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MADE IN ANOTHER WORLD ―この手で、異世界に残るものを。―  作者: 月河 紀零鴨


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第1章 Act.20 遺留品から出てきた帳簿、書かれていた名前は誰ですか?



効果が現れ始めても、俺たちはその場で待機を続ける。


装置の駆動音が止まってからさらに15分ほど待つと、通路まで漂っていた果実酒の香りもかなり薄くなってきた。


「様子を見る。まだ戦うとは決めるなよ」


バンさんが槍を手に取り、入口へ近づく。


壁際からゆっくり顔を出し、部屋の中を確認すると、俺たちへ手招きした。


俺とココラも静かに近づき、後ろから室内を覗き込む。


「……効いてますね」


ポリーリザードの1匹が、同じ場所をぐるぐると回り続けていた。


別の個体は両手両足を広げ、腹を床へつけたまま眠っている。


壁へ向かって何度も歩くものや、仰向けに倒れて手足をばたつかせているものもいた。


ポリースラッグ同士が互いの体へ乗り上げ、そのまま動けなくなっている場所まである。


「十分やれそうだ」


バンさんが槍を握り直す。


「入口の近くから削る。まとまって来たら通路へ引くぞ。ココラは水の壁で勢いを落としてくれ。レオンは左側を頼む」


「はい」


「了解です」


「それと、万が一囲まれた時は、オレが前に残って時間を稼ぐ」


バンさんは俺とココラを順番に見た。


「その時はオレを助けようなんて考えず、2人で通路まで走れ。オレだって死ぬ気はねぇし、逃げ道を作ったらすぐ追いかける。3人で帰るための手順だ。いいな?」


言葉は強いが、俺たちを置いて死ぬつもりで言っているわけではない。


俺とココラを確実に逃がし、自分も戻るための判断なのだろう。


「……了解です」


「分かりました」


俺たちが頷くと、バンさんの表情が少しだけ緩んだ。


「じゃ、いくぞ」


バンさんは表情を引き締めて、慎重に部屋へ入った。


数匹は俺たちに気づき、口を開けながら近づこうとしている。しかし、足元や尾の動きが定まらず、真っすぐ進むことすらできていない。


バンさんが最初に近づいてきたポリーリザードへ、槍を突き出す。


穂先が顎の下から頭部へ突き抜ける。


俺は、その横を抜けようとしたポリースラッグの尾を斬り、動きを止めた。


ココラが円盾で口を押さえ込み、隙間から大型ナイフを突き入れる。


「次、右だ」


「はい!」


千鳥足で近づいてきたポリーリザードを、ココラが盾で受け流した。


相手は踏ん張ることもできず、床へ横倒しになる。


俺が前足を斬り、バンさんが頭部へとどめを刺した。


眠っている個体にも、不用意には近づかない。


バンさんが槍の石突で体を押し、反応があれば距離を取ったまま仕留めていく。


酔っているとはいえ、顎や尾の力まで失われたわけではない。


一度だけ、眠っていたと思ったポリーリザードが突然跳ね起きた。


「前!」


バンさんの声と同時に、大口がココラへ迫る。


ココラは盾を斜めに構え、噛みつきを受け流す。


歯が盾の縁を滑り、ポリーリザードの頭が横へ逸れる。


俺は右側から踏み込み、前足の付け根へ剣を振り下ろした。


刃が肉と骨を断ち、片方の前足が床へ落ちる。


相手が体勢を崩したところへ、バンさんの槍が頭部を貫いた。


バンさんは魔物が動かなくなったことを確認すると、すぐにココラへ声をかけた。


「怪我はないか?」


「はい。盾に少し傷が入っただけです」


「レオンは?」


「俺も大丈夫です」


「よし。時間はかかってもいい。確実にやるぞ」


それからも入口付近へ引き寄せては1匹ずつ仕留めていき、すべての魔物が動かなくなるまで、30分以上かかった。


倒した数は、ポリースラッグとポリーリザードを合わせて34匹。


幸い、3人とも怪我はなかった。


「よし。この3人でここまでやれりゃ上出来だ」


バンさんは一度大きく息を吐くと、槍に付着した粘液を布で拭った。


「それにしても、本当に全部倒せるとはな」


「俺も、ここまで効くとは思いませんでした」


カエルやオタマジャクシに近い性質があるのではないかという予想は、当たっていたらしい。


ただ、どの程度の濃度で、どれほど効くのかまでは分からない。今回はうまくいったが、同じ方法が別の魔物にも通用するとは限らないだろう。


「ここで待ってろ。念のため、奥を見てくる」


バンさんは槍を構えたまま、部屋の先にある通路へ入った。


ココラが耳を立て、遠ざかっていく足音を追う。俺は倒した魔物に注意しながら、バンさんが戻ってくるのを待った。


しばらくして戻ってきたバンさんによると、通路を少し進んだ先に、脇へ開いた小部屋があるらしい。


中に魔物はおらず、ここよりは休憩に向いているという。


「調べる物だけ調べたら、そっちへ移るぞ。ここじゃ落ち着いて休めねぇ」


確かに、魔物の死体と血や粘液に囲まれた場所で休憩をする気にはなれなかった。


空気清浄機は、部屋の中央近くで見つかった。


ポリースラッグの体液に半分沈み、吸気口の中まで粘液が入り込んでいる。


なるべく汚れていない外縁を布でつかんで持ち上げ、スイッチを押してみた。


カチッ。


内部で小さな音が鳴っただけで、風は出なかった。


「これは駄目だな……」


ここで修理するのは無理そうだ。


家へ持ち帰り、分解して洗浄しなければ再利用できないだろう。


外側の粘液だけを布で拭き取り、空いていた麻袋へ収める。


俺たちの手や武器についた汚れは、ココラの水魔法で簡単に洗い落とした。


魔石の回収も後回しにする。


今から34匹分の死体を切り開けば、それだけで数時間はかかる。まずは出口を探し、無事に戻る方が優先だ。


改めて部屋を見渡すと、魔物以外にも様々な物が散乱していた。


水筒、短杖、衣類、鍋や火口箱などの野営道具。


木箱や食器、工具、書類らしき紙束まである。


魔物に踏まれたり粘液にまみれたりしているが、自然にこの場所へ置かれたとは思えない。


「フルックの持ち物ですかね?」


「だと思うが……」


バンさんが、落ちていた短杖を布越しにつかんだ。


本体は木製で、先端には小さな赤い魔石がはめ込まれている。握りには革帯が巻かれ、杖の中央付近には、細かな魔法文字が刻まれた金属の輪が取り付けられていた。


バンさんは軸に亀裂がないか、魔石や金具が緩んでいないかを確認した後、腰の革袋から1枚の紙を取り出した。


紙の表面には、イグニリス教会の紋章と、赤い文字で小さな術式が描かれている。


呪物を簡易的に識別するための聖符だ。


呪いを帯びた物へ当てると紙が黒く変色し、強い呪物ならそのまま崩れることもある。


今回はダンジョン攻略に備え、領主側から探索を担当する領兵や冒険者へ支給されていたらしい。


「少し離れてろ」


俺とココラが下がったことを確認してから、バンさんが聖符を短杖へ巻きつけた。


赤い文字が淡く光り、端から少しずつ消えていく。


しかし、紙は黒くならず、崩れることもなかった。


すべての文字が消えた後には、何も書かれていない白い紙だけが残る。


「強い呪いはねぇ。少なくとも、オレが持った感じじゃ問題ない」


バンさんは短杖をもう一度確認してから、ココラへ差し出した。


「ココラ、試してみろ。お前が一番魔法を使うからな。少しだけ通して、変ならすぐ手を離せ」


「分かりました」


ココラは短杖を受け取り、周囲へ先端を向けないように構えた。


ほんの少しだけ魔力を流すと、先端の魔石が淡い水色の光を放つ。


「……大丈夫です。魔力の流れも安定しています」


ココラは短杖を軽く握り直した。


「短いので、盾を持ったままでも使えそうです。魔法も、素手で使うより少し安定すると思います」


「なら、ココラが使ってくれ。しばらくは様子を見ながらな」


「はい」


ココラは大型ナイフを鞘へ戻し、短杖を腰の留め具へ固定した。次に魔法を使う時は、円盾と短杖を組み合わせて戦うことになりそうだ。


黒いローブの近くに落ちていた紙束は、革製の表紙でまとめられていた。


バンさんが汚れていないページを開くと、日付、品名、数量、金額、取引相手らしき名前が細かく書き込まれている。


フルックの名前は見当たらない。


代わりに、チーノという名前が何度も出てきた。


「こりゃ帳簿だな。品物と金の動きを記録してやがる」


「フルックの名前はどこにもないですね……チーノって、誰でしょう」


「さあな。取引相手か、それとも別名か。今は分からねぇ」


品名には略称らしきものが多く、俺たちが見ただけでは分からない部分もある。


それでも、フルックの正体やこれまでの取引を調べるための重要な証拠にはなるはずだ。


バンさんは帳簿を油紙で包み、自分の荷物へ収めた。


さらに調べると部屋の隅には、食料を引きずったような跡も残っていた。


破れた麻袋。


歯形の付いた干し肉。


潰れたパンや、野菜のかけら。


このダンジョンへ入った時、封呪箱に収められていなかった食料は、すべて消えてしまった。


もし消滅したのではなく、すべてこの部屋へ運ばれていたとしたら――。


「ここ、ポリースラッグたちの餌場だったのかもしれません」


ココラが床に散らばる食べかすを見ながら言った。


「食ったやつが成長して、手足のあるポリーリザードになったのか?」


石の通路では、弱いポリースラッグしか見つかっていない。


消えた食料がこの部屋へ集まり、それを多く食べた個体が成長していたのなら、大型の個体が集中していた理由にもなる。


「食料を持ち込み続けてたら、もっと増えてたかもしれねぇな」


「早めに見つけられて良かったですね……」


ココラの耳が、不安そうに少し伏せられた。


散らばった荷物の中から、まだ破られていない革製のバッグを見つけた。


バンさんが口を開いて中を確かめると、油紙で包まれた干し肉が入っていた。


包装を開いても、干し肉は消えない。


「……消えないんですね」


思わず口にすると、バンさんも干し肉を見ながら頷いた。


「みたいだな。ここじゃ食い物も消えねぇらしい」


表面にカビはなく、腐った臭いもしない。


「保存は利いてそうだな。休む場所へ持っていって、少し炙って確かめるか」


俺たちは干し肉と鍋、火口箱を回収し、先ほどバンさんが見つけた小部屋へ移動した。


手持ちの聖符を使い切った以上、ほかの怪しい物まで不用意に触るわけにはいかない。他はそのまま残しておくことにした。


小部屋には魔物の姿も、何かが住み着いていた跡もない。入口から通路を見張ることができ、床もほとんど汚れていなかった。


割れた陶器を敷いた上に鉄鍋を置き、木の床へ火が触れないようにして、バンさんが小さな火を起こした。


念のため、ココラもすぐ消火できるよう、水を入れた器を近くへ置く。


バンさんが干し肉を一切れだけ切り取り、火の上で念入りに炙る。


「一番腹の丈夫なオレからだ。駄目なら残りは諦めろ」


そう言って口へ運び、ゆっくり噛みながら味や臭いを確かめた。


「……うん。たぶん大丈夫だ。こりゃ結構いい肉だぞ。香草も使ってある」


しばらく休みながら様子を見ても、バンさんに異常はなかった。


俺とココラも干し肉を十分に炙ってから食べる。


「本当だ。おいしい」


ココラの耳が、少し嬉しそうに持ち上がった。


程よい塩味に、香草の爽やかな香りが混ざっている。


安物の干し肉は、塩辛さを通り越して舌が痛くなるうえ、強い獣臭さまで残っている。それに比べれば、これはかなり上等だ。


ここを出るまで食事ができないと思っていたので、食料が見つかったことには心底ほっとした。


腹いっぱいになるほどの量ではないが、空腹感はかなり和らいだ。


残っていた果実酒も、ココラの水魔法で香りが残る程度まで薄め、3人で少しずつ飲んだ。


入口が見える場所へ座り、交代で通路を警戒しながら体を休める。


おそらく外は夜になっているだろう。もしかしたら、もう深夜かもしれない。


「先にオレが30分寝る。その間は2人で見張ってくれ。起きたら、今度はお前らが2時間休め」


「バンさんは30分だけで大丈夫なんですか?」


「夜通しの仕事には慣れてる。30分も眠れりゃ、しばらくは持つ。それより、お前らが寝不足で動けなくなる方が困る」


先にバンさんが壁際で横になり、その間は俺とココラで通路を見張った。


30分後、目を覚ましたバンさんと交代し、今度は俺とココラが2時間の仮眠を取る。


合わせて約2時間半の休憩だ。


武器を手の届く位置へ置き、俺は壁を背にして目を閉じた。

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