第1章 Act.23 生き残るための作戦会議、勝算は五分五分
ボスのいた部屋を離れ、来た道を15分ほど戻る。
前後を見渡せる場所まで来たところで、俺たちは通路の壁際へ荷物を下ろした。
「ここなら、何か来ても早めに気づけるだろ。休むならこの辺がいい」
バンさんは通路の両側を確認しながら、壁際を指す。
「今度はバンさんが先に寝てください。前の休憩じゃ、俺とココラの方がずっと長く寝てましたし」
「そうだな。悪いが、そうさせてもらうか」
前回の休憩では、俺とココラが2時間ほど眠ったのに対し、バンさんは30分程度しか寝ていない。
夜番に慣れているとはいえ、疲れはあるだろう。
「3時間くらいしたら起こしてくれ。それまでは任せた」
「はい」
「ゆっくり休んでください」
俺とココラが見張っている間、バンさんは壁を背にして横になった。
しばらくすると静かな寝息が聞こえてくる。
頃合いを見てバンさんを起こし、続いて俺たちも3時間ほど眠った。
◇
「2人とも起きたか。ちょうどいい。お前らが寝てる間に、ちょっと考えてたことがある」
ぼやけた頭で水を飲んでいると、槍の手入れをしていたバンさんが口を開いた。
「あまり考えたくねぇ話だが、今のうちに決めといた方がいい」
「救助が来なかった場合……ですか? もしくは、かなり遅れた場合」
俺がそう答えると、バンさんは少しだけ笑った。
「そうだ。いい心構えだ。人間、嫌なことほど無意識に考えねぇようにするからな。先に決めときゃ、いざって時に迷わずに済む」
「ポリースラッグたちが食べられる魔物だったらよかったんですけど……」
ココラが少し肩を落とす。
「ははっ。あんなもん食ったら、腹を壊すだけで済めばいい方だろうな。胃の丈夫なオレでも、ありゃちょっと無理だ」
俺も、あの半透明の体を思い出す。
……うん。
腹が減っていても、あれを食べる勇気はない。
確かナメクジには、やばい寄生虫がいた気がする。
まあ、この世界ではどうか知らないが。
「残ってる干し肉は、1人2口ずつくらいだ。こいつは、あと半日待ってから食う」
「半日ですか?」
「ああ。そこからさらに8時間くらい。それでも救助が来なかったら――」
バンさんが俺とココラを順番に見る。
「あの大ガエルを倒そうと思う」
空気が重くなる。
「やっぱり、戦うんですか?」
「ああ。ただし、救助を諦めるって意味じゃねぇぞ」
バンさんは槍を膝の上へ置く。
「オレたちは普通に歩いてここまで来たわけじゃない。あの穴に落ちて、気づいたらこの区画にいた。救助隊がダンジョンに入れたとしても、この場所まで辿り着ける保証はねぇ」
それは、ずっと気になっていたことだった。
こちらから入口へ戻る道も見つかっていない。
救助隊が同じ場所へ来られるとは限らない。
「それに、今は休めてるし、まだ魔力も体力もある。だが食い物がなくなった状態で、さらに1日、2日と待てば確実に弱る」
「弱ってから戦うくらいなら、まだ動けるうちに……ですか」
「そういうことだ」
水だけでも数日は生き延びられる。
だが、生きていることと、戦えることは別だ。
魔法を使えば空腹も増す。
救助が確実に来るなら待つべきだろう。
しかし、その保証がない以上、待ち続けることも安全とは言えない。
「そういや、さっきから『あいつ』ばっかりで呼びにくいですね」
「確かに。名前つけませんか?」
ココラが言うと、バンさんが顎を撫でた。
「見た目は、でかいウシガエルみてぇなもんだったな……」
少し考えたあと、口元を曲げる。
「フィーンド・ブル・グローダ、ってのはどうだ?」
「フィーンド・ブル・グローダ?」
「昔、酒場で聞いた化け物の名前だ。でかくて悪そうなもんには、そんな感じの名前を付ける地方があるらしい」
「フィーンド……ブル……グローダ」
ココラが確かめるように繰り返す。
「長いので、普段はブル・グローダでいいですかね」
「オレは構わねぇよ」
「私もそれでいいよ」
正式な名前かどうかなんて分からない。
だが、作戦会議をするには「あいつ」より呼びやすい。
「それで、ブル・グローダに勝てる可能性は?」
バンさんは少し考えた。
「……五分五分ってところだな」
思ったより低い。
いや、相手の能力すら分からないことを考えれば、それでも高く見積もっているのかもしれない。
「ただし、五分五分だから正面から殴り合うって話じゃねぇ」
バンさんが声を少し低くした。
「まず、倒し方より退き時を決めるぞ」
俺とココラが頷く。
「レオンの最大火力が全然効かなかったら、その時点で終わりだ。扉を閉めて撤退する」
「効いた場合だけ続けるんですね」
「ああ。それから中へ入った後も、オレが退けって言ったら迷わず退け。倒せそうに見えてもだ」
「分かりました」
「はい」
バンさんは一度うなづき、続けた。
「作戦自体は単純だ」
そう前置きして、バンさんは作戦の手順を順番に説明していく。
まず、ココラの短杖を一時的に俺が借りる。
扉を少しだけ開け、その隙間から最大火力のファイヤーボールを撃ち込む。
明らかに効いた場合だけ、バンさんが先に部屋へ入り、ブル・グローダの注意を引く。
その隙に俺が2発目のファイヤーボール。
撃ち終わったらココラへ杖を返し、俺は剣へ切り替える。
ココラは扉付近からウォーターウォールを中心に援護する。
「正直悪いが、今回はオレの槍より、お前らの魔法が頼りになる」
「私も攻撃した方がいいですか?」
「余裕があればブリーズエッジを使ってくれ。ただし攻撃しすぎるな。狙いが嬢ちゃんに移るのは避けたい」
「はい」
「問題は、相手が何してくるか分からねぇことだ」
バンさんの表情が険しくなる。
「本当にでかいカエルなら、跳びかかり、突進、舌くらいは警戒しとけ」
「舌……」
「捕まったら、そのまま口の中ってこともあるかもな」
「うえええぇ……」
ココラが露骨に嫌そうな顔をした。
俺も嫌だ。
巨大ガエルに丸呑みされて異世界人生終了なんて、絶対に御免である。
「それと魔獣なら、何かしら魔法を使う可能性もある。そこは予想できねぇ」
バンさんは俺たちを順番に見る。
「だから、分からねぇ攻撃が来たら無理に殴り返すな。避けるか、防ぐか、距離を取れ」
「攻撃より生き残る方を優先する、と」
「そういうこった」
作戦は決まった。
あとは救助が来るかどうか。
できれば、この作戦を使わずに帰りたい。
だが――。
それから約12時間。
救助は来なかった。
俺たちは残った干し肉を3人で分け、少しずつ噛んで食べた。
たった2口程度なのに、飲み込むのがもったいなくて、いつもよりずっと長く噛んだ。
バンさんの果実酒も、ここで飲み切った。
最後に水を飲む。
残っていた食料は、これで全部だ。
食べ終えると、バンさんはすぐに荷物をまとめ始めた。
「一度、ボス部屋の様子を見に行くぞ」
「もう行くんですか? 作戦を始めるまでは、まだ8時間近くありますよね」
「ああ。今すぐ仕掛けるわけじゃねぇ」
バンさんが槍を持って立ち上がる。
「あいつがいつ寝てるのか、今のうちに確かめておきたい。時間になってから行って、起きてたんじゃ意味がねぇからな」
確かに。
眠っているところを狙うなら、確認していた方がいい。
俺とココラも装備を整え、バンさんと一緒に来た道を戻った。
◇
15分ほどで、ボス部屋の扉が見えてきた。
俺たちは足音を殺して近づき、扉の前で立ち止まる。
全員で耳を澄ませたが、前に聞いたような低いイビキは聞こえてこない。
ココラが長い耳を立て、扉の向こうへ意識を集中させる。
「……イビキは聞こえません。それと、時々ですけど、水の上を歩くような音がします」
「起きてるみてぇだな。少し離れて待つぞ」
俺たちは扉から距離を取り、部屋の音が聞こえる場所で待つことにした。
1人が前方を警戒している間、残りの2人は壁際へ座って体力を温存する。
ココラにも耳を澄ませ続けてもらうのではなく、ときどき部屋の音を確認してもらった。
救助が来れば、それでいい。
来なければ、ブル・グローダが眠った時が作戦を始めるチャンスだ。
時計がないため正確ではないが、それから7、8時間ほど経った頃。
何度目かの見張り交代で立ち上がると、思っていた以上に身体が重かった。
空腹のせいか、頭も少しぼんやりする。
隣を見ると、ココラも壁にもたれて座っていた。
長い耳も、いつもより少し力なく垂れている。
「ココラ、大丈夫?」
「うん。ちょっとお腹は空いてるけど、まだ大丈夫だよ」
「無理するなよ」
「レオンもね。さっき立った時、ちょっとふらついてたよ」
「……見てたのか」
「見てるよ」
そう言って、ココラは小さく笑った。
まだ動ける。
けれど、これ以上待てば、少しずつ身体も頭も鈍っていく。
その時だった。
グォォォ……。
グォォォ……。
通路の奥から、聞き覚えのある低い音が響いてきた。
ココラの長い耳がぴんと立つ。
「……イビキです。前に聞いたのと同じです」
バンさんも黙って耳を澄ませ、しばらくして立ち上がった。
「予定より少し早いが、仕掛けるなら今だな」
槍を手に取り、穂先を確かめる。
「あいつが次にいつ寝るか分からねぇ。それに、待ってる間にもこっちの体力は落ちる」
「作戦開始ですね」
「ああ」
バンさんが俺とココラを見る。
「始めるぞ」
「はい」
俺が答えると、ココラも頷いた。
「分かりました」
俺とココラも立ち上がり、装備を整えた。
いよいよだ。
だが、その前に俺にはやっておくことがある。
「バンさん、ココラ。ちょっとだけ集中します。1分くらい待ってください」
「ん? ああ、分かった」
「大丈夫?」
「大丈夫。すぐ終わるよ」
目を閉じ、自分のステータスを開く。
残っているスキルポイントは18P。
普段なら、1Pずつ振って効果を確認する。
できれば何ポイントかは残しておきたい。
一度使ったポイントは戻せないのだから当然だ。
けれど――。
今から戦う相手は、体長3mを超える化け物。
ポイントを残したまま死んだら、それこそ何の意味もない。
それに、作戦を決めてから今まで、振り方はずっと考えていた。
火魔法へ8P。
魔力量へ4P。
魔法変換へ2P。
魔法出力へ4P。
今回は魔法へ極振りする。
できれば最初の1発でケリをつけたい。
駄目でも、せめて大きな傷を負わせる。
一気にポイントを割り振った。
火魔法 2 +8P → 10
MP 魔力量 2 +4P → 6
MTRN 魔法変換 0 +2P → 2
MPWR 魔法出力 0 +4P → 4
残りスキルポイント 18P → 0P
これで全部だ。
「……よし」
目を開ける。
「終わりました」
「もういいのか?」
「はい。行けます」
バンさんは何をしていたのか深く聞かず、そのままボス部屋へ向かって歩き出した。
ココラが心配そうに俺を見る。
大丈夫だという意味を込めて、頭を軽く撫でた。
「もうっ」
少し恥ずかしそうにしながらも、ココラは俺の隣を歩き始める。
扉の近くまで来たところで、3人とも足音を殺した。
グォォ……。
グォォォ……。
低いイビキは、まだ途切れていない。
「寝てるな」
バンさんが小声で言う。
ココラも長い耳を立てたまま、静かに頷いた。
「今のところ、ほかの音はしません」
「じゃあ予定通りやるが、2人ともいけるか?」
バンさんが俺とココラを順番に見る。
「はい」
「私も大丈夫です」
俺たちの返事を聞いて、バンさんが小さく頷く。
「わかった、始めるぞ」
ココラが短杖を俺へ差し出す。
「はい」
「ありがとう」
受け取った杖を、右手でしっかり握る。
バンさんは扉の取っ手へ手をかけた。
前に様子を見た時と同じように、音を立てないよう慎重に押し開いていく。
ただし今回は、火球を通すため前より少しだけ隙間を広く取る。
薄暗い部屋の奥。
巨大なカエル――ブル・グローダは、前に覗いた時とほとんど同じ姿勢でうずくまっていた。
狙うのは、後ろ脚。
あの巨体を支える、太く折り畳まれた脚だ。
俺は杖先を向け、大きく息を吸う。
「――焔の神に捧ぐ 陽光の威光よ
一切を呑み込み 焼き尽くす灼熱となれ――」
杖の先へ炎が集まっていく。
以前、全力で作ったファイヤーボールは、バレーボールほどの大きさだった。
だが、今は違う。
形成された火球は、それより2回りほど大きい。
しかも、ただ大きくなっただけではなかった。
球形にまとまった炎の内側で、以前より明らかに密度の高い炎が渦巻いている。
詠唱にかかった時間は、およそ10秒。
そこは以前とほとんど変わらない。
ただし、これでもココラの杖を使っての時間だ。
杖なしなら、もっと時間がかかるだろう。
眠るブル・グローダの後ろ脚へ狙いを合わせる。
あとは――撃つだけだ。
杖を握る手に力を込め、そのまま魔力を解き放つ。
「――集え、火球!」
凝縮された火球が杖先から放たれる。
開いた扉の隙間を抜け――。
巨大な後ろ脚へ、一直線に飛んでいった。




