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MADE IN ANOTHER WORLD ―この手で、異世界に残るものを。―  作者: 月河 紀零鴨


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第2章 Act.13  バンさんは、一斉捕縛でお疲れです



夜が深まった頃。


オレたちは町の外れへ集まっていた。


灯りは最低限。


集められた領兵と冒険者たちも、必要なことしか話さない。


普段なら多少の冗談くらい飛びそうなもんだが、今夜は空気が違った。


少し離れた路地や裏道には、町兵も配置されている。


ミースさんが最後の確認をする。


「正面、裏手、側面に分かれる。逃げ道を塞げ」


全員が持ち場へ散った。


目の前にあるのは、昼間の地図で示された古びた1軒の家だった。


壁は傾き、屋根には何度も継ぎ当てがしてある。


外から見ただけなら、とても偽ティリア・ハニーの製造所には見えない。


だが、密偵はすでに調べ上げていた。


人の出入り。


運び込まれる蜂蜜や小麦粉。


地上では使っている様子のない大量の水や燃料。


そして、この家の地下に工房が隠されていることまで。


入口の場所も分かっているらしい。


あとは、今夜まとめて押さえるだけだ。


風下へ回ると、かすかに甘い匂いが漂ってきた。


ティリア・ハニーの花の香り。


それに、小麦を煮たような匂い。


「……この匂いか」


あの日、ヘブの服から漂っていた甘い匂いだ。


あいつも、ここに出入りしていた可能性が高い。


窓には厚い布が掛けられ、外から灯りは見えない。


だが、耳を澄ませる。


木か何かを引きずる鈍い音。


金属のぶつかる音。


人の声。


どれも地面の下から響いてくる。


ミースさんが手を上げた。


全員が止まる。


そして。


手が振り下ろされた。


「行け!」


正面の領兵が一気に扉へ走る。


ドンッ!


扉が大きく揺れた。


「領主命令だ! 中にいる者は抵抗するな!」


もう一度。


ドンッ!


閂が外れ、扉が内側へ開く。


領兵が雪崩れ込む。


オレもその後へ続いた。


家の中に人の姿はない。


古びた棚。


木箱。


割れた桶。


壁際には使い古された竈。


見た目だけなら、ただの貧しい家だ。


「入口は土間の奥だ!」


ミースさんが指示を飛ばした。


領兵の1人が、部屋の端に敷かれた古い筵をめくる。


その下から、周囲の床と色を合わせた板が現れた。


「これか」


端には、指を掛けるためのわずかな隙間。


知らなければ気づかないだろう。


領兵が床板を持ち上げた。


むっとした空気が噴き出してくる。


蜂蜜。


湿った土。


汗。


全部混ざった、ひどく濃い匂い。


その下には、土を削って作った狭い階段が続いていた。


「本当にありやがった」


ここまで隠された物を、よく見つけたもんだ。


ミースさんが階段を覗き込む。


「先頭6人。私と一緒に降りる。残りは入口と家の周囲を押さえろ」


「了解」


階段は狭い。


全員で飛び込めば、逆に詰まる。


オレは先頭組の後ろへ入り、暗い階段を下りていく。


下へ進むほど、熱と湿気が増していった。


そして階段の先。


土を掘り抜いた地下室が現れた。


低い天井。


歪な土壁を補強する廃材や丸太。


奥には煉瓦を積んだ炭炉があり、細い煙道が地上の竈へ伸びている。


中央には、大きな鉄鍋。


小麦粉の袋。


水桶。


瓶。


蜂蜜の樽。


そして――何人もの男たちが、こちらを見て固まっている。


ここだ。


偽ティリア・ハニーを作っていた地下工房。


「領主命令だ!」


ミースさんの声が地下室へ響いた。


「全員、武器を捨てろ!」


「なっ――!」


「なんだてめぇら!」


男たちが慌てて立ち上がる。


1人が短剣へ手を伸ばした。


「武器を捨てろ!」


警告。


だが男は止まらない。


オレは横から踏み込み、槍の柄で手首を打った。


短剣が泥の床へ落ちる。


「ぐっ!」


そのままバックラーを胸へ押し当て、土壁へ押さえつける。


「大人しくしろ!」


後から降りてきた領兵たちも、一斉に動いた。


抵抗する奴。


逃げようとする奴。


何が起きたか分からず固まっている奴。


悲鳴と怒鳴り声が飛び交い、木箱が倒れ、瓶が床へ転がる。


大混乱だ。


だが、こっちは人数も準備も違う。


真正面から戦うために来たわけじゃない。


逃がさず、生きたまま捕まえるために来ている。


「奥だ!」


誰かが叫んだ。


地下室の奥。


積まれていた麻袋の陰から、2人の男が消えた。


「何だ?」


近づいてみる。


土壁だと思っていた場所に、人1人がどうにか通れるほどの狭い穴が開いている。


逃走用の通路か。


そこまでは密偵も掴んでいなかったらしい。


奥から、まだ近い足音が聞こえる。


今なら追いつける。


「逃走路だ! オレが追う!」


「無理はするな!」


「了解!」


身体をかがめ、穴へ入ろうとする。


だが、ショートスピアの穂先が入口の土壁に当たった。


「ちっ、狭すぎる」


このまま持っていけば邪魔になる。


腰には手斧もある。


この狭さなら、むしろそっちの方が使いやすい。


オレは地下工房側の入口脇へショートスピアを置き、そのまま身をかがめて穴へ飛び込んだ。


◇


狭い。


槍を置いてきたのは正解だった。


土を掘っただけの通路が、斜め上へ続いている。


前から足音が聞こえた。


2人。


間違いない。


数十mほど進んだ先で、頭上から夜の空気が流れ込んできた。


木板が開いている。


そこを抜ける。


出た場所は、製造所の家から少し離れた別のあばら屋の裏だった。


近くには誰もいない。


さすがに町兵も、こんなところから出てくるとは思わなかったらしい。


夜道を2人の男が走っている。


片方は大柄。


もう片方は細身だ。


オレもすぐに地面を蹴り、2人の後を追う。


「止まれ!」


止まるわけがない。


むしろ速度を上げた。


少し離れた外周には町兵が配置されている。

そっちへ向かうなら任せてもいい。


だが、2人は町兵の配置されていない細い道へ入った。


「ちっ」


槍は地下工房の逃走路入口へ置いてきた。


投げて止めることもできない。


この距離で、走りながら相手の動きを止められる手段となると――


腰に手をやる。


硬い柄が指に触れた。


……そういや。


「レオン、さっそく使わせてもらうぞ」


ショットナイフを抜く。


前を走る大柄な男まで、およそ10m弱。


走りながらじゃ、さすがに狙いがぶれる。


体の内側へ意識を向け、魔力を巡らせた。


脚だけじゃない。


腰、背中、肩、腕。


走る姿勢を崩さないよう身体強化を使い、上半身の揺れを押さえ込む。


背中は狙わない。


殺すために使うんじゃない。


動きを止めればいい。


狙うのは――脚。


走る速度を落とさないまま、スイッチを覆う金具を外す。


柄を握り込み、狙いを合わせる。


スイッチを押し込み、そのまま前へ滑らせる。


カチッ。


小さな金属音。


次の瞬間。


シュッ!


刃が夜気を切った。


「ぐあっ!」


男の片脚へ刃が刺さった。


足がもつれ、そのまま勢いよく地面へ転がる。


「当たった!」


だが、感心してる場合じゃない。


もう1人が、その隙に距離を広げている。


後ろからも足音が近づいてきた。


振り返ると、町兵が追いついてきている。


「そいつ頼む!」


「分かりました!」


倒れた男は町兵に任せる。


残り1人。


「待てこら!」


ショットナイフを腰へ戻す。


身体強化は切らない。


今度は、上半身を安定させる方ではなく、脚へ回す力を一気に増やした。


腰を落とし、地面を強く蹴る。


「――っ!」


体が前へ飛び出す。


速い。


さっきまでとは明らかに加速が違う。


自分でもまだ、この感覚には慣れない。


少しずつ離されていた男の背中が、みるみる近づいてくる。


男が振り返った。


「なっ!?」


驚いた顔。


そりゃそうだろう。


36歳のおっさんが急に追いついてくるとは思わんわな。


残り3m。


2m。


1m。


男が走りながら腰へ手を伸ばした。


刃物か。


「させるか!」


後ろから腰へ組みつく。


勢いを殺さず、そのまま横へ倒した。


2人まとめて地面を転がる。


「離せ!」


男が暴れる。


肘が飛んでくる。


バックラーで受ける。


反対の腕をねじり、背中へ押さえ込んだ。


「大人しくしろ!」


「くそっ!」


まだ抵抗する。


振りほどこうと体を起こしたところへ、空いている手で短く一撃。


男の力が抜けた。


気を失ったらしい。


「……ふぅ」


息を吐き、身体強化を落とした。


ほどなくして、後を追っていた町兵もやってきた。


町兵が男の腕を後ろへ回して縛る。


「しかし……」


町兵が、倒れた男とオレを見比べる。


「よく追いつきましたね」


「まあな」


詳しく説明すると長い。


今はいいだろう。


それより。


自分の腰にあるショットナイフを見る。


作った本人じゃないオレでも、走りながら脚へ当てられた。


大したもんだ。


昼間。


レオンへ言った。


――こんなの持ち歩いてたら、そのうち暗殺者とか言われるぞ。


その数時間後。


まさかオレが逃げる犯罪者へ撃つことになるとは。


「……あいつ、これを想定して作ったわけじゃねぇよな?」


たぶん違う。


まあ、役に立った。


それでいい。


◇


製造所へ戻る頃には、地下工房の制圧もほぼ終わっていた。


隠された床板から地下へ降りる。


泥の床には、武器を取り上げられた男たちが座らされ、領兵が1人ずつ手を縛っている。


壁際には押収する品がまとめられていた。


蜂蜜の樽。


小麦粉。


秤。


瓶。


蝋。


削り取られた焼印。


作業手順や指示が書かれた紙束。


そして、大きな桶の中には白く濁った蜂蜜が残っていた。


……これか。


ココラが食って、


「粉っぽい」


と言った原因は。


ミースさんがこちらへ歩いてくる。


その横から、領兵の1人がショートスピアを差し出した。


「バンさん。逃走路の入口に置いてあった槍です」


「ああ、悪い。助かる」


槍を受け取り、ミースさんへ向き直る。


「2人逃げたと聞いたが」


「両方捕まえました。町兵に引き渡してあります」


「負傷は?」


「片方は脚をやりました。もう片方は気絶させて、町兵に任せてあります」


ミースさんが一度だけ頷いた。


「よくやってくれた」


それだけ。


戦いの後に長々と褒めるような人じゃない。


むしろ、その方がありがたい。


「こちらは?」


「今のところ8人確保した。逃走通路も調べさせている」


8人。


逃げた2人を合わせれば10人。


思った以上にいた。


「森の方は?」


「まだ報告待ちだ」


その時。


地上から声が響いた。


「ミース隊長! 森側から伝令です!」


「通せ!」


ほどなくして、領兵が階段を駆け下りてくる。


「森側より報告! グラント騎士の部隊、隠れ家への突入に成功!」


一瞬、地下室が静かになった。


「状況は?」


「複数名を拘束。現在、残党の捜索と建物の確認を続けています!」


ミースさんが大きく息を吐く。


「分かった。こちらも予定通り制圧したと伝えろ」


「はっ!」


領兵が再び階段を上がっていく。


どうやら、両方とも成功したようだ。


オレは桶の中の偽蜂蜜へ目を向ける。


昼間、フィーズの喫茶店で笑っていた時には、


近いうちに大掛かりな捜査になるだろう。


その程度に考えていた。


それから半日も経っていない。


地下工房は押さえられ。


森の隠れ家にも領主軍が踏み込み。


捕まった連中が、今こうして泥の床へ並んでいる。


「……血の雨、か」


思わず呟く。


実際に流れた血は、今のところ大したことはない。


それでいい。


捕まえた奴らには、これからたっぷり喋ってもらわなきゃならん。


誰が蜂蜜を盗んだ。


誰が偽物を作らせた。


誰が売った。


どこまで広がっている。


大捕物は終わった。


だが――事件そのものは、これかららしい。


◇


捕まえた連中の引き渡しや、簡単な報告を終えて定宿へ戻った頃には、夜もかなり更けていた。


部屋へ入る。


レザーアーマーを脱ぎ、バックラーとショートスピアを壁際へ置く。


ショットナイフもベルトから抜いて、机の上へ置いた。


「……今日はこいつに助けられたな」


顔を洗い、ようやく椅子へ腰を下ろす。


もう酒場も閉まっている時間だ。


そこで荷物の中から、昼間レオンとココラにもらった物を取り出した。


10年物のコニャック。


それと、レオンが作ったラスク。


「……そういや、こっちも今日もらったんだったな」


瓶の栓を抜く。


ふわりと甘い香りが広がった。


小さな杯へ少しだけ注ぐ。


「じゃあ、ありがたく」


一口。


喉を通った後から、じわっと熱が広がる。


さすがに普段飲んでいる酒とは違う。


ラスクも1枚つまむ。


カリッと軽い音がした。


甘さはあるが、酒の邪魔をするほどじゃない。


昼間はレオンたちと喫茶店で話して。


その後は昼寝をして。


夜には犯罪者を追い回していた。


「……ずいぶん長い1日だったな」


机の上には、使い終えたショットナイフ。


手元には、昼間あいつらからもらった酒とラスク。


今日は何から何まで世話になっている。


オレは杯を傾ける。


「今の内から卒業祝いを考えておいたほうがよさそうだ」


明日になれば、また面倒な話がいくつも出てくるだろう。


捕まえた連中の取り調べもある。


森の拠点から何が見つかったのかも分からない。


だが、それは明日の話だ。


今夜くらいは、ゆっくりさせてもらおう。


もう一口飲む。


甘い香りと熱が、ゆっくり喉を通っていく。


「……うまいな」


やっぱり、いい酒だ。


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