第1章 Act.21 3人が消えた、攻略隊に緊張が走る
第1章 Act.21
3人が消えた、攻略隊に緊張が走る
レオンたちが、転移先の小部屋で交代で仮眠を取っていた頃。
ティリアガルデンの領主館では、再びダンジョンへの対応を決める会議が開かれていた。
執務机には、入口から第1聖域までの略図が広げられている。
マルセル・ナ・ティリアの傍らには家令のハーシュが控え、その手元には、前夜に書かれた警告書の控えと、これまでの攻略記録が置かれていた。
机の反対側には守備騎士グラント・エージンと、その副官であるベイセル・ナ・ミースが立っている。
ミースは、つい先ほどダンジョンから戻ったばかりだった。鎧には石の白い埃が残り、赤褐色の尾も普段より低く垂れている。
「報告を」
マルセルに促され、ミースは口を開いた。
「第1聖域から町へ戻る途中の帰還隊で、空間転移と思われる異常が発生し、3名が行方不明となりました」
「内訳は」
「冒険者1名。それから、装備の修繕要員として同行していた2名です」
帰還隊が探索済みのT字路でポリースラッグ3匹と戦っていた際、修繕要員の1人の足元に紫色の光が広がり、直径2mほどの穴へと変わった。
その者がのみ込まれた直後、もう1人の修繕要員と冒険者も、後を追ってその中へ飛び込んだという。
穴が開いていた時間は、10秒にも満たない。
残った者たちは魔物を倒した後、床や壁を調べたが、継ぎ目も魔法陣も残っていなかった。呼びかけに返事はなく、3人が周囲へ出てきた痕跡も見つかっていない。
帰還隊は現場へ続く通路を仮封鎖して第1聖域へ戻り、現場指揮官のミースへ報告した。
緊急事態と判断したミースは、第1聖域の指揮を部下に預け、帰還隊とともに町まで引き返してきた。
グラントが略図のT字路を指した。
「ここは、これまでも使っていた帰還路だな」
「はい。人も荷車も繰り返し通っていますが、同じ異常が起きた記録はありません」
「最初からあった仕掛けを、これまで見落としていた可能性は?」
「否定はできません。後から生まれたのか、以前から存在していて、今日初めて発動条件が満たされたのか、現時点では判断できません」
ハーシュが、手元の警告書へ目を落とした。
「紫色の穴が現れ、特定の場所にいた者だけが消える。穴が閉じた後には、入口も魔法陣も残らず、後を追うこともできない……」
彼は、オルテンシアから持ち帰られた記録を開いた。
「ルベルト殿が持ち帰った、空間型ダンジョンの3件目の事例と酷似しておりますな」
マルセルはミースへ尋ねた。
「警告の書状は受け取ったのか」
「はい。連絡隊から受け取りました。帰還隊が引き返し、異常を知らせてきたのは、その2時間後です」
現場には間に合わなかったか。
マルセルはそう考えたが、口には出さなかった。
予測できていたとしても、正確な場所も発動条件も分からなければ、完全に防げたとは限らない。
「フルックと名乗っていたチーノが使った空間収納系統の固有魔法が、ダンジョンへ取り込まれた可能性は、もはや無視できんな」
「はい」
ハーシュが答えた。
「少なくとも今後は、目に見える通路と地図が一致することを前提にはできません」
問題は、消えた3人だけではなかった。
同じ仕掛けが帰還路や補給路で作動すれば、攻略部隊が分断される。
物資を運ぶ者まで消えれば、第1聖域の維持も難しくなる。
「どう対処する」
マルセルが尋ねると、グラントが先に答えた。
「奥側の探索を縮小し、第1聖域の守備と最低限の巡回は残します。その上で、入口から聖域までの石造り区画を調べ直させましょう」
グラントは略図上の広い区画を指した。
「また、入口と第1聖域を結ぶ帰還路の途中に、比較的広い場所があります。イグニリス教会の協力を得て、そこへ仮設の浄化区画を設け、再調査の中継点とするのがよいかと」
「第1聖域の代わりになるのか?」
「完全な聖域ほどの安全は確保できませんが、調査員の短時間の休息と物資の一時保管には使えます」
ミースも続ける。
「異常が起きたT字路は、調査員以外を立ち入らせません。まず発動条件を調べ、転移先が固定されているか確認する方法を探ります。同じ仕掛けがほかにないか、帰還路全体も調べ直します」
「穴の先へ人を入れるのか」
「条件が分からないうちは入れません。ただし、先へ進む必要が生じた場合に備え、6名ずつ3隊、計18名の候補を選んでおきます。いずれの隊も、単独で最低限の探索と戦闘が行える編成にします」
マルセルは略図を見たまま、しばらく考えた。
「人選は進めてくれ。ただし、覚悟があるというだけで選ぶな。必要な技能を持ち、指示を守れる者から選べ」
「はい」
ハーシュが続ける。
「冒険者ギルドには斥候と罠に詳しい者を、イグニリス教会には呪物と浄化を扱える者を求めます。必要な装備と物資も、こちらで準備いたしましょう」
「そうしてくれ。費用は領費から出す」
マルセルはグラントとミースを順に見た。
「調査を急ぐ必要はある。だが、3人が行方不明になったからといって、慌ててさらに18人を失うような真似はするな」
「はっ」
「現場の指揮は、引き続きミースに任せる。グラントは町側の警備を崩さないよう、人員の割り振りを見直せ」
マルセルは、机の上の警告書へ視線を落とした。
「オルテンシアを発った合同先遣隊は、今日中に到着する見込みだったな」
「はい。先触れによれば、今夜遅くに南門へ到着する予定です」
ハーシュが答えた。
「到着次第、これまでの攻略記録と今回の転移異常をすべて共有しろ。紫色の穴の調査と3人の捜索は、先遣隊と共同で進める」
マルセルは再びグラントとミースへ目を向けた。
「ミースは先遣隊の調査官と方針を詰め、グラントは必要な物資と増援の手配を進めろ」
「承知しました」
ほどなくして領主館から、冒険者ギルド、町兵詰所、イグニリス教会へ使いが送られた。
各所では人員の招集と必要な物資の準備が始まり、ダンジョンで新たな異常が起きたという緊張が、攻略に関わる者たちの間へ広がっていく。
だが、この時点ではまだ、穴が開く条件も、その先がどこへ通じているのかも分かっていなかった。
◇
バンさんに声をかけられ、眠気の残る体を起こした。
隣では、ココラも毛布から起き上がり、長い耳の付け根を軽く揉んでいる。
「あと10分くらいしたら出るつもりだが、2人とも大丈夫か? ここに来てから3時間近く休めたし、今のところ何も出てきてねぇ」
バンさんは、俺とココラの顔を順に見た。
「まだきついなら、もう少しくらいゆっくりしてもいいぞ」
「私は大丈夫です。よく眠れました」
「俺も大丈夫です。水を飲んで、少し体を動かせば平気だと思います」
「そうか。なら、慌てず支度してくれ」
俺は食器をまとめた袋からコップを2つ取り出し、水魔法で水を入れた。
片方をココラへ渡す。
「はい、ココラの分」
「ありがとう」
「バンさんも飲みますか?」
「オレは見張りの間に飲んだから大丈夫だ」
冷たい水をゆっくり飲むと、ぼんやりしていた頭も少しずつはっきりしてきた。
そういえばと、ふと思い出し、自分のステータスを開いた。
「……おお」
思わず声が漏れる。
レベルが2つ上がり、Lv8になっていた。
34匹ものポリースラッグとポリーリザードを倒したことが、大きく影響したのだろう。
レベル Lv6 → Lv8
獲得スキルポイント +15P
残りスキルポイント 18P
現在の基礎ステータス
STR 筋力
VIT 体力 +2
ATK 攻撃力
DEF 防御力
INT 知力 +1
MND 精神力 +1
AGI 敏捷
DEX 技巧
CHA 魅力
MP 魔力量 +2
MTRN 魔法変換
MPWR 魔法出力
スキル
片手剣 +3
火魔法 +2
斥候 +2
鍛冶(一般) +3
魔道具製作 +2
さて、何に振るべきか。
空気清浄機――もとい、アルコール散布機はもう使えない。
この先でまた大群と遭遇するなら、広い範囲へ攻撃できる手段が欲しい。
候補は、魔力量、魔法変換、魔法出力。
それに、効果の分かりやすい火魔法を伸ばす方法もある。
ただ、敵の正体も分からないうちに決めていいものだろうか。
「バンさん。ポリースラッグが成長してポリーリザードになるなら、その先のカエルみたいなやつが、ここのボスだと思います?」
バンさんは、あぐらをかいたまま腕を組んだ。
「その可能性はあるな。ただ、そいつがボスとは限らねぇ。普通の敵として何匹も出てくるかもしれんぞ」
「うわ……それは考えてなかったですね」
手足が生えただけでも、ポリーリザードはかなり動きが速くなっていた。
完全なカエル型へ成長しているなら、跳躍力も攻撃力も上がっているかもしれない。
「でも、このダンジョンができて、まだ1週間程度ですよね?」
ココラが、空になったコップを仕舞いながら言った。
「そこまで大きな魔物が、何匹も育っている可能性は低いんじゃないですか?」
学校で習った限りでは、発生直後のダンジョンは小規模で、内部の魔物もそれほど強くない場合が多い。
ここが魔ノ森のようにエーテル濃度の高い土地ならともかく、町中はエーテル濃度が低い。
原因となったチーノが魔法使いだったとはいえ、強力な魔物が何匹も育つ環境とは考えにくい。
「普通なら、嬢ちゃんの見立てで合ってる」
バンさんは、小部屋の入口へ目を向けた。
「今までの敵も、発生したばかりのダンジョンらしい強さだ。ただ、広がり方だけは異常に速い。普通なら、ここまでの規模になるのに1年以上かかってもおかしくねぇ」
「やっぱり、呪物が原因でしょうか?」
「おそらくな。だから、カエルが出るとも、1匹しかいねぇとも決めつけない方がいいだろう」
敵の姿も数も分からないなら、今はポイントを残しておいた方がいい。
俺がステータスを閉じると、バンさんが槍を手に取った。
「2人とも動けそうなら、そろそろ行くか?」
「はい」
「大丈夫です」
バンさんを先頭に、俺、ココラの順で木造の通路へ戻った。
分かれ道ではバンさんが新しい印を残し、ココラが周囲の音を探る。
仮眠のおかげで体は軽くなったが、帰り道の分からない不安までは消えていない。
しかし、もうしばらくは戦っていけそうだ。
◇
同じ日の深夜。
王国の紋章を掲げた一団が、ティリアガルデンの南門をくぐった。
王立軍の護衛に続き、調査器具や物資を積んだ荷馬車が列を成して町へ入っていく。
オルテンシアを発った国の合同先遣隊だった。
一行は到着直後に、紫色の穴と3人の行方不明について知らされた。
先遣隊は休息もそこそこに、領主館での協議と現場調査の準備へ取りかかったのだった。




