第2章 間話2 シルヴィの家族会議
「シルヴィ。ちょっといいかい?」
夕食が終わったところで、母ちゃんに呼び止められた。
嫌な予感がする。
こういう時の母ちゃんは、大体ろくでもない話を持ってくる。
店番の押し付けか、倉庫の力仕事か、勉強の説教か。
……できれば、どれも勘弁してほしい。
「何?」
「ちょっと座りな」
「ここじゃ駄目なのか?」
「いいから座りなって」
仕方なく食堂の椅子へ戻る。
父ちゃんもいる。しかも、妙に静かだ。
……ますます怪しい。
商会の大事な取引先との会食に付き合えとか、卒業後どうするんだとか、そんな話かもしれない。
卒業までは、まだ少しある。
私は一応、家業を手伝える。文字も読めるし、計算もできる。仕入れ値と売値を見れば、どれくらい利益が残るかくらいは分かる。
ただ、うちのウルフスター商会は兄ちゃんが継ぐ予定になっている。
姉ちゃんにも結婚予定の相手がいるし、二人とも将来のことは大体決まっている。
その点、私は結構自由だ。
商会に残って働いても問題ないだろうけど、ずっと兄ちゃんの下で働くとなると、ちょっと肩身が狭そうだ。
別に、仲が悪いわけじゃないんだけどな。
ただ、一日中帳簿と荷物を相手にする生活は、あまり向いていないと思う。
母ちゃんみたいに傭兵になるか、冒険者になるか。そっちの方がいいとは思っているんだけど……。
「実はね」
母ちゃんが口を開いた。
「お前に縁談の話が来てるんだよ」
よりによって、一番嫌な話が来た!
「断って!」
「早いわね!」
「知らない男と結婚するくらいなら、家の手伝いをしてた方がまだマシだ」
父ちゃんが苦笑した。
「まあまあ。別に今すぐ結婚しろって話じゃないんだよ。向こうにも同じくらいの年の息子さんがいてね。一度会わせてみないかって程度の話さ」
「誰?」
「南通りの穀物商の息子さんだよ」
「ああ」
知ってる。うちとも取引がある商会だ。
確か息子も学校にいるはずだが、顔は思い出せない。ということは、多分ほとんど話したこともない。
「嫌だ」
「どうしてそんなに嫌なんだい?」
「知らない奴だから」
「会って話せば、少しは分かるだろ?」
「それは面倒」
母ちゃんが大きくため息をついた。
「まったく……。せめてもう少し考えなさいよ」
「考えた」
「三秒で?」
「知らない男と結婚するより、傭兵になった方が面白そうだ」
「比較するものがおかしいでしょ!」
そうか?
私としては、かなり分かりやすい。
知らない男と、商会の仕事。
町の外。魔物。依頼。知らない場所。
……うん。
後者の方が絶対楽しそう!
私は少し身を乗り出した。
「卒業したら、しばらく町の外に出たいんだよ」
「正直、あまり勧めたくはないけどね。……それで、ずっと一人で旅をするつもりかい?」
「いや。できれば誰かと組みたい」
「相手は決まってるの?」
「まだ。でも、レオとココラがいいと思ってる」
父ちゃんが顔を上げた。
「レオン君かい?」
「うん。レオは卒業したら冒険者になるって言ってる。ココラも一緒だし、私も入れてもらえれば三人になる」
「なるほどね」
父ちゃんは納得したように頷いた。
だが、母ちゃんは少し違った。
「ねえ、シルヴィ」
「何?」
「お前、もしかしてレオン君との結婚を考えてるのかい?」
「……うん」
「……へえ?」
母ちゃんが目を丸くした。
父ちゃんまで、なんだか驚いている。
何だよ、二人とも。
まあ確かに、これまで結婚相手として考えたことのある男なんていなかった。
学校にも男はたくさんいるが、どうにもピンとこない。
でも、レオはちょっと違った。
強いし、話も合う……と思う。
最初は変人だと聞いていたし、実際、変なものばかり作っている。けれど、思っていたよりずっとまともだった。
それに、あの倉庫街での騒ぎのあと。
あれだけ迷惑をかけたのに、次の日レオはいつもどおりに声をかけてくれた。
……ああいうところも、嫌いじゃない。
それに、ココラもいい。
年下なのにしっかりしてるし、魔法も上手い。一緒にいて楽しいし、私が何かやらかした時も、ちゃんと言ってくれる。
二人とも冒険者志望なのも大きい。
母ちゃんみたいに、いろんな町や土地を見て回りたい私にとっては、かなり条件がいい。
「……ずいぶんあっさり決めたねぇ。今まで男の話なんて一度もしたことなかったのに」
「それはそうだけど」
何かおかしいのか?
「レオは面白いし、頭もいい。変なものばっかり作ってるけど、ちゃんと役に立つものにするだろ。それに、こっちが何か頼んだ時も、できるかどうかをちゃんと考えてくれるんだ」
「なるほどね」
父ちゃんが頷いた。
「商人としても悪くない見方だね」
「父ちゃん、そういうところすぐ商売につなげるよな」
「商人だからね」
まあ、私も人のことは言えないか。
私は水を一口飲んだ。
「でもね、シルヴィ」
母ちゃんが少し首を傾げた。
「それは一緒に冒険したいって話だろ? 結婚したいっていうのとは、ちょっと違うんじゃないのかい?」
「……そうなのか?」
「そこをあたしに聞いてどうするんだい」
母ちゃんが呆れたように笑う。
うーん。
確かに、一緒に冒険したいという気持ちはかなり強い。
でも、それだけかと言われると……。
「まだ、よく分かんない。でも、ずっと一緒にいてもいいなって思った男は、レオが初めてなんだ」
母ちゃんは一瞬黙った。
それから、小さく頷いた。
「……そうかい。それなら、もう少し考えてみてもいいかもしれないね」
「うん」
「ただし、レオン君にはココラちゃんがいるだろ?」
「うん」
そこが一番の問題だ。
レオとココラは、もう三年以上付き合っている。いくら私がレオを気に入っているからといって、そこへ割り込んでココラを追い出すつもりはない。
私自身、ココラとはこれからも仲良くしたい。
「だから、第二夫人になることを考えてる」
母ちゃんは私の顔をじっと見た。
「……そこまで考えてるのかい」
「まあ……」
正直、第一夫人か第二夫人かには、あまりこだわっていない。
でも、二番目だからといって、何でもいいわけでもない。
「ココラが第一夫人になるなら、それでいい。ただ、私もちゃんと妻として扱ってもらいたいし、いつも家にいるだけの生活はしたくない」
「レオン君と一緒に冒険者を続けたいのかい?」
「できれば……少なくとも、自分の仕事は持っていたい」
母ちゃんが腕を組んだ。
「ふうん。少しは考えてるみたいだね」
「少しって何だよ」
「まだ肝心なところが抜けてるからさ」
「肝心なところ?」
「ココラちゃんとレオン君は、その話を知ってるのかい?」
「……まだ話してない」
「はぁ、だろうねぇ」
母ちゃんが呆れた顔をする。
「いいかい。お前が第二夫人になりたいと思っても、相手がどう思うかは別の話だよ。それに、ココラちゃんの気持ちだってあるだろ?」
「そこは分かってる。ココラに嫌な思いをさせてまで結婚したいわけじゃないし」
そもそも、レオに断られる可能性だってある。
……それは、あまり考えたくないけど。
「だったら、まずはココラちゃんに相談しな。第二夫人の話をするなら、あの子にちゃんと了解をもらわないとね」
「……先にココラに?」
「そうだよ。嫌だと言われたら、そこで諦めること。もちろん、レオン君本人の気持ちも確かめなきゃいけないけどね」
「……分かった」
「それからね」
母ちゃんの声が少し真面目になった。
「冒険者の妻になるってことは、危険も一緒に引き受けるってことだよ。仕事へ出た相手が、必ず帰ってくるとは限らないんだからね」
「分かってる」
ダンジョンの事件で、レオが大怪我をしたことは知っている。
それに、あの倉庫街の騒ぎだ。
母ちゃんにあれだけ怒られたのも、今なら少し分かる。
……いや、あのゲンコツは痛すぎたけど。
「でも、私は外に出たいんだ。まずは卒業して、それから自分の力でやっていけるか確かめたい」
「そうかい」
母ちゃんが頷いた。
「それなら、しっかりやりな。あたしも教えられることは教えるからね」
「うん!」
父ちゃんが私を見た。
「僕はレオン君がどんな子なのか、もう少し話してみたいな」
「面白いぞ」
「それはシルヴィを見てれば分かるよ」
なんだそれ。
父ちゃんが笑う。
「それに、今度はちゃんとお礼もしたいしね。ネズミの罠は本当に助かったから」
「ああ。報酬の話もまだだもんな」
「そうだね」
母ちゃんも頷いた。
「まあ、レオン君がどんな子かは、あたしも気になってるよ。あの時はゆっくり話すどころじゃなかったからね」
「ああ、うん」
あの時は、私が散々怒られていたからな。
……できれば思い出したくない。
母ちゃんは椅子の背にもたれ、話を戻した。
「それじゃあ、最初の縁談は断っておくよ。それでいいんだね?」
「うん」
「分かった」
やっと終わった。
よかった。
「ただし」
……まだあった。
母ちゃんが人差し指を立てる。
「卒業後のことはちゃんと考えなさい。それと、卒業するには試験に受からなきゃいけないんだからね」
「……分かってる」
「実技はいいとして、座学の方は大丈夫なのかい?」
「…………」
まずい。
考えただけで頭が痛くなってくる。
「シルヴィ?」
「……頑張る」
「頑張るだけじゃ駄目だよ。ちゃんと卒業できるように勉強しな! もし卒業できなかったら、しばらくは家の仕事も手伝ってもらうからね」
「ええっ!?」
「ええっ、じゃない! 卒業もできないのに、旅に出る話ばかりしてどうするんだい!」
「……はい」
うぅ、反論できない。
父ちゃんが横で笑っている。
「まあ、今から少しずつやればいいんじゃないかな。分からないところは先生に聞いたり、友達と一緒に勉強したりね」
「うん……」
友達と一緒に勉強か。
そういえば、レオもココラも成績がいいんだった。
……頼めば、教えてくれるかな。
「とにかく、まずは座学の成績を何とかしな!」
「分かったよ、母ちゃん!」
はぁ……。
結婚の話をしていたはずなのに、どうして最後は勉強の話になるんだ?
……まあ、卒業できなかったら、どっちも始まらないんだけどな。
それはそれとして、まずは明日、ココラに話してみよう。
レオのことが気になっていることも、第二夫人になることを少し考えていることも。
もしココラが少しでも嫌そうな顔をしたら、その時はきっぱり諦める。
レオのことは気になるけど、ココラと仲が悪くなるのは嫌だからな。
現在、第3章までの執筆は一通り終わっていますが、一部修正したい箇所ができたため、第3章の第1話は3日後の10月5日(月)17時10分に投稿する予定です。




