第3章 Act.5 新しい革鎧の性能
翌日の放課後。
ココラと一緒に校門を出ると、道の向こうに見慣れた男が立っていた。
「よう、お疲れさん」
「バンさん、お待たせしました」
「別に待っちゃいねえよ。さっき来たとこだ」
バンさんが軽く手を上げる。
今朝、学校へ行く前にバンさんの宿へ寄り、放課後に合流したいと伝えておいたのだ。
「それで、例の鎧ができたんだろ?」
「ええ、一応俺の分だけですけどね」
「レオン、昨日はまだ最後の調整って言ってなかった?」
「昨日の夜に終わった」
「……何時までやってたの?」
「そんな遅くないって」
ココラがじっと俺を見る。
こういう時の目は、下手な言い訳をすると面倒なことになる目だ。
「本当に?」
「本当に」
実はちょっとだけ睡眠時間を削った。中途半端な状態で終わらせると、気になって寝られないからしょうがなかったのだ。
「ならいいけど……」
若干疑わしい目を向けられるが、気づかないふりに徹する。
横を見ると、バンさんが妙に楽しそうな顔をしている。
「何ですか」
「いや。嬢ちゃん相手だと、お前も弱えなと思ってな」
「ココラにだけ弱いなら、問題ないですよ」
「……まあ、お前がいいならいいけどよ」
たぶん惚れた弱みというやつだ。
そんな話をしながら、三人で俺の家へ向かった。
今日の目的は、完成した俺のレザーアーマーを見てもらうこと。
その出来を確かめた上で、次に作るバンさんとココラの鎧の設計も調整する予定だ。
できれば来月の野外実習までに三人分作りたい。
それを考えると、そろそろ残り二着にも取りかからないといけない時期だ。
◇
工房へ入ると、いつもの熱気と鉄の匂いが迎えてくれた。
奥ではオヤジが金床へ向かい、ゴーア兄は革紐を切り揃えている。
その横で――
「遅いぞ、兄ちゃん!」
アンビーが両手を腰へ当てて待っていた。
「なんでお前が一番偉そうなんだよ」
「だって完成したの俺のおかげだろ」
「部品を種類ごとに分けただけだろが」
「いっぱい分けた!」
「まぁ、それは助かったけど」
実際、細かい部品の整理は地味に面倒なのだ。
だが、それだけで製作したと言い張るのはいかがなものか?
「アンビー君、こんにちは」
「ココラ姉ちゃん、こんにちは!」
「よう、坊主」
「バンのおっちゃんもこんにちは!」
「おっちゃん……」
三十六歳を九歳から見れば、おっちゃんなのかもしれない。
俺は触れないことにした。
「それより、こっち」
工房の奥へ二人を連れていく。
作業台の上には、昨日完成したばかりの鎧が置かれていた。
設計は俺が考えたが、革の加工や細かな仕上げにはゴーア兄にも手伝ってもらった。
まだ一人では難しい作業も多い。今回もずいぶん助けられた。
グレーとダークグレーを基調にしたレザーアーマー。
胸から腹までを覆う胴。
肩には短い革を三枚重ね、前腕、腰、太腿の前と外側、膝、脛までを必要な範囲だけ守る形にしてある。
以前使っていた簡易防具より、ずっと鎧らしい。
「へえ、かっこいいじゃねーか」
バンさんが胸当てを指先で押しながら言った。
「あと、思ってたより柔らけえな」
「そこがポリーリザードの革の特徴です」
「硬く固めてねえのか?」
「固めすぎると、この革を使う意味が薄くなるんですよ」
バンさんはもう一度革を押し、それから俺を見る。
「とりあえず着てみてくれ」
「はい」
説明するより、実際に見てもらった方が早い。
俺は鎧を持って奥へ引っ込み、手早く身につけた。
胴、肩、前腕、腰、膝、脛。
最後にベルトを締めて戻る。
「おおー」
アンビーが声を上げた。
「兄ちゃん、ちょっと強そう」
「ちょっと?」
「前よりは」
「前から強いわ」
「前の鎧、胸と膝しか守ってなかったじゃん」
「簡易防具だったんだよ!」
実際には前腕もあったが、言いたいことは分かる。
俺は肩を軽く回し、両腕を頭の上まで上げてみせた。
三枚重ねの肩当てが少しずつずれ、腕の動きについてくる。
そのまま身体を捻り、片脚を大きく踏み出してからしゃがむ。腰や太腿の革板も邪魔にならない。
鎧の重さは五キロほど。一般的な革鎧と大きくは変わらない。
今回は重量そのものより、着た時の負担を減らすことに力を入れた。
胸当てを身体に沿わせ、重さが肩だけに集中しないよう腰のベルトにも分散させている。
歩くたびに装甲がずれたり、身体へぶつかったりするのも避けたかった。
同じ五キロでも、着心地が悪ければ長く動き続けるのはつらい。その辺りは、何度も着て動きながら調整した。
「いいじゃねえか。ずいぶん動きやすそうだな」
バンさんが感心したように言った。
「ええ。そこはかなり気を使いました」
「ただ、柔らかい革は槍や牙で突かれるのが怖えな」
「そこも考えてあります」
俺は胸当てを指で軽く叩いた。
コン。
革とは違う、硬い音が返ってくる。
「必要なところには薄い金属板を入れてます」
「なるほどな」
バンさんが頷く。
ココラも近づいてきて、胸当ての硬い部分にそっと触れた。
「胸とか肩、前腕、膝、脛ですね。金属板は少量のミスリルを加えた鋼にしてます」
少量のミスリルを混ぜたところで、金属の重さが大きく変わるわけではない。
狙ったのは、錆びにくさと粘りの向上だ。
その話を聞いていたアンビーが、横から顔を出した。
「全部ミスリルにすればもっと軽くて強いんじゃない?」
「金を出してくれるならな」
「いくら?」
「お前のお小遣いじゃ何年貯めても無理」
「じゃあ父ちゃん」
「ワシを見るな」
工房の奥から即答が飛んできた。
「ケチ」
「工房潰す気か!」
ゴーア兄が呆れたように笑う。
まあ、純ミスリルを三人分なんて冗談じゃない。
使える量を、必要なところへ。
それで十分だ。
もう一つ気を使ったのが、水への対策だ。
普通の革鎧は、長く雨に打たれると水を吸って重くなる。だいたい四割程度の重量増加となってしまう。
その点、ポリーリザードの革は水に強い。
試しに普通の革と同じ条件で濡らして比べたところ、吸い込んだ水の量は半分ほどだった。
裏当てや革紐にも、できるだけ水を吸いにくい素材を選んである。
肩当ての三枚の革板も、雨水が下へ流れ落ちるよう、重ね方を少し工夫した。
完全防水ではないが、雨の中で増える重さを少しでも抑えられれば、それで十分だ。
「いい感じだな。じゃあ、剣を振っても邪魔にならねえか?」
バンさんに言われ、工房の空いた場所へ移動した。
周囲に人がいないことを確かめてから、腰の片手剣を抜く。
横薙ぎ。
切り上げ。
振り下ろし。
一歩踏み込み、身体を大きく捻る。
以前の簡易防具より守る範囲は広がったが、動きの感覚はほとんど変わらない。
歩いたり身体を捻ったりしても、胸当てが大きくずれることはない。
ただ、長時間着て汗をかいた時の蒸れまでは、今の試着だけでは分からない。
裏当てを減らしすぎれば、今度は衝撃を受けた時に困る。
そこは実際に使いながら、調整していくしかないだろう。
「……かなり静かだな」
バンさんが先にそこへ気づいた。
「そうですね……」
ココラも耳を小刻みに動かしながら確認している。
「革が擦れる音はするが、金具の音がほとんどしねえ」
三人の鎧で共通して重視しているのが、静音性だ。
金属同士が直接ぶつからないよう革を挟み、ベルトの余りは固定。腰の小物入れも、走った時に揺れないよう身体へ寄せている。
斥候のバンさんはもちろん、俺とココラだって森やダンジョンで自分から音を立てる理由はない。
肩当てや膝当ては、傷んだ部分だけ交換できるようにしてある。
部品を増やしすぎると重さや騒音の原因になるため、その辺りはゴーア兄と相談しながら調整した。
「それは助かるな。装備は使ってりゃ必ず傷むからよ」
バンさんが納得したように頷いた。
「オレのも、この静かさは絶対残してくれ」
「むしろバンさん用は最優先です」
「頼む。ただ、守る範囲はお前より少し増やしたい」
「なるほど、具体的にはどの辺ですか?」
作業台に置いてあったバンさん用の設計図を広げる。
「胴はレオンのより広め。肩は今の三枚重ねを少しだけ大きくして、前腕もしっかり守る感じがいいな」
俺は言われたところを設計図に書き足していく。
「ただし肩は長くしすぎないでくれ、槍を突く時に邪魔になる」
バンさんは槍を構えるように腕を前へ突き出し、肩を動かしてみせた。
「ああ、ここが引っかかると困りますね。突いた時に邪魔にならない長さにしておきます」
「腰回りは?」
「スッキリさせて欲しい。短剣も手斧も道具も付けるからな。脚は外側と膝、脛くらいでいい」
「色は暗い灰色で?」
「森で目立たなきゃ何でもいい」
これで大体決まった。
俺より守る範囲は広くするが、関節や腰回りは動きやすく空けておく。
斥候としての軽さと静かさを残しながら、必要なら前にも立てる鎧だ。
「じゃあ次、ココラ」
「うん」
こちらは逆方向になる。
「私は、レオンよりもっと軽くていいかな。胸はちゃんと守りたいけど、肩とか腰はなるべく動きやすくしたい」
「俺もそのつもり。肩は一枚だけにして、胸と首元を中心に守る感じかな」
「それがいい」
ココラが両腕を真上へ伸ばす。
それから短杖を振るように右腕を動かし、左腕は小型円盾を構える位置へ持っていった。
魔法を使う時だけでなく、杖や盾を扱う動きも邪魔しないようにする必要がある。
「あと、雨に濡れても重くなりにくいのは嬉しいな」
「そうだな。ただ、鎧の形が違えば、水の入り方も変わるからな。そこは作ってから試してみないと。できたら一緒に確認したい」
「うん、わかった」
後衛のココラに、俺やバンさんと同じ防御範囲は必要ない。
胸などの急所は守りつつ、腰や脚は必要な範囲に絞り、軽さを優先する。
「あと、私のはもう少し明るい色にできる?」
「ライトグレーくらい?」
「うん。でもベルトとかは濃い灰色がいいな」
「了解」
性能も大事だが、本人が気に入って使えることも大事だ。
「兄ちゃん」
「今度はなんだ」
アンビーが作業台の端に残った革を指差していた。
「俺のも欲しい!」
「それは無理だ」
「なんで!? まだたくさん革余ってんじゃん!」
「あれは補修用と売る用だ」
「ええ、売っちゃうの!?」
「この鎧いくらすると思ってんだ。あれ売らないと赤字だぞ」
「差別だ!」
「何の差別だよ、元々この素材は俺たち三人の報酬だぞ?」
ぐぬぬ、という感じで睨まれても困るんだが。
「じゃあアンビー君、端材で何か作ってみたら?」
ココラが助け舟を出す。
「おー、じゃあリストガード欲しい。兄ちゃん作るの手伝ってよ!」
「まあ、それくらいならいいか……」
それで納得するなら安いものだ。
これで、次に作る二着の方向性は決まった。
バンさんは、静かで動きやすく、それでも前へ出られる鎧。
ココラは、魔法の邪魔をしない軽い鎧。
同じ素材でも、使う人によって求められる性能が違えば、鎧の形も変わってくる。
「じゃあ、これで決まりですね」
「オレはそれでいい」
「私も」
二人が頷く。
来月の野外実習までに、きっちり仕上げよう。




