第1章 Act.2 鍛冶屋の息子に転生しました、剣も魔法もある世界です
カン、カン、カン――。
家へ近づくにつれ、鉄を打つ音が大きくなる。
石炭の煙と熱い鉄の匂い。
今日も我が家の工房は平常運転らしい。
「ただいまー。オヤジ、たばこ買ってきたぞ」
「おう、ありがとよ。へへっ、やっぱりこいつがねえと調子が出んわ。それと、着替えたら手伝え。緊急の仕事が入った」
「緊急って?」
「エーテル浄化施設の排水管を、馬鹿な魔法使いが酔っ払ってぶっ壊したんだとよ。クソ野郎が、縛り首にしちまえ!」
「俺、学校の宿題があるんだけど」
「馬鹿野郎、町の水回りのほうが100倍大事だろ! そもそも世の中を便利にするために勉強してんなら、実践が一番の勉強だろうが」
「うーい。すぐ行くわ」
転生して14年。
俺は今、小さな町の鍛冶屋の息子として、鎚の音と鉄の匂いに囲まれて暮らしている。
前世とは顔立ちもずいぶん変わった。正直、今のほうが整っているので文句はない。
黒い髪は前世と同じだが、瞳は濃い紫色。
14歳で、身長は165cmほど。
この年齢なら悪くないと思うが、もう少し伸びてほしいところだ。
転生前の俺は、20歳の大学生だった。
専攻は文化人類学。
土地ごとの生活習慣や宗教、村や都市の仕組みなんかを比べて、「場所が変われば、人間の常識はここまで変わるのか」と考える学問だ。
異世界転生と聞けば役に立ちそうだが、残念ながら発電機は作れない。火薬の作り方も知らない。医学の知識も、農業を劇的に改善する技術もない。
工学を学んだ学生なら、知識無双もできたのかもしれない。だが、俺にはそっちの知識はなかった。
ただ、「その社会には、その社会なりの理由がある」と考える癖だけは残った。
貴族、教会、ギルド、学校、冒険者。
この世界の仕組みを前世の常識だけで「おかしい」と決めつけずに済んでいるのは、少しくらい大学で学んだことが役立っているのかもしれない。
まあ、それで腹が膨れるわけではないのだが。
ちなみに、死因は交通事故だった。
アルバイトの帰り道、トラックに跳ねられそうになった女の子を突き飛ばし、代わりに俺が跳ねられた――らしい。
強烈な痛みを感じたところまでは覚えている。その先の記憶はない。
そして気づけば、赤ん坊から人生をやり直していた。
まさか授業中にスマホで読んでいた物語みたいに、異世界へ転生するとは思わなかった。
欲を言えば、もう少し楽して暮らせる人生でもよかったが、そこは仕方ない。
ただ、転生してよかったと思えることが1つある。
この世界には、本物の魔法がある。
そして俺にも、魔法を使う適性があった。
強力な術はまだ使えないが、小さな火を灯したり、少量の水を出したりはできる。
初めて手のひらから火を出した時は、興奮のあまり何度も繰り返して、魔力切れでぶっ倒れた。
オヤジには「そこまでか?」という顔をされたが、何もないところから本当に火が現れるのである。
興奮するなというほうが無理だろう。
「おーい、レオン! まだかよ!」
「へーい、今準備してっから待ってくれ!」
鍛冶用の革エプロンを身につけ、鍛冶槌と鉄箸を持って仕事場へ入る。
炉の赤い光の向こうで、小柄なオヤジがたばこをふかしていた。
オヤジは小さい。
身長は150cmほどしかない。
というか、ドワーフである。
びっくりだ。
ところが、そんなオヤジの息子である俺は人間だ。
もちろん、ちゃんと血の繋がった親子である。
この世界では異種族同士の子供も、どちらか一方の種族として生まれるらしい。
母が人間で、俺には母の種族が現れた。
9歳の弟アンビーは、オヤジと同じドワーフだ。
その母はアンビーを産んだ時に亡くなり、今は父と俺、弟の3人で暮らしている。
男臭いにもほどがある。
昔はいちいち感動していたが、14年も暮らせば、尖った耳も毛の生えた尻尾も日常の風景である。
「おせえぞ。この交換用の継ぎ手と配管留めを、明日中に納品しろって役人がうるせえんだよ。まったく、似合わねえ髭しやがって。見てるだけでやる気が失せるわ」
「……髭は放っといてやれよ。アンビーは?」
「あいつなら飯屋へ使いに出した。今日は飯を作ってる暇なんざねえからな」
「おっ、もしかしてルイカ婆さんのシチュー?」
「おう。肉を多めにしろって言っといたから、楽しみにしとけ。その分、役人には水増し請きゅ……じゃなかった、特急料金をたんまり前払いしてもらったからよ。へへへっ」
「いやあ、さすがお役人。金払いがいいのはありがたいねえ」
「だろ? じゃあ、とっとと片づけるぞ」
「あいよ!」
炉から引き出した鉄が、白みを帯びた橙色に輝く。
オヤジが鉄を押さえ、俺が槌を振り下ろす。
火花が夜の工房を飛び交い、鎚音は遅くまで鳴りやまなかった。
そうして俺は、学校の宿題をきれいさっぱり忘れた。
* * *
俺たちが暮らすティリアガルデンは、レポラリア王国北西部にある人口約7000人の地方町だ。
アルデン伯爵領、その中のティリア男爵領の中心町にあたる。
町の名前にある「ティリア」とは菩提樹のことだ。
菩提樹の花から作るリンデンティー。
樹皮の繊維から作られる丈夫な縄。
そして、菩提樹の花から採れる少し上等な蜂蜜――ティリア・ハニー。
この辺りは、菩提樹を使った産業で知られている。
今は兎憩暦351年、エハワズの月。
前世でいう5月頃だ。
長い冬の寒さが抜け、町全体がゆっくり初夏へ向かっている。
ちなみに、この国では兎が平穏、安息、幸運、家族の象徴とされている。
昔の王が新しい都を探していた時、数千匹もの兎が安心して昼寝している平原を見つけ、「これほど生き物が穏やかに眠れる土地ならば」と剣を収め、国を築いた――という建国伝承が由来らしい。
そのため、この国で兎を粗末に扱うのはかなり嫌われる。
ずいぶん平和な建国神話だと思う。
だが、町の外まで平和とは限らない。
森や山へ入ればモンスターがいるし、人里から離れた奥地には、それよりはるかに強い魔獣が現れることもある。
幸い、ティリアガルデン周辺に魔獣が出ることは滅多にない。
弱いモンスターなら、俺も何度か倒したことがある。
たとえば、泥団子ワーム。
体長30cmほどあるが、ほとんど無害で、雨上がりに地面へ出てきては、晴れるとそのまま乾いて動けなくなっていることすらある。
それから、ヨレヨレ・トカゲ。
体長50cmほどの大きなトカゲで、名前の通りいつも足元をふらつかせている。
尻尾には一応トゲがあるのだが、それをまともに使える力も知能もなく、町の子供たちに、
「ドラゴンだ! 討伐するぞ!」
と棒を持って追い回されることもある、少し可哀想な奴だ。
正直、なぜこいつらがモンスターに分類されているのかは俺にもよく分からない。
そして、ここからが大切な話だ。
モンスターを倒すと、俺には経験値が入る。
普通のネズミやイノシシを倒しても何も起こらない。
だが、モンスターを倒すと経験値が増え、一定まで貯まるとレベルが上がる。
レベルが上がればポイントを得られ、それを剣術、魔法、鍛冶、魔道具製作など、自分が身につけた能力へ割り振ることができる。
現在の俺はLv5。
ゲームのような仕組みだが、この世界の人間なら誰でも同じものが見えているわけではない。
幼い頃、オヤジに聞いてみたことがある。
「ワシは聞いたことがねえな。たぶん、おまえの固有魔法みてえなもんだろ」
というのが答えだった。
この世界で、生活魔法を少し使える人間は40人に1人ほど。
その中には、ごく稀に普通とは違った特殊な力を持つ者もいるらしい。
だから俺の能力も、その一種なのだろう――ということになっている。
もっとも、正体は俺にも分からない。
オヤジからは、
「面倒な貴族や役人に知られたくなきゃ、黙っとけ」
と釘を刺された。
何ができるか分からない特殊能力など、権力者からすれば利用価値を調べたくなるに決まっている。
まして俺の力は、モンスターを倒すことで自分自身を強化できる。
下手に知られれば、自由に暮らせなくなる可能性もあるという。
それを聞いて以来、この能力の詳しいことを知っているのはオヤジだけだ。
今のところ、それで困ってはいない。
むしろ困っているのは、経験値を稼ぐ機会がほとんどないことだった。
この町の周辺には、経験値になるようなモンスターがそれほど多くない。
俺自身も学校と工房の往復が中心だから、最近はレベルもまったく上がっていない。
だが、それもあと半年ほどだ。
俺は今14歳。
今年、町の学校を卒業する頃には15歳になる。
この国では15歳が成人だ。
卒業したら、本格的に討伐依頼を受け、冒険者として活動するつもりでいる。
最初はティリアガルデンを拠点にして、オヤジの工房を手伝いながらになるだろう。
それでも、今まで本や旅人の話でしか知らなかった土地へ、自分の足で行けるようになる。
王都。
港町。
森。
ダンジョン。
見たことのない種族や魔物。
知らない魔法に、珍しい素材。
それらを自分の目で見て、手で触って、持ち帰って、何か作ってみたい。
剣と魔法が本当に存在する世界へ生まれ直したのだ。
家と学校だけで人生を終えるなんて、あまりにももったいない。
そう考えるだけで、胸が躍った。




