第2章 Act.8 気になる中級魔石の特性は?
その日の放課後、俺はココラと2人で、予定どおり魔石ギルドへ向かった。
ブル・グローダが残した魔石。その正式な鑑定結果を聞くためだ。
魔石ギルド・ティリアガルデン支部は、通りに面して建つ頑丈な2階建ての石造りの建物だった。
正面には魔石ギルドの紋章と、魔導省の認可施設であることを示す金属板が掲げられている。1階には、透明度の高い大きな板ガラスを頑丈な木枠にはめ込んだ窓が並んでいた。
この世界では、小さな板ガラスなら一般家庭でも使われているが、透明度が高く、しかも大きな板ガラスとなるとかなりの高級品だ。これだけの物を建物の正面に使えるというだけで、資金も信用もある立派な施設だと分かる。
ここは魔石の充填や鑑定、等級認定、売買などを行う専門施設だ。
屑魔石なら、魔法を使える者が時間をかければ自分でも充填できる。しかし、容量の大きな低級・中級魔石を安全に満たすには専用設備が必要なため、町人だけでなく工房や商会も利用している。
扉を開けて中へ入ると、明るい漆喰の壁と磨かれたオーク材の床、魔導ランプに照らされた木製の受付台が目に入った。
いくつかの相談席は背の高い衝立で区切られ、店内では町人や工房の徒弟、冒険者たちがそれぞれ魔石を持ち込んでいる。
冒険者ギルドのような騒がしさはないが、静かな仕事の活気があった。
前世でいうなら、銀行の窓口に、宝石店の上品さと警戒感を足したような雰囲気だ。
隣では、ココラが受付や木製棚の配置を見比べるように視線を動かしている。
受付や木製棚を熱心に見ている様子からすると、いつか自分の魔道具店を開く時の参考にしているのかもしれない。
一方、俺としては、魔石ギルドなんて名前なのだから、色とりどりの魔石が壁一面に並んでいるくらいは期待したくなる。
だが、高価な魔石は奥へ厳重に保管されているらしく、表に出ているのは見本用の屑魔石と、番号札や料金表くらいだ。
魔石ギルドというわりに、思ったよりファンタジー感が薄い。
その時、奥の扉の向こうから、低い振動音が響いた。扉の隙間から淡い光が漏れ、わずかに熱を帯びた空気がこちらまで流れてくる。
……まあ、奥ではちゃんとファンタジーしているらしい。
俺たちが受付で番号札を差し出すと、職員は台帳と見比べ、改めて俺の顔を確認した。
「レオン様ですね。お待ちしておりました。鑑定結果は、奥の個室でご説明いたします」
おっと、個室へ案内されるのは初めてだ。
何か問題でも見つかったのだろうか。
俺とココラは一瞬顔を見合わせ、職員の後について1階奥の個室へ入る。
室内には、小さな机と椅子が4脚置かれていた。机の上には何枚かの鑑定書と、蓋の閉じられた木箱が用意されている。
俺たちが並んで腰を下ろすと、向かいに座った女性の鑑定士が口を開いた。
「最初に申し上げておきますが、危険な性質が見つかったわけではありません。固有効果が珍しく、価格についても説明が必要なため、こちらへお通ししました」
とりあえず、危険物ではなかったらしい。
ココラも少し安心したように肩の力を抜いた。
「それでは、鑑定結果をご説明します。こちらの魔石の正式等級は、中級です」
「中級!」
思わず声が出た。
ココラの長い耳も、ぴんと立った。
屑魔石や低級魔石とは桁が違う。中級魔石なら、一般的なものでも買取で5万コル前後だったはずだ。
「ただし、確認された固有効果が、かなり特殊です」
鑑定士は木箱から魔石を取り出し、机の上に置かれた小型の金属台へ固定した。
横に取り付けられた魔導回路へ手を添えると、刻まれた線が淡く光り、魔石へ少量の魔力が流れ込む。
数秒後、魔石の表面から半透明の何かが、ゆっくりとにじみ出てきた。
どろりとしたそれは魔石の側面を伝い、下に置かれた浅い陶器皿へ溜まっていく。
「これは……粘液ですか?」
ココラが戸惑いながら尋ねた。
「はい。この魔石へ魔力を通すと、半透明の粘液が生成されます」
ブル・グローダの、ぬるぬるとした巨体を思い出す。
鑑定士が続ける。
「固有効果は、元になった魔獣の性質を受け継ぐことが多いのですが、同じ種類の魔獣でも必ず同じ効果になるわけではありません。個体によって性質が変わることもあります」
鑑定士は手元の書類を1枚めくり、次の項目へ目を落とした。
「調査した範囲では、可燃性、毒性、腐食性は確認されていません。皮膚に触れても害はありませんが、食用にできる物でもありません」
無害な粘液。
一体、何に使えばいいんだ。
「水そのものじゃなかったね……」
ココラが小声で言った。
「ああ。思ってたのとは、かなり違ったな」
まさか、粘液が出てくるとは思わなかった。
「それで、価値の方はどうなるんですか?」
ココラが気を取り直し、鑑定士へ尋ねた。
「魔石の等級は、有効魔力容量、安全に取り出せる最大出力、充填と使用時の安定性によって決まります。固有効果の有用性や売却価格とは、別の評価になります」
鑑定士は、机の上の鑑定書を俺たちの方へ向けた。
「この魔石は、容量、最大出力、安定性の3項目が中級の基準を満たしています。しかし、魔力を通すと粘液を生成するため、一般的な貯蔵型魔石の代わりには使えず、既存の魔道具へ組み込む場合も専用の構造が必要です」
「つまり、中級魔石ではあるけど、今のところ使い道が見つかってない?」
「現在のところは、そうなります。そのため、当支部で買い取る場合は、一般的な中級魔石の平均価格をかなり下回ります」
中級と聞いた瞬間に膨らんだ期待が、急速にしぼんでいく。
珍しくはある。
だが、珍しいだけで、必要とする人間がいなければ値段は上がらない。
「競売へ出すこともできます。こうした珍品を集める好事家や、未知の用途を研究する者が興味を持てば、当支部の買取額より高値になる可能性はあります」
「可能性はあるんですね」
「はい。ただし、入札者が現れる保証はありません。出品料や輸送費を差し引けば、支部へ直接売るより安くなる場合もあります。結果は運に左右されますので、競売へ出す場合は依頼者ご自身の判断と責任になります」
競売に賭けてまで、今すぐ売る必要もない。
「レオン、どうする?」
「今日のところは持ち帰ろう。せっかく珍しい魔石なんだ。何か使い道を思いつくかもしれない」
「そう言うと思った」
ココラが小さく笑った。
「それに、バンさんにも一応話しておきたいしな」
「うん。では、持ち帰ります」
「承知しました」
鑑定士は魔石を厚布の敷かれた木箱へ戻し、鑑定書と一緒に差し出した。
俺は礼を言って受け取り、木箱をアイテムボックスへ収納した。
◇
魔石ギルドを出た頃には、日が少し傾き始めていた。
帰り道を歩いていると、市場へ続く通りに小さな露店が出ているのが見えた。
店先には、2枚の薄いクラッカーで蜂蜜を挟んだ菓子が並べられている。
「ティリア・ハニーのクラッカーだって」
ココラが足を止めた。
露店の看板にも、大きな文字で『ティリア・ハニー入り』と書かれている。
蜂蜜は少量だが、その分、蜂蜜パイよりずっと手頃な値段だ。
「食べるか?」
「うん。ちょっとだけ」
俺たちは1つずつ買った。
「これ、ラスクに蜂蜜を挟めば似た感じになるよな。家でも作ってみるか?」
「え、ほんと? 作ったら絶対私に食べさせてね」
「うん、もちろん」
2枚のクラッカーの間から蜂蜜がこぼれないよう気をつけながら、俺たちはそのまま歩き始めた。
硬めに焼かれたクラッカーは香ばしく、噛むたびに小麦の風味が広がる。間に挟まれた蜂蜜も甘く、最初の一口には特におかしなところは感じなかった。
だが、隣を歩いていたココラが、急に足を止めた。
「……レオン、ちょっと待って」
「どうした?」
ココラは手にしたクラッカーを見下ろし、眉を寄せている。
「この蜂蜜、変じゃない?」
「変?」
「うん。甘いんだけど、ティリア・ハニーの味と少し違う気がするの」
俺は自分のクラッカーを2枚に剥がし、内側に残っていた蜂蜜だけを少し舐め取った。
確かに甘い。
しかし、フィーズの喫茶店で食べた蜂蜜と比べると、花の香りが弱い。後味に残るはずの、かすかな清涼感もほとんどなかった。
それだけなら、品質の違いで済むかもしれない。
だが、蜂蜜が消えた後も、細かな粉のようなものが舌先へざらりと残った。
「確かに、ちょっと粉っぽいな」
「でしょう? クラッカーの粉かと思ったけど、蜂蜜だけでも残るよね」
「偽物か、何かを混ぜて量を増やしてるのかもな」
「まだ、そうだと決まったわけじゃないけど……」
「ああ。決めつけるのは早い。でも、知らせておいた方がよさそうだ」
俺たちは残ったクラッカーを食べず、包み紙へ戻した。
市場で売られている品物の不正は、冒険者ギルドではなく、町役場や町兵の扱う問題だ。
とはいえ、いきなり町役場へ行っても、どこの窓口へ話せばよいのか分からない。
「ローガンさん、まだ詰所にいるかな?」
新生ダンジョンの一件が終わった後も、ローガンは警備や後処理のため、町兵詰所へ出入りしていると聞いていた。
「まぁ、いなかったら当直の町兵に話せばいいか」
俺たちは市場から進路を変え、町役場の裏手にある町兵詰所へ向かった。
詰所の前では、2人の町兵が荷車から木箱を下ろしていた。俺たちが近づくと、そのうちの1人が顔を上げる。
「どうした? 何かあったのか?」
「領兵のローガンさんはいますか?」
「ローガン隊長なら奥にいる。呼んでくるから、そこで待ってろ」
町兵が建物へ入り、しばらくすると、見覚えのある狼人族の男が姿を現した。
茶色がかった短い毛と、左耳に残る切り傷。
ダンジョンへ入る時、領兵の隊列を率いていたローガンだ。
「よう、レオン、ココラ。2人そろってどうした。学校帰りに詰所へ来る用事なんて、そうないだろ」
「通りの露店で、少し気になる物を買ったんです」
「気になる物?」
「ティリア・ハニーを使ったクラッカーとして売られていたんですけど、味が少し変だったんです」
ココラが、花の香りや清涼感が弱かったこと、蜂蜜だけを舐めても粉っぽさが残ったことを説明した。
ローガンは包み紙を開き、残っているクラッカーを目で確かめた。さすがに、その場で口へ入れたりはしない。
「なるほどな。ただ、蜂蜜は保存状態によって、ざらつくこともある。これだけで混ぜ物とは言えん」
「やっぱり、品質の違いかもしれませんか?」
「ああ。その可能性もある。だが、ティリア・ハニー特有の香りまで違うなら、一度確認した方がいいだろう」
ローガンはクラッカーを包み紙へ戻した。
「露店があった場所は?」
「市場へ続く通りの角です。看板には『ティリア・ハニー入り』と書かれていました」
「売っていた商人の顔は覚えてるか?」
「はい」
俺たちは、売り手の見た目や服装、露店の場所、クラッカーの値段など、覚えていることを順番に伝えた。
ローガンは近くにいた町兵を呼び、内容を書き留めさせる。
「売り物の不正は、町役場の市場担当と町兵の管轄だ。俺から当直へ回しておく」
ローガンは報告を書き終えた町兵へ顔を向けた。
「まだ露店は出ているはずだ。市場担当へ知らせて、場所と売り物を確認してくれ。いきなり売り手を犯人扱いするなよ。仕入れ先から騙されている可能性もある」
「了解しました」
町兵は報告書を持ち、詰所の外へ足早に出ていった。
残ったクラッカーも調査用の小箱へ収められ、購入場所と時刻を記した番号札が付けられた。
「確認が終わるまで、この話を町中へ広めないように。偽物だと決まったわけじゃないからな」
「分かりました」
「それと、自分たちで露店へ戻って問い詰めたり、仕入れ先を探したりするなよ」
「そこまでしませんよ」
ローガンが少し笑った。
「お前たちくらいの年頃はな、正しいと思ったらそのまま動いてしまうことがある。悪気がなくても、相手を警戒させたり証拠を隠されたりしたら面倒だからな」
「なるほど……」
「気になるのは分かるが、こういうのは町兵と市場担当の仕事だ。任せておけ」
「はい」
隣でココラも素直に頷いた。
「ティリア・ハニーは、この領地の大事な特産品だ。偽物なら放ってはおけん。まずはこっちで確認する」
ただの品質差なら、それでいい。
だが、誰かがティリア・ハニーへ混ぜ物をして売っているのなら、放ってはおけない。
「報告は受け取った。あとはこっちで調べる。お前たちは暗くなる前に帰った方がいい」
「はい。お願いします」
「ありがとうございました」
俺たちはローガンへ頭を下げ、町兵詰所を後にした。
魔石の次は蜂蜜。
今日はどうにも、見た目だけでは中身の分からない物に縁のある日らしい。




