第3章 Act.6 試験対策は取捨選択
翌日、鎧作りも進めたいところだが、学校の方にも放っておけない問題があった。
シルヴィの成績だ。
そんなわけで、授業を終えた俺とココラ、それにシルヴィの3人は、校舎2階の端にある学習室へ集まっていた。
4人掛けの机が3つに、黒板と本棚。
本当は俺の家で勉強する予定だったのだが、その話を聞いたミゲル先生が、
『だったら、放課後に学習室を使っても良いぞ』
と貸してくれた。
卒業前になると、毎年数人は成績が危なくなり、友達同士で勉強会を開くのも珍しくないらしい。
学校の本も使えるし、分からないことがあれば残っている先生にも聞ける。
工房でやるより、ずっと都合がいい。
「3人でやれば、勉強も少し楽しくなりそうだね」
ココラがシルヴィに笑いかけた。
「ああ! よろしくな!」
シルヴィも嬉しそうに答える。
……勉強が苦手なわりには、随分楽しそうだな。
「さて」
3人で1つの机を囲み、俺はノートを開いた。
「まず、シルヴィがどこまで危ないのか確認しよう」
「言い方!」
シルヴィが机を叩く。
「もっとこう……苦手なところを確認するとか言えないのか?」
「平均4以下だと卒業できないんだろ?」
「それはそうだけど!」
「だったら危ないで合ってるだろ」
「レオはもうちょっと人の気持ちを考えろ!」
隣のココラが苦笑する。
「まあまあ。まず今の成績が分からないと、何を勉強するか決められないよ」
「ココラまで……」
シルヴィが肩を落とした。
からかうために集まったわけじゃない。
まずは現状を知らないと始まらない。
「じゃあ、今の成績教えて」
「…………」
「シルヴィ?」
「……嫌だ」
即答だった。
「なんでだよ」
「恥ずかしいからに決まってるだろ!」
いや、勉強を教えてくれと言ったのはそっちなんだが。
「教えてもらわないと始まらないぞ」
「だったら、レオとココラも教えてよ」
「俺たちも?」
「そうだ!」
シルヴィが勢いよく俺を指差した。
「私だけ成績さらすのは不公平だろ。2人が教えるなら私も教える」
俺がココラを見る。
「私はいいよ」
「俺も別にいいけど」
「よし。じゃあ決まり!」
なぜかシルヴィが勝ち誇った。
……たぶん、その条件を出さない方が幸せだったと思うぞ。
俺は言わなかった。
3人それぞれ、紙に6教科の成績を書いていく。
成績は10段階で6、7取れていれば普通レベルだ。
書き終えたところで、机の真ん中へ並べた。
まず俺。
国語――8。
算術――10。
歴史――9。
修辞学――8。
神学――7。
魔法学――9。
「……は?」
シルヴィの動きが止まった。
次にココラ。
国語――10。
算術――9。
歴史――8。
修辞学――8。
神学――9。
魔法学――9。
「…………」
今度は完全に黙った。
「2人とも成績いいとは聞いてたけどさ……」
俺とココラの紙を交互に見る。
「ここまでとは聞いてないんだけど?」
「聞かれてないし」
「そういう問題じゃない!」
シルヴィが頭を抱えた。
「レオ、算術10ってなんだよ!」
「でもシルヴィも算術得意なんだろ?」
「今そこ褒められても嬉しくない!」
今度はココラの紙を見る。
「国語10……神学9……魔法学9……」
「得意なだけだよ」
「その得意で10取れるなら苦労しないだろ!」
ちなみに10というのは、今学期のテストで常に満点じゃないと貰えない評価だ。一問でも間違ったら9になる。
しばらく2人分の紙を眺めたあと、シルヴィが自分の紙をそっと伏せた。
「……やっぱり私のは見せなくていい?」
「駄目」
「まだ間に合う」
「間に合わないよ」
「ココラまで!」
観念したらしい。
シルヴィは渋々、自分の紙を机の中央へ押し出した。
国語――6。
算術――8。
歴史――4。
修辞学――3。
神学――2。
魔法学――1。
「…………」
今度は俺とココラが黙った。
「なんか言えよ!」
「いや……思ったより偏ってるな」
国語6、算術8は問題ない。
だが、そこから先が一気に落ちる。
そして――
「魔法学、1?」
「そこ読むな!」
シルヴィが勢いよく紙を取り返そうとする。
俺は先に押さえた。
「いや、ここ一番大事だろ」
「数字にして声に出すなよ! 改めて聞くと余計ひどく感じるだろ!」
「うん……これはちょっとひどいかも」
「ココラまで!?」
ココラは笑いながら、もう1度シルヴィの成績を確認した。
「合計24。平均4だね」
その瞬間。
シルヴィの尻尾が、すとんと床近くまで落ちた。
この学校では、座学6教科の平均が4以下なら留年。
つまり、今のままでは卒業できない。
「本当にぎりぎりなんだな」
「だから勉強会やろうって言ったんだろ……」
さっきまでの勢いが嘘みたいに、シルヴィが机へ突っ伏した。
「2人の成績なんか聞くんじゃなかった……」
「自分から言い出したんじゃん」
「うるさい、レオ」
まあ、落ち込んでいても仕方ない。
俺は3人分の紙を並べ直した。
「じゃあ、方針を決めよう」
「方針?」
シルヴィが顔だけ上げる。
「シルヴィの目標は、頭がよくなることじゃない」
「だから言い方!」
「卒業することだ」
「……それなら合ってる」
「だから全部の教科を同じだけ勉強するのはやめる」
「?」
「1時間勉強した時に、どこが一番点数につながるか。それを考える」
前世で高校に通っていた頃、学習塾で教わった試験対策だ。全部を完璧にするより、取れるところを確実に取る。
そして、時間ばかりかかるところは――。
俺はシルヴィの成績表を指差した。
「魔法学は捨てよう」
「えっ」
シルヴィが勢いよく顔を上げた。
「捨てていいのか!?」
さっきまで死にそうだった目が、一瞬で輝く。
「そんな嬉しそうにするなよ」
「だって一番嫌いなんだぞ!」
「だろうな」
魔法学は1。
ここから短期間で大きく伸ばそうとすれば、基礎からかなりやり直す必要がある。
だったら、その時間を他へ使った方がいい。
「国語6と算術8は維持。歴史は5、修辞学も5、神学も5。魔法学は1のまま」
俺は紙へ数字を書き足した。
合計30。
平均5。
「ここまで取れれば余裕ができる。多少失敗しても、留年にはならない」
「おお……」
シルヴィが感心したように紙を見る。
「魔法学1のままなのに卒業できる」
「そこに感動するなよ」
ココラが苦笑する。
「でも神学を2から5って、結構上げないと駄目だよ?」
「だから全部やるんじゃなくて、よく出るところから覚える」
俺はココラを見る。
「神学で毎年よく出るのって?」
「主要な神々、葬儀、アンデッドの基礎知識、宗教上の禁忌、それと教会の役割かな。この辺は先生も何度もやってるよ」
「じゃあ、まずそこ」
「そんな決め方でいいのか?」
「いいんだよ。卒業試験で神学者になるわけじゃないんだから」
「なるほど!」
シルヴィが勢いよく頷く。
こういう話は理解が早いな。
「修辞学も同じ。よく出る報告の型とか、点になりやすいところを先に覚える」
「歴史は?」
「重要な出来事と、それで何が変わったか。細かいところは後回し」
「なんか……急にできそうな気がしてきた」
シルヴィの尻尾が少しずつ持ち上がってくる。
どうやら「勉強する」と考えるより、「必要な点だけ取りにいく」と考えた方で気が楽になったようだ。
「それと、教科書を最初から何度も読むだけなのもやめよう」
「じゃあ何するんだ?」
「まず俺のノートを10分くらい読んでもらう」
俺はノートを開いた。
「そのあと本とノートを閉じて、何が書いてあったかを思い出してもらうんだ。覚えてなかったところだけ読み直して、また同じことを繰り返す」
「それで覚えられるのか?」
「少なくとも、どこを覚えてないのかは分かるだろ? そこを重点的にやればいい」
シルヴィは少し考えたあと、力強く頷いた。
「よし。それならやれそうだ」
「じゃあ始めようか」
目標は満点じゃない。必要な点を取って、卒業する。
そのための勉強会が始まった。
◇
1時間後。
「よし、一旦休憩するか」
「うん、そうだね」
「う、うん……頭がすっごく疲れた」
シルヴィが机へ突っ伏した。
最初にやったのは、俺の得意な歴史だ。
教えた通りの方法で4回ほど繰り返したが、シルヴィはノートを閉じるたびに「うーん……」と頭を抱えていた。
それでも、最初は答えられなかったところも、最後には少しずつ思い出せるようになってきた。
覚えたことがどれだけ残るかは、次の勉強会でも確認するつもりだ。
「私も歴史はレオンのノートにお世話になってるんだよ」
ココラが俺のノートをめくりながら言った。
「すっごく分かりやすくまとめてあるから、試験前によく読ませてもらってるの」
「うん。めちゃくちゃ分かりやすかった!」
シルヴィも勢いよく顔を上げる。
「このノート欲しいくらいだ!」
「それは困る。俺が勉強できなくなる」
「じゃあ、もう1冊書いてくれ」
「何時間かかると思ってんだよ」
コピー機があれば話は早いんだけどな。
紙に書かれた文字を、そのまま別の紙へ写す魔道具。
いやもっと簡単にカーボン用紙とか?……いつか作れないだろうか。
いや、今考えることじゃないな。
「まあ、歴史は得意な方だからな。それより――」
俺は椅子の横へ手を伸ばした。
「簡単なオヤツを作ってきたんだけど、食べないか?」
「え、ほんと!?」
ココラの耳がぴんと立つ。
「やった! レオ、何作ったんだ?」
シルヴィまで一瞬で元気になる。
俺はアイテムボックスから包みを取り出した。
中に入っているのは、一口大に切っておいたフレンチトースト。
アイテムボックスの中でも時間は普通に流れるので、朝作ったものはすっかり冷めている。
まあ、冷めても食べられるが――。
「ちょっと待ってろ」
皿にフレンチトーストを置いて、弱い火魔法で表面を軽く温める。
焦がさないように加減しながら少しずつ熱を入れていくと、卵と焼いたパンの甘い匂いがふわりと広がった。
「おー、うまそう!」
「本当においしそう」
ココラが1つ摘まもうとして――ふと止まる。
「でも、フレンチって何?」
「あ」
しまった。
つい前世の名前をそのまま使ってしまった。
「えーっと……昔どっかで聞いた名前だった気がする」
「だった気がする?」
「俺もよく知らん」
とりあえず誤魔化しておこう。
嘘ではない。
少なくとも、俺がいた世界ではそういう名前で呼ばれていた。
「へえ。よくそんな名前知ってたね」
「まあ、たまたま覚えてたんだろ」
「ふーん。それじゃ、いただきます」
「私も。いただきまーす!」
ココラが一口。
少し遅れてシルヴィも口へ放り込む。
「んっ」
ココラの耳がふわりと持ち上がった。
「おいしい。外は焼けてるのに、中は柔らかいね」
「うまっ!」
シルヴィは一口食べ終えるなり、すぐに2つ目へ手を伸ばした。
「これ、本当にレオが作ったのか?」
「本当にってなんだよ」
「いや、鍛冶とか魔道具とかなら分かるけど」
「料理も普通にするぞ」
「へえー、ますます良い」
なんだ、ますますとは?
「卵と乳を混ぜたものにパンを浸して、焼いただけだけどな」
「それでこんな感じになるんだ」
ココラが断面を眺めながら、もう一口食べる。
「蜂蜜を少しかけてもおいしそう」
「それ絶対うまいやつだな」
「次はそれにしよう!」
「お前、次も菓子が出る前提で話してないか?」
「勉強会なんだから、楽しみの1つくらい必要だろ?」
「さっきまで死にそうな顔してた奴がよく言うよ」
「へへっ。それに、3人でやった方が楽しいじゃん」
「まあ、それはそうだな」
「レオもそう思う?」
「ああ。お前がいると退屈しないしな」
「……そっか!」
シルヴィが嬉しそうに笑う。
すると、ココラがシルヴィとちらりと目を合わせ、小さく笑った。
……まあ、勉強する気になってくれるなら何よりだ。
俺たちは10分ほど休み、残ったフレンチトーストを食べ終えた。
「さて」
最後の1つを口へ入れたココラが、ぱん、と軽く手を払う。
そして机の上へ分厚い教本を置いた。
「休憩終わり。次は神学ね」
「…………」
シルヴィの動きが止まった……。




