第2章 Act.5 報酬は、年齢ではなく功績で
フィーズの喫茶店でバンさんから調査結果を聞いてから、数日後。
今朝の診察で、俺の傷は完全に治ったと告げられた。
長く寝込んでいたせいで体重は少し減り、服の腰回りがわずかに緩くなっている。それでも日常生活へ戻ることに問題はない。
そして今日、ようやく報酬と回収素材の分配が決まり、俺たち3人は冒険者ギルドへ呼び出された。
俺とココラ、バンさんは、執務机を挟んでギルド長と向かい合っている。
ギルド長のドルカンさんは47歳の屈狸人族だ。
ココラと違って、かなり獣人感が強い。
黒に近い焦げ茶色の毛に覆われた体は、首から肩、胸板まで分厚く、横幅のある頑丈な体格をしている。
中でも目を引くのは、黒い毛に縁取られた暗い琥珀色の目だ。もともと目が細いうえに鋭く、普通にこちらを見ているだけでも睨まれているように感じる。
元ブロンズランクの冒険者で、得意だったのは拳や投げ技を使った近接格闘。ギルド長になった今も鍛錬を続けており、現役の冒険者を訓練場で投げ飛ばすほど強いらしい。
武器は持っていない。
それでも、狭い部屋の中で向かい合っていると、机が間にあることを少しありがたく感じてしまう。
ドルカンさんは机の上に置かれた書類を、傷の残る太い指でそろえた。
「待たせたな」
腹の底へ響くような低い声が、静かな室内へ落ちた。
「領主側とギルドの話し合いが終わった。報酬と回収素材の分配を伝える」
「お願いします」
ココラが姿勢を正す。膝の上で重ねた手に、わずかに力が入っていた。
「今回の支払いは、通常の依頼報酬、危険手当、攻略功労金、それに回収素材の取り分に分かれる」
ドルカンさんが1枚目の書類を手に取った。
最初に説明されたのは、ダンジョン調査の依頼報酬だった。
参加した3日分として、バンさんが1万5000コル。俺とココラが、それぞれ9000コル。
これに加え、想定外の転移罠によって隔離され、事前に確認されていなかった魔物や魔獣と戦ったことに対する危険手当も支払われる。
「治療費と、今回破損した装備の修理費については、領主側が別に負担する。報酬からは差し引かれない」
左脇腹の治療だけでも、かなりの金がかかったはずだ。それを自分で払わずに済むのはありがたい。
ドルカンさんが、次の書類へ手を伸ばす。
「そして、ダンジョン攻略に対する功労金だ」
太い指が、書類の一番下に記された数字を押さえた。
「バン、レオン、ココラ。それぞれ40万コル。3人で合計120万コルとなった」
一瞬、言葉の意味が頭へ入ってこなかった。
隣を見ると、ココラも赤い瞳を見開いたまま固まっている。長い耳はぴんと立ち、先端まで動きを止めていた。
バンさんも平静を装ってはいたが、わずかに眉が上がっている。
「聞こえなかったのか?」
暗い琥珀色の細い目が、まっすぐ俺たちへ向けられる。
「い、いえ。聞こえました。1人40万コルですよね?」
「ああ」
怒っているわけではない。
こちらが聞き取れたか、普通に確認しているだけだ。
分かっていても、低い声と目つきが合わさると、なぜか俺が間違えたような気分になる。
「私とレオンも、バンさんと同じ額なんですか?」
ココラが尋ねた。
「功績を立てたのは3人だ。なら、3人に同じだけ払う」
「調査記録でも、3人のうち誰か1人でも欠けていれば、同じ結果にはならなかったと判断されている」
ドルカンさんの太い指が、書類を軽く叩いた。
「未成年だからと、功績まで小さくする理由にはならん」
40万コル。
金貨にすれば4枚。
俺がこれまで受けてきた町の雑用や採取依頼とは、桁が違う。前世でいえば400万円程度だ。
「功労金は、現金で持ち帰るか、ギルドの預かり口へ入れるか選べる。どうする?」
冒険者ギルドでは、所属する冒険者の金を預かっている。依頼報酬や素材の売却代金をそのまま預け、必要な時に引き出せる仕組みだ。
「オレは全部預ける。手持ちは通常の依頼報酬で足りる」
バンさんが迷わず答えた。
「私も預けます。金貨を4枚も持って帰るのは、ちょっと怖いので……」
「なら、俺もお願いします」
「分かった」
ドルカンさんが俺とココラの返事を確認し、書類へ決定事項を書き込む。
太い指で持つと、ペンが妙に細く見える。
「続いて、回収されたポリーリザードの皮についてだ。査定額の6割相当が、お前たち3人の共同取り分となる」
これは、先に聞いていた通りだった。
「取り分は、売却して現金で受け取ってもいい。皮素材のまま受け取ることも認められている。どうするかは、3人で決めてくれ」
俺はバンさんとココラの顔を順番に見る。
「2人がよければ、皮のまま受け取りたいんですけど」
「何か作るの?」
ココラが尋ねる。
「防具に使えるって話だからな。3人分のレザーアーマーを作れないかと思ってる」
「私と、バンさんの分も?」
「ああ。これからも3人で一緒に動くことはあるだろ。その時のために、全員の装備を強くしておいた方がいい」
「オレの分まで作る必要はねぇぞ。今の鎧も、まだ使える」
「バンさんが一番前に立つんです。3人分作れるなら、バンさんの分も必要です」
ココラが即座に言った。
「ったく、2人がかりかよ」
バンさんは頭を掻いた後、俺へ目を向ける。
「それで、本当に作れんのか?」
「ゴーア兄に手伝ってもらいます。俺1人で作るには、まだ自信がありません」
「なるほどな、じゃあ頼むとするか。上等な素材で練習すんじゃねぇぞ」
「分かってますって」
ドルカンさんが手元の書類を確かめる。
「必要量が決まっていないなら、いったん全て受け取れ。防具を作って余った分を売る時は、代金を3人で分けろ」
「分かりました」
ドルカンさんが決定事項を書き終えた。
これで話は終わりかと思ったが、書類を置いた太い手は、まだ机から離れなかった。
暗い琥珀色の目が、今度は俺とココラへ向けられる。
「もう1つある。レオン、ココラ。お前たち2人の冒険者ランクについてだ」
「ランクですか?」
俺たちは10歳頃からギルドへ登録しているが、今も最下位の赤ランクだ。未成年なので、受けられるのは町中の雑用や簡単な採取、荷運びといった低危険度の仕事に限られている。
「今すぐ昇格させることはできん」
ドルカンさんが低い声で告げた。
喜んでいい話なのか分からず、俺とココラは黙って次の言葉を待つ。
「お前たちは、まだ未成年だからだ。成人するまでは赤ランクのままとする」
「はい」
「ただし、今回の功績によって、黄ランクへの昇格条件を満たしたことは認められた」
「え?」
ココラの長い耳が、再びぴんと立った。
「それぞれ15歳になり、成人登録が確認された時点で、自動的に黄ランクへ昇格する。追加の依頼実績や昇格審査は必要ない」
「自動で黄ランクに上がれるんですか?」
「ああ。ギルドの記録にも、昇格内定として残す」
俺は思わずココラと顔を見合わせた。
俺の場合、成人まで約半年。
学校を卒業して本格的に冒険者を始める時には、赤ランクではなく、黄ランクから始められることになる。
ココラも嬉しそうに小さく頷いた。
「よかったな。成人してすぐ黄ランクなら、悪くねぇ出だしだ」
バンさんが笑う。
しかし、ドルカンさんの表情は変わらなかった。
「勘違いするな」
低い声が落ちた瞬間、緩みかけた空気が引き締まる。
「黄ランクも、まだ初心者だ。受けられる依頼が増えれば、危険も増える」
ドルカンさんは腕を組み、念を押すように続けた。
「戦えることと、生きて帰れることは別だ。今回生き残ったからといって、次も同じように助かるとは思うな」
「はい」
「分かりました」
俺とココラが答えると、ドルカンさんはしばらく俺たちの顔を見た。
睨まれているようにしか見えないが、おそらく返事だけでなく、本当に意味を理解しているか確かめているのだろう。
「ならいい。成人するまでは、赤ランクで受けられる仕事を続けろ」
「はい」
ドルカンさんはようやく視線を外し、明細書を俺たちの前へ差し出した。
「皮の準備が整い次第、ギルドから連絡する。通常の依頼報酬と危険手当は、1階の窓口で受け取れ」
俺たちは必要な書類へ署名し、明細書を受け取った。
改めてドルカンさんへ頭を下げ、部屋を出る。
廊下へ出て扉が閉まると、張っていた力が一気に抜けた。
「……やっぱり、何度会っても怖いな」
俺が小声で漏らす。
「怒ってはいなかったよ」
ココラが言った。
「分かってる。分かってるけど怖いんだよ」
前を歩くバンさんが、肩を揺らして笑った。
「本人も気にしてんだから、あんまり言ってやるな」
「聞こえているぞ」
閉じた扉の向こうから、低い声が響いた。
俺とココラは同時に背筋を伸ばした。
バンさんだけが、今度は声を押し殺さずに笑った。
◇
1階の窓口では、通常の依頼報酬と危険手当が支払われ、40万コルと記された預かり証も渡された。
こちらも普段の依頼と比べれば十分に大きな額だったが、すでに40万コルと聞かされた後では、驚く感覚が少し麻痺していた。
ギルドを出たところで、ココラが立ち止まる。
「レオン」
「うん?」
「私たち2人の預かり金を合わせたら、80万コルだよね」
「そうなるな」
「これだけあったら……小さな魔道具店なら、開けるんじゃない?」
思わず足を止めた。
「建物を借りて、作業台と棚をそろえて……いけるかもな」
「最初の商品を作る材料も必要だよ」
「じゃあ、店の名前と看板から考えるか。そこなら、まだ金はかからない」
「それなら棚の配置も考えたいな」
「おいおい」
少し先を歩いていたバンさんが振り返った。
「今すぐ全部使う気じゃねぇだろうな?」
「使いませんよ。学校もありますし」
「仕入れ代と、店を開いた後の生活費も残さないといけませんから」
ココラが即座に答える。
「分かってんならいい。2人とも、もう店を開く顔をしてたぞ」
「考えるだけならタダですから」
「そういう奴が、一番早く金を使うんだよ」
バンさんの言葉に、ココラがくすりと笑った。
店を開くのは、まだ先だ。
それでも、いつかの夢だったものが、どうすれば実現できるかを具体的に考えられる目標へ変わった。
通りの分かれ道で、バンさんが足を止める。
「オレは、この後も仕事がある。預かり証と報酬を落とすんじゃねぇぞ」
「バンさんも」
「オレはガキじゃねぇ」
そう言って片手を上げると、バンさんは町役場の方角へ歩いていった。
俺とココラも、それぞれの預かり証をしまい、帰路についた。




