第2章 Act.16 美少女2人と倉庫街で現場検証
「待てやこらあぁぁ!」
「そっちに行ったぞ! 逃がすな!」
「おい、燻し煙を持ってこい! まとめてぶっ殺してやる!」
倉庫街へ近づくにつれて、あちこちから物騒な怒鳴り声が聞こえてきた。
……おかしい。
この時間帯の倉庫街って、もう少し落ち着いた場所じゃなかったか?
普段なら、夕方前には荷揚げや積み込みの忙しい時間も終わり、人足たちが荷を片付けたり、明日の準備を始めたりしている頃だ。
荷馬車の行き来も昼間より減り、聞こえてくるのは荷物を片付ける音や、人足たちの掛け声くらいのはずだった。
それが今日は、
「逃げた! そっちだ!」
「樽の裏だ!」
「いたぞ、叩きのめせ!」
どう聞いても戦場である。
「……ずいぶん治安が悪くなったな」
俺が呟くと、前を歩いていたシルヴィが振り返った。
「違うからな! あれ全部ネズミだから!」
「ネズミ相手に『ぶっ殺せ』とか言ってるのか?」
「倉庫の食い物を荒らされてみろ。みんなああなるんだよ」
シルヴィが少し疲れた顔で答える。
どうやら、ウルフスター商会だけの問題ではないらしい。ここまで来る間にも同じような怒鳴り声が何度も聞こえていたし、倉庫街全体でネズミが増えているようだ。
「こっちだ」
シルヴィの案内についてしばらく歩くと、ウルフスター商会が所有する倉庫へ到着した。
中規模の木骨煉瓦造りの倉庫が2棟並び、正面には大きな荷物用の両開き扉、その横には人が出入りするための小さな扉が付いている。軒下には荷物を吊り上げるための太い梁と滑車があり、壁際には空になった木箱や樽が整然と積まれていた。
さらに倉庫脇には、幌を外した荷馬車が1台止められている。
「倉庫2つに荷馬車1台か」
「小さい商会だと思った?」
「いや、思ってたよりずっと立派だな」
「だろ?」
シルヴィが少しだけ得意そうに胸を張る。
少なくとも、俺が思っていたより規模のある商会らしい。
倉庫へ近づくと、入口の脇にいた男がこちらへ気づいた。
40代くらいの人間族で、腰には鍵束を下げ、片手には短い棒を持っている。たぶん倉庫番だろう。
「シルヴィお嬢、お疲れさんです」
「おう」
男はシルヴィへ挨拶すると、俺とココラへ視線を移した。
「こちらの方が、話してた……」
「ああ。連れてきたぞ」
そして俺を見るなり、男の目が大きくなる。
「おお! あの飢餓迷宮でモンスターの群れをまとめて吹っ飛ばした方ですか!」
「…………」
俺は無言でシルヴィを見る。
シルヴィが目を逸らした。
「し、知らなかったんだ。しょうがないだろ」
「誰から聞いたんだ、その話」
「学校でみんな言ってたんだよ!」
「お嬢?」
倉庫番が不思議そうな顔をする。
「あ、いや。何でもない!」
シルヴィはごまかすように咳払いをすると、話をネズミへ戻した。
「それより、ネズミは相変わらずか?」
「ええ。朝から捕ってますが、減る気配がありませんね」
倉庫番が疲れた顔で倉庫街を見回した。
その時、遠くから「また逃げたぞ!」という声が聞こえてくる。
「ほかの倉庫も似たようなもんです。何軒かは冒険者まで雇ったようで、今日は一段と騒々しくなってますわ」
「そうか……」
シルヴィの肩が落ちた。
大きくため息をついてから、力なくこちらを振り返る。
「というわけで。ウチじゃもうお手上げなんだ」
「なるほど……」
思っていた以上に深刻そうだ。
ココラが倉庫を見上げる。
「とりあえず、中と外を見て回りませんか? どこから入ってるか分かるかもしれないし」
「そうだな」
俺たちは倉庫番にも断り、シルヴィと一緒に中へ入った。
◇
倉庫の中は思った以上に広かった。
太い柱と梁が何本も走り、壁際には小麦や大麦、豆類などを詰めた麻袋が何列も積まれている。出荷先や穀物の種類ごとに、置き場所を分けているらしい。
床は厚い板張りで、荷物を動かしやすいよう中央の通路は広く取られていた。天井近くには小さな窓もあり、昼間なら魔導ランプを使わなくても、中を見る程度の明るさはある。
「ネズミに食われた物は?」
俺が尋ねると、倉庫番が奥へ案内してくれた。
「こっちです」
積まれた麻袋の1つに、小さな穴が開いていた。そこからこぼれた穀物が床へ散らばり、隣の木箱の角にも細かく削られたような跡が残っている。
「昨日まではなかったんですがね」
俺はその場にしゃがみ込み、穴の周囲を確認した。
かじった跡。
小さな糞。
壁際には、細い足跡も残っている。
「確かにいるな」
「いるどころじゃねぇよ」
シルヴィが嫌そうに周囲を見回した。
「昨日なんか、箱を動かしたら下から5匹くらい――」
その時だった。
ガサッ。
すぐ近くの麻袋の陰から、灰色の塊が飛び出した。
「きゃっ!?」
ココラの耳が一瞬でぴんと立つ。
ネズミは俺たちの足元を横切り、そのまま反対側の木箱の隙間へ走った。
「わっ! ちょ、こっち来んな!」
シルヴィまで声を上げる。
そして次の瞬間。
右腕にココラ。
左腕にシルヴィ。
気づけば2人とも、ほとんど同時に俺へしがみついていた。
「…………」
最初に我に返ったのはココラだった。
「あ……」
俺の腕をつかんでいた手を見て、少し恥ずかしそうに力を緩める。
「ご、ごめん。急に出てきたから……」
「いや、別にいいけど」
なんなら、いつでも大歓迎だ。
問題は反対側だった。
シルヴィはいまだに俺の腕をつかんだまま、ネズミが消えていった木箱の隙間を睨んでいる。
「……シルヴィ?」
「な、なんだよ」
「もう行ったぞ」
「分かってる!」
「じゃあ離してくれ」
「今離そうと思ってたんだよ!」
シルヴィはぱっと腕を離した。その顔は少し赤い。
「格闘技で男子を投げ飛ばすくせに、ネズミは駄目なのか」
「うるさい!」
「いや、意外だなと思って」
「小さくて急に動くのが嫌なんだよ! 人間なら向かってくる方向くらい分かるだろ!」
なるほど。
理屈が妙に武闘派だ。
横を見ると、ココラが少しだけ笑っていた。
「シルヴィ、私もびっくりしたから大丈夫だよ」
「べ、別に怖がってないし」
「さっきレオンに抱きついてたけど」
「ココラ!」
「私もだから」
ココラがくすっと笑う。
シルヴィは何か言い返そうとしたが、結局口を閉じた。そのまま少し気まずそうに俺を見る。
「……お前、平気なんだな」
「まあ、ネズミくらいなら」
「ふーん……」
なぜか少し感心したような顔をされた。
……こんなので評価が上がるのか。
男としては安上がりで助かる。
ちなみに言うまでもないが、黒くてカサカサするヤツは死ぬほど嫌いだ。
◇
さらに倉庫内を調べていくと、すでにいくつかのネズミ対策が施されているのが分かった。
最初に目についたのは、大きな樽だった。
上には細い軸が渡され、その中央に板が取り付けられている。板の端には餌らしい物が塗られていた。
「これ、何ですか?」
ココラが覗き込む。
「ネズミ捕りです。餌につられて板へ乗ると、くるっと回って下へ落ちる仕掛けでして」
倉庫番に言われて中を見ると、樽には水が入っていた。
なるほど。一匹捕まるたびに仕掛け直す必要がないから、これなら何匹も続けて捕まえられる。
「結構捕れるんですか?」
「ああ。朝になれば何匹か入ってることもあります。ただ、それ以上に増えてる感じでしてね」
罠そのものは悪くない。
捕まえても、それ以上のペースで増えているらしい。
別の場所では、灰色と白のまだら模様をした猫が木箱の上に座っていた。
俺たちが近づいても逃げず、尻尾だけをゆっくり動かしている。こちらにはほとんど興味を示さず、木箱の隙間をじっと見つめていた。
「この猫は?」
「倉庫猫ですよ」
倉庫番が答える。
「ネズミ捕り用に飼ってます。この辺の倉庫じゃ珍しくありません」
「へえ」
どうやら仕事中らしい。
「ちゃんと捕まえるんですか?」
「腕のいい奴はな。こいつも1日に何匹か持ってきますよ」
ココラが猫へ少しだけ近づく。
「かわいい……」
猫の耳がぴくっと動いた。
それにつられるように、ココラの長い耳も少し動く。
何だか耳同士で会話しているように見える。
その横で、シルヴィは倉庫番へ尋ねた。
「巣穴の方は?」
「今朝も2つ見つけましたが、埋めても別の場所から出てきます」
今度は倉庫の外へ回る。
壁際にはネズミが通れそうな細い穴があり、その近くに燃え残った炭と、刺激の強い匂いがする乾燥香草が置かれていた。
「これがさっき外で言ってた燻し煙か」
「ええ」
見つけた巣穴へ、硫黄や刺激の強い香草などを燻した煙を送り込み、中に潜んでいるネズミを追い出すらしい。
飛び出してきたところを、人や猫が仕留める。
だから倉庫街のあちこちから、『巣穴だ!』『煙を持ってこい!』なんて物騒な声が聞こえていたわけだ。
「でも、これも効いてないんですね」
ココラが穴を眺めながら言う。
「一時的には効きますよ。ただ、追い出して穴を塞いでも、しばらくするとまた別のところから出てくるんです」
倉庫番の話を聞きながら、ここまで見てきた対策を頭の中で整理する。
水を使った罠。
倉庫猫。
巣穴への燻煙と、その後の封鎖。
どれも対策としては理にかなっている。それでも、ネズミの増える勢いに追いついていない。
「単純に罠を増やせば済む話じゃなさそうだな」
俺は倉庫の外壁と、その向こうに並ぶ倉庫群を眺めた。
被害が出ているのは、ここだけではない。周囲の倉庫でも同じような騒ぎが起き、冒険者まで雇っているところがある。
となれば、考えるべきなのは別のことだ。
「問題は、なんで急にこんなに増えたのか……か」
「やっぱり、そこだよね」
ココラも頷いた。
シルヴィが腕を組む。
「だから頼んだんだよ。捕まえるだけなら、うちでもできる。でも、いくら捕っても減らないんだ」
「分かった」
原因そのものは、きちんと突き止める必要がある。
ただ、この様子じゃ、それを調べている間にも穀物の被害は増えていく。倉庫街全体でこれだけ出ているなら、原因を見つけるまで何日かかるのかも分からない。
だったら、まず数を減らす方法を作った方がいい。
一度にできるだけ多く捕まえられる罠を用意して、被害を抑える。その間に、どこから大量のネズミが来ているのかを調べる。
その方が良さそうだ。
「よし、一旦帰って作戦を練ろう」
「うん、そうだね」
「よっしゃ、頼むぞレオ」
「だからレオンだって」
倉庫を離れようとした、その時。
壁際から小さな灰色の影が飛び出した。
「うわっ!」
シルヴィが反射的に一歩下がり、そのままココラの後ろへ隠れる。
「シルヴィ、私も苦手なんだけど……」
「さ、さっきより近かったんだよ!」
「さっきも近かったよ?」
「ココラ!」
どうやら大量捕獲用の罠は、思っていた以上に急いで作った方がよさそうだ。




