第1章 Act.19 ダンジョンのお約束、ドキドキ!モンスターハウス
ポリーリザードを倒した後、俺たちは周囲を警戒しながら先へ進んだ。
木造の通路は相変わらず一本道で、曲がり角どころか扉や脇道すら見当たらない。
時折、床や壁の向こうから軋む音が聞こえる。
ただ木材が鳴っているだけなのか、それとも何かが歩いているのか判断できず、そのたびに足を止めて周囲を確認した。
ポリーリザードを倒してから30分ほど進んだところで、正面からポリースラッグが2匹現れた。
今度はこちらに気づいており、並んで通路を這ってくる。
「右はオレがやる。左が跳んだら止めてくれ」
バンさんが槍を構えて前へ出た。
その後ろで、ココラが小さく詠唱を始める。
右側の1匹が尾で床を叩き、勢いよく飛びかかる。
バンさんは半歩横へかわすと、すれ違いざまに槍を突き入れた。
深く刺されたポリースラッグは、そのまま床へ落ちて動かなくなる。
もう1匹も続いて跳ぼうとしたところで、詠唱を終えたココラが壁を作る。
「ウォーターウォール!」
水の壁が通路を塞いだ。
飛び込んだポリースラッグは勢いを失い、水と一緒に床へ落ちる。
俺は横へ回り込み、胴体へ剣を振り下ろした。
さっきと同じように、刃はほとんど抵抗なく肉へ食い込む。
深く斬られたポリースラッグは尾を振り回したが、バンさんが頭部へ槍を突き刺し、すぐに動かなくなった。
「今くらいの距離でいい。魔法が効いても、慌てて前へ出るなよ」
「はい」
「レオンも、斬った後に一歩引け。尾まで死んだとは限らねぇ」
「了解です」
そう注意すると、バンさんは槍の穂先を拭い始めた。
それからさらに進み、今度はポリーリザード1匹と遭遇した。
正面から走ってきたため、バンさんが槍先を見せて注意を引きつけ、その間に俺とココラが左右へ分かれる。
ココラが盾で前足を受け流し、俺が反対側の後ろ足を斬った。
倒れ込んだところへバンさんが槍を突き入れ、危なげなく倒すことができた。
「いい感じに噛み合ってきたな」
「まだバンさんの動きに合わせてるだけですけど」
「最初はそれで十分だ。オレも2人の動きが分かれば、指示を減らせる」
少なくとも、足手まといにはなっていないらしい。
そこからしばらく歩くと、ようやく通路の先に変化が現れた。
木壁が途切れ、10m四方ほどの部屋へ出る。
部屋の中に魔物の姿はなく、正面には先へ続く通路が1本だけ開いていた。
バンさんは室内を一周し、床や壁を槍の石突で確かめた。
「罠は見当たらんな。ここで一旦休憩するか」
バンさんが壁際へ荷物を下ろすのを見て、俺たちも腰を下ろした。
食事をしてからまだ数時間しか経っていないが、戦闘を挟みながら緊張した状態で歩き続けていたため、思った以上に体が重い。
「少し、こいつでも飲むか」」
バンさんが背負い袋から小瓶を取り出した。
中には淡い赤色の液体が入っている。
「ああ、さっきのお酒ですね」
「ベリーの果実酒だ。甘いし、少しは腹の足しになる」
「ダンジョンの中でも消えないんですか?」
「酒は大丈夫みたいだぞ。食い物と違って、水と同じ扱いなのかもしれんな」
正確な理由は分からないが、バンさんは以前からダンジョンへ持ち込んでいたらしい。
「2人も飲むか? そのままだときついから、薄めろよ」
この国には、年齢だけを理由に飲酒を禁じる法律はない。
特に冬の寒さが厳しい地域では、10歳を過ぎた子供に薄めた酒を飲ませ、体を温めることも珍しくなかった。
俺もオヤジに少量を飲まされたことがある。
ドワーフの血を引いているせいなのか、今のところ酒で気分が悪くなったことはない。
ココラが水袋からカップへ水を注ぎ、バンさんが果実酒を少しずつ加えた。
水の方が多く、色は薄い桃色になっている。
口をつけると、ベリーの甘みと酸味の後に、わずかな熱が喉を通った。
「おいしい」
ココラの耳が少し持ち上がる。
「だろ? 腹いっぱいにはならねぇが、ただの水より元気は出る」
この甘い果実酒には糖分も入っている。空腹そのものを満たせなくても、何も口にしないよりはましだ。
「そうだ。俺も岩塩を持ってました」
腰袋から小さな岩塩の塊を取り出し、小型砥石の角で表面を削った。
細かな塩を粗紙の上へ落とし、2人へ渡す。
「塩も消えなかったのか。よく持ってたな」
「工房で汗をかいた時に舐めるんです。入れっぱなしだっただけですけど」
「理由はどうあれ、今はありがてぇ」
バンさんは少量を口へ入れ、水割りの果実酒を飲んだ。
ココラも岩塩を少しずつ舐め、水を口にしていた。
1時間ほど休むと、肩の痛みはかなり軽くなった。
再び荷物をまとめ、正面の通路へ入る。
そこから先も、ひたすら一本道だった。
木造の壁と床が延々と続き、途中で階段を何度か下りたが、分岐はない。
バンさんは階段を下りるたびに壁へチョークで印を残し、俺が渡した粗紙には、歩いたおおよその時間と遭遇した魔物の数を木炭で記していた。
一本道でも、帰路の距離を見失えば、休憩や水の配分を誤るらしい。
俺も頼まれ、戦った場所の特徴を書き足した。
その間、単発の戦闘も数回あった。
3人での動きに慣れるにつれて、バンさんの指示は「右」「下がれ」「今だ」と短くなった。それでも十分に意図が分かる。
とはいえ、戦っている時間より、何もない通路を歩いている時間の方がずっと長い。
足音と木の軋む音を聞きながら、代わり映えのしない通路をひたすら進み続ける。
暗いうえに景色まで変わらない。
この構造自体が一種の精神攻撃ではないかと考え始めた頃、通路の先に、これまでとは違う開けた場所へ続く入口が見えてきた。
俺たちは入口のかなり手前でクリップライトの明かりを絞り、音を立てずに近づく。
先頭のバンさんが部屋の中を覗いた瞬間、その場で動きを止めた。
何かいる。
しかも、1匹や2匹ではないらしい。
俺とココラも交代で入口から中を確認した。
部屋の広さは、第1聖域と同じ程度だと思う。
ただ、部屋は長方形で、床から天井まで木板で覆われている。
その中を、ポリースラッグとポリーリザードが埋め尽くしていた。
床を這うもの。
壁を引っかいているもの。
互いの上へ重なるように眠っているもの。
数え切れないほどの目玉が、それぞれ別の方向へ動いている。
少なく見積もっても30匹はいる。
「モンスターハウスだな」
入口から離れたところまで戻り、バンさんが低い声で言った。
「正面からやり合う数じゃねぇ」
「でも、ここまで一本道でしたよね」
ココラが耳を伏せる。
「ああ。先へ進むなら、あそこを抜けるしかない」
バンさんがどれだけ強くても、30匹を一度に相手にするのは不可能だ。
ポリースラッグだけなら飛びつきを避ければいいが、手足を持つポリーリザードは向きを変えるのも速い。
囲まれれば、数秒で押し倒されるだろう。
「もう少し戻って、作戦を考えましょう」
俺の提案に、バンさんがすぐ頷いた。
「それがいい。見つかってねぇうちに離れよう」
俺たちは念のため10分ほど道を戻り、荷物を下ろした。
正面からは無理だ。
通路へ数匹ずつ誘い出せればいいが、入口へ集まったところで一斉に飛び込まれる危険がある。
何か使える物はないかと荷物の中を探り、指先に硬い円盤が触れた。
手のひらに載る程度の空気清浄機。
直径15cm、厚さ5cmほどの円盤型で、学校の実習で作った試作品だ。
本来は空気中の埃や臭いを集め、内部へ吸着させる仕組みだった。
しかし以前、回路の調整に失敗し、教室にあったカビの臭いを集めるどころか、増幅して室内全体へ拡散させてしまったことがある。
あの時は最悪だったが――待てよ。
上手く改造すれば、液体を細かな霧にして撒くこともできるかもしれない。
ぬめりに覆われたポリースラッグの姿が頭に浮かんだ。
「バンさん。さっきの果実酒、どのくらい残ってます?」
「半分以上あるが……今飲むのか?」
「いえ。あの部屋の魔物を酔わせられないかと思って」
「魔物を?」
俺は空気清浄機を床へ置いた。
「ポリースラッグはオタマジャクシやカエルに近い見た目です。ポリーリザードも同じようにぬめりに覆われていますから、皮膚から水分を吸収する可能性があると思います」
「酒を霧にして、皮膚から吸わせるってことか」
「はい。この装置を改造すれば、薄めた酒を部屋へ広げられると思います」
「効く見込みは?」
「正直、やってみないと分かりません。ただ、俺たちは部屋へ入らずに試せます」
バンさんは装置と俺の顔を見比べ、少し考えた。
「火はどうする?」
「濃すぎる酒の霧は危険です。水でかなり薄めて、作戦中は火魔法も火口箱も使えません」
「分かった。失敗しても、装置1つで済む。30匹の中へ突っ込むより、ずっと筋がいい」
そう言って、残っていた果実酒を小瓶ごと受け取る。
俺は空気清浄機の外周を回し、上下の外装を分離した。
内部には屑魔石と、空気を循環させるための魔導回路が収められている。
カビの臭いを外へ拡散させた回路は、そのまま利用できる。
さらに粗紙を細く折って内部へ差し込み、薄めた果実酒を染み込ませる吸い上げ材にした。
ココラには水を少しずつ加えてもらい、臭いを確かめながら濃さを調整してもらう。
「もう少し薄める?」
「うん。部屋へ入った時に、俺たちまで酔ったら意味がない」
「なら、換気する時間も決めておくか。効いたからって、すぐ飛び込むのはなしだ」
「それも必要ですね」
装置を何度か短く起動し、空気の流れと魔石の消費を確認した。
屑魔石の残量なら、連続で10分以上は動かせる。装置が止まってからさらに15分程度待ち、俺たちへの影響が薄れた頃に様子を見ることにした。
俺が作業している間、ココラは通路を見張り、バンさんは3人分の武器や盾に残った粘液を落としていた。
「自分の剣は、後で俺がやりますよ」
「手を動かしてる方が落ち着くんだよ。気にせず、そっちを仕上げてくれ」
作業には2時間ほどかかった。
「できました」
本格的な改造ではない。
その場にある物だけを使った応急処置だ。
それでもスイッチを入れると、外周の隙間から細かな霧がゆっくりと流れ出した。
本番では出力を上げて一気に霧を広げればいい。
甘いベリーの香りが、かすかに鼻へ届く。
バンさんは手入れを終えた剣を俺へ返し、立ち上がった。
「上出来だ。効かなきゃ戻って次を考える。それでいいな?」
「はい」
「分かりました」
俺たちは荷物を背負い直し、再びモンスターハウスへ向かった。
部屋の手前まで戻ると、クリップライトを消し、足音を抑えながら入口へ近づく。
俺は入口のすぐ手前でしゃがみ、円盤型の装置のスイッチを入れた。
ブゥン……。
屑魔石から魔力が流れ、装置がかすかに振動した。
外周の隙間から、薄めた果実酒の霧がゆっくりと流れ始める。
俺は出力を最大にして、空気清浄機を部屋の中央へ向けて転がした。
装置は木の床を転がっていき、ポリースラッグたちの間で止まった。
近くにいた1匹が顔を向けたものの、装置そのものには興味を示さない。
俺たちはすぐに通路の奥まで引き返した。
1分も経たないうちに、甘酸っぱい果実酒の香りが部屋から流れてくる。
「効くと思うか?」
バンさんが声を潜めて尋ねた。
「何かしらの効果はあると思います。まず15分待って、その後は入口から様子を見ましょう」
「そうだな。全員元気でした、じゃ笑えねぇからな」
できる限り音を立てず、時折聞こえてくる部屋の物音へ耳を澄ませた。
10分を過ぎた頃だった。
ドサッ。
何か大きなものが床へ倒れる音が響いた。
少し間を置いて、今度は壁へ何度も体をぶつけるような音が続く。
効果が出始めたようだ。




