第2章 間話 女の子から見たレオン
私の彼氏のレオンは、頭も顔も性格も、全部かなり高い水準でまとまった自慢の彼氏だ。
別に彼女だから贔屓しているわけじゃない。
たぶん。
実際、学校の女子の間でも人気がある。
特によく話題になるのが、あの綺麗な黒髪だ。
この辺りでは珍しいし、さらさらしていて艶もある。私も触るのが好きなので、その評価には全面的に同意する。
あとは顔がいいとか、剣も魔法も使えるとか、算術が得意だとか。
……こうして並べると、本当に条件がいい。
ただ、たまに変な魔道具を作って周囲に迷惑をかけるせいで、一部の女子からはちょっとだけ変人扱いされている。
でも、それ以外の部分が十分すぎるくらいカバーしているので問題は――。
……あまりない。
たぶん。
そんなレオンは、私によく物をくれる。
誕生日のプレゼントはもちろん、お菓子だったり、魔道具だったり。
ちょっと便利そうな物を作ったから、と何でもない日に渡されることもある。
嬉しい。
嬉しいんだけど。
最近、ふと思った。
私、もらってばっかりじゃない?
もちろん私だって、誕生日には手編みのマフラーや手袋、ニット帽なんかをあげている。
レオンは見た目より性能を気にする人なので、実用的な物を渡すとすごく喜ぶ。
だから今年の誕生日は、もう少し違う物を作ってみることにした。
思いつくまで、二週間くらいかかったけど。
「……ここは、もう少し細くても大丈夫かな」
女子寮の自分の机に向かい、紙へ線を引く。
考えているのは、ブレスレットだ。
ただし、普通のアクセサリーじゃない。
魔道具にする。
機能は一つだけ。
寒い時に、手元を少し暖める。
ティリアガルデンの冬は長くて寒い。
寒い日は気温が氷点下十度近くまで下がるし、冬の間は一日中ほとんど気温が上がらない日も珍しくない。
そんな中で剣を使えば、手がかじかんで思うように指が動かなくなることもある。
厚い手袋をつければ暖かいけど、その分、剣を握る感覚は鈍くなる。
だったら、薄手の手袋でも大丈夫なくらい、手元だけ暖められればいい。
熱くする必要はない。
寒さを少し和らげるだけ。
レオンが冬に冒険者として外を歩くなら、きっと役に立つ。
そこまでは決まった。
問題は、どう作るかだった。
レオンは魔道具を作るのが好きだけど、彫金で魔法文字を刻むタイプはほとんど作らない。
普段使っているのは、魔導回路を刻んだプレートを組み込む方式だ。
複雑な機能を持たせやすいし、試作品も作りやすい。
ただ、身につけたまま戦う物となると少し心配がある。
強い衝撃を受けて、中のプレートがずれたり割れたりすれば使えなくなる。
その点、金属そのものへ大きく魔法文字を彫り込む古い方式なら、多少の傷やひび割れが入っても使えることが多い。
多少出力が落ちたとしても、効果そのものは残る。
そもそも、今の魔導回路だって、元をたどればこうした彫金による魔法技術から発展したものだ。
冒険者になるレオンが身につけるなら、今回はこっちの方がいい。
ただし、もう一つ問題がある。
冬に金属を直接肌へつけるのは、危険だということだ。
冷たいなんてものじゃない。
凍傷になったり、金属が肌にくっついてしまう。
この辺りで普段使いされる装飾品に、木や骨を加工した物が多いのもそのためだ。
「ここが木で……上に金属をはめて……」
肌に触れる部分は木製。
その上へ、魔法文字を彫った厚い金属板をはめ込む。
留め具は使わず、紐で太さを調節できるようにする。
これなら素肌でも使えるし、冬は薄手の手袋の上からでもつけられる。
できれば冬だけじゃなく、普段から使ってもらえる形がいい。
……せっかく作るんだし。
紙へ横から見た形を書き足していると――。
「ココラちゃぁぁぁん!」
ばたんっ、と部屋の扉が開いた。
「いい男紹介してえぇぇぇ!」
寮で同室のミミリナが、半泣きで飛び込んできた。
私はペンを止める。
「ミミリナ、また振られちゃったの?」
「違うの!」
バフッ、とミミリナがベッドへ飛び込んだ。
そのまま枕へ顔を埋める。
「彼女がいたのよぉ! しかも付き合ってまだ二日だって! 二日! ちょっと遅かっただけなのにぃ!」
「あー……」
それはしょうがないかも。
「早い者勝ちだからね。次探さないと、また先越されちゃうよ?」
「ううぅ……分かってるよぉ……」
最近、同学年の女子たちは、いろいろと忙しい。
一番大きいのは、二か月後に迫った卒業試験だ。
今から頑張れば、評価を一つか二つ上げられる子もいると思う。
卒業後の仕事を考えている子も多いけど、それと同じくらい――人によっては、それ以上に頭を悩ませていることがある。
恋人探しだ。
同学年のほとんどは、今年で十五歳か十六歳になる。
私はもうすぐ十四歳だけど、同い年の子は隣のクラスまで合わせても五人しかいない。
この辺りでは、十七歳くらいから少しずつ結婚する人が増えていく。
二十歳になっても相手が決まっていなければ、大丈夫なの? と、周囲から心配され始める。
まだ先と言えば先だけど、学校にいる間と卒業した後では、相手を探す環境が全然違う。
卒業すれば、町に残る人もいれば、村へ帰る人もいる。職人、商人、冒険者、町兵と進路もさまざまで、毎日顔を合わせていた相手とも会いにくくなる。
しかも、学校に通っている男子は結婚相手として条件がいい。
読み書きや算術ができるし、授業で剣や魔法も学んでいる。成績のいい男子なら、商売や家業を任せる相手としても期待できる。
だから、将来有望な男子を卒業前に捕まえておきたいと考える女子は多い。
というか、ほとんどだと思う。
もちろん、本人たちだけの問題でもない。
実家から、
『学校にいい人いないの?』
と期待される子もいれば、
『卒業までにいい男を見つけてこい』
と、かなり直接的に言われている子までいるらしい。
学校で勉強したうえに、読み書きも算術もできる婿候補まで見つけて帰れば、実家としてもありがたいのだろう。
なので最近の女子は、
卒業試験。
恋愛。
卒業試験。
恋愛。
たまに就職内定。
そんな感じだ。
「ううぅ……」
ベッドから恨めしそうな目が向けられる。
「ココラから、イケメン成績優秀男子をゲットした余裕がにじみ出てるよぉぉ……」
「えぇ……」
そんなもの出してない。
たぶん。
ちなみに私は、レオン以外の男子とは必要以上に仲良くしないようにしている。
将来を考えている相手がいる女子が、他の男子と必要以上に親しくするのはよろしくない。
女子の間では、なんとなくそういう暗黙の了解がある。
もちろん、話すなという意味ではない。
授業もあるし、班も組む。
ただ、二人きりで出かけたり、毎日のように一緒に帰ったりすれば、
――あれ?
とはなる。
その点、私はもう相手が決まっているので気楽だ。
「……やっぱり余裕あるよぉ」
「だからないってば」
「ある」
「ないよ」
「あるぅ」
面倒くさい。
「……で、さっきから何書いてるの?」
切り替えが早い。
ミミリナがベッドから起き上がり、私の肩越しに紙を覗き込んだ。
隠す理由もないので、手をどけて見せる。
「レオンにあげるブレスレット」
「…………」
ミミリナが私を見る。
紙を見る。
もう一度、私を見る。
「魔道具じゃん」
「うん」
「ブレスレットって言ったよね?」
「魔道具のブレスレットだよ?」
「そこまで作るの?」
「だって、その方がレオン喜ぶし」
「……重い」
「えっ?」
「愛が」
なんで。
私は設計図へ指を置いた。
「ここが木製で、肌に金属が直接触れないようにするの。上に魔法文字を刻んだ金属板をつけて、紐で太さを調整できるようにする」
「ふんふん」
「それで、ここのスイッチを入れると、手の周りが少しだけ暖かくなるようにするの」
「手の周り?」
「うん。冬に剣を使う時、手がかじかんだら困るでしょ?」
「あー」
ミミリナが自分の手を握ったり開いたりする。
「厚い手袋だと動かしにくいしね」
「そうなの。だから薄い手袋でも大丈夫なくらいにできたらいいかなって」
「……それ、普通に欲しいんだけど」
「レオン用だよ」
「知ってる」
「それに、できれば冬じゃなくてもつけてもらえるようにしたいし」
言ってから、しまったと思った。
ミミリナの目が細くなる。
「へぇー」
「……なに?」
「別にぃ?」
「その顔やめて」
「毎日つけてほしいんだ?」
「できればって言っただけでしょ」
「ふーん」
「もう」
話を戻そう。
私は設計図の端を指差した。
「魔石はこれを使うつもり」
そこには、購入予定の魔石について書いてある。
「この前、魔石ギルドに行った時に見つけたの。五千コル」
「高っ!」
ミミリナの声がひっくり返った。
「屑魔石でしょ!?」
「質がすごくいいの」
普通の屑魔石なら、店で千七百コル前後。
でもこれは、一般的な物の倍近い魔力を蓄えられる。
出力も平均以上。
しかも安定性が高い。
低級魔石には及ばないけれど、屑魔石なら自分たちでも充填しやすい。
レオンなら、たぶんそっちの方を喜ぶ。
それに今回必要なのは、大きな出力じゃない。
手元の寒さを和らげる程度の弱い暖房を、長く安定して動かせればいい。
「一回いっぱいまで入れれば、二十時間くらい使えると思う。空の状態から満タンまでの充填も、十分くらいで済むはず」
「…………」
ミミリナが設計図を見つめる。
「便利そう」
「でしょ?」
「魔石代以外は」
「それは言わないで」
私もちょっと迷った。
五千コルは高い。
でも、これから何年も使ってもらえるならいい。
ミミリナが私の肩へ顎を乗せた。
「いいなぁ……」
「何が?」
「私もこんなのくれる彼氏欲しい」
「これ、私がレオンにあげるんだけど」
「じゃあ彼女でもいい」
「え?」
ミミリナが私の両肩を掴んだ。
「ねえココラ。私と結婚しよう?」
「もー、そんなこと言ってたら、また先越されちゃうよ?」
「だってぇ、男探すの疲れてきたし……」
「じゃあ――」
少し考える。
「ミミリナがいいなら、第二夫人にどうってレオンに紹介してあげようか?」
「えっ、ほんと!?」
食いついた。
「うん。私もミミリナならいいと思うよ」
同じ部屋で暮らしているし、性格も知っている。
変な人ではない。
一応。
ミミリナが顎へ手を当てた。
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに真剣な顔になる。
「……レオンって、卒業したら冒険者になるんだよね?」
「うん」
「そこ、変わらなさそう?」
「絶対変わらないと思う」
「じゃあ駄目だ」
早い。
「そこなんだ……」
思わず口から出た。
「そこは大事だよ!」
ミミリナが身体を起こす。
「親から、家を継いでくれるか、少なくとも家の仕事を手伝ってくれる男にしてくれって言われてるの」
「あー……実家、木材商だもんね」
ミミリナの実家は、森から木材を切り出して町へ卸している。
当然、町の中だけで終わる仕事じゃない。
森へ入れば害獣もいるし、モンスターと遭遇することだってある。
剣と魔法が使えて、そのうえ座学では算術が得意。
確かにレオンみたいな人なら、ミミリナの実家からすれば喉から手が出るほど欲しいかもしれない。
問題は――。
「レオン、絶対家に収まらないもんね」
「でしょ?」
「うん」
「惜しいなぁ。顔もいいのに」
「そこ?」
「大事でしょ」
「まあ……」
大事ではある。
「でも第二夫人かぁ……」
まだ考えてる。
「冒険者じゃなかったら本当に考えた?」
「レオンなら」
即答だった。
なんだろう。
自分から言い出したのに、ちょっとだけ複雑だ。
「……やっぱり紹介するのやめようかな」
「なんで!?」
「なんとなく」
「ココラが言い出したんじゃん!」
「そうだけど」
「独占欲!」
「うるさい」
ミミリナが笑い出した。
私も、少しだけ笑った。
まあ、冗談だ。
私は設計図へ視線を戻した。
ミミリナも横から覗き込む。
「ところでさ」
「なに?」
「これ、レオン喜ぶかな?」
「そこ心配してたの?」
「ちょっとだけ」
自分ではいいと思っている。
レオンが冬に使うところまで考えて作った。
でも、プレゼントは渡す相手が喜ばなければ意味がない。
それに今回は、いつものマフラーや手袋とは違う。
自分で考えた魔道具だ。
ミミリナはしばらく設計図を眺めてから、呆れたように息を吐いた。
「喜ぶでしょ」
「そうかな」
「手編みのマフラーとか手袋でも、毎回喜んで使ってるんでしょ?」
「うん」
「じゃあ大丈夫だって。しかも今回は、レオンが好きな魔道具なんでしょ?」
「うん」
「自分の彼女が、自分のためだけに考えて作ったんだよ?」
ミミリナが設計図を指で軽く叩く。
「それで喜ばなかったら、私が説教してあげる」
「それはやめて」
「絶対大丈夫だって」
そう言われると、少し安心する。
「……そっか」
「それより問題は私だよ」
「どうするつもり?」
「もっと本気で探すのよ! 卒業まで三か月しかないんだから!」
勢いよく立ち上がる。
「ココラ、隣のクラスで家継いでもよさそうな男知らない?」
「そんな条件で男子見てないよ」
「じゃあ明日から見て!」
「自分で探してよ」
「お願い! 親に連れて帰れる男!」
「卒業試験の勉強もしなよ?」
「それもあるぅぅぅ!」
再びベッドへ倒れ込んだ。
忙しいなぁ。
私は苦笑しながら、設計図へ最後の線を書き足す。
木の部分は、少し丸く。
金属板は邪魔にならない程度に細く。
装飾は――。
少しくらい、入れてもいいかな。
レオンは見た目にはあまりこだわらない。
性能が高い物の方が好きだ。
だから今までのプレゼントも、マフラー、手袋、ニット帽。
使える物を選んできた。
でも。
今回はブレスレットだ。
魔道具だけど、アクセサリーでもある。
「……ちょっとくらい、格好よくしてもいいよね」
小さく呟きながら、金属板の端へ模様を描き足す。
どうせなら、冬だけじゃなくて普段もつけてほしい。
学校を卒業してからも。
冒険者になっても。
ずっと。
レオンの腕に、私が作った物がある。
そんなところを想像したら――。
ちょっとだけ嬉しくなった。
「……ココラ」
「なに?」
「にやけてる」
「にやけてない!」
「絶対にやけてたよぉ」
「ミミリナは早く勉強して!」
「横暴だぁ!」
うるさい。
私は設計図を抱えて、ミミリナから隠した。




