第2章 Act.11 水面下の暗闘は大変そう
ショットナイフを布で包み直し、それぞれ自分の分をしまう。
これで、今日渡したかった物は一通り渡せた。
「じゃあ、次はこっちを見てもらっていいですか?」
今度は何枚かの粗紙をテーブルの上へ広げる。
「レザーアーマーの設計案です」
描いてあるのは、俺たち3人分の完成予想図だ。
前衛で斥候もこなすバンさんは、長時間動いても疲れにくく、槍や小型バックラーの取り回しを邪魔しない形。
短杖と円盾を使うココラは、身軽さを損なわず、腕や脚を大きく動かせる軽めの形。
俺の分は、片手剣を振る右腕と、魔法を使う左腕の動きを妨げないよう、肩や腕の可動域を広めに取ってある。
「まだ大まかな案ですけど、使いにくそうなところがあったら教えてください」
2人はそれぞれ自分用の図面を手に取り、しばらく眺めた。
「オレのは、肩の前をもう少し開けた方がいいな。槍を引いた時に引っかかりそうだ。それと、多少守りが落ちても重くしすぎねぇ方が助かる」
「私は、ここの留め具を少しずらしてほしいかな。杖袋のベルトと重なりそう。それと、丈ももう少し短い方が動きやすそうだよ」
「なるほど」
言われたところへ木炭で印を付けていく。
俺の図面についても2人に見てもらうと、やはり肩回りをもう少し動かしやすくした方がいいという意見が出た。
図面だけ見て考えるのと、実際に使う本人に聞くのとでは違う。
「一度持ち帰って、全部直してみます。細かい構造はオヤジとゴーア兄にも見てもらいますね」
「ああ、頼む。防具は作る奴と使う奴、両方の意見があった方がいいからな」
「私も、出来上がる前にもう一度着た感じを確認したいな」
「もちろん」
いくつかの改良点を書き込み、粗紙をまとめる。
まだ完成には遠いが、最初の案よりはずっと良い物になりそうだ。
一通り防具の相談も終わったところで、バンさんが尋ねてきた。
「そういや、あの魔石の鑑定はどうだった?」
「ああ……あれですか」
俺とココラは顔を見合わせる。
「中級魔石でしたよ」
「お、いいじゃねぇか」
「効果は、半透明の粘液を出します」
「……は?」
「半透明の粘液を出す魔石です」
念のためもう一度言った。
バンさんが黙った。
「毒は?」
「なし」
「燃える?」
「燃えません」
「何か溶かすとか」
「それもなし」
「…………」
「今のところ、ただの無害な粘液です」
バンさんは少し考えた後、
「ハズレだな」
「ですよねえ」
中級魔石ではあるものの、今のところ使い道はない。売っても、それほど良い値段にはならないらしい。
「一応、持ってますけどね。何か使い道を思いつくかもしれないし」
「お前の場合、本当に妙な使い方を思いつきそうだからな」
それは褒め言葉として受け取っておこう。
「そういえば、お前らローガン隊長にティリア・ハニーを謳った露店の菓子屋について報告したらしいな」
バンさんが手にしていたエールのジョッキを置き、周囲へちらりと目を向ける。
それから少し声を落とした。
「……その件なんだがな」
「何か分かったんですか?」
「ああ。オレが前に入れた報告とも関係あるらしくてな。ギルドから少しだけ聞かされた」
バンさんが俺たちへ少し身を寄せる。
「お前らが持ち込んだクラッカーの残りを調べたらしいんだが――あれ、やっぱり偽造品だったそうだ」
「やっぱり……」
ココラの耳がぴくりと動いた。
「じゃあ、本物のティリア・ハニーじゃなかったんですか?」
「いや。そこが少し違う」
バンさんが首を横へ振る。
「本物は入ってたらしい」
「え?」
今度は俺が聞き返した。
「本物のティリア・ハニーを元にして、別の何かを混ぜて量を増やしてたらしい。何をどれだけ混ぜてたかまでは、オレも詳しく聞いてねぇけどな」
俺とココラはもう一度顔を見合わせた。
「じゃあ、あの花の香りが少し残ってたのって……」
「元は本物だったからか」
そして、舌に残ったあの妙な感触。
「……あの粉っぽさが、混ぜ物だったのか」
「たぶんな」
なるほど。
別の蜂蜜をティリア・ハニーと偽っていたんじゃない。
本物に何かを混ぜて、量を増やしていた。
そりゃ、最初の一口だけでは分かりにくいはずだ。
「しかもな。この話、どうもそれだけじゃ済まなさそうなんだ」
バンさんがさらに声を落とした。
「オレも少し前に、奉仕をサボってた男を見つけて、仕事に戻したことがあってな」
「へえ、そういう仕事もあるんですね」
「まあな。で、その男なんだが、妙に甘い匂いがしてたんだよ。気になって、出てきたボロ小屋の周りを見てみたら、人が何度も出入りした跡もあった」
バンさんは指先でテーブルを軽く叩く。
「その時は何の匂いか分からなかったから、念のためギルドへ報告だけ入れといたんだ」
「それが今回の件と?」
「まだ確定じゃねぇ。だが、お前らのクラッカーの件が出てから、そっちも調べ直してるらしい」
バンさんは周りをもう一度確認した。
「まだ調べてる最中の話だ。外じゃ話すなよ」
「分かりました」
「はい」
それからバンさんは、声を潜めたまま続けた。
「それでな……領主様が相当怒ってるそうだ」
「そんなにですか?」
「そりゃ怒るだろ」
さっきまで残っていた軽い調子が消える。
「ただ粗悪な蜂蜜を売ったって話じゃねぇんだ。『ティリア』の名を付けて、偽物を売ったんだぞ」
ティリア・ハニーは、ティリアガルデンと周辺の村で採れる菩提樹の蜂蜜だ。
花の香りと、後味に残るかすかな清涼感が特徴で、この地方を代表する特産品の1つでもある。
「しかも本物を混ぜてるなら、その本物をどこから手に入れたのかって話にもなる」
「あ……」
そこまで聞いて、俺も分かった。
「作って売ってた奴だけ捕まえれば終わり、じゃないんですね」
「ああ」
バンさんが頷く。
「元の蜜はどこから来た。誰が作った。誰が混ぜた。誰が運んだ。誰が売らせた。偽物だと知ってた奴はどこまでいる」
指を1本ずつ立てていく。
「調べるなら、その辺を全部掘ることになる」
ココラが表情を曇らせた。
「もし、これが町の外まで出回っていたら……本物のティリア・ハニーまで疑われますよね」
「それが一番まずい」
バンさんが真剣な顔で頷いた。
「一度でも『ティリア・ハニーは混ぜ物をした粗悪品だ』なんて評判が立ってみろ。まともに作ってる養蜂家まで巻き添えだ」
本物まで疑われれば、困るのは養蜂家だけではない。
ティリア・ハニーを扱う商人や店、それを町の外へ運ぶ行商人までが影響を受ける。
まして、マルセル・ナ・ティリアにとっては、自分の領地の名を冠した特産品だ。
偽物の評判が広がれば、ティリア・ハニーだけではなく、領地そのものの信用にも関わってくる。
「……思ってたより、でかい話になってません?」
俺たちは、変な味のクラッカーを見つけてローガンさんへ渡しただけなんだが。
「なってるな」
バンさんはそう言って、ようやくスパイス・エールを一口飲んだ。
「領主様が本気で調べるってなったら、露店屋を1人、2人捕まえて終わりじゃねぇ。作ってる場所も、仕入れ先も、売ってる連中も、まとめて洗われる」
そして、少しだけ口元を歪める。
「……しばらくこの町、血の雨が降るかもしれねぇな」
「ちょっと物騒すぎません?」
思わず聞き返した。
「言い方の話だ」
バンさんは平然としている。
「まあ、表じゃ静かでも、水面下じゃかなり動くことになるだろうな」
「血の雨」なんて冗談めいた言い方をしていたが、その目はまったく笑っていなかった。
俺は何となく、テーブルの上にあるココラの蜂蜜パイを見る。
表面には、本物のティリア・ハニーが黄金色に輝いている。
あの花の香りも、後味に残るかすかな清涼感も、俺はよく知っている。
俺たちが露店のクラッカーに感じたのは、ほんの小さな違和感だった。
――香りが弱い。
――妙に粉っぽい。
それだけだった。
だが、その違和感の向こうには、俺たちが思っていたよりずっと大きな何かが隠れていたらしい。




