第2章 Act. 17 みんなで一緒に罠作り
家に帰ると、美少女を2人も連れてきたせいで、さっそくアンビーに絡まれた。
「兄ちゃん、美女2人連れとはやるじゃん」
玄関先で腕を組み、ニヒヒッと嫌な笑みを浮かべている。
こいつ……。
俺は黙ってアイテムボックスへ手を突っ込み、中からフラッシュライト改を取り出した。
「ん?」
カチッ。
「うわっ!」
アンビーの真正面で白い光が弾ける。
「目っ、目がぁ!目がぁぁ!」
両目を押さえ、その場でよろよろと後ずさった。
もちろん昼間なので大した威力ではない。ちょっと眩しい程度だ。
「子供相手に魔道具使うなよ!」
「9歳にもなって兄をからかう方が悪い」
「大人げねぇ!」
そのやり取りを見ていたシルヴィが、面白そうに口元を緩めた。
「面白い弟だな」
「面白いか?」
「いや、レオと全然似てないからさ。なんかいじり甲斐がありそうだ」
シルヴィの尻尾が、興味を示すようにゆっくり左右へ揺れる。
ようやく視界が戻ったらしいアンビーが、シルヴィを見上げた。
「この姉ちゃんは?」
「シルヴィ。隣のクラスの子だ」
「へえ」
「実家の倉庫がネズミだらけになっててな。今から捕まえる方法を考えるんだ」
「ネズミ?」
アンビーの顔が一気に明るくなる。絶対、面白そうなことだと思った顔だ。
「なんなら、お前も一緒に考えるか?」
「え、なにやんの? 面白そう!」
予想通りだ。
こうして俺、ココラ、シルヴィ、アンビーの4人で作戦会議をすることになった。
◇
問題が1つある。
俺の部屋は狭い。
元倉庫を自分で改装した部屋で、前世の感覚なら4畳半くらいしかない。普段なら十分なのだが、そこへ4人も入れば一気に窮屈になる。
ベッドと机の間へ小さなテーブルを引っ張り出し、その周囲へ4人で座った。
「で、どうする?」
シルヴィが早速聞いてくる。
「まず条件を整理しよう」
俺は紙を1枚出し、中央に大きく『ネズミ』と書いた。
「とにかく一度にたくさん捕まえたいんだよな?」
「ああ」
シルヴィが頷く。
「倉庫にあった水樽みたいなのは、一度に何匹も捕れるんだ。でも、あれは中へ落ちたネズミが死ぬだろ?」
「それが問題なのか?」
「死んだネズミが溜まってると、後から来た奴が警戒して近寄らなくなることが多いんだよ」
なるほど。
1匹ずつ捕まえるならともかく、今回は数十匹どころか、どれだけいるのかすら分からない。
できるだけ長い時間、罠として機能してもらわないと困る。
俺は紙へ書き足した。
『できるだけ殺さない』
「でも、それだけじゃ足りないよね」
ココラが紙を覗き込む。
「倉庫は広いんだから、罠を置いただけじゃ、近くを通ったネズミしか入らないよ」
「ああ……確かに」
「できるだけ広い範囲から集めたいなら、匂いも大事なんじゃないかな?」
ココラが頬に指を当てる。
「ネズミが好きそうな、匂いの強い餌を使うとか」
「チーズとかどうだ?」
シルヴィが言った。
まあ、定番だしな。
「穀物も混ぜようか。あいつら普段から食ってるんだろ?」
俺が聞くと、シルヴィが頷いた。
「小麦も大麦も食われてる」
なら、匂いの強いチーズを潰し、穀物と混ぜてみるか。
『匂いで集める』
2つ目を書き加える。
「でもさ」
それまで紙を覗き込んでいたアンビーが口を開いた。
「死なないなら、普通に逃げるんじゃね?」
俺たち3人の視線が集まる。
「水の中なら死ぬけど、生きてるなら樽の壁を登るだろ」
「……そうだな」
「いっぱい集めても、出てったら意味ないじゃん」
まったくもってその通りだ。
「入るのは簡単だけど、一度入ったら出られないようにしないと駄目だろ」
9歳児、なかなか鋭い。
俺は3つ目を書く。
『一度入ったら出られない』
たくさん入る。
できるだけ殺さない。
匂いで集める。
一度入れば出られない。
「……最後が難しいな」
俺は腕を組んだ。
蓋を閉めれば当然出られない。だが、ネズミが入るたびに閉じる仕掛けでは、1匹捕まえた時点で終わってしまう。
入る時だけ開いて、出る時には閉じる。逆止弁みたいな構造なら作れなくもないが、ネズミ相手にそこまで複雑な仕掛けを5つも6つも作るのは面倒だ。
しかも明日には使いたい。
「うーん……」
俺たちが揃って考え込んでいると、
「なあレオ」
シルヴィが突然、俺の後ろを指差した。
「なんだ、あれ?」
「ん?」
棚の下段に置いてあった、小さな車輪付きの玩具だった。
木と薄い金属板で作った細長い車体に、小さな魔導回路と屑魔石を積んでいる。
前世でいうところの、ミニ四駆だ。
以前、アンビーと遊ぶために作ったものだった。
「これ? 走る玩具」
「走るのか!?」
シルヴィの尻尾がぴんと持ち上がった。
おいおい、そんなことやってると委員長が委員長するぞ?
「アンビー、動かしてくれよ!」
「いいぜ!」
アンビーも即座に乗った。
アンビーが玩具を手に取り、車体の横に付いた小さな金具を押す。
ウィィィン――。
小さな木の車輪が勢いよく回り始めた。
ゴムがないから仕方なく、木でタイヤを作ったのだ。
アンビーが車体を床に置くと、カラッ、カララッと車輪だけが床の上を空回りし、車体がわずかに横へ滑った。
それからようやく床を捉え、
「おおっ!」
勢いよく走り出す。
ガンッ!
棚の脚へ突っ込んだ。
「あはははは! なんだこれ!」
「面白いだろ! 次、廊下でやろうぜ。こっちの方が長いから――」
「シルヴィ、アンビー」
柔らかい声がした。
2人の動きが止まる。
ココラがにこりと笑っていた。
怒ってはいない。
声も穏やかだ。
「楽しそうなのは分かるけど、今日はネズミの罠を考えに来たんだよね?」
「…………」
「…………」
「遊ぶのは、作戦が決まってからにしない?」
「……はい」
「……分かった」
15歳と9歳が同じ顔で玩具を棚へ戻した。
すごいなココラ。
別に怒ってないのに、逆らおうという気がまったく起きない。
俺も気をつけよう。
◇
「で、戻るけど」
俺は紙へ目を戻した。
一度入ったら出られない。
ネズミを傷つけず、それでいて樽の中から逃げられない方法。
壁を高くする?
それだけなら登る。
爪が引っかからないようにする?
金属板でも張るか?
いや、もっと簡単に――。
さっきのタイヤを思い出す。
「……滑ればいいのか」
「え?」
ココラが顔を上げる。
「壁を登れないくらい、ツルツルにすればいい」
その瞬間、ある物が頭に浮かんだ。
「ちょっと待ってろ」
俺はアイテムボックスから布に包んだ魔石を取り出した。
直径約5cm。
ブル・グローダから出た魔石だ。
「それ、あのカエルの?」
ココラがすぐ気づいた。
「ああ」
鑑定結果は中級。
固有効果は――粘液生成。
「こいつの粘液、使えないかな」
「粘液?」
シルヴィが嫌そうな顔をする。
「滑るのか?」
「そこを今から試す」
魔力を直接流し込んでも固有効果は発動する。ただ、大量の魔力を流し続けると内部に負荷がかかり、劣化や破損の危険がある。
今回はそれなりの量が必要になる。せっかく手に入れた中級魔石を、こんなところで使い潰す気はない。
「まず、簡単な粘液生成用の回路を作るか」
俺は棚からエーテル青銅線と魔導回路用の部品、それから鑑定書を取り出した。
鑑定書には、この魔石を安全に扱うための魔力量の目安も記されている。それを確認しながら、魔力の流量を絞り、必要な量だけ安定して送れる回路を組んでいく。
ココラも横から手伝ってくれる。
発生した粘液がそのまま下の受け皿へ落ちるよう、魔石を固定する簡単な台も組んだ。
しばらくして――。
「よし。少しだけ流すぞ」
俺は回路へ魔力を流した。
回路で流量を調整された魔力が、エーテル青銅線を伝ってブル・グローダの魔石へゆっくりと届いていく。
魔石が淡く光った。
ぷくっ。
表面から半透明の粘液が染み出し、ゆっくりと受け皿へ垂れていく。
「出た」
ココラが身を乗り出す。
「うわ……」
シルヴィは逆に少し身体を引いた。
「ネズミよりこっちの方が気持ち悪くないか?」
「触ってみる?」
「嫌だ」
木べらで少量取り、板へ塗る。
指先で触れてみると、確かに滑る。
ただ――。
「粘りすぎだな」
糸を引くほどではないが、そのままだと少し重い。
広い樽の内側へ塗るなら、もっと薄く伸びた方が使いやすい。
「少し水を混ぜてみる?」
ココラが言った。
「やってみよう。ほんの少しでいい」
ココラが指先から少量の水を落とす。
俺が木べらで混ぜる。
ぐるぐると混ぜていくうちに、粘液の感触が変わった。
最初のねっとりした感じが薄れ、滑らかな半透明の液体になっていく。
もう一度、木板へ塗った。
指で触れる。
ぬるっ。
「うおっ」
危うく板を落としかけた。
「どう?」
「いい。かなり滑る」
今度は板を少し斜めに立てる。
表面に置いた小さな木片が、ほとんど引っかからず下まで滑り落ちた。
前世で言えば、ローションみたいな感じだ。
べたつくというより、とにかく滑る。
これなら爪を立てても、樽の内側を登るのはかなり難しいはずだ。
アンビーが板を触る。
「うわっ、ヌルヌル!」
「だろ?」
「これ面白ぇ!」
頼むから床には塗るなよ。
絶対やるなよ。
「これを樽の内側に塗る」
俺は紙へ簡単な絵を描いた。
「底には餌を置くための小さな台を作る。外には板を立て掛けて、ネズミが登れるようにする」
匂いにつられて板を登る。
樽の縁から中へ入る。
一度入れば、内側はこの粘液でツルツル。
何度登ろうとしても滑り落ちる。
しかも水を張っていないから、その場では死なない。
倉庫にあった回転板を付ける手もあるが、明日の朝までに6つ分の回転軸と板を作って調整する時間はない。今回は、まずこの単純な構造で試そう。
「これならいけるんじゃない?」
ココラが嬉しそうに言った。
「たぶんな。少なくとも試す価値はありそうだ」
板と木片ではうまくいった。
だが、実際のネズミが登れないかどうかは、やってみなければ分からない。
「明日、実際に樽へ塗って確かめよう」
「樽ならうちに空いたのがあるぞ」
シルヴィも紙を覗き込む。
「何個くらい用意できる?」
「5つや6つなら余裕だと思う」
「じゃあ、明日の朝に倉庫へ用意してもらえるか?」
「任せろ」
樽6つ分か。
内壁へ塗るだけじゃなく、底にも粘液を少し溜めておけば、落ちたネズミの身体にも付着するはずだ。
となると、それなりの量が必要になる。
今ある試作品だけじゃ、到底足りないな。
「よし」
少なくとも、罠の形は見えてきた。
「あとは、こいつをある程度作っておかないとな」
受け皿の半透明の液体を見る。
シルヴィも覗き込んだ。
「これ、なんて呼ぶんだ?」
「名前?」
「明日、倉庫の人に説明する時、毎回『ブル・グローダの粘液を水で薄めたやつ』って言うのか?」
それは長い。
「じゃあ……グローダグリス」
「今考えたろ」
「ブル・グローダから作ったグリス。分かりやすいだろ」
「まあ、分かりやすいけど」
ココラが苦笑する。
「グローダグリス!」
アンビーは気に入ったらしい。
よし、採用。
◇
そこからは量産作業になった。
グローダグリスを作るには、それなりに魔力がいる。俺1人で全部作ろうとすれば、途中で魔力が尽きるだろう。
そこで俺、ココラ、アンビーの3人で交代しながら、粘液生成用の回路へ魔力を供給することにした。
1人が魔力を流している間、残りの2人は休憩する。
受け皿に粘液がある程度溜まったら水を加え、さっきの試作品と同じくらいの滑り具合になるまで混ぜていく。
完成したグローダグリスは、蓋のできる容器へ順番に移した。
一方、シルヴィには餌作りを頼んだ。
「もっと細かく」
アンビーが横から口を出す。
「分かってるよ」
シルヴィは木皿の上でチーズを潰していた。
「まだでかいって。ネズミが持って逃げるぞ」
「じゃあお前がやれよ!」
「俺、今グローダグリス作ってるもん」
「くっ……」
シルヴィがさらに力を込める。
ぐしゃ。
チーズが完全に潰れた。
「どうだ!」
「やりすぎじゃね?」
「お前な!」
「はいはい」
ココラが笑いながら間に入る。
「チーズはそれくらいでいいよ。あとは穀物を混ぜよう」
「ああ、分かった」
シルヴィは木皿へ穀物を加え、混ぜ始めた。
その横で、アンビーが木皿を覗き込む。
「なあ、そのチーズ、ちょっと味見していい?」
「ネズミの餌だぞ!」
「まだネズミ入ってねぇじゃん!」
また始まった。
まあ、今度はちゃんと仕事が進んでいるからいいか。
その後も、魔力を流しては交代し、溜まった粘液へ水を混ぜて容器へ移していく。
その横ではシルヴィがチーズと穀物を混ぜ、明日すぐ使えるよう餌を小分けにしていった。
単純な作業ではあるが、3人分の魔力を使ってもそれなりに時間がかかる。
気づけば、完成した容器がテーブルの端へいくつも並んでいた。
内壁に塗る分も、底へ溜める分も、これなら明日使う6つの樽には足りそうだ。
◇
「……あれ?」
何個目かの容器へ蓋をしたところで、ふと窓の外を見る。
暗い。
「もう夜じゃん」
アンビーも窓を見る。
作業を始めた時にはまだ夕方前だったはずだ。
思った以上に時間がかかったらしい。
「やば。こんな時間か」
シルヴィが立ち上がる。
「私、帰るわ」
「待て待て。もう暗いだろ。2人とも送るよ」
「これくらい1人で帰れるって」
「ネズミが走っただけで俺に抱きついてきたヤツが言っても説得力ないぞ」
「それとこれとは関係ないだろ!」
「シルヴィ」
ココラがくすっと笑う。
「送ってもらおうよ。もう暗いし」
「……まあ、ココラがそう言うなら」
素直だな。
俺は完成したグローダグリスの容器をアイテムボックスへ収納した。
餌も明日の朝すぐ使えるようにまとめておく。
「じゃあ行くか」
オヤジに一言断り、家を出る。
まずシルヴィを家まで送り、そのあとココラを学校の寮まで送ることにした。
別れ際、シルヴィが振り返る。
「樽、朝までに用意しとくからな」
「ああ。5つか6つ頼む」
「任せろ!」
尻尾を大きく振りながら、シルヴィは家へ入っていった。
これで準備はできた。
あとは明日――。
この罠が、本当にネズミ相手に通用するかどうかだ。




