↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MADE IN ANOTHER WORLD ―この手で、異世界に残るものを。―  作者: 月河 紀零鴨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/69

第2章 Act.3   バンさん、ただいまお仕事中



「おらぁ! ケツの穴から槍突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたろかぁ!」


「ひいい、バンだ! ケツ槍のバンが来たぁぁ!」


……誰がケツ槍のバンだ。


オレは今、青ランクの冒険者として、役場から受けた仕事の真っ最中だった。


一応、ギルド内や町では「飢餓迷宮殺しのバン」と呼ばれている。


もっとも、あの迷宮を踏破できたのは、オレ1人の力じゃない。そう呼ばれると、今でもちょいと気恥ずかしい。


この脅し文句を教えたのも、先日、その飢餓迷宮を一緒に踏破した後輩のレオンだ。


悪党を怖がらせる言葉はないかと相談したところ、とんでもなく恐ろしい言葉を教えられた。


学のあるやつだとは思っていたが、こんな言葉まで学校で習うのか?


戦では相手を罵り、怯ませる技術も必要になると聞いたことがあるし、案外そのための授業があったのかもしれんな。


まあ、それは一旦置いておこう。


こんな言葉を使っているのは、今回の仕事に必要だからだ。


簡単に言えば、不届き者のねぐらへ押し入り、法で決められた社会奉仕へ引っ張り出す仕事を受けたのだ。


コイツらは犯罪を犯した罰として、一定期間、社会奉仕に従事しなければならない。


一応、無給ではなく少ないが日当も出るから、メシが食えなくなるわけでもない。にもかかわらず、サボりやがるバカがいる。


そこで役所から依頼を受け、オレのような信用のある冒険者が、そいつらを連れ戻しに来るというわけだ。


まったく冒険はしていないが、報酬はいい。それなら断る理由もない。


「おい、てめぇ。10日もサボるとは、いいご身分だな? なんならお似合いに、もっと景色のいいとこいっとくか!?」


「ひいぃぃ、スミマセン! 勘弁してください! 行きます、行きますからぁ!」


「マジで行けよ。明日、来なかったと聞いたら……分かってんな?」


「ハ、ハイ。もちろんです。今からすぐ行きますからぁ!」


「よし、とっとと行け」


男は慌ててボロ小屋から飛び出していった。


ふう……まあ、こんなもんか。


しかし今、あいつから少し甘い匂いがしたな。


甘い物を食えるような金なんて、ないはずだが……。


ふと気になって、男が逃げていった方向とは逆――やつが出てきたボロ小屋の周りを、軽く見て回ることにした。


斥候として染みついた癖のようなものだ。金にもならないのに、気になったらつい体が動く。


地面には、複数人分の足跡が固まっていた。しかも、行き来している割に、荷車の轍や、重い荷を運んだような跡は見当たらない。


「……何にも運んでねぇのに、何度も通ってるってことは」


ちょっと引っかかる。


あいつに、そんな大勢の客が来るとも思えねぇんだが……。


気にはなったが、まだ次の仕事が残っている。


「念のため、ギルドに報告入れとくか」


そう独りごちて、オレは次の仕事先へ足を向けた。


◇


「おい、ヘブ」


「あ、ボイさん」


「こっちだ」


社会奉仕のため、労役場へ向かっていたヘブを、ボイがあばら屋の隙間へ呼び込んだ。


2人とも20代には見えるが、正確な歳は本人たちにも分からない。幼い頃から、その日の食事と寝床を確保するだけで精いっぱいで、自分が何歳かを気にする余裕もないまま育ったからだ。


物心がついた頃から同じ貧困街でつるみ、周囲の悪党たちとも自然に顔がつながっていった。


「ボイさん、すんません。ケツ穴の野郎に、今日は行けって言われちまって……」


近づいたボイが、鼻をひくつかせた。


「お前、まさかその服のまま外へ出たのか?」


「へ?」


「匂いが染みついてんだよ、バカが。あいつに何か言われたか?」


「い、いや。社会奉仕の話だけで、明日も来なかったら、また来るって……」


「チッ。仕方ねぇ、しばらくこっちには来るな。言われたとおり奉仕に出てろ」


「へい。じゃあ、これで」


「余計なことはしゃべるんじゃねぇぞ」


ヘブは何度も頷き、通りへ戻ると、今度こそ労役場へ向かって走っていった。


「くそっ……」


ボイは小さく吐き捨て、しばらくその背中を見送った。


それから周囲を確かめながら通りを進み、1軒の家へ入る。近くのあばら屋より多少はましだが、壁は傾き、屋根にも何度も継ぎ当てがしてあった。


中へ入ったボイは窓の隙間から外を覗き、誰にもつけられていないことを確かめる。


床に敷かれた古い筵(むしろ)をめくり、その下にある床板の隙間へ指を掛けた。


床板を持ち上げると、その下から土を削っただけの狭い階段が現れる。


ボイは中へ潜り込み、頭上の筵と床板を元へ戻してから、暗い階段を下りていった。


地下へ進むにつれ、蜂蜜の甘さに、煮た小麦と湿った土、汗の臭いが混じった空気が濃くなっていく。


階段の先には、土を掘り抜いて造られた地下室が広がっていた。


広さはおよそ10m四方。


だが、地上の家や木の根を避けながら1年以上かけて掘り広げたため、壁も通路も歪んでいる。天井も高いところで180cmに届くかどうかで、梁の下では大人が頭を下げなければ歩けなかった。


廃材の板や太さの違う丸太で補強されているものの、湿気を吸って弓なりに曲がった支柱もある。


奥の炉からは、煙を逃がす細い煙道が地上の竈へとつながっていた。それでも熱と湿気はこもり、天井から落ちた水滴が土の床に染みを作っている。


地下室の中央では、数人の男たちが休む間もなく働いていた。


煉瓦を積んだ炭炉には大きな鉄鍋が掛けられ、水で溶いた小麦粉が糊状になるまで煮られている。


その隣では、湯を張った大鍋の中に一回り小さな銅鍋が収められていた。


中身は、盗んできた本物のティリア・ハニーだ。直火で焦がして香りを飛ばさないよう、湯を介してゆっくり温め、混ぜやすい柔らかさにしている。


壁際には、蓋の焼印を削り取られた蜂蜜の小樽が積まれていた。


反対側には小麦粉の袋や水桶、濾し布、木製の漏斗、柄杓、秤、使い古しの壺が並んでいる。


温めた蜂蜜は大きな攪拌桶へ移され、冷ました小麦の練り物が少しずつ加えられる。


2人がかりで櫂のような木べらを動かすたび、重い混合物が桶の中でゆっくりとうねった。


混ぜ終えたものを粗い布に通して大きな塊を取り除き、しばらく置いたあと、小壺へ詰めて蝋で封じていく。


作業だけを見れば、小さな蜂蜜工房と大して変わらない。


だが、桶の中身は本物より白く濁り、花の香りも薄い。舌へ乗せれば、甘さのあとに粉っぽさが残る粗悪品だった。


「遅ぇぞ、ボイ。ヘブはどうした?」


「バンに捕まった。当分、ここには寄せねぇ」


作業を見回していた男が、露骨に顔をしかめた。


「まさか、ここが割れたんじゃねぇだろうな?」


「まだだ。だが、ヘブの服に蜜の匂いが染みついてやがった。あのバカ、そのまま外へ出やがったんだ」


男たちの手が、一瞬止まった。


「手を止めるな。今日の分をさっさと仕上げろ」


ボイは攪拌桶を覗き込み、木べらですくわれた中身へ目を凝らした。


「練り物が多すぎる。前のは冷えたら底に固まってたぞ」


「けど、これ以上減らしたら数が取れねぇよ」


「上等な蜜に見せる必要はねぇ。安い菓子や酒に使わせる分だ。だが、蜜の匂いまで消えたら売り物にならねぇ」


小麦と水を加えた粗悪蜂蜜は、本物のようには長く保たない。


この暑く不潔な地下へ置いておけば、やがて泡を吹き、酸っぱい臭いを放ち始める。


そのため、壺へ詰めた品は長く置かず、事情を承知している行商人や安酒場へすぐ流すことになっていた。


「詰め終わった分は、明日までに全部外へ出せ。日を置いて、また泡を吹かせるんじゃねぇぞ」


「分かってる」


作業が再び動き始めた。


木べらが桶の縁へぶつかる音。


炉の中で炭が爆ぜる音。


柄杓から壺へ、粘ついた粗悪な蜂蜜が落ちる音。


そのすべてが、いつ崩れてもおかしくない低い土天井の下で、絶え間なく重なっていた。


そして、蜂蜜と煮た小麦の甘ったるい臭いだけが、細い煙道を伝って地上へ流れ出していく.......。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。