第2章 Act.9 武器製作と、お菓子作り
さて、ローガンさんに怪しい露店を報告した翌日から、俺は新しい武器を作り始めていた。
学校に通い、工房の仕事をこなしながら、空いた時間を使って少しずつ進めている。
遠距離攻撃については、学校で教わったスリングを練習していくつもりだ。
石さえあれば使えて、慣れればかなり遠くまで飛ばせる。時間をかけて身につける武器としては、俺に合っていると思う。
ただ、スリングは振り回すための空間が必要で、緊急時に素早く使うには向いていない。
欲しいのは、敵に接近された時、10mほどの距離から素早く使える補助武器だ。
できれば投げ方のような技術を必要とせず、狙って作動させれば使える物がいい。それなら、投擲の練習をしていないココラでも、すぐに扱える可能性がある。
何か使えそうな物はなかったかと前世の記憶をひっくり返し、思い出したのがスペツナズナイフだった。
柄の中に仕込んだばねの力で、刃を前方へ射出する特殊なナイフである。
投げる動作がいらず、弓ほどかさばらない。構造も比較的単純で、刃を飛ばすだけなら魔法へ頼る必要もない。
俺は工房の片隅にある机へ紙を広げ、思い出せる範囲で構造を描いてみた。
柄の中にばねを収め、その力を留め金で押さえる。スイッチを押すと留め金が外れ、刃が前へ飛び出す。
大まかな仕組みは、それだけだ。
「刃を飛ばすナイフか。また妙なもんを考えたな」
いつの間にかそばへ来ていたオヤジが、俺の横から身を乗り出し、机の上の図面を覗き込んでいた。
「投げるより早く使えると思うんだ」
「ちゃんと真っすぐ飛べばな」
「そこは頑張ってなんとかする」
せっかく鍛冶スキルとDEXを上げたんだ、ここで試しておきたい。
オヤジは図面の上へ太い指を置き、柄の内部を示した。
「一番先に考えるのは、ばねの強さじゃねぇ。こいつが勝手に飛び出さねぇ仕組みだ」
「うん、俺もそれが一番怖いと思ってる」
腰へ差している時や、何かへぶつけた時に刃が飛び出せば、敵より先に自分や仲間を傷つけてしまう。
そこで、物理式の安全装置に加え、スイッチを押しながら少量の魔力を流した時だけ、内部の留め金が外れる仕組みを組み込むことにした。
俺とココラの物には、この二重の安全装置を採用する。
魔法を使えないバンさんの物は、スイッチを覆う金具と、押し込みながら前へスライドさせないと作動しない仕組みを組み合わせた、物理式の二重安全構造にした。
「これなら、不意に押しただけで飛ぶことはないと思う」
「思う、じゃ駄目だ。最後に何度も試せ」
「もちろん」
オヤジは頷き、机の脇にあった椅子を引き寄せた。
「それで、材料はどうする?」
射出する刃は、普通の鉄製にする。
飛ばした刃を毎回回収できるとは限らないため、刃は最初から消耗品と割り切り、簡単に交換できる形にした。
柄の中に収めるばねには、アモルファス鋼を使う。
アモルファス鋼は弾性に優れ、小さくしなった後も元の形へ戻りやすい。精密器具のばねや留め金にも使われる素材だ。
ただし、俺やオヤジの工房でアモルファス鋼そのものを作ることはできない。
そのため、以前に仕入れていた規格の合う既製の小型ばねを使い、取り付け側の部品を合わせる。
問題は、柄だった。
内部へばねや留め金を収めるため、普通のナイフより太くなる。そのまま全鉄製にすれば、かなり重くなってしまう。
俺とバンさんの物には、それぞれ5gのミスリルを使う。鋼に少量加え、柄の粘りと耐久性を上げるためだ。
ココラの物には30g使う。
短杖と円盾を持つココラに、これ以上重い装備を増やしたくないからだ。
ココラ用は、既製の細いミスリル材を柄の骨組みに使い、外側を覆う鉄を薄くする。
大きさも、ココラの手に合わせてほかの2本より少し細くした。
使用するミスリルは全部で40g。
材料費は合わせて約9,300コルになる。
安い材料ではないが、すでにダンジョン攻略の報酬を受け取っている。今の貯金なら、無理なく支払える額だ。
必要な材料を揃え、最初の試作品を作った。
まず普通の鉄で柄を作り、内部へばねと留め金を収める。刃がぶれずに前へ進むよう、柄の内側には案内となる溝を設ける。
細かな部品の精度出しは、オヤジにも手伝ってもらった。
製作を始めて3日目。
工房の裏に木製の的を置き、最初の発射試験を行った。
周囲に誰もいないことを確認してから、安全装置を外す。
柄を的へ向け、スイッチへ指をかけた。
少量の魔力を流しながら押し込む。
シュッ、と小さな音を立てて、刃が飛び出した。
しかし、真っすぐ飛んだのは最初だけだった。
刃は途中から右へ逸れ、的の横を抜けて地面へ突き刺さった。
「溝の左右が揃ってねぇな」
オヤジが柄の中を覗き込む。
確かめてみると、刃を支える部分が片側だけわずかに高くなっていた。
ほんの小さな差だったが、射出された刃には大きく影響したようだ。
溝を削り直し、左右の高さを揃える。
次の試験では、スイッチを押しても刃が飛ばなかった。
今度は、安全装置の留め金が内部へ引っかかっている。
誤作動を防ごうとして留め金を深くしすぎたせいで、魔力を流しても十分に外れなくなっていた。
形を少し変え、何度も動かして引っかかりがないことを確かめる。
3回目は真っすぐ飛んだものの、刃は的まで届かず、手前へ落ちた。
刃が重すぎたうえ、柄の内部でこすれて勢いを失っていたようだ。
刃の厚みを減らし、接触する部分を磨き直す。
学校がある日は、帰ってから少しずつ作業を進めた。
刃の形やばねの強さ、留め金の位置を調整し、最初の1本で構造が固まってからは、その寸法を基準にバンさんの分を作った。
最後に取りかかったのは、細身のココラ用だ。
ココラ用だけは柄の構造が少し違うため手間取ったが、オヤジにも細かな部品の調整を手伝ってもらい、少しずつ形になっていった。
3本が形になってからは、柄を振ったり、軽くぶつけたり、何度も安全装置を操作したりして、勝手に作動しないことを確かめた。
それから5日後。
完成した3本を工房の裏に並べ、最後の試験を行った。
安全装置を解除し、的へ向ける。
魔力を流しながらスイッチを押すと、シュッ、と小さな音を立てて刃が飛び、10mほど先の的へ突き刺さった。
続けて何度か試しても、大きく狙いが逸れることはない。
バンさん用の物も、スイッチを覆う金具を外し、スイッチを押し込みながら前へスライドさせると、問題なく作動した。
スリングや弓の代わりになるほど遠くへは届かない。
それでも、緊急時に10m先の敵を攻撃する手段としては十分使えそうだ。
狙ってスイッチを操作するだけなので、投げナイフのように投げ方を身につける必要もない。
これならココラでも、使い方さえ覚えればすぐに扱えるだろう。
ココラ用の物も、狙いどおり軽く仕上がっている。
柄に使った鉄はほかの2本より薄いが、内側のミスリルが骨組みになっているため、握り込んでも歪む気配はなかった。
最後に、交換用の鉄製の刃が問題なく取り付けられることを確認する。
これで完成だ。
俺は製作記録の名前欄へ、考えていた名称を書き込んだ。
『ショットナイフ』
刃を撃ち出すナイフだから、ショットナイフ。
前世の名前をそのまま使っても、この世界の人には意味が通じない。こちらの方が仕組みも想像しやすいだろう。
「ずいぶん、そのまんまの名前だな」
記録を覗いたオヤジが言った。
「分かりやすくていいだろ」
「まあ、覚えやすくはあるな」
製作記録へ最後の試験結果を書き込み、3本のショットナイフを作業台に並べた。
◇
ショットナイフは完成した。
だが、ココラへ渡す物が刃の飛び出すナイフだけというのは、さすがに物騒すぎる。
そこで、甘い菓子も一緒に作ることにした。
用意したのは、薄くスライスしたパン。
作るのは、前世にもあったラスクだ。
ティリア・ハニーを少量のバターと合わせた物と、小鍋で軽く煮詰めた野苺のジャムを、それぞれ表面へ薄く塗っていく。
ティリア・ハニーは、熱を加えすぎると花の香りが弱くなる。
そこで直火には当てず、火を落とした鍛冶炉に残る弱い余熱を使うことにした。
厚手の鉄鍋へ小さな金網を敷き、その上へパンを並べる。
蓋を少しだけずらし、炉から少し離れた場所へ置いた。
このまま一晩かけて、ゆっくり水分を抜いていく。
あとは朝まで待つだけだ。
翌朝。
今日は学校も休みだ。
工房へ下り、鉄鍋の蓋を開けた。
蜂蜜とバターの甘い香りに、野苺の甘酸っぱさが重なって、ふわりと広がった。
パンの表面には薄く焼き色がつき、指で持ち上げても曲がらない。
蜂蜜味を1枚取り、半分へ割ってみた。
ぱきり、と乾いた音がした。
口へ入れると、軽い歯触りのあとから、ティリア・ハニーの花の香りと、かすかな清涼感が広がった。
野苺の方も1枚味見する。
甘さの中にほどよい酸味が残り、薄く塗ったジャムも十分に乾いている。表面がべたつくこともなかった。
よし。
これなら持っていけそうだ。
と、そこへ後ろから足音が近づいてきた。
「兄貴、なんかいい匂いする」
寝起きらしいアンビーが工房へ入ってきた。
まだ少し眠そうだった目が、鉄鍋を見つけた途端に開いた。
「お、うまそう。これ食っていい?」
返事を待つより早く、ラスクへ手を伸ばす。
その手を軽く叩いた。
「いたっ! 何すんだよ」
「これは、ココラとバンさんの分だ。お前とオヤジ、工房のみんなの分はそっちにある」
「なんだ、ちゃんとあるんじゃん」
顎で、もう1つの大きな鉄鍋を示した。
アンビーの顔が一瞬で明るくなった。
「兄貴、たまには気が利くな!」
「たまには、は余計だ」
アンビーがさっそく鉄鍋の方へ向かおうとして、ふと作業台の前で足を止めた。
「……なにこれ?」
作業台には、昨日完成した3本のショットナイフが並んでいる。
アンビーが興味深そうに顔を近づけた。
「新しく作った武器だ」
「ナイフ?」
「刃が飛ぶ」
「刃が飛ぶ?」
アンビーの目が輝いた。
「見たい!」
「駄目」
「なんでだよ」
「朝っぱらから工房の中で刃物を撃てるか」
「じゃあ外で!」
「もう試験は終わってる」
「ケチ」
アンビーは不満そうに頬を膨らませ、ショットナイフを横から眺めた。
「でもさ、刃が飛ぶナイフって、絶対危ないやつじゃん」
「さっきまで見たいって言ってた奴が言うな」
「見るのと使うのは別だろ」
「都合のいい理屈だな、お前」
アンビーは気にした様子もなく、今度は3本を順番に見比べた。
「これだけ細いな」
ココラ用を指差した。
「ココラ用だ。ほかの2本より軽くしてある」
「ふーん」
アンビーは少し考えた。
「じゃあ、この一番普通っぽいのが兄貴ので……こっちがバンさん?」
「そう」
「兄貴のが一番地味じゃん」
「性能は同じだよ」
「でも地味じゃん」
「2回言うな」
アンビーはにやっと笑うと、ようやく大きな鉄鍋へ向かった。
「まあいいや。俺はこっちで」
「切り替え早すぎだろ」
「今食っていい?」
「後でみんなと一緒に食べろ」
「分かった!」
元気よく答え、そのまま鉄鍋の周りをうろうろし始めた。
……その返事が一番信用ならない。
味が混ざらないよう、ラスクをそれぞれ別の紙袋へ収めた。
作業台の上には、仕上がった3本のショットナイフ。
その隣には、ティリア・ハニーと野苺ジャム、2種類のラスクが並んでいる。
武器と菓子。
妙な取り合わせではあるが、今回作りたかった物は、これですべて揃った。




