第2章 Act.12 バンさんは、緊急依頼で忙しい
レオンとココラと別れた後、オレは市場へ寄って、傷薬や革紐なんかの消耗品を買い足した。
しばらく大きな仕事に出る予定はないが、使った分を補充しておくのも冒険者の仕事だ。
それから定宿へ戻り、買い足した物を部屋へ置く。
さて。
昼飯も食った。
買い物も済んだ。
今日はもう急ぎの仕事もない。
「……寝るか」
昼寝をすることにした。
いくらオレの体が丈夫だからといって、寝なくても疲れないわけじゃない。
休める時に休む。
食える時に食う。
傷があれば早めに治す。
装備が傷んでいれば、壊れる前に直す。
そうやって普段から万全に近い状態を保っているから、いざという時に無茶が利く。
丈夫だから休まなくていい、なんて考えてる奴から先に体を壊す。
上着を脱ぎ、寝台へ横になる。
目を閉じると、思った以上に早く眠気が落ちてきた。
ぐぅ……
◇
目を開けると、部屋が真っ暗だった。
「……ん?」
窓の外にも日の光がない。
完全に夜だ。
「寝すぎたか」
思っていたより、ずいぶん眠ったらしい。
フィーズの喫茶店で飲んだスパイス・エールが、意外と効いていたのかもしれん。
もっとも、頭はすっきりしている。
体も軽い。
昼寝前より、明らかに調子がいい。
腹も減った。
「酒場でも行くか」
夕飯ついでに、軽く一杯飲むのも悪くない。
そう思って寝台から起き上がり、上着へ手を伸ばした。
その時だった。
ドンドンドン。
部屋の扉が強く叩かれる。
こんな時間に宿の人間がする叩き方じゃない。
オレは上着ではなく、壁へ立て掛けていたショートスピアへ手を伸ばした。
「誰だ?」
「冒険者ギルドです。バンさんですか?」
若い男の声だった。
聞き覚えがある。
ギルドの下働きをしている奴だ。
槍から手を離し、扉を開ける。
廊下には息を切らせた男が立っていた。
「どうした?」
「ギルド長からです。今すぐ来てほしいと」
「依頼か?」
男は一瞬だけ迷ってから、小さく頷いた。
「緊急依頼です。詳しいことは、ギルドで直接説明するそうです」
なるほど。
普通の依頼じゃなさそうだ。
「分かった。すぐ行く」
扉を閉める。
眠気はもう完全に消えていた。
◇
レザーアーマーを着込み、腰へ小型手斧。
左腕には小型バックラー。
右手にショートスピア。
そして最後に、昼間レオンからもらったショットナイフをベルトの内側へ差した。
まさか、もらったその日に持ち出すことになるとは思わなかった。
宿を出る。
夜の町は静かだった。
露店はほとんど片づき、通りを歩いているのも、仕事帰りの職人や酒場へ向かう連中くらいだ。
見たところ、町に変わった様子はない。
だが、冒険者ギルドへ近づくにつれて、妙な違和感が出てきた。
人が少ない。
普段なら夜でも何人か入口の前で話している冒険者がいるのに、今日は誰もいない。
中へ入る。
受付にいた職員が、オレの顔を見るなり立ち上がった。
「バンさん。ギルド長室へ」
「分かった」
余計なことは聞かない。
階段を上がり、ギルド長室の扉を叩く。
「入れ」
中へ入ると、ギルド長のドルカンさんが机の向こうへ座っていた。
そして、もう1人。
見覚えのある男がいる。
「ミースさん」
ベイセル・ナ・ミース。
前回のダンジョンで、探索部隊全体の指揮を執っていた人物だ。
ミースさんはオレを見ると、小さく頷いた。
「来たか、バン」
「どうも」
扉を閉める。
ドルカンさんがすぐに本題へ入った。
「今夜、領主側が一斉捕縛を行う」
「……今夜?」
思わず聞き返した。
「ティリア・ハニーの件ですか?」
「そうだ」
やっぱりか。
昼間、レオンたちへ言ったばかりだ。
――近いうちに、この町に血の雨が降るかもしれねぇ。
まさか、その日の夜に降らせる側へ回るとは思わなかった。
「ずいぶん急ですね」
ミースさんが答える。
「急なのではない。お前たちへ知らせるのが今になっただけだ」
机の上には、町と周辺を簡単に描いた地図が広げられている。
「情報漏れを防ぐため、作戦を知っていたのはマルセル様と直属騎士、それに一部の領兵だけだ。町兵にも、まだ全容は伝えていない」
「そこまで隠してたんですか」
「ああ」
ミースさんが地図の一点を指した。
「密偵の調査で、偽造品を作っている場所と、盗品を集めている連中の拠点がほぼ割れた」
指先が、町の一角へ移る。
「……この辺り」
見覚えのある場所だった。
オレが以前、ヘブを見つけた貧困街の一角だ。
「そうだ。お前が報告した小屋の周辺を調べた結果、少し離れた別の家へ人の出入りが集中していることが分かった」
ミースさんの指が、地図の上をわずかに動く。
「偽造品を作っているのは、こっちだ」
なるほど。
オレが見つけたボロ小屋そのものが、工場だったわけじゃないらしい。
「お前の報告を受けて、この一帯を監視していた。そこへ偽造品の確認が取れて、一気につながった」
「なるほどな……」
ドルカンさんが腕を組む。
「それで、お前にも参加してもらう」
「オレですか?」
「ああ」
「今回、お前を推薦したのは私だ」
ミースさんが?
「ダンジョンでのお前の判断は見ている。それに21年、この町を拠点に仕事を続けてきた。身元も仕事ぶりも問題ない」
一度言葉を切る。
「何より、最初にあの一帯の異常を報告したのはお前だ」
そこまで言われれば、断る理由はない。
「分かりました。受けます」
「話が早くて助かる」
ミースさんが地図をこちらへ向けた。
「作戦は2ヶ所同時だ」
町の中と、その外。
2つの場所を指す。
「1つは、偽ティリア・ハニーを製造している場所。先ほど見せた家だ。こちらは私が指揮する」
参加するのは、ミースさんを含む領兵15人。
それに、ギルドから選ばれた冒険者5人。
オレもその5人の中に入る。
計20人。
「町兵は?」
「家の周囲を封鎖する」
ミースさんが答える。
「今から、実力と信用の確認が取れている者だけを集める。逃げ出した者を捕らえるのが主な役目だ」
情報漏れを防ぐため、町兵にも作戦開始直前まで知らせない。
それ以外の者は、門や市場の警備、夜間巡回など、普段の持ち場へ残すらしい。
大捕物だからといって、町そのものを無防備にはできない。
「もう1ヶ所が、盗品を集めている連中の拠点だ」
ミースさんの指が、町の外へ動いた。
街道から外れた森。
「盗んだティリア・ハニーの集積と、盗賊団の拠点と思われる場所がここにある」
「町の外だったのか」
「ああ。森の中に隠れ家を作っている」
こちらへ向かうのは領主軍40人。
指揮するのは守備騎士グラント・エージン。
その中には、レオンが露店の件を報告した領兵のローガンもいるようだ。
「ずいぶん出しますね」
「領主様が本気だということだ」
ドルカンさんが言った。
「盗品の保管場所だけなら、ここまでは出さん」
つまり。
主犯格も、そちらにいる可能性が高い。
ミースさんが続ける。
「こちらの家と森の拠点は、ほぼ同時に押さえる。一方が先に気づけば、もう一方へ知らせる可能性があるからな」
「捕縛優先ですか?」
「ああ。可能な限り生け捕りだ」
当然か。
こいつらには、誰から命令されたのか。
盗んだ蜂蜜をどこから手に入れたのか。
どこへ売ったのか。
全部吐いてもらわなきゃならない。
殺して終わりじゃ意味がない。
「抵抗された場合は?」
「武器を捨てるよう警告する。それでもこちらの命を狙うなら、必要な範囲で武力を使え」
ミースさんがオレを見る。
「ただし、追いすぎるな。外周には町兵がいる」
「了解です」
話は終わった。
立ち上がる。
昼間はのんびり蜂蜜パイを眺めながら話してたってのに。
今日はずいぶん長い1日になりそうだ。




