第1章 Act.18 見知らぬ通路、3人だけの生存戦が始まる
「まずは装備の確認だ」
バンさんは俺たちを木造通路の壁際へ寄せ、自分の荷物を床へ下ろした。
装備は、主武器の槍1本とバックラー。腰には短剣と小型の手斧。背負い袋には水袋のほか、傷薬、包帯、ロープ、チョーク、火口箱、小瓶の果実酒などが入っている。
俺とココラも、自分たちの持ち物を確認する。
俺の装備は、オヤジから渡された片手剣と革鎧。荷物には、小型砥石、メモ用の粗紙と木炭、短い革紐、火打ち金、傷薬が1本、クリップライト、空気清浄機の魔道具、予備の屑魔石。それと、ほぼ満杯の水袋がある。
ココラは深緑色の円盾と大型ナイフ。円盾の裏側には、予備の小型ナイフ2本が収められている。クリップライトと、俺のものより一回り小さい水袋、簡単な治療道具も持っていた。
「ココラは水を出せるんだったな」
「はい。ただ、魔力を温存したいので、しばらくは持っている分から飲みます」
「それでいい」
バンさんは頷き、次に俺へ顔を向けた。
「レオンは小さい火球を使えたよな。だが、ポリースラッグが相手だと、表面のぬめりで小さな火は効きにくいと思うぞ」
「ですよね」
見るからに水分が多い。
小さな火球を当てた程度では、表面を少し温めるだけで終わりそうだ。
「詠唱に10秒かければ、ゴブリンを丸焦げにできる程度の火球が最大火力です。ほかには水と土が使えます」
「土では何ができる?」
「地面が土なら、至近距離の足元を少しへこませたり、逆に持ち上げたりする程度です。土魔法はあまり得意じゃないので」
俺は足元の木板を軽く踏んだ。
「当然、ここでは使えませんね」
「なるほどな」
土魔法は使う場所をかなり選ぶ。少なくとも、この木造通路では戦力として考えない方がよさそうだ。
「最大火力の火球は、何発撃てる?」
「3発が限度です。ただ、3発目まで撃つと気分が悪くなるので、その後も戦うなら2発にしておきたいですね」
「分かった。できるだけ温存しておこう。何が出るか分からねぇからな」
バンさんは続いてココラへ視線を向けた。
「ココラは?」
「水と風です。ウォーターウォールは詠唱5秒で、限界までなら15回ほど。ブリーズエッジは詠唱3秒で、34回ほど使えます。余裕を持たせるなら30回までにしたいです」
「ほう、ずいぶん細かく把握してるんだな」
「学校で魔力量や使用回数を計る実技テストがあるので、大体は分かります」
バンさんは小さく頷き、少しの間考え込んだ。
「3人だけのパーティとして考えれば、火力は悪くねぇ。むしろ十分ある」
「それなら何とかなりそうですか?」
「問題は、この先何回戦闘があるかだ。それに、どんな敵が出てくるかも分からねぇ。余裕があるうちは、なるべく魔力を温存した方がいい」
「移動している間にも、魔力は少しずつ回復しますよね。途中の敵には多少使った方が効率が良くないですか?」
俺が尋ねると、バンさんは一度だけ頷いた。
「食事と休憩が取れるならな」
そう言って、自分の腹を軽く叩く。
「魔法を使えば、腹も減りやすくなるんだろ?」
「はい。大量に使えば」
「今回は次にいつ食えるか分からねぇ。魔力が残ってても、腹が減って剣を振れなくなったらまずい」
なるほど。
残しておくべきなのは魔力だけじゃない。体力も同じだ。
「分かりました。無駄撃ちはしません」
「ココラも、それで頼む」
「はい」
「道中は、できるだけオレが前で戦う」
バンさんは槍を手に取った。
「レオンはオレの右後ろ。ココラは左後ろだ。敵を見つけても、オレより先に前へ出るな。回避と防御を優先して、攻撃は確実に反撃されねぇ時だけでいい」
「了解です」
「分かりました」
「それとココラ。兎人族は夜目が利くって聞いたが、実際どうなんだ?」
「個人差はありますけど、人間族よりは見えます。私なら、多分3倍か4倍くらい先まで見えると思います」
「なら、周囲の警戒を頼む。何か見つけたら、すぐ教えてくれ」
「はい」
装備と役割の確認を終えてからも、俺たちはしばらくその場で待った。
だが、天井に再び紫色の穴が開くことも、誰かが助けに来ることもなかった。
バンさんが立ち上がり、暗い通路へ目を向ける。
「……そろそろ30分ってところか。仕方ねぇ、行くか」
俺とココラも立ち上がった。
バンさんが先頭に立ち、その少し後ろを、俺とココラが左右に分かれて歩き始める。
クリップライトの光が、木の壁へ細長い影を作った。
一歩進むたび、床板が低く軋む。
ギシ……。
ギシ……。
石造りの通路とは違い、床の軋みが壁や天井の奥まで伝わっていくようだった。
立ち止まっても、遠くではまだ何かが軋んでいる。
「……石の通路より、こっちの方が気味悪いな」
「うん。誰かに箱の外から見られてるみたい」
ココラの耳が、周囲の音を探るように小刻みに動いた。
そのまま数分ほど進んだ時だった。
「待って」
ココラが突然足を止め、小さな声で言った。
バンさんも足を止め、音を立てずに槍を構える。
「何かいるのか?」
ココラは通路の奥を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。
「何かが動いてます」
「……オレの目じゃ見えんな。レオンはどうだ?」
目を凝らしてみるが、クリップライトの光が届かない先は黒く塗り潰されている。
「俺も駄目ですね」
「よし。ゆっくり前進するぞ」
足音を立てないよう注意しながら、10mほど進む。
やがて、暗闇の奥に大きな影が見えてきた。
最初はポリースラッグかと思った。
丸く膨らんだ胴体と、後ろへ伸びる太い尾。頭から突き出した2本の目も、石造りの通路にいた個体とよく似ている。
こちらへ背を向け、前足のようなもので木の壁を引っかいていた。
ガリ……。
ガリ……。
先ほど聞こえていた音は、こいつが出していたらしい。
バンさんが一度こちらを振り返り、無言で頷いた。
俺とココラも小さく頷き返す。
俺はクリップライトの光量を絞り、さらに距離を縮めた。
近づくにつれて、普通のポリースラッグとは違う部分がはっきり見えてくる。
ぬめりに覆われた胴体から、短く太い手足が4本生えていた。
体格も、ポリースラッグより一回り以上大きい。
尾の先まで含めれば全長は2mほど。4本の足で立った状態で、頭は俺の胸元近くまであった。
ポリースラッグに、トカゲの手足を無理やり付け足したような姿だ。
バンさんが、ここで待てと片手で合図した。
槍を低く構え、音を立てずに魔物へ近づいていく。
残り5mほど。
バンさんが一気に床を蹴った。
「ふっ!」
魔物が物音に気づき、4本の手足を使って素早く振り返る。
石造りの通路にいたポリースラッグとは違い、体の向きを変える動きにも、もたつく様子がない。
大きく口を開き、迫ってくるバンさんへ噛みつこうとする。
だが、その動きを読んでいたバンさんの方が速い。
踏み込む勢いを乗せた槍が、開いた顎の下から突き入った。
穂先は柔らかい肉を貫き、そのまま頭の奥まで深く食い込む。
魔物の体が大きく跳ねた。
それでも死にきらず、手足と尾を激しく振り回す。
「しぶといな!」
バンさんは無理に槍を抜こうとせず、その場で手を離した。
すぐに腰の手斧を引き抜き、魔物の頭へ叩きつける。
鈍い音とともに、魔物が大きくよろめいた。
今だ。
俺は剣を抜き、バンさんの右側から距離を詰める。
魔物の頭は、俺から見て左側へ向いている。
右へ回り込めば、すぐには噛みつかれない。
両手で剣の柄を握り、ぬめりに覆われた胴体へ斜めに刃を振り下ろした。
ザシュッ。
思っていたより、ずっと抵抗が少ない。
刃が表皮を切り裂き、その下の肉まで一気に食い込んだ。
「えっ?」
予想以上に刃が通る。
魔物が痛みに反応して身をくねらせた。
俺は一歩下がって尾を避け、今度は後ろ足の付け根へ狙いを定める。
体重を乗せ、横薙ぎに剣を振った。
深く食い込んだ刃が、太い後ろ足を根元から切断する。
支えを失った魔物が、床へ大きく倒れ込んだ。
バンさんがすぐに手斧を振り下ろし、もう一度頭部を打ち据える。
魔物は数度体を震わせた後、動かなくなった。
ココラは盾と大型ナイフを構えたまま、周囲にほかの敵がいないか警戒している。
俺も油断せず、切り離した足と胴体を交互に確認した。
完全に息絶えているようだ。
「おいおい……」
バンさんが魔物の頭から槍を引き抜きながら、俺の剣を見た。
「よく切れる剣だな」
「俺も驚きました。オヤジから、普通の剣より質がいいとは聞いてたんですけど」
高品質の坩堝鋼に、少量のミスリルを混ぜた剣だ。
バンさんは切断された後ろ足と刃を見比べる。
「刃こぼれもしてねぇ。いい剣なのは間違いないな」
それから俺を見ると、少し笑った。
「まあ、道具が良くても、当て方が悪けりゃこうは切れねぇ。初めて見る相手にしちゃ上出来だ」
「ありがとうございます」
褒められたのは素直に嬉しい。
俺は剣を少し傾け、刃に異常がないことを改めて確かめた。
「それにしても、ポリースラッグとは別物ですね」
ココラが盾を下ろし、倒れた魔物を覗き込む。
「手足がある分、動きもずっと速かったです」
「ああ。今までの奴と同じつもりで戦ったら、痛い目を見るな」
バンさんが頷いた。
正式な名前は分からない。
俺たちは、この手足の生えたポリースラッグを、ひとまず「ポリーリザード」と呼ぶことにした。
バンさんは倒れたポリーリザードから視線を外し、暗い通路の奥を見る。
「……問題は、こいつがこの先何匹出てくるかだな」
木造の通路は、その先も暗闇の奥へ続いていた。




