第1章 Act.12 町中でダンジョン発生、思ったより町人は慌てない
レベルアップした翌朝。
目を覚ますと、鍛冶場からカン、カン、カンと鉄を叩く音が聞こえてきた。
まだ、いつもの仕事始めには早い。
俺は眠気の残る頭で服を着て、階下の鍛冶場へ向かった。
「オヤジー、また緊急の仕事か?」
炉の前では、オヤジが赤く熱した鉄棒を金床に置き、槌を小刻みに振るっていた。
「おう、起きたか。さっき町兵が知らせに来た。緊急の仕事ってより、町の緊急事態だな」
オヤジは手を止め、汗を腕で拭った。
「町の中にダンジョンができたらしいぞ」
「……はぁ? ダンジョン?」
「おう。町兵詰所の留置房だとよ」
一瞬、意味が分からなかった。
町の外れや森の中ならともかく、町役場のすぐ裏である。
「何があったら、そんな場所にできるんだ?」
「例の酔っ払い魔法使いが入れられてた留置房らしい。呪物が関わってるって話だが、詳しいことまではワシも知らん」
オヤジは槌を金床の脇へ置き、腕を組んだ。
「近くの村へ避難できる奴は、朝から支度を始めてる。学校は今日から休校で、校舎が避難所になるそうだ。お前とアンビーだけでも、そっちへ移るか?」
鍛冶場の天井を見上げた。
アンビーはまだ寝ているらしく、上から足音は聞こえない。
「オヤジはどうするんだ?」
「ワシは残る。こっちの生まれじゃねえから頼れる親戚もいねえし、こんな時に鍛冶場を閉めるわけにもいかねえからな。お前らが避難するなら、学校で先生や教会の連中に見てもらえるそうだ」
「できたばかりのダンジョンなら、町兵や冒険者がすぐ踏破するんじゃないのか?」
「普通ならな。だが今回は呪物が原因だとするなら、主を倒せば終わりなのか、浄化が必要なのか、それとも奥から探し出す必要があるのかも分かってねえ。下手すりゃ1か月くらいかかるかもしれん」
普通の新生ダンジョンなら、内部に魔物が生まれても、外へあふれ出すまでにはかなりの時間がかかる。学校では、数か月から、成長が遅ければ1年以上かかる場合もあると習った。
だが、呪物が関わる場合は別だ。
発生の仕方も、成長の速さも一定ではない。
こうした呪物や魔法使いに由来するダンジョンは、国家管理の対象になりやすい。
「国の方には、もう知らせてるのか?」
「ああ。アルデン伯爵府と迷宮災害庁へは昨夜のうちに報告を送ってるそうだ」
オヤジは、金床の上の鉄棒を火床へ戻した。
「だが、知らせが届いたからって、人や装備まで一緒に飛んでくるわけじゃねえ。先遣隊が到着するまでは、町にいる連中だけで対応するしかねえな」
「中の魔物について、何か聞いてるか?」
「ああ。明け方に入った最初の調査隊が、さっき戻ってきた。出てきたのは、でかいナメクジと魚を混ぜたような魔物らしい」
「嫌な見た目だな……」
「力は大したことねえが、表面がぬるぬるして刃が滑るそうだ。今やってるのも、調査隊が持ち込んだ槍の研ぎ直しと、交換用の穂先だ」
オヤジは、金床の上に置かれた途中の槍穂を顎で示した。
「つまり、しばらく忙しくなりそうだな」
「がはは。そういうこった。稼ぎ時ではあるが、町の緊急事態につけ込む気はねえ。いつも通りの値段でやる」
オヤジは笑った後、俺を見た。
「手伝うなら、小遣いは多めに出すぞ」
「やるやる。俺も残って手伝う。魔石かインゴットを買いたいし。ただ、その前にココラの様子を見てくる」
「おう。戻ったら頼むわ」
俺は簡単に朝食を済ませ、学校へ向かう。
町へ出ると、普段より多くの人が行き交っていた。
町兵が数人ずつ組になって通りを巡回し、町役場へ続く道には拒馬や土嚢が置かれている。槍を持つ町兵の姿もあるが、怒鳴り声や逃げ惑う人の姿はない。
通りのあちこちでは、近所同士で集まった住民が今後の相談をしていた。
「うちは亭主が仕事で残るから、私と子供だけ実家の村へ戻るよ」
「10日分くらいの食料で足りるかねえ」
「魔物が外へ出たわけじゃないんだろ? 慌てて全部持ち出さなくても大丈夫さ」
そんな会話が聞こえてくる。
この町では、学校や地域の訓練で、棒や槍の基本を身につけた者がそれなりにいる。町の外へ出る仕事をしている者なら、ゴブリン程度と遭遇した経験も珍しくない。
そのためか、今のところは恐怖よりも「念のため避難しておくか」という空気の方が強いようだ。
学校へ着くと、正門には休校を知らせる大きな札が掛けられていた。
校舎の玄関前では、夜のうちに避難してきた家族へ、先生や教会の祈士が説明をしている。廊下の奥には毛布や水桶が運び込まれ、いくつかの教室が避難者向けに開放されていた。
俺は学校に併設された寮へ向かった。
寮の前には荷物を抱えた生徒が集まり、先生たちが名簿を確認している。村から来た生徒を一時帰省させるため、急遽馬車を手配しているらしい。
「レオン!」
人混みの向こうでココラの長い耳がぴんと立ち、こちらへ手を振った。
「おはよう、ココラ。様子を見に来た。実家に帰るのか?」
「おはよう。わざわざ来てくれたんだね。ありがとう。でも、私はひとまず学校に残るつもりだよ」
「先生には相談した?」
「うん。今すぐ危険ってわけじゃないから、危なくなりそうだったら、先生たちと避難するつもり」
寮では、生徒たちを出身村ごとに分け、順番に馬車へ乗せる準備をしていた。帰省期間はひとまず10日ほど。それまでに状況が落ち着かなければ、あらためて連絡を回すらしい。
「人手が足りてなさそうだな。俺も手伝うか」
「うん。レオンならそう言うと思った」
「顔に書いてあったか?」
「ううん。そういうところは、だいたい分かるから」
俺とココラは年長の生徒ということもあり、そのまま先生たちの手伝いに加わった。
荷札を書き、後輩の荷物を運び、出発する者の名前を名簿と照らし合わせていく。慌てて荷造りしたせいか、上着を忘れた奴もいれば、必要以上に本を詰め込み、鞄を持ち上げられなくなった奴までいる。
そうして最後の馬車を見送る頃には、もう昼近くになっていた。
「午後はどうする?」
俺が聞くと、ココラは少し考えてから答えた。
「レオンの家を手伝おうか? 寮にいても、今はすることがないし」
「先生には聞いたのか?」
「さっき聞いてきたよ。行き先と戻る時刻を伝えておけば大丈夫だって」
「助かる。たぶん鍛冶場が大変なことになってる。帳場なら、俺よりココラの方が向いてるしな」
「そこは自信を持って頷けるね」
ココラは冗談っぽく笑った。
俺たちは先生へ行き先を伝えてから、学校を後にした。
家へ戻ると、予想通り鍛冶場は朝よりも騒がしくなっていた。
ダンジョンから戻った町兵や冒険者が、槍、剣、盾を次々と持ち込んでくる。刃にはぬめりを拭った跡が残り、盾の縁には何かに噛まれたような傷もある。
オヤジたちは交換用の槍穂を鍛え、アンビーは炉の横でふいごを動かしていた。他の弟子たちも、武具の修理や防護柵に使う釘や杭の製作に追われている。
俺は、持ち込まれた槍と剣の研ぎ直しを任された。
「ココラちゃんは、そっちの机を頼む」
オヤジが帳面の山を指した。
「名前、預かった装備、修理内容、受け渡しの確認だ。金の計算もできるんだろ? 給料はずむから頼むわ」
「ありがとうございます。任せてください」
◇
それから3日。
今日も、鍛冶場は朝から晩まで動きっぱなしだ。
ダンジョンから戻った町兵や冒険者が、槍、剣、盾を次々と持ち込んでくる。刃にはぬめりを拭った跡が残り、盾の縁には何かに噛まれたような傷もある。
オヤジたちは交換用の槍穂を鍛え、炉の横ではアンビーがふいごを動かす。他の弟子たちも、武具の修理や防護柵に使う釘や杭の製作に追われていた。
「よう。2人とも、まだ働いてんのか」
昼過ぎ、バンさんが穂先を布で包んだ短槍を抱えて店へ入ってきた。
「いらっしゃい、バンさん」
帳場に座っていたココラが笑顔で迎えた。
この数日ですっかり仕事にも慣れ、冒険者や町兵からも顔を覚えられていた。俺よりよほど店員らしく見える。
「働き詰めになってねえだろうな?」
「ちゃんと交代で休んでます。バンさんこそ、少し疲れてませんか?」
「オレは寝られる時に寝て、食える時に食ってる。心配すんな。無茶をしねえのも冒険者の仕事だ」
バンさんはそう言って、穂先を包んでいた布を外し、短槍をカウンターへ置いた。
「悪いが、また研ぎを頼む。このぬめり、拭いても落ちねえし、無理に砥石を当てると余計に詰まりやがる」
「短槍1本。ぬめり落としと研ぎ直しですね」
ココラが帳面に修理内容を書き込んだ。
「預かります。バンさん、攻略の方はどうなってるんです?」
俺は作業の手を止め、短槍を受け取った。
正直、このぬめりには俺も嫌気が差していた。油のような滑りがあり、水で洗っても落ちるどころか薄く広がってしまう。しっかり拭き取らないと刃の細かな傷にまで残り、砥石もすぐに目詰まりする。
「思ったより難航してるな」
バンさんはカウンター前の椅子に腰を下ろし、疲れたように息を吐いた。
「中の魔物は、それほど強くねえ。油断すりゃ噛まれるが、町兵や黄ランク以上の冒険者なら十分倒せる。罠も今のところ多くない」
「それなら、何が問題なんです?」
「食料だ。あのダンジョン、食い物を持って入ると消えるんだよ」
「消える?」
「入口を越えた途端にな。パンも干し肉も乾燥豆も、中身だけきれいになくなる。袋や容器は残るんだが、食える物だけ消えちまう」
「お腹の中に入っている分もですか?」
ココラが少し不安そうに尋ねた。
「いや、腹に収めた分は大丈夫だ。水や薬も、今のところは消えてねえ。だから、しっかり食ってから入れば、半日程度は探索できる」
バンさんは肩をすくめた。
「だが、食料を持ち込めねえ以上、数日かけて奥を調べることはできない。朝に入っても、日が暮れる頃には戻らなきゃならん。毎日同じ道を往復してるせいで、探索がなかなか進まねえんだ」
「呪物の影響でしょうか?」
「たぶんな。セリーヌ司祭の話じゃ、原因になった呪物が、食い物に関係する性質を持ってるんじゃねえかってことだ」
ダンジョンの危険は、魔物の強さだけでは決まらないらしい。
どれだけ敵が弱くても、物資を運べなければ長時間の探索は難しい。単純な制限だが、奥へ進むほど効いてくる。
「それで今、領兵と教会の連中が、内部の一室を中継用の休憩所として整えてる。第1聖域って呼ぶらしい」
「ダンジョンの中にですか?」
「おう。小型祈祷灯と浄化香を使って、一部だけ簡易的な聖域にするらしい。そこでなら、食料を消されずに取り出せる可能性が高いそうだ」
「あれ? でも、その休憩所まではどうやって食料を運ぶんです? 入口を通った時点で消えますよね」
俺が聞くと、バンさんは指で箱の形を作った。
「封印布と封呪箱を使う。本来は呪物を包んだり収めたりして、その影響を外へ漏れにくくしたまま運ぶ道具だ」
「それを逆に使って、ダンジョンの呪いから食料を守るんですね」
ココラが納得したように頷いた。
「話が早えな。封呪箱は中の呪力が外へ漏れるのを抑えるだけじゃなく、外から入ってくる呪力もある程度弱める。ただし、箱をそのまま開ければ食料は消える。だから聖域の中まで運んで、そこで初めて封を解くってわけだ」
「それって、よく使われる方法なんですか?」
「いや、オレも初めて見た。司祭と魔法使いが相談して考えた応急策らしい」
バンさんは腕を組み、少し渋い顔をした。
「しかし封呪箱は高価で、町にある数も少ねえ。運べる食料にも限りがある。休憩所を確保できても、一気に解決するわけじゃねえな」
学校でも、遠征では食料の確保が重要だと習っていた。
だが、実際に補給ができないせいで攻略が滞っていると聞くと、言葉の重みが違う。どれだけ腕の立つ兵士がいても、食べなければ戦えない。
「とりあえず、今日中には第1聖域が使えるようになるらしい。そうなれば、もう少し奥まで進めるだろ」
「原因の呪物は、まだ見つかってないんですね」
「ああ。階段を下りた先が妙に広くてな。通路も枝分かれしてる。どこまで続いてるのか、まだ誰にも分からん」
バンさんは、カウンターの上の短槍を軽く叩いた。
「だから、できれば今日中に頼む。明日の朝にはまた潜る予定だ。間に合わなけりゃ予備を使うから、雑に急ぐ必要はねえぞ」
「了解です。ぬめりを落として、刃こぼれも見ておきます。夕方までには終わると思います」
「助かる」
俺は短槍を作業台へ運んだ。
鍛冶場の外では、交代を終えた町兵たちの足音が聞こえている。しばらくすると、今度は別の冒険者が傷んだ盾を抱えて店へ入ってきた。
ダンジョン攻略は、まだ始まったばかりのようだ。




