第2章 Act.23 エピローグ いつもどおり、また明日
「こんのバカ娘があぁ!」
ゴチン!
「いっっったああああああ!」
筋肉質で、かなりガタイのいい人間族の女性が、シルヴィの脳天にゲンコツを落とした。
……めっちゃ痛そう。
というか、音がすごかった。
騒ぎを聞きつけた夜警と町兵に倉庫を引き継いだ後、俺たちは事情聴取のため、町役場裏の町兵詰所へ来ていた。
あの飢餓迷宮の入口が現れた場所でもある。
できれば、もう少し縁のない場所であってほしかったな……。
ともかく俺たちは、そこで今日の出来事を最初から説明することになった。
ネズミのこと。
俺たちが作った罠のこと。
原因を調べるため、倉庫街を回っていたこと。
そして最後に、人が殺されかけている現場へ出くわしたこと。
俺たち3人の話は、倉庫番の人たちや、その男の証言とも一致していたらしい。
倉庫街でファイヤーボールを使ったことについては、かなり詳しく聞かれた。
まあ、当然だ。
木造の建物や商品が大量にある倉庫街で、火魔法をぶっ放したのだから、下手をすれば大火事だ。
ただ、相手に逃げ道を塞がれ、命の危険があったことや、周囲へ知らせるために使用したことを説明した。
俺たちや倉庫番の証言を聞いた町兵も、ひとまず事情は理解してくれたようだ。
あとは領主側も含めて、正式に確認するらしい。
そして、俺たちが事情を話している間に、もう1つ報告が入った。
逃げた女――ダズエル商会の商会長、アザリー。
それと、一緒にいた用心棒のジュドー。
2人とも、すでに領主側の人間に捕まったそうだ。
詳しいことは教えてもらえなかったが、領主側は以前からアザリーの周辺について調べを続けていたらしい。
そこへ今回の騒ぎが起きて、一気に動いたということだろうか。
事件の全容がどうなっているのか、俺にはまだ分からない。
まあ、少なくとも俺たちを襲ってきた2人は捕まった。あとは領主側の調べに任せるしかないだろう。
そんなこんなで30分ほど話し、ようやく事情聴取がひと段落した頃。
詰所の扉が勢いよく開いた。
「シルヴィ!」
「げっ」
シルヴィが露骨に嫌そうな顔をした。
入ってきたのは、シルヴィの両親だった。
父親の方は狼人族で、背は俺と同じくらい。恰幅のいい体つきに反して、ずいぶん優しそうな顔をしている。
かなり急いできたらしく、肩で息をしていた。
その隣に立つ母親は人間族。
俺より少し背が高く、服の上からでも肩や腕がしっかりしているのが分かる。
こちらも走ってきたはずなのに、息1つ乱れていない。
……なんというか、すごく強そう。
その少し後には、オヤジとココラの寮の先生もやってきた。
どうやら町兵から、それぞれの保護者へ連絡が行ったらしい。
俺たちはもう一度、今度は保護者たちも交えて今日の出来事を説明することになった。
ネズミ被害を調べていたところから、不審な倉庫を見つけ、人が殺されかけている現場を目撃したことまで。
さらに、逃げ道を塞がれた後、シルヴィが仲間を守ろうとして用心棒へ殴りかかったことや、逃走する相手を追いかけたこと、最後は3人で石壁を壊して脱出したことも説明した。
今日の出来事をひと通り説明し終えると、シルヴィの母親が鬼のような形相で娘を睨んだ。
「……シルヴィ」
「は、はい」
シルヴィの尻尾が、すっと下がった。
「お前、先に殴りかかったのかい?」
「はい」
「なんでそんなことしたんだい?」
「だって、レオは剣を持ってなかったし、ココラもいるから……あたしが前に出なきゃって」
「それで、レオン君が助けを呼んだ後、自分から殴りかかったわけだね?」
「……はい」
そして冒頭へ戻る。
「こんのバカ娘があぁ!」
ゴチン!
「いっっったああああああ!」
シルヴィが頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
「私がいつ、仲間を危険に晒すような行動を教えた!?」
「ご、ごめんなさい!」
シルヴィの母親は腰に手を当て、大きくため息をついた。
「レオン君が剣を持ってなかったから、お前が前に出た。そこはいい。逃げ道を塞がれてたんだ。戦わなきゃならないこともあるさ」
シルヴィが小さく頷く。
「でもね! 前に出るのと、自分から殴りかかるのは別だよ! 相手がどれだけやるかも分からないのに、突っ込んでどうするんだい!」
「……はい」
「案の定、反撃されそうになって、レオン君に助けられてるじゃないか!」
「……はいぃ」
あ、今のは相当効いたらしい。
シルヴィの耳がぺたりと伏せた。
「そのうえ、相手が逃げ始めたら今度は追いかけて! 夜警が来てたんだろ!?」
「……うん」
「おまけに正体も分からない煙まで吸い込んで! あんたは何をやってるんだい!」
「ごめんなさぁい!」
母親は呆れたように首を振った。
「まったく……。石壁を壊す時は3人で協力できたんだろ? だったら最初から、もっと周りを見て動きな!」
「うん」
シルヴィは頭を抱えたまま、小さくなっている。
母親はもう一度ため息をつくと、今度はシルヴィの足元へ目を向けた。
「……で、その足は? まだ痛むのかい?」
「さっきよりはマシだけど……まだちょっといたいかも」
「ったく、石壁を思いっきり蹴ったんだって? 無茶するねぇ」
母親はしゃがみ込んで娘の足の様子を確かめると、今度は顔を覗き込んだ。
「それと煙。今、気分は悪くないかい? 喉は?」
「うん。もう苦くないし、大丈夫だと思う」
「思うじゃ駄目だよ。正体も分からない煙を吸ったんだからね。今日は治療師のところへ行くよ」
「ええっ!?」
「ええっ、じゃない!」
「は、はい......」
母親は立ち上がると、腰に手を当てた。
「まったく。無事に帰ってきたからいいものの、これ以上あたしに心配かけるんじゃないよ!」
「ごめん」
「よし。それじゃあ、お前。二人に何か言うことがあるんじゃないのかい?」
「……うん」
シルヴィが俺たちの方を振り返った。
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、耳も尻尾もしょんぼりと垂れ下がっている。
「レオ、ココラ……その……」
鼻をすすった。
「勝手に飛び込んで……ほんとうに、ごめんなさい……」
「あ、ああ。大丈夫だ。問題ない」
「うん。レオンも私も怪我してないから」
「でも……私のせいで……」
シルヴィの目が、じわっと潤んできた。
あ。
泣きそうになってる。
「ほら、涙拭いて」
ココラがポケットからハンカチを取り出し、そっと差し出す。
「もう大丈夫だよ。ちゃんと3人とも帰ってこられたんだし」
シルヴィは小さく頷き、ハンカチを受け取った。
「……ありがと」
なんだろう。
年上の女の子に泣き顔で謝られると、ものすごく居心地が悪い。
というか、こっちまで何か悪いことをした気分になってくる。
ちらりと周りを見ると、事情聴取に残っていた町兵や夜警のおじさんたちも、何となく目を逸らしていた。
……ですよね。
「ウチの娘が本当にごめんなさいねぇ」
今度はシルヴィの母親が、俺とココラへ深々と頭を下げた。
「あ、いや。本当に大丈夫ですから!」
「わ、私たちも止められなかったですし……」
「それとこれとは別よ」
きっぱりと言われた。
すると、隣にいたシルヴィの父親も申し訳なさそうに頭を下げる。
「娘が迷惑をかけたね。本当にすまなかった」
「いや、そんな……」
むしろここまで謝られると、こっちの方が困る。
シルヴィの両親との話が一段落したところで、今度はオヤジが俺を呼んだ。
「レオン」
「ん?」
振り返ると、さっきまで黙って話を聞いていたオヤジが、俺の方を見ていた。
「倉庫街で火魔法を使ったって聞いた時は、何してやがんだと思ったが……話を聞く限り、必要だったみてぇだな」
「一応、燃え移らないようには気をつけたぞ」
「当たり前だ、馬鹿野郎。倉庫街を火事にしたら、人助けどころじゃねぇ」
それはそう。
オヤジは鼻を鳴らした。
「ところで、お前。剣はどうした?」
「……グローダグリスを持ち出すために、アイテムボックスの荷物をほとんど出したんだ。剣も家に置いてきた」
「なるほどな。まさかネズミを調べに行って、人殺しと出くわすとは思わねぇわな」
「うん。でも、剣があれば、もう少しやりようもあったかもしれない」
実際、あの時まともに使えた武器はショットナイフくらいだった。
次からは、剣くらい持って出た方がいいかもしれない。
オヤジは俺の顔を見て、小さく頷いた。
「まあ、何でもかんでも持ち歩けるわけじゃねぇ。だが、今日みたいなこともある。次から何を持っていくか、もう少し考えてみろ」
「……分かった」
オヤジはそれ以上何も言わなかった。
隣では、ココラも寮の先生から怪我がないか確認されている。
「本当にどこも痛くない?」
「はい、大丈夫です」
「気分はどう?」
「少し疲れたくらいです」
「なら、今日は戻ったらすぐ休みなさいね」
「はい」
その向こうでは、シルヴィがまだ母親の横で鼻をすすっている。
そのシルヴィと目が合った。
「……レオ」
「ん?」
何か言いたそうにしている。
さっきから、ずっと気にしているんだろうな。
「あのさ......」
「また明日、学校でな」
「……え?」
「いつもどおりでいいから」
シルヴィがきょとんとした顔で俺を見る。
それから、ようやく少し笑った。
「……おう! また明日な!」
少し元気が戻ったのか、シルヴィの尻尾が小さく揺れた。
「ほら、帰るよ。治療師のところにも寄らなきゃならないんだから」
「はーい……」
母親に促され、シルヴィは両親と一緒に詰所を出ていった。
まだ少し歩きにくそうだったが、父親が隣で支えてくれている。
あー、疲れた。
ネズミ退治の仕事で出かけたはずが、とんでもない一日になった。
罠の成果も、仕事の報酬も、まだこれからだ。
まあ、そっちは明日以降に考えればいいか。
俺は大きく息を吐き、オヤジと一緒に詰所を出て、家へと帰った。




