第2章 Act.15 オオカミ娘は絵がめっちゃへた
7月に入り、暑さも本格的になってきた。
俺の妙な噂――魔物を吹き飛ばしたとか、危ない発明品を持ち歩いているとか――も、最近ではだいぶ落ち着いてきている。
昼休み。
教室でココラと他愛のない話をしていた時だった。
ガラッ!
教室の扉が、勢いよく開いた。
何事かと視線が集まる中、入ってきたのは隣のクラスの女子生徒だった。名前までは知らないが、顔は知っている。
とりわけ彼女は目立つ。
背が高く、艶のある灰色の長い髪。狼人族らしい尖った耳が髪の間から覗き、青い瞳は涼しげで、整った顔立ちをしていた。
まぁ、ココラには及ばないが。
腰の後ろからは尻尾が伸び、腰の左右にはナックルダスターを提げている。
見た目だけなら、前世で見た格闘ゲームにそのまま出てきそうな女の子だ。
俺の記憶が正しければ、格闘技が得意で、組み手では相手が男でも普通に勝つらしい。
それでいて、男子生徒に結構人気がある。
まぁ、スタイルがいいのだ……その辺も人気の理由なんだろう。
その彼女が教室を見回し――俺を見つけるなり、まっすぐこちらへ歩いてきた。
「レオだな!」
「……誰?」
いきなり知らない名前で呼ばれた。
少女の尻尾がぴたりと止まる。
「違うのか?」
「レオン。最後にンが付く」
「そうか。まあいい」
よくないだろ。
「話がある! ちょっと来てくれ!」
「いや、ちょっと待――」
返事をする前に腕をつかまれ、そのまま立たされた。
「ちょ、まだ話も聞いてないんだけど」
「歩きながらでいいだろ!」
有無を言わせず、そのまま廊下へ連れ出される。背後で椅子を引く音がして、ココラが慌てて立ち上がる気配がした。
「レオン、待って!」
どうやらついてくるらしい。
◇
連れてこられたのは、校舎の裏手だった。
昼休みでもあまり人が来ない、木陰のある場所だ。少女はようやく俺の腕を放した。
「悪い、いきなり」
「ほんとにな」
「ああ。名乗るのもまだだったな。私はシルヴィ。15歳。隣のクラスだ」
「レオン。14歳」
「知ってる。レオだろ」
「今、名乗ったよな?」
「レオの方が呼びやすい」
「勝手に短くするのか……」
訂正する気はないらしい。
少し遅れてココラも追いついてきた。
「レオン、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと強引に連れてこられただけ」
「急いでたんだ。悪かった」
シルヴィはあっさり頭を下げた。その後ろで尻尾が少しだけ下がっている。
本当に悪気はないらしい。
「それでレオ。頼みがある」
固定されてしまったようだ。
「何?」
「モンスターをまとめて吹き飛ばした魔道具を貸してほしい」
「…………」
「あはは……」
横でココラが力なく笑った。
「もちろんタダじゃない。きちんと代金は払う」
「いやいや、そんなもん持ってねーよ」
「何?」
シルヴィの尻尾が止まった。
「でも学校じゃ、レオがいつも隠し持ってるって話だぞ」
「それは誤解だ。そんな危ないもん、持ってない」
「本当だよ。私もそんな魔道具、見たことないし」
「だいたい、そんな危ないものを使ったら捕まるぞ?」
「ああ、そうか……」
心底残念そうな声だった。尻尾まで、しゅんと下がる。
「大体、何に使うつもりなんだよ」
「それを話すために連れてきた」
「だったら最初からそう言ってくれ……」
「急いでたんだ」
「次からは先に一言言った方がいいですよ」
ココラが横から言うと、シルヴィは素直に頷いた。
「……分かったよ」
「実は、うちの実家が商会をやっててな」
シルヴィは気を取り直すように腕を組んだ。
「近隣の村から穀物を買い付けて、町の商店なんかへ卸してる。倉庫街にもうちの倉庫があるんだが――そこにネズミが出た」
「ネズミ?」
「ああ。それも、尋常じゃない数だ」
シルヴィの表情が真剣になる。
「一般的な対策は一通りやった。それでも追いつかない。むしろ、日を追うごとに増えてる気さえする」
「倉庫がネズミにやられれば、そのまま商売に響く」
「そりゃそうだよな……」
穀物問屋にとって、ネズミは天敵中の天敵だ。
食われるだけじゃない。糞や尿で汚されれば、無事な穀物まで商品にならなくなる。
下手をすれば、取引先からの信用まで失いかねない。
「それで、まとめて退治できる魔道具が欲しいと」
「ああ。噂のモンスターを吹き飛ばすやつが使えないなら、別の物でもいい」
「いや、そんな都合のいい物なんか持ってないぞ」
「なら作ってくれ」
尻尾が再び持ち上がった。
「簡単に言うなあ……」
シルヴィが一歩近づいてくる。
近い。
普通に会話する距離より、一歩分くらい近い。パーソナルスペースという概念が、この子にはあまりないらしい。
「頼めるか、頼めないか。どっちだ?」
「……とりあえず、話を詳しく聞かせてくれ」
「うん!」
尻尾が一度、大きく左右へ振れた。
分かりやすい。
「倉庫の形と出入口、それから被害が多い場所。今までやった対策も知りたい」
「わかった」
シルヴィはその場にしゃがみ込むと、近くに落ちていた細い枝を拾い、土の上へ線を引き始めた。
「まず、これが倉庫だ」
ぐにゃっ。
「…………」
「ここが正面の入口」
ぐるぐる。
「…………」
「裏に搬入口があって――」
ギザギザ。
「ちょっと待て」
思わず止めた。
シルヴィが顔を上げる。
「何だ?」
「これ、何?」
地面には、歪んだ四角形らしきものと、丸と、線と、何かよく分からない物体が描かれている。
「倉庫だが」
「これが?」
「ああ」
俺は隣のココラを見る。
ココラもしゃがみ込み、真剣な顔で地面を見ていた。しばらく考えてから、首を傾げる。
「……ごめんなさい。私にも倉庫には見えないです」
「何でだ?」
描いた本人だけが本気で分かっていない。
「シルヴィ、字は書けるよな?」
「当たり前だ。商会の娘だぞ。帳簿も読めるし、計算もできる」
そう言って、地面の横へさらさらと文字を書いた。
――正面入口。
普通にきれいな字だった。
「字は上手いじゃん」
「だから何だ?」
「なのに、なんで絵だけこうなるんだよ」
「絵じゃない。図だ」
「もっと悪いよ!」
ココラが思わず小さく笑った。
「ご、ごめんなさい……」
「何がおかしい?」
「いえ……その……これが入口なんですよね?」
ココラが地面の丸を指差す。
「そうだ」
「私は樽かと思いました」
「樽はこっちだ」
シルヴィが隣の丸を指す。
「同じじゃねーか!」
「大きさが違うだろ」
「ほとんど同じだよ!」
シルヴィの尻尾が不満そうに一度大きく振れた。
どうやら本人の頭の中では、完璧に描き分けられているらしい。
「シルヴィ」
ココラがやさしく声をかける。
「説明は分かりやすいから、図はレオンに任せませんか?」
「私はこれでも分かると思うんだが」
「私たちが分からないから」
「…………」
シルヴィは地面の図と俺たちを見比べる。そのうち、尻尾がゆっくり下がっていった。
「……分かったよ」
少し不満そうではあったが、枝を俺へ渡した。
俺が簡単な倉庫の形を描き、シルヴィに口で説明してもらう。すると今度は驚くほど話が早かった。
出入口、穀物袋の置き場、被害が多い場所、これまで試した対策。
ココラが時々確認を入れ、それを俺が図へ書き足していく。
「――こんな感じか」
「ああ。それだ」
完成した図を見て、シルヴィが満足そうに頷く。
「最初から俺に描かせればよかったな」
「私の図でも同じ内容だっただろ」
「情報はな」
ココラがくすくす笑っている。
説明そのものはしっかりしている。商会の娘だけあって、被害の場所や対策もきちんと把握していた。
毒は穀物倉庫では使いにくい。
火なんて論外。
となると――。
「レオン」
ココラに呼ばれて顔を上げる。
「昼休みもうすぐ終わるし、続きは放課後にしない?」
「そうだな」
「おお、やってくれるのか!」
シルヴィが嬉しそうに身を乗り出す。
「まあ、やってはみるよ」
「ありがとう!」
まぁ、断る理由はないしな。
「ココラも手伝ってくれる?」
「もちろん」
「ココラは俺の彼女で、魔道具作りの相方なんだ」
「彼女だったのか」
シルヴィが改めてココラを見る。
「はい」
「そうか。レオ、意外とちゃんとしてるんだな」
「意外は余計だ」
「悪い悪い」
まったく悪びれていない。
「じゃあ今日の放課後、まず倉庫に案内してくれ。実際の場所を見てから、どうするか考えたい」
「ああ、分かった」
「それなら、倉庫を見た後にレオンの家で考えようか」
ココラがそう続ける。
「そうだな。使えそうな材料も確認できるし」
「おお、作戦会議か!」
シルヴィの目が輝き、尻尾まで期待するように左右へ揺れ始める。
「まあ、そんなところだ」
「頼りにしてるぞ、レオ」
「だからレオンだって」
「分かってる」
「分かっててレオなのかよ」
「呼びやすいからな」
駄目だ。
もう直す気がない。
「じゃあ、放課後な!」
シルヴィは尻尾を揺らしながら、さっさと校舎へ戻っていった。
「……すごい子だったね」
「色々とな」
足元には、最初に描かれた謎の図がまだ残っている。ココラがそれを見て首を傾げた。
「これ、やっぱり倉庫には見えないね」
「俺には魔法陣に見える」
2人で顔を見合わせて笑う。
とはいえ、ネズミの数が異常なのは気になる。まずは実際の倉庫を見てみないことには始まらない。
こうして俺とココラは、放課後シルヴィの実家の倉庫へ向かうことになった。




