ。
俺は蜜蝋粘土をアイテムボックスへ戻し、ようやく寝る準備を始めた。




