第1章 Act.6 自慢のキャンプ道具はいかがですか?
それから1時間ほど、俺たちは森の中を歩いた。
バンさんに教わった通り、周囲と帰り道を確認しながら進む。
最初は何とかなると思っていたが、やってみると思った以上に難しい。
足元を見れば周囲への注意が薄れ、周囲を見れば今度は足元がおろそかになる。
見て、聞いて、覚えて、歩く。
やることが多すぎる。
「あ」
また乾いた小枝を踏んでしまった。
前を歩いていたバンさんが振り返る。
「ははは、なかなか難しいだろう?」
「思ったよりずっと難しいです。見てるつもりでも、全然見えてないですね」
「それが分かっただけでも上出来だ」
バンさんはそう言って、今度は最後尾のココラを見る。
俺も振り返った。
最初はココラも何度か小枝を踏んでいたが、今では足を置く場所を選ぶのが俺より明らかに早い。
周囲の音にも耳を傾けながら、慎重に歩いている。
「しかしココラはすごいな。良いセンスだ」
「ありがとうございます。でも、これ、精神的にかなり疲れます」
ココラが少し困ったように笑った。
「そうだな。そろそろ一旦休憩にするか」
バンさんは少し開けた場所で足を止めた。
大きな倒木が1本あり、その横に平らな地面がある。足元は比較的乾いていて、正面の見通しも悪くない。
「レオン。ここならどうだ?」
俺は周囲を見回す。
「足元は乾いてる。正面も見えるし、何か来ても左右に抜けられそうです」
「そうだ。それに倒木を背にできる。短い休憩なら悪くない」
「なるほどなぁ……」
俺は倒木の近くに腰を下ろした。
足がじんわり重い。
「あー、まじで本格的な森歩きがこんなに大変だとは思わなかった。しょぼくても道があるだけで、かなり楽になるんですね」
前世なら、道があることなんて意識もしなかった。
「本当にそう。道って大切だね」
ココラも同意する。
町から森の入口付近までは、細いとはいえ人が通る道があった。そこを歩いていた時は、足元をそこまで気にしなくてもよかった。
だが、道を外れた途端に世界が変わる。
枝、落ち葉、ぬかるみ、石、根っこ、斜面。
全部が歩く邪魔をしてくる。
「目的の場所まで、都合よく道が続いてるとは限らねえからな」
バンさんは腰の水筒から一口飲んだ。
「冒険者をやるなら、道のない場所を歩く技術は必須だな」
そう言うと、バンさんは荷物から小さな袋を取り出した。
中には乾いた草の束、細かく裂いた木の皮、火打ち石、火打ち金が入っている。
「休憩ついでだ。火を起こしてみろ。レオン、ココラ。2人でやってみな」
「火魔法は禁止ですよね?」
俺が一応聞くと、バンさんはにやりと笑った。
「当然だ。魔力が切れたら火も起こせません、なんて奴は森に入るな」
「ですよねー」
火起こしは学校でも散々やらされた。
この世界の学校では、読み書きや計算だけでなく、火起こしや簡単な野営、応急処置なんかも教わる。
卒業後に役場や商会、工房、領兵、冒険者などで働くことまで見越した、前世よりずっと実務寄りの学校なのだ。
俺は倒木から少し離れた場所の落ち葉を広めに払い、火を焚く場所を作った。
ココラは立ち枯れた細い枝を選んで集めてくる。湿った枝は避け、折った時に軽い音がするものだけを選んでいた。
俺は裂いた木の皮と乾いた草をまとめ、風の向きを見て手で軽く覆う。
カッ、カッ。
火打ち石と火打ち金を打つ。
3度目で火花が乾いた草に落ち、小さな赤い火種が生まれた。
強く吹きすぎないよう、ゆっくり息を送る。
煙が細く上がり、赤い火種がじわじわと広がっていく。
そこへココラが細い枝を重ねる。
やがて火が移り、ぱちぱちと小さな音を立て始めた。
「よし。良い手際だ」
バンさんが頷いた。
「枝を乗せすぎるなよ。火は大きくすりゃいいってもんじゃねえ。煙が出れば場所がばれるし、火の粉が飛べば森を焼く。休憩用なら、そのくらいで十分だ」
「了解。それとですね、バンさんに見てほしい物があるんですよ」
俺は荷袋から自作の調理器具を取り出した。
「お、それ、朝に荷物を確認した時から気になってたやつだな。どうやって使うんだ?」
「冒険者になる準備として作った、野営用の調理器具一式です。金属製のマグカップ、折りたたみ式五徳、組み立て式トライポッドの3点セット。トライポッドには、高さを変えられる吊り下げ用チェーンもつけてあります」
「レオン……そのカップ、前に火へかけたら穴が開かなかった?」
ココラが少し不安そうに聞いてくる。
「あ、あれは失敗作だから。今回は実験も済ませてあるし、大丈夫!」
そう言って、2人の前で組み立てる。
「おお、すげえな。五徳の脚は折りたたみか。器用なもんだ。ただ、これじゃすぐに錆びてぼろぼろにならねえか?」
「これはミスリル粉をほんの少し混ぜた耐錆鋼で作ってあるから、普通の鉄よりかなり錆びにくいんですよ」
ミスリル粉を少量混ぜることで、普通の鉄より錆びにくくなり、粘りと耐久性も増している。
表面も黒焼きして油を塗ってある。
完全に錆びないわけではないが、雨や湿気の多い野営でも普通の鉄よりは扱いやすい。
「ミスリルを調理器具に使ったのかよ。お前、それ、上の方の冒険者が使うような道具だろ。いくらかかったんだ?」
バンさんに呆れ半分で聞かれてしまった。
「ミスリル以外は、オヤジに使っていいと言われた工房の廃材です。加工もほとんど自分でやったので、実際に払ったのはミスリル粉くらいですね。小さじ1杯ほどで3000コルくらい……。それでも、オヤジに少し負けてもらったんですけど」
「はあ。普通、ミスリルを使うなら武器と防具へ優先的に回すもんだがなぁ。どれ」
バンさんは折りたたみ式五徳を手に取り、脚の関節を動かす。
続いてトライポッドの継ぎ目も確かめながら、実際に組み立てた。
「なるほど、確かに良さそうだな。オレはできるだけ身軽にしたいから、三脚そのものはその辺の枝で作るが、ちょうどいい枝が見つからねえ時もあるからなぁ」
バンさんは五徳を地面に置き、安定を確かめるように軽く押した。
「この五徳は、ちょっとした休憩にも便利そうだな」
「はい。小さい火で湯を沸かしたり、硬いパンをふやかしたり、香草茶を作ったりするくらいなら、これで十分かなと」
「悪くねえ。むしろかなり実用的だ。派手な道具じゃねえが、こういうのは地味に効く。火を大きくせずに湯を沸かせるってのは、森じゃ大事だ」
少なくとも、バンさんの反応を見る限り、道具としては悪くなさそうだ。
それなりに手間をかけたから、少し安心した。
俺は試しに五徳の上へマグカップを置き、水を注いだ。
火は小さいままだが、しばらくすると底から細かい泡が立ち始める。
ココラが感心したように覗き込む。
「本当に小さい火で沸かせるんだね」
「まあ、1杯分くらいならすぐだな」
その後は順番に湯を沸かし、3人分の香草茶を作った。
干し肉の薄切りも、火のそばで軽く炙る。
バンさんは香草茶を一口すすり、軽く頷いた。
「味は普通だが、森の中で温かいもんが飲めるのは良い。レオン、これは持ってて損はねえ」
「普通って言いました?」
「褒めてるんだよ。冒険者道具は、うまいより、壊れない、使いやすい、手早いの方が大事だ」
なるほど。
味の評価はともかく、道具としては合格らしい。
温かい香草茶を飲みながら、しばらく3人で休む。
さっきまでずっと周囲に神経を使っていたせいか、火のそばに座っただけで一気に力が抜けた。
ココラも自分のカップを両手で持ち、ほっとしたように息をついている。
そんな緩んだ空気の中、バンさんの目だけが、ふっと森の奥へ動いた。
――パキッ。
森の奥から、小枝が折れる乾いた音が聞こえてきた。




