私の真実の愛(元夫視点)
私の真実の愛は生涯リリアーヌにのみ注がれている。
彼女が隣国に嫁いでしまっても、私が政略のために妻を迎えていてもだ。
「父上! リリアーヌが隣国より戻ってくると聞きました!」
国の為、隣国の王に嫁いでいったリリアーヌ。
誰かの妻になってしまっても恋い慕う気持ちは変わらなかった。
そんな彼女が戻ってくるという噂を耳にし、いてもたってもいられなくなった私は父の執務室に飛び込んだ。
父はいきなり入ってきた私に訝し気な視線を向け、執務の手を止める。
「……お前は本当に落ち着きがないな。もういい歳なのだから、いい加減年相応の振る舞いを身に着けてほしいものだ。そんなことではビアンカに愛想をつかされるぞ」
父はリリアーヌの件には一切触れず、私を責めた。
確かに落ち着きのない振る舞いだが、愛しの君が戻ってくると聞かされて大人しくしていられるわけないだろう?
「そんなことよりリリアーヌです! リリアーヌが隣国より戻ってくるというのは本当ですか!?」
「はあ……そうだが、お前にはもう関係ない。お前はすでに妻を娶った身だ。昔の恋人のことは忘れろ」
「関係ないわけないでしょう!? リリアーヌは私の最愛だ! 戻ってくるなら今度こそは……」
「今度こそだと!? まさかビアンカがいるのにリリアーヌ殿下を妻にしようなどとは考えておるまいな?」
鋭い眼光で睨まれ、私は一瞬言葉に詰まった。
確かに妻がいる身で昔の恋人の話を出すのは不誠実かもしれないが、そんなことも言ってられないのだから仕方ないじゃないか!
「ビアンカのことは愛しておりませんし、向こうも私を愛しておりません! それよりも愛し合う者同士が夫婦になった方がいいとは思いませんか?」
「それはお前の態度が不誠実だからだろう? ビアンカは私が伯爵に何度も頭を下げてようやく迎えた嫁だぞ。分かるか、公爵が伯爵に頭を下げることの意味が? そうまでして得た妻を蔑ろにすることは許さぬ」
「それは……でも、私はリリアーヌが……」
「ビアンカは若く美しい。おまけに優秀で使用人達からも慕われている。次期公爵夫人として申し分のない存在だ。出戻りの、薹の立った王女とは比べるまでもない」
「で、でも! 私はリリアーヌを諦められません!」
「次期当主ともあろう者が個人の感情で伴侶を決めようとするな! 仮にリリアーヌ殿下がビアンカに代わりお前の妻になったとして、アルシア家に何の利益がある? ああ、王家との繋がりなんていうものは我が家に必要ないぞ。昔ならまだしも今の時代、王家と繋がろうが何の利益もありはしないからな」
利益、利益と、父上はそればかりだ……。
そんなものよりも愛し合う者同士が夫婦になることの方がよほど重要なのに、愛を知らない父上にはそれが分からないんだ!
しかしどうしたものか……。こんな調子では父上から許可をもらうことは難しいな。
あ、そうだ! 父上が駄目ならビアンカに言えばいいんだ!
離婚は夫婦のことなのだから、何も父上に許可を貰わなくてもビアンカに承諾してもらえば問題ないはず。
さっそく離婚の話をするためにビアンカをお茶に誘った。
そういえば共にお茶を飲むのはこれが初めてだな。夫婦といえども歩み寄る気は一切ないし、向こうからも接触はしてこなかったから当然か。
同じ屋敷に住んでいても滅多に顔を合わせることがないせいか、妻の顔を見るのは実に久しぶりだ。
整った顔立ちは父が言うように確かに美しい。それにハリのある瑞々しい肌や少女から大人へ変わる時期の危うい色香には思わず目を奪われる。こんな若く美しい妻と初夜を済まさなかったことを少しだけ惜しく思った。
回りくどい言い方は苦手なので単刀直入に離婚を切り出す。
きっと妻はショックで顔を青くするだろうと思ったら、むしろ呆れた顔をされてしまった。
妻の呆れた視線にもめげず、必死にリリアーヌへの愛を語るが返ってくるのは正論ばかり。
利益だ何だのと、どうして誰も彼も真実の愛を理解しようとしないんだ!
愛を知らない愚か者とは相容れない!
しかし私はめげずに毎日必死に妻を説得した。
私が如何にリリアーヌを愛しているか、真実の愛がどれだけ素晴らしいものかを分かってもらえば、聡明な妻はきっと承諾してくれるだろう。
そしてある日ついに私の想いが妻に届き、なんと妻は自分に瑕疵がある形で離婚を承諾してくれた。
自身が石女と揶揄されることも厭わず身を引くだなんて、私の妻はなんといじらしいのか!
慰謝料は大分とられたが、それくらい公爵家の資産をもってすれば痛くもない。
ああ、しかし、こんな健気な女性だと分かっていれば一度くらい閨を共にしたものの……惜しいことをしたな。
おっといけない、リリアーヌ一筋の私が他の女性を抱くなど彼女への裏切りだな。
だが……妻相手なら、まあ……。
それにリリアーヌも嫁いだということはすでに夫に抱かれているということだし……ならいいんじゃないか?
思い出作りと称して離婚前に一度だけ閨を共にしようと思ったのに、なんと妻は離婚話の翌日に屋敷から出ていってしまった。父上は彼女のことを「仕事が早い」と褒めていたが、こんなときまでその能力を発揮しなくてもいいじゃないか!
はあ……惜しい事をしたが諦めるしかあるまい。
それよりもリリアーヌを迎えに行くことを考えよう……。
*
リリアーヌを迎える前に私は国王陛下に直接会いにいった。
本来であれば簡単に会うことなど無理なのだが、リリアーヌの件だと言ったらすんなり了承してくれた。きっと陛下も今度こそは私と彼女を添い遂げさせようと考えてくれたのだろう。
陛下も人の親だ。子の幸せを願うのは当然だものな。
この私の予想は当たっており、陛下と謁見した際にリリアーヌとの結婚を申し出たらすんなり許しを貰えた。しかも「アルシア公爵は反対するだろうから、余の名で婚姻の許可を出そう」と陛下の玉璽付きの婚姻許可証を出してくれた。
やった! これで父上が反対しても押し通せる!
いかに父上といえども国王陛下の命令を無視できるわけがないものな!
ああ……やはり真実の愛は認められるべきものなのだ!
陛下の許可も貰ったので改めて帰国したリリアーヌに会いに行こう。
ああ、私の真実の愛……どれだけ君に会いたかったことか……!
あの頃と変わらない愛らしい笑顔で私との再会を喜ぶ君が愛しくてたまらない。
陛下に結婚の了承を得たことを話すと「やっと貴方の妻になれるのね」と涙を流して喜んでくれた。
想いが溢れて止まらず、その日私達は契りを交わした。
*
「カミーユ! 貴様……儂の留守中によくもやってくれたな!!」
帰国した父上は私と会うなり激怒した。
父上がいない間にビアンカと離婚し、リリアーヌとの再婚を決めたのだからそれも無理はないか。
「父上、貴方の許可なく離婚したことは申し訳なく思います。ですがそれも真実の愛のため、致し方ないことで……」
「何が真実の愛だくだらん! 宝を捨てて塵を得るなどお前はとんだ愚か者だ!」
塵だと!? それはリリアーヌのことか? いくら何でも言い過ぎだ!!
「王女に対して不敬ですよ父上! いくら貴方でも私の最愛を侮辱するのは許しません!!」
「五月蠅い! お前は王女が何をして戻されたか分かっているのか!? 隣国王家の世継ぎを始末しようとした殺人犯をアルシア家に迎えるなど正気の沙汰ではないぞ!!」
「は? 殺人……?」
「知らぬのか? リリアーヌ殿下は隣国で王の子を身籠った側妃を毒殺しようとしたんだ。幸い未遂に終わったが、世継ぎとなるやもしれぬ子を殺しかけた罪は重い。本来ならば極刑になるところだが、他国の王女を始末すれば戦争に発展する可能性がある。なので、我が国と戦争になることを望まない隣国が穏便に『離縁』だけで済ましてくれたんだぞ。……まさかお前は王女が帰国した理由を知らんのか!?」
リリアーヌが隣国の側妃を毒殺しようとした?
あの優しい彼女が……? そんな……嘘だ。
「……はあ、知らぬようだから教えてやる。リリアーヌ殿下と隣国の王との間には長らく子が出来なかった。それで世継ぎのため娶った側妃があっさり妊娠したものだから、殿下も面白くなかったのだろうよ。側妃に対してありとあらゆる嫌がらせを行い、ついには自分の宮に招いて茶に毒を盛った。だが常日頃から警戒していた側妃はこっそり茶器を自分と王女の物を交換し、事なきを得たようだ」
「そ、それはつまり……リリアーヌは自分が盛った毒を自分で飲んだということですか? でも、ならなぜ彼女は無事なのですか……?」
「それは王女が解毒薬を所持していたからだ。毒薬を扱う時には必ず解毒薬も所持するものだからな。毒を飲んだと気づいた王女が慌てて解毒薬を口にしたことで彼女の仕業だと証明された。……愚かなことをしたものよ」
リリアーヌがそんな恐ろしいことをするだなんて……。
私が知る、心優しくか弱いあの頃の彼女はもういないのか……?
「言っておくが儂は毒殺自体を非難しているわけじゃない。やり方が杜撰で愚かだと言っているんだ。この意味が分かるか?」
やり方……? 父上は何を言っているんだ?
「……これが分からぬから、お前は駄目なんだ。よいか、王族に嫁いだ王女の義務は『世継ぎの王子』を産むことだ。それが我が国との同盟を強化することに繋がり、国益となる。だが子が産めるか産めないかは天の采配によるものだ。子が産めない場合はどうしようもない」
それは……確かにそうだな。子が産めない女性だっているし、それは本人が好きでそうなったわけじゃない。
だが、それが今回の事件と何の関係があるんだ?
「本人が子を成せないなら他の女が産ませた子を奪えばいい。今回の事件とて、王女は側妃ごと毒殺するのではなく、子を産んだ後の側妃だけ秘密裡に始末してしまえばよかったんだ。そうすれば子は正妃である殿下の養子となるからな。養子といえども王の血を引く子さえいれば妃の地位は安定する。それが男児であればなおさらな。だが、それをしなかったばかりか、感情に任せて妊娠中の側妃を殺そうとしたから王に愛想をつかされたんだろうよ。頭が悪く、使えない女だとな」
「そんな悪女のような真似をリリアーヌができるわけないじゃないですか! 彼女はか弱い普通の女なんだ!!」
「王族が普通で許されるか! 如何に己の利となるか、国益となるかを考えて実行できるのが『王族』だ! 愛や感情に流される者が国母になれるものか! だから陛下も愛想をつかして王女をお前に押し付けたんだ! 厄介払いとしてな!」
「それは違います父上! 陛下はリリアーヌに今度こそ幸せになってほしいと……」
「はっ! そんな甘い言葉に騙されるなぞ滑稽だな! 本当は王宮に置いておいても扱いに困るからだろうよ? 隣国王家から『使えない』と返品された王女を欲しがる家もない、かといって王宮に蟄居させるのは金がかかる、修道院も『犯罪者は無理』と受け入れを拒否したと聞く。……そうなるとお前に押し付けるしかあるまい?」
「そんな……それは余りにもひねくれた考えでは……」
「なら後継者から外されたお前のもとに嫁ぐことが王女の幸せになるというのか? 儂はそうは思わないが」
「……は? 後継者から外す?」
父上は何を言っているんだ?
どうして私を後継者から外すことになる?
「……はあ、何でこんな簡単なことも分からないんだ? 子が産めない王女を妻にすれば跡継ぎは望めない、そうだろう? 儂が跡継ぎを作らない者に次期当主の座を渡すと思うか? となればお前を後継者から外すのは当然じゃないか」
「あっ…………」
そうだった……それはビアンカにも言われたことだった。
貴族夫人の一番の義務は跡継ぎを産むことだと。それが出来ない場合は離婚事由にもなると……。
なら、子が産めないリリアーヌを妻にした私は跡継ぎを作らないと宣言しているようなものだ……。
「ですが……子ならば親戚から養子をとればいいのでは……」
「……お前、ビアンカと何が原因で離婚したか忘れたのか? 子が産めないから離婚した、と儂は聞いたが? 親戚から養子をとるというのなら、なぜビアンカとの間でそうしなかったのかと世間は騒ぐに決まっているだろう?」
あ……そうだ! ビアンカとは『子が望めない』ことを理由に別れたんだった……。
「ち、父上……ビアンカとは、その……」
「閨を共にしていないのだろう? とっくに知っとるわそんなこと! こんなことになるのなら、ビアンカはまだ若いから子作りも焦る必要はないと楽観視するのではなかったわ! お前のような盆暗には勿体ないほど出来た嫁だったというのに……」
「あ……では、ビアンカとやり直します! ビアンカを正妻として迎えれば問題ないです!」
リリアーヌには申し訳ないが第二夫人となってもらおう。
私の子を産み、公爵夫人となるのは父上お気に入りのビアンカしかいないのだから仕方ない。
「そんな恥知らずな真似ができるか!! お前が勝手に離婚するから、帰国して早々に儂は伯爵家に直々に頭を下げて詫びてきたのだぞ!? 結婚の時も下げ、離婚でも下げ、もうお前のために下げる頭は儂にはない! 儂の跡は弟の子に継がせる。そちらに教育を施したほうが早い」
「そんな!? お考え直しください! 父上……父上―――!!」
私の制止を振り切り、父上は部屋から出ていってしまった。
私が父上唯一の子なのに……跡を継げないなんておかしいじゃないか!
あのときビアンカと離婚しなければこんなことにはならなかったのに!!
ビアンカとまたやり直せば……。父上はビアンカを気に入っていたのだから、彼女を妻に迎えれば私を跡継ぎに戻してくれるはずだ!
すぐにビアンカを迎えに行かなくては!




