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MADE IN ANOTHER WORLD ―この手で、異世界に残るものを。―  作者: 月河 紀零鴨


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第1章 Act.14 冒険者に憧れて、ダンジョンの中で研ぎ物です



出発前、俺たちは鍛冶場の前で、持ち込む道具を荷箱に詰めていた。


大小の砥石、金槌、やすり、革を縫う針と糸、交換用の柄と留め金、釘、革紐。大掛かりな修理はできないが、刃の研ぎ直しや柄の交換、防具の応急処置なら一通りできる。


その荷物を確認していたのが、今回一緒に派遣される兄弟子のゴーアだった。


「細目のやすり」


「右の箱。油紙の下」


「革用の曲針」


「工具巻きの3列目。留め金は大きさごとに分けてある」


ゴーア兄が工具巻きを開く前に、俺は次に確認するだろう革紐の束を差し出した。


「予備も含めて2束。釘は小箱の中」


ゴーア兄は中身を一通り確認すると、短く頷いた。


「よし。抜けはないな」


長い付き合いだけあって、こういう作業では相手が次に何を確認するのか、大体分かる。


身長は180cmほど。狼人族らしい尖った耳と太い尾を持ち、灰色の毛には白い毛が何層にも混じっている。鋭い目つきと口元からのぞく犬歯のせいで、知らない相手にはかなり怖く見えるだろう。


だが実際は真面目で面倒見が良く、俺が赤ん坊の頃から付き合いのある兄貴分だ。今年で36歳、工房に入って15年以上になるベテランで、防具の製作と修繕、他の弟子への指導や材料管理まで任されるサブリーダーでもある。


元々はティリアガルデンの町兵で、見習い時代に装備の手入れを教わったことをきっかけに鍛冶へ興味を持ち、オヤジへ弟子入りしたらしい。俺も剣の構え方や格闘術、鎧の修理方法など、色々なことをゴーア兄から教わってた。


「荷物はこれでいい。ココラちゃん、水袋は?」


「はい。普通の飲み水も入れてあります。魔法でも出せますけど、念のために」


ココラは、深緑色の円盾を背中へ回しながら答えた。


「それならいい」ゴーア兄は短く答えると、工具箱の蓋を閉めた。


荷造りを終えた俺たちは、町兵詰所の前へ向かった。


そこで待っていたのは、護衛と交代要員の領兵、それに物資輸送を担当する町兵たちだった。


領兵は隊長を含めて6人、町兵は8人。


領兵隊長はゴーア兄と同じくらいの年齢の狼人族で、茶色がかった短い毛と、左耳に残る切り傷が特徴的な男だ。


「よう、ゴーア。まさか、またお前と隊列を組む日が来るとはな」


「ローガン。お前の指示を聞く日が来るとは思わなかった」


「町兵の見習いだった頃から、俺の命令を聞かなかっただろうが」


「間違った命令だけだ」


「おい、全部間違っていたことにするなよ」


ローガンと呼ばれた領兵隊長は声を上げて笑った。


どうやら、ゴーア兄が町兵だった頃からの知り合いらしい。


はたから聞けば喧嘩腰にも思えるが、ゴーア兄の尾がゆっくり左右へ揺れている。機嫌が良い時の動きなので、仲が良いのだろう。


「こっちが親方の息子か。大きくなったな」


ローガンが俺を見下ろした。


「俺のこと知ってるんですか?」


「赤ん坊の頃に何度か見てる。ゴーアに抱かれた途端、耳を思い切り引っ張って泣かせてた」


「泣いてない」


ゴーア兄がすぐに否定した。


「涙目だったぞ」


「黙れ」


初対面だと思っていたのに、いきなり覚えていない頃の話を暴露された。


周りの領兵たちが笑っている。


他にも、俺やココラの顔を知っている者が何人かいた。


町に長く住んでいれば、直接話したことがなくても、工房の息子や学校の生徒として顔くらいは知られている。人口の多くない町では、完全な他人を探す方が難しいのかもしれない。


町兵たちは、研ぎ終えた槍や剣を革と布で包み、数本ずつ束ねて担いでいた。


食料は封印布で包んだうえで、封呪箱へ収められている。箱は全部で4つ。聖域で待機している兵士や冒険者の分も含まれているため、かなりの重さがあるはずだ。


「隊列は領兵3人が前、中央に職人と荷運び、残り3人が後ろだ」


ローガンが全員を見回した。


「町兵は物資の運搬が役目だが、異常があればすぐ武器を取れ。戦闘になった場合、レオン、ココラ、ゴーアは隊列中央から動くな」


「俺もか?」


ゴーア兄が聞き返す。


「今回のお前は護衛ではなく職人だ。頼むから危ないことはやめてくれ。何かあったら、俺が上から睨まれる」


「分かった」


ゴーア兄は不満そうだったが、素直に引き下がった。


詰所で最後の荷物検査を受け、俺たちは半地下の留置区画へ下りた。


一番奥の留置房には、さらに地下へ続く石造りの階段がぽっかりと口を開けている。


壁を掘って作ったような跡はない。


まるで初めからそこに階段があったかのように、留置房の石壁から自然につながっていた。


階段の下からは、湿った土と古い地下室を混ぜたような空気が吹き上がってくる。


腰の剣が、急に重く感じられた。


「これがダンジョンか……」


「思っていたより不穏だな」


ゴーア兄も、階段の奥を見つめた。


ココラも耳をペタンとおろして、心配そうに覗き込む。


「な、なんか不気味だね……」


「だが、ここ数日、領兵たちが何度も往復している。第1聖域までの道は確保されているし、必要以上に構えるな」


「そうだな」


ゴーア兄に軽く背中を押され、俺とココラも先行する領兵たちに続いて階段を下りた。


階段の先には、人が4人ほど並んで歩ける石造りの通路が続いていた。


床も壁も天井も、継ぎ目の分からない灰色の石で造られている。苔もひび割れもほとんどないのに、長い年月を地中で過ごしたような湿った臭いだけが残っていた。


領兵が持つ魔導カンテラの光が、石壁を淡い橙色に照らしている。


しばらく歩いたところで、俺は前を歩くゴーア兄へ小声で尋ねた。


「ゴーア兄は、ダンジョンに入ったことあったっけ?」


「いや、ない」


「町兵だったのに?」


「町兵の頃は、近くでダンジョンが発生しなかった。おやっさんに弟子入りしてからは、当然ない」


ぶっきらぼうな言い方だが、俺にはいつもの話し方だ。


「なんだ。戦ってみたいのか」


「さすがゴーア兄。よく分かってらっしゃる」


「おやっさんから、前に出ようとしたら殴ってでも止めろと言われている」


「分かってるよ。自分からは仕掛けない」


「自分からは、か」


「向こうから来たら仕方ないだろ?」


ゴーア兄が足を止め、こちらを振り返った。


鋭い目が、さらに細くなる。


「仕方なくない。兵士の後ろへ下がれ」


「ハイ」


それから1時間ほど進んだところで、前方の領兵が手を上げた。


隊列が止まる。


魔導カンテラの光の先で、湿った何かが石床を這っていた。


大きさは中型犬ほど。


丸く膨れた胴体から魚のような尾が伸び、頭にはナメクジのような2本の目が突き出している。目玉は別々の方向をぎょろぎょろと見回していた。


ポリースラッグと名付けられた魔物だ。


オタマジャクシに見えなくもない。


ただし、表面は粘液に覆われ、口には細かな歯が何列も並んでいる。


「うわ、気持ち悪い……でも、思ったよりは平気かも」


ココラが粘液まみれの体を見ながら、少し顔をしかめた。


「あー、確かに匂いは臭くないな」


「うん、そうそう」


そんなことを言い合っているうちに、前方の領兵たちが槍を構えた。


「ポリースラッグだ。来るぞ」


ローガンの声と同時に、ポリースラッグがゆっくりこちらへ近づいてきた。


動きは遅い。


だが、領兵との距離が3メートルほどになった瞬間、魚のような尾が石床を強く叩いた。


ぬるりとした体が宙へ跳び上がる。


「おっと」


正面にいた領兵が横へかわすと、ポリースラッグは勢いよく床へ落ち、そのまま数メートル滑っていった。


着地した後は、すぐには向きを変えられないらしい。


隣の女性領兵が背後へ回り、槍を突き下ろした。


粘液で穂先が少し滑ったものの、続く2度目の突きが胴体を貫く。


ポリースラッグは尾を激しく振り回した後、力尽きて石床の上に横たわった。


「近づくまでは遅いが、飛びつく時だけは速い。正面に立ち続けるな」


ローガンが若い領兵たちへ注意を促す。


「飛びつきを避けた後、反転する前に後ろか横から刺せ。口と尾にさえ注意すれば、難しい相手じゃない」


町兵の1人が槍の石突で反応がないことを確認し、短剣でポリースラッグの腹側を切り開いた。


粘液にまみれた体内を探り、爪の先ほどの濁った魔石を取り出す。それを布で拭い、小袋へ収めた。


死体は通行の邪魔にならないよう、石壁の脇へ引きずられていく。


「屑魔石か」


「安物だが、数が集まれば馬鹿にはできん」


ローガンが答えた。


「今回の出費は相当なものだからな。領主様としても、少しでも回収できる物が出るのはありがたいだろうさ」


弱い魔物を倒して魔石を回収できるなら、討伐そのものは完全な赤字ではない。


もっとも、兵士や冒険者への報酬、物資、聖域の維持費まで考えれば、到底足りないだろうが。


「レオン」


ココラがそっと俺の袖を引いた。


見ると、俺の右手が剣の柄に触れていた。


初めて見る魔物が目の前で飛びかかったせいで、無意識に剣へ手をかけていたらしい。


領兵たちが落ち着いて対処していたのに、隊列中央の俺まで今にも前へ出そうな格好をしていたのが、少し恥ずかしい。


「悪い。大丈夫だ」


「うん」


近くにいた領兵や町兵の何人かに微笑ましい目を向けられ、穴があったら入りたい気分になった。


その後も、小休憩を挟みながら石造りの通路を進む。


途中で何度かポリースラッグと遭遇したが、どれも領兵が中心となって対処し、必要な時だけ町兵が加わった。


一度に現れるのは1匹から3匹。


飛びつきさえ避ければ倒すのは難しくない。とはいえ、通路の角や天井近くの穴から急に姿を現すため、気を抜くことはできなかった。


俺たちは2時間ほど進むごとに短い休憩を取り、水を飲んだ。


食料は封呪箱から出せないため、ダンジョンへ入る前にしっかり食べてきた。それでも荷物を背負って石の通路を歩き続けるのは、森での訓練とは違う疲れがあった。


景色がほとんど変わらないせいで、どれほど進んだのか分からなくなる。


曲がり角や分岐には、先行部隊が残した番号札と発光塗料の印があった。それがなければ、帰り道を見失ってもおかしくない。


ダンジョンへ入ってから、およそ5時間。


前方の通路に、これまでよりも明るい橙色の光が見えてきた。


「第1聖域だ」


ローガンの言葉に、隊列の空気が少し緩んだ。


通路を抜けると、直径15〜16メートル、高さ4〜5メートルほどの円形の部屋へ出た。


石造りの広い部屋には、10人ほどの領兵と、町兵や冒険者が合わせて7〜8人いた。


壁際には寝具、武器、防具、物資箱が整然と並べられ、中央付近には木製の机と椅子まで置かれていた。


四方に立てられた小型祈祷灯が、部屋全体を柔らかな橙色に照らしている。


天井付近では浄化香の煙が細く揺れ、薬草と木の香りを混ぜたような優しい匂いが漂っていた。


薄暗く冷たい通路を長時間歩いてきたせいか、そこだけ別の建物の中へ戻ってきたように感じる。


「思ったより明るいな」


ゴーア兄が工具箱を床へ下ろした。


「少し休んだら、仕事に入るぞ」


「おう。ココラもそれでいいか?」


「うん、大丈夫」


こうして俺たちは、無事に第1聖域へ到着した。


そしてここから、ダンジョン内部での2泊3日の仕事が始まる。

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