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MADE IN ANOTHER WORLD ―この手で、異世界に残るものを。―  作者: 月河 紀零鴨


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第1章 Act.11 領主の仕事は後始末



その日の夜。


ティリアガルデンの領主であるマルセル・ナ・ティリアは、執務室で一昨夜に起きた事件の報告書を眺めていた。


町の小型エーテル浄化施設につながる排水配管を、酔っ払った魔法使いが壊した事件だ。


配管は町の鍛冶職人たちによって応急修理され、施設も正常に動いている。


しかし、一緒に壊されたエーテル濃度の簡易計測器は、この町では修理できない。霊環クリスタルや魔導刻印部品を近隣の小都市から取り寄せる必要があり、部品代に加えて輸送費もかかる。


それなのに、捕らえた魔法使いは、ほとんど金を持っていない。


「まったく、よりにもよって計測器まで壊すとはな……」


マルセルは、50を越え、白髪が混じり始めた頭を掻きながらぼやいた。


押収した杖や魔石を売却しても、修理費の全額には届かないだろう。裁判の結果によっては労役に就かせ、不足分を賠償させることも考えなければならない。


件の魔法使いは、フルックと名乗っていた。


一昨夜から町兵詰所の留置房へ入れられ、封魔手枷をかけられている。所持品もすべて押収され、拘束時には本人の魔力反応も簡易記録されていた。


今のところ、罪状は酔った状態での魔法使用と公共設備の破壊だけである。


明日には司法官を交え、本格的な取り調べを行う予定だ。


その時、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。


執務室の扉が強く叩かれた。


「旦那様、夜分に失礼いたします」


家令ハーシュの声だ。


「入れ」


扉が開き、ハーシュとグラント・エージンが足早に入ってきた。


ハーシュは、マルセルが幼い頃からティリア家を支えてきた家令で、今年60歳になる。首都の魔導院を卒業した、学位持ちの魔法使いでもあった。


一方のグラント・エージンは40手前。


町兵の一兵卒から功績を重ね、4年前に守備騎士へ任じられた叩き上げだ。現在は、ティリアガルデンに駐留する町兵と領兵をまとめ、防衛全般を預かっている。


普段はおおらかで頼りになる男だが、その顔は今まで見たことがないほど険しい。


グラントは敬礼すると、短く報告した。


「町兵詰所の留置房で、異常が発生しました」


「異常とは?」


「例の魔法使いの悲鳴を聞いた見張り兵が、ただちに留置房を確認したところ、魔法使いが房内から消失していたとのことです」


「脱獄か?」


「いえ。その可能性は低いかと」


グラントの声がわずかに重くなった。


「留置房の奥にあった石壁が消え、代わりに地下へ続く、見覚えのない階段が出現しております」


「……階段だと?」


「現在は留置区画を封鎖し、町兵を配置しております」


マルセルは眉間に深い皺を刻んだ。


石壁が消え、存在しなかった地下への階段が現れている。


考えられるものは一つしかない。


「……まさか……ダンジョンか」


「恐らくは」


馬鹿な。


あれは、そう簡単に発生するものではない。


排水配管は応急修理され、エーテル浄化施設そのものは正常に稼働している。


仮に施設が止まっていたとしても、すぐにダンジョン化や魔獣化が起こるほど単純な話ではない。


他に原因があるとすれば、あの魔法使い自身か。


だが、魔ノ森のような高濃度エーテル地帯で死亡したならともかく、町中でダンジョンが生まれるなど、滅多に聞く話ではない。


「……いや、今は原因究明より対処が先だ」


マルセルは思考を切り替えた。


「留置房を中心に半径50メートルを立入禁止区域とする。区域内の住民は退避させろ。外周は拒馬と土嚢で封鎖し、監視と調査に必要な者以外は入れるな」


「はっ。直ちに手配します」


マルセルはハーシュへ目を向けた。


「通信担当官を起こし、領主館の魔法通信を開かせよ。アルデン伯爵府と迷宮災害庁へ第一報を送る」


「定型文はいかがいたしますか」


「発信地、ティリアガルデン。事象、ダンジョン発生。危険度、不明。封鎖状況、封鎖済み。人的被害、1名消息不明」


「危険度は不明で送るのですね」


「低いと判断できる材料がない。まずは第一報を送れ。追加の対応は、現場を確認してから決める」


「かしこまりました」


「イグニリス教会へ鑑定協力を要請し、セリーヌ司祭を至急現場へ。冒険者ギルドには、今夜中に動員できる者の人数を確認させよ。ただし、司祭の鑑定が終わるまで内部へは入れるな」


一通り命じると、マルセルは椅子から立ち上がった。


「私も現場を確認する」


「旦那様、中の安全はまだ確認されておりません」


「入口の外までだ。町全体を動かすほどの事態かどうか、報告だけで判断するつもりはない」


マルセルが卓上の呼鈴を鳴らすと、控えの間から従僕が入ってきた。


従僕は壁に掛けてあった、ティリア家の紋章入りの濃紺の上着を外し、背後から広げた。


マルセルが腕を通すのに合わせて袖を引き上げ、肩や襟の形を整える。前留めを掛けると、その上から外套を掛け、最後に剣帯を締めた。


◇


男爵家の紋章を掲げた馬車が町兵詰所へ到着すると、入口に並んでいた町兵たちは槍を立て、一斉に頭を下げた。


マルセルは家令と護衛を従え、そのまま半地下の留置区画へ。


一番奥の留置房には、見覚えのないダンジョンが口を開けていた。


本来なら石壁で閉じているはずの場所から、地下へ続く細い階段が伸びている。入口の縁には黒ずんだ石が脈のように浮き出し、階段は数段先から暗闇に沈んでいた。その先は何も見えない。


町兵たちは通路へ柵を置き、槍を構えたまま警戒を続けている。


ほどなくして教会の馬車が到着し、セリーヌ司祭が鑑定道具を抱えた祈士を伴って現れた。


まだ20代後半で、町を任された司祭としては若い。夜半に呼び出されたにもかかわらず、白い司祭服に乱れはなかったが、急いで髪をまとめてきたのか、頬の横には一房だけ髪がこぼれている。


セリーヌはマルセルの前で足を止め、胸へ手を当てて一礼した。


「お待たせいたしました、ティリア男爵閣下」


「夜分にすまぬ、司祭殿。見てもらいたい」


「承知しております。まず、入口の近くにいる兵を数歩下げてください。人の魔力を拾うと、反応が乱れる恐れがあります」


セリーヌは若いながらも、町へ持ち込まれた呪物の鑑定と浄化を任されている。彼女が指示すると、グラントはすぐに兵たちを後退させた。


セリーヌは留置房の床や鉄格子を順番に調べた後、鑑定盤を入口の前へ置いた。


呪力反応針を階段へ向けると、盤の中央に濁った紫色の光が浮かび上がった。


針が示したのは階段の奥。小刻みな震えが止まらない。


セリーヌはすぐには口を開かず、一度目の結果を書き留めた。鑑定盤の位置を少し変え、同じ鑑定をもう一度行う。


結果は変わらなかった。


セリーヌは盤面を見つめたまま、慎重に口を開いた。


「自然発生ではなく、呪物が関係して形成された可能性が高いと見ます」


「根拠は?」


「入口に残っている呪力の偏りと、内部から返ってくる反応です。自然発生のものとは考えにくい状態です」


「旦那様。もう1点ございます」


それまで黙って鑑定を見ていたハーシュが、詰所に残されていた記録へ目を落とした。


「階段が現れた直後に町兵が記録した入口周辺の魔力反応には、拘束時に記録されたフルック本人のものと共通する特徴が見られますな」


セリーヌは震える反応針を指先で示した。


「ええ、それらを合わせて考えると、呪物を核にダンジョンが形成され、その際にフルック本人も内部へ取り込まれた可能性が高いでしょう」


「人間1人の魔力だけで、これほどのものができるのか?」


「それは難しいでしょうな。フルックの魔力だけでは、とても足りません。原因となった呪物が大量のエーテルを蓄えていたか、あるいは空間そのものへ干渉する性質を持っていたのでしょう」


「待て。あの男は一昨夜から拘束されていた。押収した荷物は、事前に確認したのだろう?」


「はい。押収品はすべて確認済みですが、明らかな危険物は見つかっておりません」


ハーシュが答えた。


セリーヌは考えるように階段へ目を向ける。


「押収時には呪物を疑う材料がなかったため、教会での鑑定には回されておりません。もし固有魔法などで、外界から隔てられた別空間へ収納されていたのなら、通常の確認では見つけられなかった可能性があります」


「あの男が、呪物を隠し持っていたということか」


「その可能性が濃厚です。原因となった呪物も、現在は内部に取り込まれていると思われます」


セリーヌは再び階段へ目を向けた。


「また、このような形で突然現れた以上、単に地面を掘り進んでできた空間とは考えにくいでしょう。内部に別の空間が形成されている可能性があります」


暗闇の奥から、湿った冷気がゆっくりと吹き上がってくる。


「内部では、すでに魔物の生成が始まっている可能性があります。ただ、今のところ入口付近の呪力反応に、大きな変化は見られません」


「外へ出てくる時期は読めるか?」


「いいえ。数日で急変することも、長期間このまま推移することも考えられます。現時点では判断できません」


マルセルは階段から目を離し、ハーシュへ向き直った。


「第一報は、すでに送ったな」


「はい。アルデン伯爵府と迷宮災害庁へ発信済みです」


「ならば、第2報だ。宛先は同じく、アルデン伯爵府と迷宮災害庁。危険物は『呪物』、確度は『疑い』。関係者は『魔法使い』、人数は1。人的状況は『内部取り込みの疑い』とせよ」


「空間異常に該当する定型文はございません」


「ならば、異常区分は『その他』だ。支援要請は『要請する』で送れ」


「かしこまりました。直ちに発信させます」


ハーシュは近くに控えていた護衛の1人を呼び、書き留めた内容を領主館の通信担当官へ届けるよう命じた。紙を受け取った護衛は、足早に通路を去っていった。


「結局、内部を調べるしかないか」


「はい。ただし、入口付近の呪力反応は、今のところ大きく変化しておりません」


マルセルはしばらく階段を見つめた。


「……望みが薄いのは承知している。念のため聞くが、外から解呪できる見込みはあるか?」


セリーヌは困ったように眉を寄せた。


「条件が良ければ、入口から術式を通し、内部の呪物へ干渉できる場合もございます。呪物が入口に近く、その性質が判明している場合などです」


彼女は首を横に振った。


「ですが、今回の反応の中心はもっと奥にあります。外側から術式を届かせるのは難しいでしょう。基本的には内部へ入り、原因となった呪物を探し出す必要があります」


「やはり、ダンジョンの攻略が必要ということだな」


「はい。放置するより、形成から日が浅いうちに核を見つけるべきです。わたくしも、必要な浄化具を用意いたします」


「分かった。まずは今夜の対応を固める」


マルセルはグラントへ向き直った。


「封鎖はこのまま維持し、入口の形状や風、魔力反応の変化を絶えず記録させよ」


「はっ」


「セリーヌ司祭。夜分に重ねてすまぬが、そなたにも会議へ同席してもらいたい」


「もちろんです。教会から持ち出せる浄化具の一覧も用意いたします」


マルセルは頷き、続けて指示を出した。


「立入禁止区域内の住民は、今夜のうちに町の学校へ移せ。校舎を臨時避難所として開放し、寝具と飲み水を用意させよ」


「承知しました」


「学校は明日から休校だ。寮生は、近隣の村へ帰れる者から一時帰省させる。馬車を出すのは夜が明けてからでよい」


「それ以外の住民には、どこまで知らせますか?」


「町兵詰所の地下でダンジョンが発生し、周辺を封鎖していると伝えよ。現時点で入口周辺に急激な変化は確認されておらず、町全体への避難命令は出していないことも併せて知らせる」


「町を離れたい者は、どういたしますか?」


「近隣の村に家族や親戚がいる者まで引き留める必要はない。ただし、今夜の出立は止めさせろ」


マルセルは、兵の並ぶ狭い通路へ目を向けた。


「暗い街道へ慌てて飛び出し、狼や魔物に追われても、今夜はすぐに兵を回せぬ。門を開けるのは夜明けからだ」


「承知しました」


「冒険者ギルドから、人員の返答は来ているか?」


「黄ランク以上を中心に、明け方までに数名を集められるとのことです」


「夜明けとともに、町兵と冒険者による調査隊を入れよ。ただし、最初は入口から浅い範囲だけだ。内部の構造と魔物の有無を確認し、無理に奥へ進ませるな」


「はっ」


「町の鍛冶工房にも連絡を回せ。武器の修理や封鎖用資材が必要になる。早朝から対応できる工房には、可能な範囲で協力を求めよ」


一通りの指示を終えた直後、床に置かれていた呪力反応針が大きく跳ねた。


階段の奥から、先ほどよりも強い冷気が吹き上がる。


町兵たちが一斉に槍を構え、セリーヌも鑑定盤を抱えて立ち上がった。


全員が暗闇の先を見つめる。


だが、何かが姿を現すことはなかった。

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